傷めた心の一歩先をもがく
何よ、皆んなして……レイなら……絶対私の味方してくれるのに」
ナタリスは飛空艇の上から空を見上げた。やはり星空は見えない。地球では街の灯りや大気中の塵などで当然だがコロニーよりも星が見えない。しかし月だけは宇宙で見る何倍も綺麗だった。
「……よっと、ここにいたのか」
下からカントの顔がひょこっと現れた。
「どうしたんだよ、探したんだぞ?」
カントもまさかナタリス、コロニー議長の娘が飛空艇の上によじ登っているとは思わず飛空艇の中を駆け回って探したのだ。
「……うるさいわね、ほっといて」
「レイじゃなくて悪かったな」
カントがそう言うとナタリスはボンと顔を真っ赤にした。その赤さはまるでトマトかと見紛うほどだ。
「き、聞いてたの?」
「『聞こえた』んだ」
「……何か文句ある?」
「文句?」
突如ナタリスの口から出た言葉にカントは思わずおうむ返しをしてしまう。
「その、コロニー議長の娘が1パイロットを想うなんて……って言わないんだ」
「ああ……」
コロニー議長とはそこに住むコロニー市民の総意を他のコロニー及び地球に代弁する、名実共にそのコロニーの代表だ。となればその行動や発言には相応の責任が問われる。それはその家族とて同じだ。
パイロットはどんな綺麗な言葉で飾ったとしても人を殺して生計を立てている人間だ。そんな人間と平和を守り、希求していかなければならない議長の、その娘が深く関わるのを快く思わない人間が少なくないのもまた事実だった。
「皆んな私のこと何も知らないくせに」
ナタリスが漏らしたその一言でカントはずっと感じていた既視感の正体に気づいた。今の状況は以前ミサキが不登校になった時と酷似しているのだ。そしてその時もナタリスと同じ台詞を吐いていた。
「何、気にすんな、お前がレイを好き、なんてことこの船の全員が知ってるよ」
「え、嘘!」
するとナタリスは驚きで目を見開いた。心なしか声も上ずっている。
「嘘なわけあるか、それにあんなにわかりやすくしておいて本当に気づかれてないとでも思ってたのか?」
「……」
「ま、色々言う奴もいるだろうけどさ、お前の味方してくれる奴もたくさんいるだろ?」
するとナタリスは顔を落として首を振った。
「皆んなが見てるのは、皆んなが味方してるのは『コロニー議長の娘』。誰も『ナタリス フロイド』は見てない」
その言葉にカントははっとした。昼間の出来事が蘇る。『コロナイザー……』今の自分はあの男と同じではないか、『コロニーに住む人々』を全て『コロニー連合』と括ったあの男と『ナタリス フロイド』を『コロニー議長の娘』と括った自分、一体何が違うというのか。大きい括りしか見えていない。その中のナタリスという個人が抜け落ちていた。自分で言っておきながらそのことに気づけなかったのが堪らなく悔しい。
「でも……レイだけは私を見てくれた」
カントにはミサキやナタリスの苦しみはわからない。親と比べられ、立場に沿った行動を求められる。むしろそんな気持ちが理解できるのはこの世界でもごく少数派なのではないか。それでもカントはそう言ったナタリスの笑顔を見るとそんなレイの存在がいかに大きいかがわかった。
「……そうかい、じゃあ俺はもう寝るよ」
カントはナタリスに背を向けると飛空艇の翼へ滑り降りた。振り返らずとも後ろでナタリスがきょとんとした顔をしているのがわかる。そこでもう一言、ナタリスに届くように大きな声で、。
「お前も風邪ひかないうちに戻れよ?ミルが心配してたぞ!」
翌日、人口照明でない本物の太陽が空へ登り、地上を照らす。何もしなくても勝手に空が明るくなる、というのはコロニー育ちのカントにはどうにも慣れなかった。そんなカントは朝ベッドから飛び起きるなり格納庫へ向かった。昨日ナタリスを探す途中で気になるものを見つけたのだ。
「……あったあった」
それはLAに装着するフライトユニットだった。大型のスラスターと空中で機体を安定させるスタビライザーが合わさった形をしており、LAの背部に装着する。エルシオンの他に貨物室にある2機のアルゴンとアルゴンFBにはもう着いているし、1つだけ余った予備なのだろう。
「カント?どうした?そんなところで」
「これをエルシオンに着けられるようにできないかと思ってさ」
カルナは未だ眠たげな目を瞬かせた。そして満足気に笑みを浮かべるとカントの背中を思い切り引っ叩いた。
「よし、乗った!」
「乗った?」
カントは叩かれた後でじわじわと熱をもってくる背中をさすりながら聞いた。確か下手にエルシオンを触れない、とカルナ自身が言っていたからだ。
「言ったろ?そういう『決まり』だって。決まりなんて破るためにあるんだよ」
カルナの口からとんでもない言葉が飛び出す。ケインと直々に話し、多額の負債のあるカントではとても口にできない言葉だ。
「それに他の機体の標準規格に合わせなかった向こうの手落ちでもあるからね……どした?」
「いや、お前に対する考えを改めないとな、と思って」
「ふふ、思ったより動ける女だろ?いつでも惚れていいんだよ?」
冗談を飛ばしつつカルナは手早くユニットを固定し、鎖で吊るす。
カント、エルシオンをここのすぐ横につけてくれる?」
カルナの言葉通りカントはエルシオンをユニットに背を向ける形で跪かせる。カルナはエルシオンの背部のスラスターやその周辺を調べ、指をパチンと鳴らせた。
「いいか?問題は単純だ。エルシオンのあそこの装甲がユニットのこの部分と干渉するんだ」
カルナはエルシオンとユニットを交互に指差す。
「接合部の規格なんかは同じなのか?」
「幸運なことにね。多分オプションパーツは後から造る予定だったんじゃないのかな」
確かエルハーグは輸送中だったと言っていた。オプションパーツも完成していない機体をどこへ持っていくつもりだったのだろうか?
ともかく最悪の事態は免れた。接続部の規格が違っていたらもう手の施しようがなかったところだ。
「じゃあ干渉部を切り取ればいいんだな」
「まあ、そうなんだけどね……あ」
カルナはその顔を一言で表すなら『しまった』という表現が1番相応しい、そんな表情で頭に手を当てた。
「どうした?」
「切り取る工具が……無いんだよね」
カントも改めて格納庫内を見渡してみる。フライトユニットと言ってもそれは兵器であるLAのオプションパーツだ。普通の金属のように簡単に切れるようなものは話にならない。つまりLAの外部装甲ほどではないにしろそれなりの硬度はあるのだ。それを切るには専用の道具が要る。
「そんな……あ」
格納庫を見渡すカントの目がある一点で止まった。
「ある」
「は?そんなものどこに……」
カルナもカントの視線を辿ってみる。するとやはりある一点に目が引き寄せられた。
「あるね」
「だろ?」
それは何を隠そうエルシオンの腰部、ブレードラックに格納されていた。LAの装甲を斬り裂けるのだからフライトユニットユニットを切り取るくらいわけもない。
「よし、じゃあ……この線に沿って切って、気をつけなよ?少しでもズレればフライトユニット本体まで使えなくなるからね」
カルナはペンキでユニットの干渉部に線を引く。そしてカントをたっぷりと脅した後ユニットから飛び降りた。しかしいきなり飛び降りるにはいささか高すぎたようで着地した後くるぶしを抑えてうずくまっている。そんなカルナを尻目にカントはエルシオンの操縦桿を握った。
「エルシオン、ブレードの出力を最低に」
[了解。ブレード出力低下]
その声と共にエルシオンの握っているブレードの刃部分が細くなっていく。しまいには1本のワイヤーのような太さになった。
「よし、いくぞ……」
注意深く刃をカルナの引いた線に沿って動かしていく。少しでもカントの手元が狂えばブレードがユニットのスラスターやスタビライザーを傷つけてしまう。そうなれば資材の無い現状では直しようがない。
「ゆっくり、でも早く……」
更に切り進め、目標の半分程まで辿り着く。だがここで気を抜けば全てがおしまいだ。
「あとちょっと、あとちょっと、あと……やった!」
つい達成感に声が漏れてしまう。ブレードを動かしきるとガタンと大きな音を立てて切り取った部分が地面に落ちた。カルナの方をみるとウインクして親指を立てている。もちろん指の向きは上だ。
「よくやった!こんな細かい作業ができるパイロットもいるもんだねぇ」
確かに戦闘時は一々ブレードの軌道を細かく変えてなんていられない。少なくともカントはそうだ。レイやエイラなどはわからないが。カルナはまだ熱をもっている切り口とエルシオンを交互に眺め、満足そうに笑う。どうやらカントの仕事は相当カルナのお眼鏡に叶ったようだ。
「一仕事終えたし、ご飯にしようか」
カントとカルナは連れ立って食堂へ向かった。すると偶然中で食事をしていたナタリスと居合わせた。もちろんミルも。
「お、奇遇だね」
「意外と朝は早いのですね、私はてっきりいつまでも惰眠を貪っているかと思いましだが」
「残念だったな、俺は朝は早い方なんだ」
カントは両親が死んでからミサキの父親に何かと世話をしてもらっていたが自分の生活費くらいは自分で出そうとアルバイトを詰め込んでいたのだ。だから朝が早いというのは本当だ。
「そうですか、夜な夜な部屋で1人粗末なものを弄っている割には健康的ですね」
ミルは懲りもせず朝からカントへの風当たりが強い。カントとしてはこのような仕打ちを受ける謂れはないのだが下手に訊いたりなどすれば何をされるかわからないので未だその原因は謎のままだ。
「そりゃ女心は秋の空、ってやつだね」
カントは砂浜にいたユウにそのことについて話すとユウはそう言って笑った。
「秋?あーっと……ごく一部の地域に見られるその土地への太陽の当たり方が高所から低所へ移動する中間期……だっけ?」
当たり前だがコロニーに季節などというものは存在しない。カントが学校で習ったおぼろげな知識を披露すると暫くの間ユウはぽかんと口を開けていたがやがて腹を抱えて笑い始めた。
「そ、そんなにおかしかったか?」
しかしコロニーで習う知識は本当にこんなものだ。カントは季節というものを習った時から春と秋の違いがわからなかった。暑くも寒くもない時期、ならわざわざ名前を分ける必要もないのではないか、常々そう思ったものだ。ともかくいくらカントでもあれほど笑い転げられれば傷つく。
「いやいや、ごめん。まさか季節をそんな風に表現する人がいるなんてね」
「じゃあ恥ついでにもう1つ。春と秋の違いって何なんだ?」
1つの恥も2つの恥も変わらないとカントは思い切って長年の疑問をぶつけてみた。
「そりゃ、春は花が咲いたり、雪が溶けて草木の芽が顔を出したり……秋はほら紅葉とか……」
ユウも話すうちに頭が混乱してきたようだ。手で髪をくしゃくしゃにする。
「……とにかく、春と秋は全然違うものなんだよ!」
結局ユウは適当な言葉が見つからずそう質問を丸投げした。その様子が何となくおかしくて今度はカントの方が腹を抱えて笑った。つられてユウも笑いだす。
ひとしきり笑うとユウのお腹が鳴った。
「飯食べてないのか?」
「まあね、家にいると親父が手伝いしろってうるさいからさ」
「そういえば昨日はごめんな、突然帰ってもらって」
昨日カントはナタリスの部屋に張り付く前に長期戦になるのを見越してユウには帰ってもらったのだ。自分で待たせておきながら勝手極まりない。
「別に、気にしてないよ。それより朝僕の家の場所を聞きにきた女の子がいたけど彼女はカントの知り合い?」
「女の子?」
「そ。金髪で……」
その時点でカントの周囲にいる人物は1人に絞り込まれた。
「目つきがきつくて高飛車なお嬢様、って感じの?」
「そうそう。よくわかったね」
「まあな」
ナタリスがユウに何の用だったのだろうか。ユウの家を訊いてきたと言っていたが……
「ま、いいか」
ナタリスのことだ。別に深い意味はないのかもしれない。それに僅かではあるがそっくりの別人という可能性もある。
「じゃあ僕はそろそろ戻るよ、あんまり親父を怒らせても面倒だしね」




