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Route Of Elsion  作者: 世界史B
修復する綻びた世界の中を
22/53

それはまだカカオ豆

「ほい、着いたよ」

一般の飛空挺にしては貨物室が大きいように感じられる。しかしソディアとは違いケージなどは無く、エルシオンを含めてLAはロープで固定されていた。カントは言い知れぬ違和感を感じたがその原因はすぐにはわからず、ひとまず頭の片隅に追いやってエルシオンの元へと向かった。

「それ、カントのだよね、どこで手に入れたの?見たことない型だけど」

「ゼネラルエレクトロニクスの新型。俺はただの雇われパイロットなんで詳しいことはよくわからん」

「そっか。でも結構ガタがきてると思うよ、この機体」

カルナはエルシオンの脚部を指でなぞりながら言った。カントの頭上に?マークが浮かんでいるのを見てカルナは脚立を登り、関節の部分を軽く叩いた。

「ルミナスアートも結局は精密機械だから結構こまめにメンテしてあげないとすぐ性能に影響するからね。例えばこの関節」

カントも手招きされるまま脚立を登り、カルナの手元を覗き込む。

「関節ってのはかなりデリケートな部分で砂が入ったり少し異物が入っても運動性が落ちる」

カントには思い当たる節がたくさん、いや思い当たる節しかなかった。最後にメンテナンスしたのが宇宙で降下する直前、それもかなり簡易的なものだったことを思えば実質それ以前、ということになる。

その上での大気圏突入に加え常時砂嵐の中での戦闘だ。しかしカントは当然メンテナンスの仕方など知っているわけがない。ソディアでは操縦方法を覚えるのに精一杯でメンテナンスの方法など習っている暇すら無かった。

「あの……メンテナンスをお願いしても……」

「無理」

ダメ元で聞いてみたがやはり答えはカントの想像通りだった。

「あたし1人じゃあの3機だけで手一杯」

カルナはエルシオンから離れた所にある3機のLAを顎で指した。その中にはあのライフルを6丁も装備しているアルゴンも含まれている。

「それに、あたしたち一般のメカニックは会社が正式発表した機体じゃないといじっちゃいけないっていう決まりもあってね」

そう言ってカルナはエルシオンを軽く指で叩いた。恐らく企業秘密等の兼ね合いだろうか、面倒なルールを作ってくれたものだとカントは心の中でケインを呪った。

カントは一時その現実から目を逸らそうと格納庫のLAを見渡した。広い空間に3機がぽつんと鎮座している。その時カントは最初に感じた違和感の正体に気づいた。

「コロニー議長の護衛にしては数が少なくないか?」

そう。オズマは悪化する地球とコロニーの間を取り持つために地球へ降下した。

旧コロニー連合の残党がこの飛空挺を狙うのは彼等にとって人間は『地球』陣営と『コロニー』陣営に分かれているらしく、『コロニー』陣営であるはずのオズマが地球へ行くのは重大な裏切り行為になるから、というのがオズマの見解だ。

事実香港を襲ったLAは市街地の破壊よりもこの飛空挺を優先させていた。だからオズマの考えは概ね間違ってはいないのだろうがそれにしては護衛が少な過ぎる。

カントの言葉を聞くとカルナは表情を曇らせた。

「いたんだよ、元々は10機以上、ね」

「いた?」

「香港での戦いでほとんど墜とされた」

カントは息を呑んだ。議長の親衛隊といえばエース中のエースが選ばれるはずだ。いくら不意打ちといえおいそれと撃墜されるはずがない。しかし理由を尋ねる前にカルナは3機のアルゴンの方へ行ってしまった。仕方なくエルシオンのコックピットから分厚いマニュアルを引っ張り出し、ぱらぱらとめくってみる。

「おーカント、ここにいたのか」

何か袋を抱えたレイが格納庫へ入ってきた。その後ろにはナタリス、そしてそのメイドも続いている。

「恐らく道中、さっきみたいな敵に遭遇することも多いだろう。だからその時はお前も一緒に戦ってもらいたい」

それがカントの同行を許す条件なのだろう。カントとて飛空挺が沈んでしまえばそれまでなので特に意見する部分はない。

「よし、じゃあ友好の印としてこれを授けよう」

レイは仰々しく袋に手を突っ込むとこれまた仰々しく何かの箱を手渡した。

「昼飯。まだ食ってないんだろ?」

箱を開けてみるとご飯にハンバーグ、卵焼きとオーソドックスな食材が並んでいた。

「ありがと」

地球に降りてからというもの食べたものといえばエルシオンに備え付けの非常食だけだったので今のカントにはこの素朴なお弁当が何よりの御馳走だった。

「礼なんていいって、そういえば自己紹介がまだだったよな、俺はレイ テノール。香港では君に助けられたよ」

そう言って手を差し出した。カントもそれに応える。そういえばエルシオンにライフルを突きつけたあのアルゴンのパイロットの声だった。

「俺はカルナに飯渡してくるから」

と、レイはアルゴンを弄っているカルナの方へ行ってしまった。残されたのはカントとナタリス、そしてそのメイドの3人。ナタリスはどこかそわそわしていて落ち着かない。

「いやまさかお前が本当にお……」

お嬢様だったとはな……と言おうとしたカントは腹部に強烈な打撃を食らって悶絶した。喉の奥からこみ上げてくる何かを飲み込みつつ焦点の合わない目を正面に向けるとあのメイドがカントの鳩尾に拳をめり込ませていた。

「……なあナタリス、何故俺はお前のメイドに殴られている?」

「貴様など本来は話すことも許されないナタリス様をお前呼ばわりなど……万死に値します」

「ち、ちょっとミル、急所はだめって言ったのに……」

急所じゃなかったらいいのか?と素朴な疑問を述べる余力も無く、カントは床に倒れこんだ。

「私はナタリス フロイド、彼女は私のメイドのミル ブルーメ。その……私と、飛空挺を守ってくれたことには感謝してるわ」

相変わらずナタリスはそわそわしながら視線をちらちら横に向ける。カントは初めトイレでも我慢しているのかと思ったがどうやらそういうわけでもないらしい。

「じゃあその……私は行くから」

視線の先にはカルナと談笑するレイの姿があった。



軍寮の自室で眠っているアリシアの元に1本の連絡が届いた。こんな夜中に、と一言文句を言ってやろうと思っていたがモニター越しに相手の顔を見るとそんな気持ちも吹き飛んでしまった。

『やあアリシア、あれ、今そっちは夜だっけ』

禿げかけた頭、黒縁の眼鏡、そしてあちこちほつれた白衣、見た目は少し変わってはいるがまぎれもなくアリシアの知るラッセル ブラインだった。

「地球から通信したらまずいんじゃないかい?」

地球からコロニーまで通信をするには非常に強い電波がいる。そんな電波を合衆軍に探知されたらラッセルの居場所はおろか自由軍の拠点まで察知されかねない。

『だからあまり長くは話していられない。用件だけ言おう』

アリシアは頷く。ラッセルは一瞬視線を泳がせたがすぐにアリシアを見据え、

『あの白い機体……エルシオンのパイロットに会った』

「……それで?」

『子供だったよ、多分ハイドと同じくらいだろう』

「だから?」

『……それだけ言いたかった』



ラッセルは通信機の電源を切った。元々本部から任務の連絡を受けるついでに、と連絡したのだがアリシアの反応はラッセルの期待したようなものではなかった。

「……君はそれでいいのか?」

誰ともなしにラッセルは呟いた。死の大地の研究をし、カントを香港まで送ったラッセ ウェルターという人間は存在しない。

彼の本当の名前はラッセル ブライン、元コロニー連合のエース部隊隊長、そしてそれは大戦末期、地球に降下した部隊の一つだ。しかし既に劣勢に追い込まれていたコロニー連合からの支援も満足に受けられず、ラッセルの部隊も他の部隊同様地球に降下すると散り散りになってしまった。

だからあのタイミングで香港を襲撃したのはラッセルにとっても予想外だったのだ。



「ほんで、今はどこに向かってるんだ?」

現在カントを含むコロニーツヴァイ一行を乗せた飛空艇はカントも噂に聞いていた海の上空を飛行している。……らしいのだが生憎飛空艇の窓を見下ろしても視界には延々白い雲ばかり入ってくる。何でもあまり低空飛行をするといつ香港のように襲撃に遭うかわからない、らしい。そんな変わり映えのない景色に見飽きてカントは隣の同じく暇を持て余していたナタリスに聞いた。もちろんその斜め右後ろにはミルが付いている。

「えっと……多分日本州」

「多分って……お前仮にも議長の娘だろ?」

そう言った瞬間カントは背筋に寒気を感じた。振り返らずともナタリスの後ろからミルが今にもカントを殺しそうな目で睨んでいるのがわかる。

「別に、向こうの偉い人と話すのはお父様だけだし」

そう言われてカントも香港でのことを思い返してみた。確かにナタリスは会合には参加していなかった。そのお陰でカントと受付嬢の悶着に絡んできたのだ。

「じゃあお前が一緒に来る意味ってあるのか?」

ポロリと単純な疑問が口から出てしまった。ナタリスが黙り込み、元々軽くもなかった空気がさらにじっとりと重くなって初めてカントは何か地雷を踏み抜いてしまったことを察知した。しかしもう後の祭り。ナタリスは踵を返して行ってしまった。

「……死んでください。このゴミ虫野郎」

最後にそんなミルの罵倒を残して。


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