無理で無茶で無謀な望みよ
カントはユウと別れた後、手持ち無沙汰になって飛空艇の中をぶらぶらしていた。行けるのなら街に行きたいところだが昨日の問題もある。面倒ごとは可能な限り避けたい。そんな時、廊下でばったりミルと鉢合わせした。珍しくミル1人だ。しかしカントがそのことを尋ねる前にミルの方から口を開いた。
「お嬢様を見ませんでしたか?」
「いや?ナタリスのことなら俺よりむしろお前の方がよく知ってるはずだろ?」
カントがそう言うとミルは不機嫌そうにそっぽを向いた。
「もう聞きません」
「そこまで焦らなくても腹が減れば帰ってくるんじゃねーの?」
カントの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、ミルは不機嫌に背を向けたまま行ってしまった。
とは言っても昼時までまだ少し時間がある。昨日のこともあり、あまり1人にしておくのは危険かもしれない。
「ったく、あのお嬢様は一体どこをほっつき歩いてるんだか」
カントにはナタリスの居場所について思い当たる節も何もない。それこそカントに考えつくような場所はミルがとっくに探しているだろう。少しの間顎に手を当て、考えを巡らせてみる。
「何してるんだ?」
顔を上げてみるとアルゴンのパイロットの2人がいた。カントはナタリスの居場所について訪ねて見たが芳しい反応は帰ってこなかった。
「あのお嬢様が1人で出歩くかねぇ」
「ま、俺たちちょっと街まで買い物に行ってくるからさ、ついでに探してくるよ」
そう言って2人は貨物室の方へ歩いて言った。
しかし確かにナタリスは人一『議長代理』という仕事に責任を感じていた。そんな人間が1人でいつまでも街をぶらついているわけがない。となれば残るのは飛空艇の中をくらいなのだが。
「……やっぱりいないか」
カントは飛空艇の翼から飛び降りた。もしやと思って飛空艇の上を見てみたのだが無駄足だったようだ。これで完全に八方塞がりになってしまった。と、カントが砂浜から立ち上がると遠くにユウが走ってくるのが見えた。
「どうしたんだ?そんなに急いで」
「どうもこうもないって、うちの工場に君の所のお嬢様が来ててさ……」
その言葉にカントは一瞬自分の耳を疑った。
「お嬢様って……ナタリスか?」
「名前はよくわからないけど多分その人。ほらさっき金髪で目つきがきつくて……って女の子」
「何でまたお前ん所に……」
「詳しい事情は歩きながら話すから」
そう言いながらユウはカントの腕をぐいぐい引っ張っていく。
ユウの話によればどうやらナタリスは朝食を終えてすぐ1人でユウの元に行き、工場の場所を聞き出すとその足で工場まで向かったらしい。そして今まさに交渉の真っ最中。だそうだ。
「まあ、何だ、それで交渉の行方はどうなってる?」
するとユウは頭を抱えて大きくため息を吐いた。
「行方も何もあったもんじゃないよ、実は僕の親父、大のコロニー嫌いなんだ。だからナタリスがコロニーの、しかも議長の娘だなんてわかった途端に彼女に怒鳴り散らして……それでも帰らないから君の助けを呼んだんだよ」
なるほど、しかし昨日の夜はあれだけ行きたくない、と頑なだったナタリスがどういう風の吹きまわしだろうか。しかも現状はかなり厳しい状況のようだ。
ナタリスの意外な心変わりへの疑問や現状置かれている、いや自分から飛び込んで行った過酷な状況への不安、そしてもしかしたらという僅かな希望と色々な気持ちがない交ぜになった奇妙な精神状態でカントはユウの父親が経営している工場へ到着した。
立地は都会から少し離れた郊外、といった風体で周囲には緑も多く見られる。
カントが思わず入り口に向かって走り出した瞬間、足元に、丁度踝くらいの位置に紐が見えた。見つかりにくくするためだろうか地面と同じ色に染色してある。すんでのところで飛び越えると工場の門の脇に小さな女の子が半分体を隠してこちらを覗いているのが見えた。
「カント、こっちこっち!」
しかしすぐにユウに急かされ、その姿が見えたのはほんの一瞬だった。
2人は建物を大きく迂回し、正面口とは逆の裏口から工場の中へ入る。
「お願いします。資材を少し分けてくださるだけでいいんです。もちろん代金はちゃんと払います」
カントの目に飛び込んで来たのは入り口の前で深々と頭を下げ続けるナタリスの姿だった。
「うるせぇ!俺は金が欲しいんじゃない、お前らのために仕事をするのが嫌だって言ってんだよ!わかったらとっとと帰れ!」
「嫌です!あなたが首を縦に降るまで私は帰りません!」
「この分からず屋の小娘が!」
ナタリスより一回り大きい男に大声で怒鳴りつけられてもナタリスは一歩も怯まない。いやよく見れば足は震えているし瞳はぼんやりと潤んでいる。
「おい、ナタリス」
「カント……どうしてここに?」
「どうもこうもあるか、お前を連れ戻しに来たんだよ」
カントはナタリスの手首を掴んで外へ続く扉の方へ引っ張る。しかしナタリスはその手を振りほどいた。
「……ごめん。私はまだ帰れない」
「何でだよ、皆んなお前を心配したんだぞ?」
「それもごめん。でも……誰かと一緒だと多分また甘えちゃうから」
ナタリスは真っ直ぐカントを見つめた。その瞳に昨日までの迷いや恐れは映っていない。しかしそれらは決して消えて無くなった訳ではない。おそらくカントの見えない所に、心の底に押し込めただけなのだろう。
「どういう風の吹きまわしだ?」
「この船は私が守らなきゃいけないから」
そう言うとナタリスは再びカントに背を向け、頭を下げた。
「お願いします。私たちにはあなた方の協力が必要なんです」
カントはため息を吐いて天を仰いだ。まさかナタリスがここまで強情だったとは思わなかった。工場長と思われる壮年の男性の横ではユウが何事か話している。しかしすぐに追い返されて戻って来た。
「じゃ、頼んだよ、コロニー代表」
それだけ言うとカントは工場から出た。後からユウも付いてくる。
「僕が言うのもなんだけど……傍にいてあげた方がいいんじゃない?」
「俺たちがいるとだめなんだと」
多分また甘えちゃうから。どこかで聞いた台詞だと思えばミサキが再登校する初日も同じことをカントは言われたのだった。
『カントがいると多分また甘えちゃうから』あの時カントはなぜミサキがそんなことを言ったのかわからない。
もちろん今になってもわからないのだがおそらく自分1人で乗り切らなければ意味がない。だからあえて辛い道を選んだのだ、とカントはそう思うことにしている。実は心配でその後こっそり後をつけたことは未だにミサキには内緒だ。
「ごめんね、うちの親父頑固で……」
「別にお前が謝ることじゃないだ……」
工場の門の所、行きにも転びかけた場所でカントは派手に転んだ。喋っている途中だったものだから口の中がじゃりじゃりする。もしやと思って後ろを振り返るとあの女の子がこちらを見ながら笑っている。
「ああ、ごめん。全く、ナオの奴……」
そう言いながらユウはカントに手を貸す。
「いいよいいよ、流石にこのくらいじゃ……」
ユウの手を取って立ち上がり、澄ました顔を作った上で右足を踏み出すと突然地面が下にめり込んだ。カントの本能が危険を察知した時にはもう手遅れ、深さ2メートルはある巨大な穴にカントの体はすっぽりと納まってしまった。
「ご、ごめん」
今度もまたユウはカントに手を差し出すが笑いを堪えているのか必死に歯を食いしばっている。
何とか穴から這い上がるとその視界に腹を抱えて笑い転げている女の子の姿が入ってしまった。
「こ……このクソガキ!」
すっかり頭に血が上ってカントはその子の元に走って行く。すると女の子の方も笑いながら逃げ出した。
あちこちに点立する工場を縫うように女の子は走る。土地勘の無い場所の上、頭上からジリジリと照らす日光でカントの体力はどんどん削られていく。
しかし不思議なことにあちこち走り回っているはずなのに人には1人も出会わなかった。工場の中に堂々と入っているのにも関わらず、だ。
気がつけばカントは森の中にいた。自分が今どこにいるのか見当もつかない。
「く、そ……あいつ足早すぎ……」
大きく肩で息をしながら地べたに寝転がった。何だかあれほどムキになっていた自分がバカバカしく思えてくる。動き回ったからだろうか、喉が渇いた。
「おーい、俺の負けだよ」
「ほんとに?」
カントは声を出すのも億劫に首だけ縦に降った。
するとカントのすぐ横の木からするすると女の子は降りてきた。木の上という手があったか、とカントは変に感心してしまった。
「わたしの勝ち!」
そう言って女の子は肩にかけている不釣り合いに大きなカバンからペットボトルを取り出すと寝転ぶカントの胸に押しつけた。
「いる?」
カントは頷き、小さな手から水の入ったペットボトルを受け取ると勢いよく喉に流し込んだ。
「ありがと。でも君はどうして落とし穴を作ったり紐を張ったりしたんだ?」
「宇宙の人だから」
カバンにペットボトルを押し込みながら女の子は言った。
「宇宙の人?」
カントは宇宙というよりはコロニーの人なのだが。宇宙に住んでいる、という意味では確かに宇宙の人だがその理屈でいうとそう言った女の子自身も宇宙の人、ということになる。だが小さな子にとっては宇宙もコロニーも大して違わないのかな、と思い直した。
「お母さんは宇宙の人に殺されたっておじいちゃんがいってた」
その言葉にカントはドキリと胸を刺された気がした。少女は自分を見つめるカントを不思議そうな目で見返す。小さな瞳だった。だがその中に寂しげな、幼い頃の自分と同じ光を見た気がした。
「そう……なんだ」
「あ!おーい!」
遠くでユウの声がした。
「んじゃ、そろそろ帰るか」
あまり長く姿をくらませているとミルが心配……しそうにはなかったがとにかくいつまでもこんな森にいるわけにもいかない。
「おい、だめじゃないかナオ、カントに謝るんだ」
「カントは負けって言ってくれたもん」
「何を言ってるんだ、ほら!」
ユウはナオの頭を掴んで強制的に下げさせる。するとナオはその手を振りほどき、カントの後ろに隠れた。
「おじちゃんはすぐ怒るから嫌い!」
「ごめんよ、ナオは昔からいたずらが好きで……」
「もういいよ、それよりおじちゃんって?」
ユウはどう見てもカントより少し年下くらいだ。カントはてっきり兄妹とばかり思っていた。
ユウは来た道を戻りながら少し苦そうな笑顔を見せた。
「ああ、それね、ナオはさ、僕の姉ちゃんの子供なんだよ」
「姉ちゃん?」
「そ、十年前に死んじゃったけどね」
ユウの姉は日本でナオを産んですぐ仕事先の中国で死亡した。コロニー連合の落としたコロニーによって。ユウもその時のことは詳しく覚えていないが姉がナオを抱いたのはたった1回きりだったらしい。
「それからかな、親父がコロニーを毛嫌いし始めたのは」
生まれたばかりの孫を残して娘を殺された。その矛先がコロニー全体に向けられるのは的外れだが理解できぬ怒りではない。
「もちろん僕はコロニー連合とか自由軍とその他の人達は別物だってわかってるよ、親父も頭ではわかってるはずなんだけど……」
ユウは深く息を吐いた。そこにはユウの抱える家族や自分の将来に関する様々な悩みが込められているようにカントには思えた。
「それにしても随分若い叔父さんがいたもんだな」
話を替える意味が半分、からかいが半分でカントは言った。
「君もそれを言うのか……それはもう耳が痛くなるほど言われたよ」
「じゃあ呼び方を変えてみるってのはどうだ?例えば……お兄ちゃんとか」
「それも考えたんだけどさ、でも実際僕はナオの叔父なわけで。そこをあえて嘘を言わせるって言うのもね」
ユウはそう言ってナオの頭をわしわしと撫でた。ナオはそれを嫌がってユウから離れる。
「おじちゃんのばか!」
「多分ナオも僕が嫌がるのわかっててああ呼んでるんだと思う。もっと懐いてくれればいいと何度思ったことやら」
「十分懐いてると思うけどな」
「それ、皮肉?」
「いや?」
なんとなくはぐらかしてみる。しかしカントがそう思ったのは本当のことだ。ばか、なんてよっぽど信頼してる人に対してじゃなきゃ言わない。
そんな会話をしながらカントが達は帰り道を歩いた。森を抜けると辺りには工場があちらこちらに点在している。その中に壁の一部が大きく損壊したものがあるのをカントは見つけた。
「あれは何なんだ?」
「ああ、丁度君達が来た日に中破したルミナスアートが落ちて来たんだ」
カント達が来た日に墜落した。それはすなわちあの日カントが撃ち漏らした機体に間違いない。それで怪我人でも出ていたら申し訳がない、とカントが聞いてみるとユウは笑いながら返した。
「大丈夫大丈夫。ここにあるのはみんな廃工場だから」
「これ全部か?」
現在カントに見えるものだけで4棟、ユウの工場の近くに2棟あった。カントが知っているだけで6棟もあるのだ。そんな数の工場が全て停止するなんてありえるだろうか。カントは思わずおうむ返しに聞いてしまった。するとユウはそうだよ、と当たり前のように答える。
「もうこの辺で動いてるのはうちだけじゃないかな」
「そうなのか……」
道理で内部を走り回っても何も言われなかったはずだ、というところまで考えて初めてそもそも工場が動いていればそう簡単に入れるわけがない、という考えに至った。至極当たり前のことを聞いてしまった自分が恥ずかしくなった。
「主な製造はゼネラルエレクトロニクスとかシーメンスみたいな大企業が社内で一括管理するようになっちゃったから、地価の高い地球でわざわざ生産する必要が無くなっちゃったんだよね」
ユウは少し寂しげに言った。
「でもそのお陰で人的被害はゼロだったし、複雑な気分だよ」
そうこうしている間にその工場の大穴の前に来た。するとユウが疑問の声を上げた。
「あれ、もう撤去されちゃったのかな」
「え?」
「いや今日の朝はここから少し機体が見えたんだけど」
カントは慌てて穴をよく見てみる。だがどこを見てもLAらしき残骸は見えなかった。もっともユウの見間違いという可能性もあるのだが、カントは背筋を這うような嫌な予感を感じた。
撤去された?そんなはずはない、ここにいるカントだけがそう断言できる。あれだけ嫌味を言っていたのだ。そうさっさと撤去するとは思えない。カントの背を這う予感はどんどん膨らんでいく。
「なあユウ。一応聞いておくが……」
「ん?」
「この工場は何を作っていたんだ?」
ユウは能天気に答えた。
「ルミナスアートのパーツだけど」
その瞬間、カントは自分の予感に確信を持った。カントが破壊したのは敵のフライトユニット。もし墜落でパイロットが生きていたとしたら。
「ユウ、ナオ、走るぞ!」
そう叫んだ瞬間、工場の壁の一部が吹き飛んだ。降り注ぐ瓦礫からナオを守ろうとユウはその背中に覆いかぶさった。
土煙の中にぼんやりと映る人型とその頭部に光る一ツ目。間違いない。カントが撃墜し損ねたあのヘリアムだった。
「ユウ!立てるか?」
幸い3人とも大きな怪我はない。せいぜい肘を擦りむいた程度。カントは地面に張り付いているユウとその下のナオを引き起こした。
「いいか、あいつは多分地球の人間は見境なく襲う。だから2人は全力で走って親父さんのところへ向かえ」
「2人はって……カントはどうするんだよ!」
「俺ができるだけあいつを引き寄せる。あんまり長くはもたないから急げよ」
そう言ってカントが立ち上がるとその肩をユウは掴んだ。
「じゃあ君は……!」
「頼む。あそこにはナタリスもいるはずなんだ」
それを聞くと肩を掴むユウの手の力がぐっと弱くなった。そしてその裾を掴む姪とカントの顔を交互に眺め、肩から手を離す代わりに強めに拳を当てた。
「……わかった」
そしてユウは未だ立ち込める土煙の中をナオの手を握って駆け出した。
ユウ達が走った方向とは逆の方向からカントは足元の瓦礫を一欠片拾い、目の前の巨大な人影向けて思い切り投げつけた。
「おい!お前を堕とした白い機体のパイロットは俺だ!」
するとあちこちに揺れ動いていたモノアイが真っ直ぐカントを見据えた。カントはもう一度瓦礫を投げつけ、既に半壊した廃工場の中めがけて走り込んだ。




