それはそれ、これはこれ
香港を出発してカントの体感で3時間ほど。本当はもっと経っているかもしれないし、もっと短かったかもしれない。エルシオンの整備のヒントがあるかもしれない、と分厚いマニュアルをぱらぱらめくっていると自然に瞼が重くなり、つい貨物室の床に座り込んだままウトウトしてしまっていた。そこを激しい揺れと爆音で叩き起こされたのだ。
「な、何だ?」
貨物室を見渡すとレイを含むパイロットは慌ただしくLAのコックピットへ走っていた。その内の1人を捕まえて何があったのかと聞いてみると、
「下から狙撃された。とにかくお前もエルシオン……だっけか?に乗れ!」
と、言うなり走って行ってしまった。しかし狙撃、という単語で未だ靄がかかっていたカントの脳は一気に活性化し、すぐ後ろのエルシオンのコックピットに乗り込んだ。
「レイ!何が起こってる?」
既に外に出ているレイに状況を訪ねる。外ではかなり激しい戦闘が繰り広げられているようだったがレイからは返事が返ってきた。
『日本州に領空進入許可を得るために高度を落としたら下から撃たれた。恐らく香港を襲撃した奴らと同じだろう』
そこで通信は途切れてしまったがレイの声質からかなり切迫した状況を読み取るのは容易だった。
香港を襲撃したように日本州にも攻撃を仕掛けようとしていた。そこへ上空から丁度いいおやつが降りて来た、という訳だ。レイに続いた2機のアルゴンに続いてカントも飛空艇から出ようとしたが慌てた様子のカルナに止められた。
「ち、ちょっと!フライトユニットも無しにどうやって戦うつもり?」
「フライトユニット?」
「ルミナスアートが大気圏内で機動力を確保するにはフライトユニットがいるんだよ!アルゴンの背中についてたろ?」
思えば確かにアルゴFBや今しがた飛び立ったアルゴンの背部にはエイラの機体には付いていなかった大型のスラスターとスタビライザーが付いていた。
「なあエルシオン、それ無しだとどれくらい飛べるんだ?」
[フライトモジュール無しの当機の連続飛行時間は30秒、ただし機動性は大幅にダウンすることが予想されます]
さすがに30秒ではろくに戦えないのでカルナにそのフライトモジュールをエルシオンに取り付けられないか、と聞いてみたが返事は芳しくなかった。
「無理だね、アルゴンのじゃエルシオンには取り付けられない。物理的にね」
「……しゃあない」
カントは余っていたライフルを掴むと開け放しの貨物扉に立ちふさがった。
下をみると眼下には青い海が見える。この位置からでは見えないが翼かエンジンがやられて高度がだせないのかもしれない。その上レーダーに映る敵機の数は7。こちらが圧倒的に不利だ。
『カント!お前はいい!そのまま戦っても狙われるだけだ!』
通信機越しにレイの罵声が飛んでくる。しかしカントはその場から動こうとはせず、飛空艇を後ろから狙う敵機をライフルで狙った。
エルシオンの射撃補助システムの助けもあってたまたまその中の1発が敵のスタビライザーに命中、敵機はコントロールを失い、大きな水飛沫を上げて海に墜落した。
「な?役には立ったろ?……レイ、後ろ!」
カントのレーダーにアルゴンFBの進行方向とは逆の向きから迫ってくる反応に咄嗟にそう言った。直後、その反応は消え、飛空艇が爆音と共に再び大きく揺れた。
どうやら敵のミサイルを撃ち落としている途中の不意打ちだったらしい。だから後ろの敵機は撃破したがミサイルを通してしまったのだ。
『助かった。後ろの敵は任せたぞ!』
「任された!」
常にレーダーを視界に入れながら背後からくるミサイルを片っ端から撃ち落としていく。もしカントが撃ち漏らせば飛空艇の内部で爆発が起こることになり、大打撃は免れない。
そんな最中、また飛空艇が大きく揺れ、更に機体の高度が落ちた。もう水面をかすめながら飛んでいる状況だ。
『これ以上機体を維持できません!正面の砂浜に不時着します!』
そんなパイロットの声が聞こえてきた。動いてすらいない飛空艇などいい的だ。パイロットの口ぶりからしてかなり切羽詰まっているのだろう。
「エルシオン!30秒はいけるんだな!」
[肯定]
カントは深く息を吸い、吐いた。そして格納庫の床を蹴るのと同時にスラスターを最大まで吹かせ、空中へ飛び上がった。後ろでカルナが何か叫んでいるようだったがそんなことを気にしている暇はない。
上空ではやはり3機とも苦戦を強いられていた。飛空艇を守るのに手一杯で敵機にまで手が回せないようだ。
カントは心の中でカウントを進めながら照準をまずはアルゴンFBにつきまとっている2機に向ける。するとカントに気を取られたヘリアムが一瞬注意をアルゴンFBから外した隙にレイは素早くその1機を撃破、そのままもう1機のコックピットをライフルで撃ち抜いた。
残りは2機。パイロットが言っていた砂浜までもうあと僅かしかない。
しかしアルゴンの1機が飛空艇を庇って破損、アルゴンは運良く飛空艇の上に墜落したがこのままでは飛空艇ごと狙い撃ちされてしまう。
「こ……の!」
ヘリアムにライフルを向けるが弾が出ない。ミサイル迎撃のために撃ちまくったのが仇になってしまった。
カントは舌打ちしてライフルを投げ捨てるとヘリアムめがけて無理やり加速、ブレードを展開させて大きく振り下ろした。しかしあっさり躱されてしまう。だがそこで諦めるわけにはいかない。ブレードを振った体勢のままヘリアムに体当たり。
予想外の攻撃に戸惑ったヘリアムはろくな回避もできず、推進装置を破損してコントロールを失い、陸に向かってヨロヨロと飛んでいった。だがそこで一息ついたのも束の間、カントは戦闘に集中しすぎてカウントを忘れてしまっていた。気づいた時にはもう手遅れ。
[スラスター、過剰燃焼によりオーバーヒート、強制停止します]
そんな声と共にエルシオンはスラスターから煙を吹かせながら海に向かって真っ逆さまに落ちていった。海面がすぐ目の前に迫り、もうダメかと思った矢先、機体が何かに持ち上げられた。上を見るとアルゴンFBがエルシオンの機体を掴み、抱えながら飛んでくれていた。
「あ、ありがとう」
『気にすんな、こっちも助けてもらったからな』
レイはそう軽い調子でいうとエルシオンを飛空艇の上に着陸させた。
無理、とカルナは首を横に振った。飛空艇が不時着した場所は日本州の新潟と呼ばれる地域。東京まではまだ少し距離がある。だがカルナによると飛空艇の復旧にはかなり時間がかかるらしい。それを待っている時間は無い、とオズマは護衛のレイと共に一足先に東京に向かってしまった。つまり取り残されたカント達はオズマが会合を終えて帰るまでに何とかして飛空艇を再び飛べるようにしておけ、ということだ。
「これが海……」
しかしそんな頭の痛くなる現実からは一旦目を逸らし、カントは生まれて初めて見る圧倒的な大海原をぼんやりと眺めていた。完全循環を前提としているコロニーには当然こんな量の水は存在しない。だから見渡す限りの水というものは教科書で見るくらいのものだったのだ。
「何をボケっとしているのですか、殺しますよ」
何やら物騒な事を口走りながら背後から砂浜を踏み分けてくる音が聞こえた。振り返らずともこんな口の利き方をする人物をカントは1人しか知らない。
「どこに行くんだ?」
「物資の調達にね、船を修理するにもルミナスアートを修理するにも資材は要るし……生活用品も買い足しておかないとね」
いかにもオズマがいない間は私がトップだ、と言わんばかりの口ぶりだが本当の目的は後者の方だろう。確かにずっと飛空艇にカンヅメ状態だったし、息抜きをしたい気持ちもわかる。
「俺はもうちょっとここに……」
「黙りなさい」
これ以上自分の意思を通すと本当に命の危険を感じたカントは渋々砂浜から腰を下ろした。
砂浜から市街地まではミルの運転する車で10分ほど、まず向かったのは市長の居る役場。受付の女性に訳を話すと初めは怪訝な顔をされたがすぐに応接室のような場所に通された。
「あなたがコロニーの代表ですか」
ふかふかのソファには扉側からカント、ミル、ナタリスの順で座り、向い側に市長らしき妙齢の女性が座った。
「いえ……代表は現在不在で……私はその代理です」
それを聞きながら市長は目を閉じ、あからさまにため息を吐いた。
「こちらに勝手に不時着しておいて資材を調達してほしい、その上頼みに来るのが代理、ですか」
ここまで話を聞いてカントは何かがおかしい、と何となく感じた。それはミルも同じなのだろう。市長に殺気を込めた目を向けるのを必死に堪えているようだったが傍目に見て丸分かりなほど堪えられていなかった。その上ナタリスは、というと緊張でガチガチに固まっており、そんなことを気にしている余裕すら無いようだった。
「いいですか?お嬢さん。現在地球はコロニーツヴェルフでの演説によって非常にデリケートな緊張状態にあります。それはここ日本州でも変わりはありません」
そこで市長は反応を窺うようにジロリとナタリスを睨みつけた。
「そこへ来てあなた方の領海内での戦闘です。ただでさえコロニーに対する不信感が高まっているのに地球へあなた方の内戦を持ち込まれては……」
「ち、ちょっと待ってください、あれはあなた方を守るために……」
今度ばかりはナタリスも言い返した。結果論ではあるが日本州を攻撃しに来た敵を倒したのだ。感謝こそすれ、責められる謂れなどない。しかしそれに対する市長の反応は冷たかった。
「事実がどうあれ、それを受け取るのは人間です。そして彼らが事実をどう受け取るのか、それが全てです。この意味がわかりますね?」
つまり少なくとも市長を含めてこの地区の住民はナタリス達を歓迎してはいない、ということだ。
「本当は大破したルミナスアートが墜落して破壊した施設の補償金をお支払いしていただきたいところですが……それは今回に限りこちらで処理します。だからそちらの本当の代表にはそのようにお伝えください」
そういうと市長は横目で既に開けられた扉を指した。ナタリスはキャベツの外葉のように萎れてしまったし、ミルは殺気を隠せていないしでカントはひとまず立ち上がり、腰を折るとナタリスとミルを引っ張って役場を後にした。
「まあ……元気出せよ」
「本当にあのババア腹が立ちますね」
ミルは役場から一歩出るなり口汚い言葉で市長を罵り始めた。しかしナタリスは相変わらず萎れたままだ。確かにあれだけボロカスに言われれば落ち込むのも無理はない。
「資材はまた別の方法を考えればいいだろ、それより2つ目の目標を達成しに行ったらどうだ?」
そう。わざわざ街まで来た目的は2つ。1つは市長に資材の調達を頼むこと、そしてもう1つは単純なショッピングだ。
「そうですね、このゴミ虫野郎の口車に乗るのは癪ですが色々買えば気分も変わるかもしれません」
「そう……ね」
ナタリス達が繁華街の方へ足を踏み出したのにタイミングを合わせ、カントはそれとは逆の方向、飛空艇のある砂浜の方へ歩き出した。もし何も考えず2人について行けば何をやらされるかわかりきっていたからだ。
「どこへ行こうというのですか、荷物持ち」
「いや、少し走って汗をかこうと……」
言いながら苦しい言い訳かな、と思ったが考えてみればどんな言い訳をしたところで見逃してくれるはずもないか、と変な納得をしてしまった。
「汗ならこれからたっぷりとかかせてあげます」
とびきりの笑顔で首元を掴まれ、必死の抵抗も虚しくカントは引きずられていった。




