移ろいゆく時の流れとうつろわぬ人の心
「これと、これと……あ、これもいいわね」
「こちらもお嬢様には似合うと思いますが」
「でもそれちょっと露出多くない?」
「大丈夫です。お嬢様にふしだらな目を向けた輩には私がその目を抉り取って見せます」
「そうね、チャレンジも必要よね、これも買うわ!」
「お前らなぁ、少しは節制しろよ……」
既に両手両肩に袋を抱え(させられ)たカントを尻目に2人のお嬢様は容赦なくカゴに商品を放り込んでいく。インターネット通販が主流になった現在でもこうやって店頭に商品を並べ、手に取ったり試着したりして買い物をする、というのはやはり一定の需要があり、それに伴う荷物持ちという苦行もまた廃れこそすれど無くなる兆しは見せない。
「そうですね……あとは観賞用のダンベルを10個ほど買いましょうか」
ミルは左右の腕に全力でかかる重みにあえぐカントを横目に見ながらわざとらしくそう言って見せた。他の誰かならば冗談で流せたのだがミルに限って言えば本当にやりかねない。
「お前は鬼か」
カントもしばしばミサキの買い物に付き合わされる度に死ぬような思いをしてきていて、ある程度耐性はついているはずだと自負している部分もあったのだがそんな自身はあっという間に吹き飛んだ。なぜなら今回は2人分、その上1人は確実にカントを殺しにかかっているのだ。よく保った方だ、と自分を褒めながらカントは少しづつ後ずさり、ナタリス達に気づかれないように店の外へ抜け出した。
「痛てて……」
手に赤く残った紙袋が食い込んだ痕を眺めながらかぼんやりと辺りを見渡した。この辺りで1番大きいというショッピングモールはその名に恥じぬ巨大さと客足を誇っていた。だからちらほら聞こえるのだ。『あれがコロニーの?』だの『戦争なら宇宙でやってくれないかな』だのという声が。どうやら市長の話は本当だったようだ。確かにナタリス達に好感を持っているとは考え難い。
カントは大きく欠伸をした。ツヴェルフにももちろんショッピングモールの1つや2つあったし、カントもよく足を運んでいた。そして同じように買い物をし、同じように友達としゃべり……同じように荷物持ちもした。なのになぜ……同じ人間であるはずなのにこうも違うのだろうか……
「何をサボっているのですか」
珍しく哲学的な思考に浸っていたカントの頭は物理的な衝撃でハッと我に返った。
「あ、でも袋は地面に着いてないだろ?」
カントは手近な店で1番大きい袋を貰って来て地面に敷き、その上に買い物袋を置いていたのだ。幾度となく荷物持ちをさせられて来た末に編み出した苦肉の策である。
ミルがカントの足を踏もうと足を上げた直後、聞こえよがしに声が聞こえた。
「ったく、宇宙の奴ら同士の戦争なら宇宙でやれよ」
その瞬間、ミルの青筋がピクッと動いたのが見えた。カントは最悪な事態を想像して目を瞑ったがミルの苛立ちはそのまま100パーセントカントに向けられた。
「痛ででででっ!」
全体重をカントの右足に向けられる。骨が砕けるのではないかという激痛がカントの足に突き刺さった。
「……意外だな」
「……」
しかしカントにはどうにも納得できなかった。出会ったばかりのカントに完璧なボディーブローをお見舞いするようなメイドだ。即血祭りにあげても何もおかしくない。
「……これは観光ではありません。外交です。相手の領域で問題を起こす訳にはいきません」
「そうか……」
オズマやナタリスはコロニーと地球の平和のためにわざわざ地球を巡っているのだ。ミルとしては今すぐに殴りかかりたい衝動を必死に抑えているに違いない。
「だからってその苛立ちを俺に向けるのもどうかと思うけどな」
相変わらずミルは足をどかしてくれない。ついにあまりの痛みで足の感覚がなくなってきた。
ショッピングモール内ではさっきのような陰口が所々で聞こえてきた。その度にナタリスは顔を曇らせるし、ミルの機嫌は悪くなるし、でろくなことはなかったがそれでも直接言ってこないだけマシだった。何せ無視をすればそれまでだから。しかし広いショッピングモール、中に1人2人はいるものだ。
「おい、コロナイザー」
コロナイザーとはコロニーに住む人々への蔑称だ。この時点でもう平和的な会話にはならないだろうということは容易に想像がついたのだがその男はナタリスの肩を掴んできた。
「貴様らは俺たちに戦争をふっかけた上にコロニーまで落として地球をめちゃめちゃにして……まだ足りねぇのか!」
自分よりも大柄な男に怒鳴りつけられてナタリスはひっ、と小さな声を漏らした。これによって既に半分……いや9割ほどキレかかっていたミルの理性が完全に飛んだ。
ナタリスの肩を掴む男の腕を掴み、へし折ろうと力をかける。運悪くついさっき男が大声を出したせいで通行人が集まってきてしまっている。
カントはとっさに買い物袋を下ろし、ナタリスと、ミルと、そして周囲の状況を見まわし、短い逡巡の後男のアゴに渾身のフックをお見舞いした。男は目を回してくれたがその分カントの拳にも激しい痛みが走った。ひょっとしたらヒビくらい入っているかもしれない。
「おい、逃げるぞ」
カントはナタリスとミルを急かし、ショッピングモールを走った。
「……はぁ、はぁ」
「こ、ここまでくれば大丈夫だろ」
三人はショッピングモールから走り、乗ってきた車に乗り込んだ。
「全く、無茶をしますね、いきなり殴りかかるなんて」
ミルはアクセルを踏む。自動車は音もなく滑るように走り出した。
「そうよ、もしこれが問題になったら……」
「もしミルが殴ってたら、な」
「どういう意味ですか?」
「俺はコロニーツヴァイとは何の関係も無い、てこと」
その答えにまずミルがため息を吐き、一歩遅れてナタリスも肩を竦めた。
ナタリスはもちろんミルも『コロニーツヴァイからの使者』という括りには変わりない。しかしカントは別だ。ツヴァイの船に添乗しているだけの部外者だ。多少、いやかなり無理のある理屈だがだからと言って理屈として成り立たない訳では無い。
「じゃあ私はお父様に報告してくる」
飛空艇に到着するとナタリスはそう言って自室へ戻って行った。肩を落としているように見えるのは決して錯覚などではないだろう。
「じゃ、俺はカルナに残念な報告をしてくるよ」
ミルと2人きりなんて肉体的にも精神的にも保ちそうにないのでカントは早々に退散すべく格納庫の方へ体を向けたが突然ミルに右手首を掴まれ、捻り上げられた。
「痛って!何すんだ!」
「その痛がりかただとヒビが入っているかもしれません。早めに治療した方が良さそうですね」
そう言うとミルはカントと一切目を合わせることなく、むしろカントの方を見ることすらせずにカントの手首を引っ張って医務室へ引きずり込んだ。
「慣れないことをするからです」
そう言いながらもミルは薬品棚を漁り、器具を抱えて戻ってきた。
「手を出してください」
カントが言われるままに手を差し出すとミルは意外にも手早く処置を済ませ、包帯を巻き始めた。
「意外だな、まさかお前にこんなことができるなんて……あだっ!」
ミルは巻いていた包帯を勢いよく締め上げた。カントの手を殴った時以上の激痛が襲った。
「変な勘違いをしないでください。これはあくまで理性を保ちきれなかった私への罰です」
「俺への手当は自己罰、か」
「……でも」
ミルは柄にもなく顔をほんのり赤くした。
「助けてもらったのは事実なので。……ありがとう」
できるだけ顔を赤くしないように努めているらしく、顔はそれ以上紅潮しなかったものの、代わりに耳が真っ赤に染まっていた。しかしそのおかげでもごもごと口の中で呟いた最後の一言をカントは容易く予想することができた。ミルもそれに気づいたらしく、慌てて話題を逸らそうとそれにしても、と切り出した。
「彼等は本当にあの演説がコロニー……宇宙だけのものだと思っているのでしょうか」
慌てて捻り出した割には的を射た疑問だったので思わずカントも考え込んでしまった。
確かにツヴェルフの演説は各コロニーに対して合衆政府への疑問を投げかける内容だった。それを考えれば地球も十分に『内輪』であるはずだ。
「ま、地球の奴から見たらコロニーの市民も自由軍もコロニー落としをしたコロニー連合も同じ『コロナイザー』ってことなんじゃねえの?」
人間は何か自分達とは違う分子を見つけるとそれをできるだけ大きな括りで囲もうとするきらいがある。旧世代で言う国や宗教、人種などがいい例だ。自分で言いながらカントも、そして聞いていたミルも『地球の人』と括っていることに気づいた。
「ですが……」
本当は違う。そもそもコロニー連合だって全てのコロニーが参加したわけではない。むしろ参加したのはほんの一握りなのだ。増してオズマやナタリスは地球との友好のために危険を冒して地球に降下までしたのだ。
「市長も言ってたろ、事実が問題なのでは無く人々がどう取るかが重要、って。悔しいけどあれはある意味で世界の真理を突いているのかもな」
恐らく混乱が生じているのは日本州だけではないだろう。そう考えるとあのほんの十数秒間の演説で綻びができるほど脆い平和なのだ。これが崩れるのも時間の問題かもしれない、とカントは包帯でぐるぐるに巻かれた右手を見ながらふとそう思った。




