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Route Of Elsion  作者: 世界史B
修復する綻びた世界の中を
29/53

ささくれだった逆剥けを割くが如く

カントとレイはそれから真っ直ぐ飛空艇まで戻った。その時には既にナタリスも戻っているようだったが何やらオズマと話し込んでおり、カントが確かめることはできなかった。だがどうやら怪我は無いらしい。

「全く貴方という人は無茶に次ぐ無茶をよくもまあ懲りもせずにやらかしますね」

つい最近同じようなことがあった気がするがカントは医務室でミルに包帯を巻かれていた。

「右手がまだ治らない内にもう一回包帯を巻くことになるとはな」

「その度に治療するこっちの身にもなってください」

右腕は上腕が完全に折れておりガッチリギプスをはめられ、完全に動かせるようになるまで大体1ヶ月だそうだ。

「……カント?」

医務室の扉が少しだけ開き、ナタリスが顔を出した。しかしカントの腕をちらりと見るとすぐに扉を閉めてどこかへ走って行ってしまった。

「どうしたんだあいつ」

何の気なしにそう漏らすとミルに思い切り足を踏みつけられた。しかし珍しくそこまで痛くはない。怪我人ということで手加減してくれたのだろうか。

「少しはその無い脳みそを絞ってはどうですか、お嬢様は自分の為に貴方が怪我をしたと責任を感じているのです」

「それは……」

カントは改めて自分の腕を見てみる。しっかり固定されているお陰で今は痛みはほとんど無いが傍目から見るとかなり痛々しく見える。でもこれは俺が勝手にしたことで、とカントが言い返そうとするとその前にミルはそれに、と付け加えた。

「お嬢様はずっとお部屋に篭ってしまって何も話してくださいません。せめて私にはお話ししていただきたいのですが……」

自分の為にカントが負傷し、必死になって頼み込んだ資材の融通もオズマが瞬く間に解決してしまった。このダブルパンチはナタリスを凹ませるには十分な威力を持っている。何せミルにすら何も話していないのだ。誰にも話せず1人で沈んでいるに違いない。

医務室を後にし、カントはナタリスの所へ行くか否かで迷った。腕の怪我のことなら気にすんな、と言いに行きたいのだが怪我をした本人にそう言われるとかえって気にするかもしれない。

結局悩んだ結果結論を先延ばしにするようにカントの足は格納庫へ向かった。そこにはカルナが忙しそうに紙に何やら書き込んでいる。

「お、カント、追加物資の紙は……書けてるわけないか」

そういえばカントが帰ってすぐ追加で必要なパーツ、武装を書いておくようにとカルナに紙を渡されていた。

カルナはカントの右腕を見るとカントの分の用紙とペンを握り、目で促す。自分が書いてやるということだろう。

「あーいやそのことなんだが……パーツや武装ってどういうことだ?俺は整備なんてしたことないし……」

いきなり部品と言われてもカントはエルシオンにどんな部品が使われているのかもわからない。武装だって現状の110ミリライフルで満足しているし他にどんなものがあるのかもわからない。そう言うとカルナは顎に手を当てて少し考えた後、

「じゃあそうだなぁ……今まで戦ってこんなのがあったらいいな、みたいなものってない?」

今度はカントが考え込む。

「シールド、かな」

「シールド?」

カルナが素っ頓狂な声を上げる。

「俺何か変なこと言ったか?」

シールドとは元々アンチビーム兵器として開発されたものだ。ビームによる一撃大破を防ぐ、という目的故にビーム兵器がほとんど使用されない地上ではそもそも必要がない上にただでさえ機動力の落ちる重力下でそんなデッドウェイトを背負い込むわけにはいかない、と装備しているパイロットはほとんどいない。ということをカントに説明した。

「いやそれでもシールドありで慣れてきたからな……」

「まあそれで慣れてるなら無理に止めさせる理由も無いしね。シールド……っと。他には?」

少し頭をひねってみるがこれといって浮かぶものはない。これ以上考えても時間の無駄と思い、カントからの注文はシールドだけにした。


「大丈夫?その腕」

カントがいつもの砂浜をぶらぶら歩いていると案の定ユウと鉢合わせした。

「ああ、痛みは全然無いし、1ヶ月もすれば元どおり動かせるようになるってさ」

「そう。良かった。ナオも君のこと心配してたんだよ」

心なしかユウは申し訳なさそうな表情をしている。参ったな、とカントは心の中で呟いた。自分が気にしていないことで誰かに気後れされるのはむず痒い……というか逆にカントの方が申し訳なく感じてしまう。

「……はぁ、ナタリスといいお前といい、こんな怪我ごときあんまり気にすんな、俺の方が参っちまう」

「それもそうだね。それじゃ」

ユウは足を揃え気をつけの姿勢をとるとそのまま腰を90度に曲げた。

「カント、僕たちを助けてくれてありがとう」

「おいおい……」

「君の方こそこれくらいきちんと受け取ってくれないとこっちも割り切れないよ」

それもそうか、とカントは頷いた。

「おし、これでチャラな」


「うちにもパーツの加工注文が来たんだよ、まあほんの一部なんだけど」

「そういやお前んとこの工場、経営まずいんだって?」

最近は多くの大企業が宇宙に工場を建設している。最大大手のゼネラルエレクトロニクスや次点のシーメンスなどは専用のコロニーまで持つ有様だ。そうなれば大企業の下請けに依存していた中小企業は衰退していく他ない。

「あーあ、あの子が来た時に全部うちで請け負っとけばもっと儲けが出たんだけどなぁ」

そっちは言い値で買い取ってくれそうだし、とユウは笑った。カントも笑う。カントとしてはユウの態度が以前と同じに戻ったのが何より嬉しかった。

「やっぱ伝えるべきだよな」

「何の話?」

「こっちの話だよ」


「おいナタリス、そこにいるな?」

ナタリスの部屋に向かって話しかける。不思議と慣れてしまった行為だ。

「あー、なんだ、俺の腕のことなら気にすんな、たかが一月の怪我だ。俺の言いたいことはそれだけ」

その場を後にしようとして一言だけ付け足した。

「ミルにくらい色々話してやれよ、あいつすげぇお前のこと気にしてるぞ」


翌朝になってもナタリスは部屋から出てこなかった。心配のあまり全然食事に手が付いていないミルにカントがどうせ腹が減れば出てくるだろ、と軽い冗談を言ってみると物凄い目で睨まれた。

そして昼になっても一向に開く気配のない扉の前で膝を抱えて座り込んでいるミルの腕を掴み、無理矢理外へ連れ出した。

「どこへ連れていく気ですか」

「まあまあ黙ってついて来いって」


「あ、そこ足下気をつけろよ」

「何を言って……ひぁっ!」

ユウの工場近く、見事に地面と同化したロープにミルは足を取られて思わずカントに寄りかかる。

「な、何ですかこれは……」

カントが辺りを見渡すと遠くにナオの姿が見えた。

「おーい!遊びに来たぞー!」

そう叫ぶとぱたぱたと走って来た。


カント達はナオに案内されるまま工場内の応接室のような所に通された。

「早速来てくれたんだね、嬉しいよ」

少し遅れてユウが加わり、ナオが人数分のお茶を持って来た。

「えっと、そちらの方は……うごっ」

お茶を一口すすってユウは悶絶する。ミルがいるためか噴き出さないように口を手で押さえ、何とか喉に流し込む。

「おいナオ!何だこれは!」

みればユウのお茶だけ異様に色が濃い。さすがにこれは飲む前に気づくだろとカントは思ったが面白かったので口には出さなかった。

「お茶……だけど」

ナオはお盆を抱えてそっぽを向く。

「どうやって淹れたんだ」

「まずお湯を沸かす」

「その次は」

「お茶っ葉を出す」

「うん」

「すり潰してお湯にとく」

「また手の込んだことを……」

ユウはため息をついてカントとミルの分を確認した。こちらは普通に淹れられたもののようでおかしな色はしていなかった。

「いやお恥ずかしい所を……」

「仲がよろしいのですね」

するとユウはカントの方を見て笑った。ミルは合点がいかないようで眉間にしわを寄せる。

「何か変なことを言ったでしょうか」

「昨日カントにも同じことを言われまして」

ミルはカントの方をちらりとも見ずにカントの足を踏みつけた。そして小さな声で屈辱です、と呟く。

「ところでそちらの方は?」

ユウは先ほど言いかけた続きを言った。顔が若干赤くなっているのは緊張のせいだろうか。

「私はミル ブルーメ。ナタリス様のメイドです」

ミルは立ち上がり、軽く膝を折って頭を下げる。それをみるとユウも慌てて立ち上がり、腰を折って挨拶した。

「俺の時とは大違いだな」

「何か?」

カントがぼそりと漏らすとミルは今にも殺しそうな目でカントを睨んだ。声色の方はほとんど変わらないのがさらに恐怖を倍増させる。

慌てて立ち上がったせいでユウのお茶が倒れてしまった。濃緑色の液体が机に広がってゆく。

「あ、す、すみません」

ユウは慌てて手近なナプキンで机を吹き始める。

「いえ、私は新しいものを淹れて来ましょう」

「いやお客様にそんなことをさせるわけには……」

「いつもしているので淹れ方には自信があります」

そう言ってミルはさっさと部屋を後にしてしまった。案内する、と言ってナオも付いて行ってしまい、部屋にはカントとユウの男2人が残される結果となった。

「ねぇカント、あのミルって子、可愛いね」

「そ、そうか?」

そう何とも緩んだ顔で言うユウにカントは思わず頬を引きつらせた。初対面が初対面だけあってカントはミルを可愛いと思ったことは一瞬足りとも無い。と言うよりも女性として見ることに本能的な抵抗を感じてしまっているのだ。なぜかミルの風当たりがカントにだけ強いせいだ。

「いや〜昨日のナタリスちゃんも可愛いかったけどあの子は高嶺の花って感じがしてね〜」

「おいユウ、目を覚ませ、あいつはとんでもない……」

カントが友を思う心から真実を伝えようとすると何とも間の悪いことに応接室の扉が開き、お茶の入ったコップをお盆に載せたミルが入って来た。

「おじちゃん!ミルお姉ちゃん凄いんだよ!お茶淹れるのすっごく上手いの!」

ナオはミルのスカートを掴みながら興奮気味に話す。ユウも早速湯気の立つお茶をすする。

「本当に美味しいよ」

「いえ、慣れているだけです」

これだけ褒められているのにミルは相変わらず頬の筋肉1つ動かさない。

すっかりミルに心酔しているナオにカントは手招きした。

「いいかナオ、こいつにどんな洗脳をされたか知らないがこいつの本性は……」

暴力、とナオに耳打ちしようとすると包帯を巻いていない左腕に激しい痛みが走った。

「私の本性が……何でしょうか」

ソファに座った状態で器用に肘の関節を極めている。その姿は一見ミルがカントの腕を抱いているようにも見えるから不思議だ。

「な、俺はただ真実を……」

ミルはさらにカントの左腕を締め上げた。ギリギリと関節が悲鳴を上げているのが聞こえる。

「ぎ、ギブギブ……」

そう敗北宣言をするとやっと左腕は解放された。正直右腕が折れた時よりも痛かった。戻って来た左腕の無事を祝ってキスでもしたい気分になる。

「ナオさん気にしないでください。このクソムシは時々妄言を吐く癖があるのです」

「もうげん?」

「わけのわからないこと、という意味です」

ミルとナオはまるで生まれた時からの姉妹のように楽しげに話している。カントはここ最近ずっとミルの沈んだ顔しか見ていなかった気がしていたので少し安心した。

「2人は仲がいいんだね」

そんなカントとミルのやりとりを見ていたユウは言った。

「仲がいい?冗談だろ?」

「君も僕とナオに同じことを言ったの覚えてる?」

確かにカントはユウとナオの仲がいいと言ったがそれとこれとは完全に別物だろう。仲がよければ暴力は振るわないだろうし暴言も吐かないだろうし。

いやでも暴言を吐くのは心を許している印だ、と自分で思ったのをカントは思い出した。

結局ユウの勘違いだろう。カントは自分の中でそう結論づけることに落ち着いた。


それからつい話に夢中になってしまい、カントとミルがユウに見送られて工場から出たのは既に太陽が大きく西に傾くころになってしまった。

「結局なぜあなたは私をここへ連れて来たのですか」

丸一日ナタリスを放ったらかしてしまったことに罪悪感を覚えているのか帰り道、ミルは少し不機嫌だった。

「ナタリスは昨日ずっとあそこにいたんだよ」

「お嬢様が?」

「そ。さんざん怒鳴りつけられながら支援を懇願してたよ。まあ俺たちみたいに楽しい訪問じゃなかったのは確かだろうな」

ナタリスは必死になって頼み込んでも首を縦に振ってもらえなかった。片やオズマはナタリスが早々に追い払われた市長を早々に説得してのけたのだ。進んで人に自慢できることでは到底ない。

ナタリスとしてはミルにすら黙っておきたかったようだがカントはミルには言ってもいいと思った。オズマでもレイでもなく、ミルになら。もしナタリスを元気づけられるとしたら彼女しかいないと思ったから。

「そうですか」

カントから一通り話を聞くとミルは下を向いて黙りこくった。ミルが抱いているのはナタリスを怒鳴りつけた工場長への怒りか、自分に何も話してくれなかったナタリスへの疑念か、はたまた支えになれなかった自分への不甲斐なさか、カントには想像することしかできない。

「……あなたは知っていたのですね」

ぼそりと、本当に口の中で呟くような大きさでミルは漏らした。

「ん?」

反射的にカントは聞き返すがその答えが返ってくることはなかった。


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