無理で無茶で無謀。だけど無駄じゃない
ユウにはああ言ったもののカント自身、何か策があるわけではない。
エルシオンが無いこの状況でLAと対峙するのは途方もなく無謀だと理解もしているし、だからこそ恐怖で足が震えていつ転ぶかもわからない上にさっきだって声が幾分上ずっていた。工場に逃げ込んだのも狭い所ならLAの動きが制限されるかもしれない、とただそれだけだ。しかしカントの狙い通り敵のヘリアムはカントの方を追ってきた。
そしてバララッ!と激しい破裂音を放つ。同時にカントの近くの機械が次々と弾け飛んでいく。対LA用の110ミリライフル弾だ。まともに食らえばカントもすぐ横の機械と同じ運命を辿るだろう。
「くそぉぉぉっ!」
足がもつれて何度も転びそうになりながら工場の内部を駆け抜け、近くの部屋に滑り込んだ。
ここから先はある程度広い空間のある生産ライン場と違い職員のスペースだ。当然LAが通る用には作られていない……そう油断しかけたカントの僅かな余裕をヘリアムのライフル弾が吹き飛ばした。施設を無理矢理破壊しながら突き進んできたのだ。
「冗談だろ……」
再びカントは走り出した。こうなれば逆に建物の中に入ったことが完全に裏目に出てしまう。既に大分脆くなった建物を壊して回れば当然倒壊の危険がある。もしそうなればLAといえどただでは済まないが生身のカントはその比ではない。
既にがらんどうの廊下を駆け抜け、とにかく前に進む。すると前方に鉄製の分厚い扉が現れた。とてもカントの力ではこじ開けられそうにないがカントはこの扉に心当たりがあった。
すぐに後を追うようにライフルの音が近づいてくる。カントは地面に張り付き、頭を抑えた。するとライフル弾はカントの真上を通り、扉を吹き飛ばした。その奥にはカントの予想どおり青空が広がっている。恐らくは非常用の出口なのだろう。コロニーの居住エリアと作業エリアを分ける扉と似ていたのでもしやと思ったのだ。しかしカントにとって予想外だったのはライフル弾は扉だけでなくその奥の階段まで破壊していったということだ。カントがいるのは地上5階、飛び降りれば足をくじいたどころの騒ぎではなくなる。
その奥には隣接する工場が目と鼻の先にあった。とは言っても幅は4メートル、高さは3メートルも離れている。数字にすると大したことないように感じるが実際目の当たりにしてみるとかなり広い。
もしうまく飛び移ることができれば敵の目から逃れることができるかもしれない。しかし失敗すれば死に向かって真っ逆さまだ。
だがここにいるのはどうだろうか、もしこのままじっとしていればうまく逃げ切れるかも……そう考えずにはいられなかった。
「しっかりしろ!俺!」
自分の頬を叩いて深呼吸する。このままじっとしていたらまず助からない。うまく敵の目を躱せたとしても建物の崩落に巻き込まれるのが関の山だ。それならば少しでも生きる可能性のある道を選ぼう。そう自分に言い聞かせ、手摺りに足を掛けた。
「3……2……1……っ!」
カウントに合わせてもう片方の足も手摺りに掛けて思い切り後ろに蹴る。飛んでいる間は不思議と一瞬だった。こういう時の時間は長く感じられるものだとよく言われるがそうでもないらしい。
ともかく、カントは気づいたら隣の工場の屋根に転がっていた。アドレナリンのせいか体の痛みは感じない。
銃声の方向から考えて未だ敵は隣の工場の中だ。ほっと一安心して内部へ入り、地上を目指した。
工場の1階、カントは壁を背にして地面に座り込んだ。生き延びた安心感からかどっと疲れが押し寄せてくる。
ふと気づくと銃声が止んでいる。足音すら聞こえない。不気味な静けさがカントを包み込んでいた。
バララッ!再び銃声が鳴り響いたのはカントのすぐそばだった。背後の壁が壊され、カントは前方に投げ出され、その際飛び散った破片がカントの右腕を直撃、熱い痛みが走った。
「っつ!」
1度休んでアドレナリンが抜けてしまったのか、激しく痛む右腕を押さえながらよろよろと出口に向かって進む。しかしまたしてもカントの横の壁が撃ち抜かれ、カントは壁に叩きつけられる。カントが目を開けると目の前にはぽっかりと風穴を開けた壁、そして先にあったのは夕のオレンジ色の光を受けて鈍く輝く銃口を真っ直ぐカントに向けたヘリアムの姿だった。
「……!」
工場の入り口を勢いよく跳ね開け、危険を知らせようとしたがユウの喉から出たのは掠れた空気音だけだった。途中でこれ以上走れないとうずくまるナオを背負って全力疾走したせいだ。だがそれだけの必死さは伝わったらしい。相変わらず頭を下げ続けているナタリスも何事かという様子でユウに注目していた。
「る、ルミナスアートが……」
以前墜落したLAがまだ生きていたこと、それが再び街を襲おうとしていること、そしてカントが足止めをしてくれていることをしどろもどろに伝えた。頭が混乱していて自分でも何を言っているのかわからないほどだったが概要は何とか伝わったらしい。工場の中が騒然とし始めた。
「そ、それで、カントは無事なの?」
大分狼狽した様子でナタリスはユウに詰め寄る。ユウには是とも非とも言えず、ただ首を振ることしかできなかった。
「まさか、生身でルミナスアートの相手をできるわけが……」
一刻も早く逃げなければ、軍はいつ動くのか、皆が思い思いの行動を取る中、何かの破裂音のような音が工場中に響き渡った。
「ナタリス……さん?」
見ればナタリスが自分の頬を思い切り引っ叩いた音だった。そのせいで彼女の両頬には赤い手型が浮かび上がっている。
「この工場の電話を貸していただけますか?」
「あ、ああ……」
ユウの父親さえもナタリスの気迫に気圧され、傍らの電話を差し出す。ナタリスはそれに飛空艇の固有番号を入力し、電話をかける。
『はい。こちらコロニー……』
電話に出たミルの台詞が終わらぬうちにナタリスはまくし立てた。
「今そっちに出撃できるアルゴンは何機?」
『ナタ……お嬢様ですか?今どちらに……』
「緊急事態よ、敵のルミナスアートが出現したわ。いいから早く調べて!」
少しの間が空き、ミルの切羽詰まった声が返ってきた。
『ぜ、ゼロ機です……』
「ゼロ?そんなはずないでしょ?確か待機のしていた……」
『そ、それが2人とも街まで出ていて……』
「そんな……」
『ですがお嬢様、あと5分もすれば防衛軍が来るのでは?』
確かにそうかもしれない。5分もすれば……だがそれまでにカントが生きている可能性はほぼゼロに等しい。
「カントが……」
自分でも声と手が震えているのがわかった。多分カントが残ったのはナタリスの為だ。ユウの話す廃工場から最も近いのはナタリスが今いる工場だ。真っ先に向かうとしたらまずこの場所だろう。それがわかったからカントは自分が残る道を選んだのだ。
『ルミナスアートの足止めに1人残った!?幾ら何でも無謀過ぎます!』
「おい、嬢ちゃん!しっかりしろ!早く逃げるぞ!」
ナタリスの耳元に声が響いた。既に聞き慣れた怒号にはっと我に返る。
「そいつはお前を逃す為に残ったんだろ!それを無駄にする気か!」
どくん、どくん、と自分の心臓の音が聞こえる。逃げなければと思えば思うほど足がすくんで動けない。不思議とヘリアムのモノアイが勝ち誇った笑みを浮かべているように見えた。銃弾に撃たれれば死体も残らない。人間のものであったかもわからない細かな肉片になるだけだ。
「はは……」
絶体絶命の状況にもかかわらず喉からは笑いがこぼれた。
もうダメか
激しい破裂音が響き渡った。同時に目の前のライフルが明後日の方向に吹き飛ぶ。
続けて破裂音が5つ。それらは全て鋼を貫く弾丸となって機体の頭部、両脚部、腕部、そして腹部を正確に撃ち抜いた。
「た、助かった……」
未だ震える足で何とか工場の外に出る。倒れたヘリアムの向こうに見覚えのある機体が優雅に降り立った。
「おーい!大丈夫か?」
そしてそのコクピットからさらに見覚えのある人影が姿を現わす。カントは思わずその人影に駆け寄った。
「レイ!お前議長の護衛はどうしたんだよ!」
「ああ護衛?大丈夫大丈夫、多分議長も今ごろこっちに戻ってるよ」
「会合はもう終わったのか?まだ1日しか経ってないけど」
まあね、とレイは曖昧に頷いた。カントが更に問い詰めるべく詰め寄るとレイは逃げるように機体に戻った。そしてカント前にアルゴンFBの手が差し出される。おそらく乗れ、ということだろう。




