静かに聞こえる崩壊の足音
「おい、まだ換装終わらないのか?」
「しょうがないだろ!もうちょっと待って!」
レイ テノールは飛空艇の貨物室で頭を抱えた。現在香港は恐らく自由軍と思われるLAによって襲撃を受けている。コロニーツヴァイ議長、オズマ フロイドやその娘ナタリス フロイドのいる中央管制センターもその例外ではない。むしろ主攻撃目標はそこだと思われているくらいだ。レイはツヴァイから護衛の任務で数名の部下と共に地球まで降下した。しかしそもそも今回の目的はオズマの合衆政府との会談だったため戦闘は想定されていなかったのだ。だからLAの地球大気圏内仕様への換装が大幅に遅れている現状がある。その上調整箇所が最も多かったレイの機体が後回しにされ、現状は隊長であるレイだけが出撃できていない、という状況になっている。
「あとどれくらいかかる?」
「今3つめのライフルにとりかかったとこ。6つもあるビームマシンガンを全部110ミリに取り替えるんだ、急かすくらいなら手伝え!」
換装作業は飛空艇唯一のメカニック、カルナ レナルドがフルピッチで進めているがそれでもまだ少し時間がかかりそうだ。レイもカルナを手伝おうとすると、後ろから声がかかった。
「レイ大尉、ナタリスはもう帰ってきているか?」
オズマだった。隣には護衛が2人とメイドが1人いるだけでナタリスの姿が見えない。
「は、議長と一緒ではないのですか?」
「あのお転婆め、手洗いに行くと言ったきり戻って来なかった。私は非常用エレベーターで脱出できたのだが……」
と、いうことはナタリスはまだビルの中にいる、ということになる。既にビルは半分ほど倒壊している。生存は絶望的と考えるのが妥当だ。
「す、すみません。私がついておきながら……」
隣のメイドが深々と頭を下げる。だがそんなことをしても現状が変わるわけではない。オズマは少しの間顎に手を置いて考え、
「……あと10分待って娘が帰ってこないようなら飛空挺を飛ばせ」
その判断にその場にいたオズマ以外の全員が言葉を失った。管制センターからこの飛空挺が止まっている飛行場までとても徒歩で10分で来れるような距離ではない。つまり実質実の娘を見捨てる、ということだ。
「お、お待ちください、私が探しに……」
メイドそう言いかけたのをオズマは無視し、ドックを立ち去った。その衝撃の余韻も冷めぬ内に耳をつんざくような爆音が響いた。同時にレイの耳元の通信機に部下から通信が入る。
「隊長!2機、抜かれました!」
レイたちが今乗っている飛空挺は決して戦闘用ではなく、軍用でもない。レイ達のLAも貨物室に載せている、という現状だ。だから敵機に対する自己防衛機能を持っていない。敵のLAの接近を許せば後は破壊されるのを待つばかりになってしまう。
「カルナ!俺が出る!」
カルナはその一言で手早く進行中の作業を中断し、機体から離れる。その間にレイはコックピットに滑り込むとLAを起動させた。
「いい?終わっているのはフライトユニットと110ミリライフル両手と肩だ!腰は取り外しちまったから気をつけな!」
レイはコックピットの中で頷くと機体を飛空挺から出す。
「レイ テノール、アルゴンFB、出る!」
スラスターを点火、機体を飛空挺の上まで上げると敵機のミサイルがもうすぐそこまで迫っていた。
「やらせるかっ!」
両手のライフルでミサイルを撃ち落としていく。しかしその間に敵機が接近、両側面からライフルを撃ってきた。レイは機体を前進させることで躱し、ライフルを向ける。しかし爆炎に紛れて敵機はアルゴンFBの背後に回っていた。
「流石に練度が高いな」
背後からのロケットバズーカを躱し、両手のライフルで1機を蜂の巣にする。しかしもう1機はその隙に飛空挺へ向かっていた。
「行かせる……か!」
全速力で追い、背部にライフルを当てる。背後の推進装置を破壊され敵機は地上へ落下していくが最後の足掻きに大量のミサイルをばら撒いた。
「くそ!」
アルゴンFBの背後のサブアームにマウントされていたライフル2丁が大きく回転して機体前面にその銃口を向ける。そして計4丁のライフルをフルに使って飛空挺すれすれのところでミサイルを全て撃ち落とした。これがレイのアルゴンがFB、フルバスターと呼ばれる所以だ。両のマニピュレーター、普段は背部にマウントされている両肩部、そして左右の腰部と、計6つのライフルを自在に操ることができるのだ。
「残りは7分か……」
レイは祈るような気持ちで時計を見つめた。
「臭い!」
「あとちょっとだから我慢しろよ……」
「く、さ、い!」
もう何度目だろうか、10回を越えたあたりからカントは数えるのをやめた。最初に会った時の丁寧口調は何処へやら、すっかりこの調子だ。明かりの乏しい下水の中を彷徨い歩き、やっと目の前に梯子が現れた。
「よし、ここから出るぞ」
梯子を登り、上の蓋を下から押す。蓋は入る時よりも簡単に開き、カントは顔だけ出すと辺りを窺った。
「いいぞ、上がってこい」
素早くマンホールから体を出すと下のナタリスを呼ぶ。
出口は運良くエルシオンがある駐車場のすぐそばだった。幸いエルシオンには巨大なブルーシートが被されていたので敵による破壊を免れていた。
「あのブルーシートのとこまで走るぞ、いいな?」
ナタリスは無言で頷く。ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
「行くぞ!」
カントは再びナタリスの手を取るとエルシオンのある駐車場まで走った。幸い、敵のLAは近くにはおらず、スムーズにエルシオンの元まで辿り着くことができた。カントはブルーシートを剥がすのももどかしくブルーシートを障害物競走のネットの如くくぐり抜けてコックピットにもぐりこんだ。
「早く来いよ!」
見るとナタリスは未だブルーシートの前で立ち尽くしていた。
「ほ、本当にルミナスアートを持ってるなんて……」
どうやら本気でカントが嘘を言っていると思っていたようだ。
「いいから!」
カントはとうとうナタリスの手をひっつかみ、コックピットに引きずり込んだ。
「ちょっと!何するの変態!」
狭いコックピットの中でカントを殴る蹴るして暴れるナタリスを何とか抑えながらカントはエルシオンを起動させた。
「敵の場所は?」
[回答。北西方向に熱源を複数探知。ルミナスアート同士の戦闘と思われます]
「ひゃっ!る、ルミナスアートが喋った……」
「それをモニターに出せるか?」
カントはナタリスを無視して続ける。
[肯定。メインモニターに映します]
メインモニターに一隻の飛空艇とそれを防衛しようとするLA、そしてそれらを攻撃しようとしているLAが映し出される。それを見て暴れていたナタリスがその動きを止め、息を呑んだ。
「お、お父様……」
[ルミナスアートはヘリアムと特殊カスタマイズされたアルゴン、飛空艇は通常のもので軍的装備はゼロの可能性大]
「は、早くあそこに行って!お父様、お父様があの中に……」
カントは一瞬迷った。今戦闘に巻き込まれればシールドもブラスターも持たないエルシオンは敵にとっていい攻撃の的だろう。しかし……先ほどまでカントを変態だの何だのと喚いていたのと打って変わって今にも泣きそうな目でカントを見つめるナタリスを見ると無理だ、なんてとても言えなくなってしまった。
「……くっそ!わかったよ!」
幸い現在地点は飛行場よりも標高が少し高い場所にある。カントはエルシオンをを飛行場に向けて大きくジャンプさせた。
「ち、ちょっと!何やってるの?」
ナタリスが隣で小さな悲鳴を上げる。カントはスラスターを吹かして減速、道路や高架をなぎ倒しながら滑るように着地した。それからナタリスの悲鳴などお構いなしに飛行場まで文字通り最短距離を走らせた。
結果、ものの数十秒でエルシオンは飛行場のすぐそばまで来ることができた。そこには恐らくヘリアムやアルゴンと思われる機体の残骸が幾つも散らばっていた。相変わらず飛空挺の側では戦闘が続いているようでこの距離まで近づくとライフルを撃つ音やLAが飛び回る音まで聞こえてくる。
「これ……ちょっと借りてくか」
カントは既に破壊されたアルゴンのそばに落ちているライフルを拾い上げた。
[ゼネラルエレクトロニクス社製陸戦用110ミリライフル。残弾は70]
「よし、んじゃエルシオン、あのアルゴンと通信できないか?」
[肯定。チャンネルを検索、接続を確認しました」
「あー、そこのアルゴン、聞こえるか?」
カントは飛行場の中へと機体を移動させながらアルゴンのパイロットへ話しかけた。
『ん?何だ、君は』
流石にコックピット内のカメラに接続することはできなかったがパイロットはどうやら若い男のようだ。しかし当たり前だが声だけでも明らかに警戒しているのがわかった。
「今からそちらを援護する」
カントはライフルを構えて飛び出した。アルゴンは3機、ヘリアムは4機、少し押され気味だった。カントは空を飛ぶ1機に向かってライフルを撃った。しかし放たれた弾は敵機を大きく逸れて明後日の方向に飛んでいく。
「ビームと大分感覚が違うな……」
今の攻撃によってヘリアムの内1機がエルシオンに向かってバズーカを撃ってくる。それを躱しつつもう一度ヘリアムを狙う。今度は惜しくも肩部のすぐ横をかすめていった。
[弾道計測完了、オート射撃補助、SAS起動]
エルシオンの補助もあり、3度目の正直で何とか敵機の脚部を破壊した。しかし一瞬バランスを崩してよろけたものの、すぐ姿勢を整える。しかしその隙に1機のアルゴンがコックピットを蜂の巣にした。他のアルゴンがもう1機の倒し、残りは2機。敵は流石に不利を察したのか煙幕を撒いて退却していった。しかしその煙幕が晴れるとアルゴンの銃口はエルシオンに向けられていた。
『貴殿の所属と階級を述べて貰おう』
「第6級戦艦、ソディア所属カント キサラギ。階級は無い」
どこかで聞いたようなやり取りだ、とカントが既視感を感じるとやはり予想通りの回答が返ってきた。
『階級が無い?あまりふざけたことを言っていると……』
しかし今度は以前と違い銃口を突きつけられている状況だ。下手なことを言えば本当に撃たれかねない。というか確実に撃たれる。どう言ったらわかってもらえるかとカントが考えていると
「待って、レイでしょ?撃つのは止めて!この人は私を助けてくれたの!」
横からナタリスが身を乗り出して言った。
「そ、そのお声は……ナタリス様!ご無事でしたか!」
スピーカーの向こうから弾んだ声が帰ってきた。『様』とつけられる辺り本当に偉い人なのかもしれない、とカントはナタリスの顔をまじまじと見つめた。確かに整った顔立ちをしているし、肩の辺りまで伸びる金髪もとても綺麗だ。
「……何よ、一応あなたは私を助けてくれたわけだし……その借りを返したまでよ」
もうすっかり言葉遣いに丁寧さは無くなっていた。
カントは飛空艇の一室に呼び出された。中に入ると正面にオズマ フロイド、その横にナタリスとそのメイドが、逆側にはレイが立っていた。
「私はオズマ フロイド。コロニーツヴァイの議長を務めている。まずは娘を助けてくれたことに礼を言おう」
コロニー議長とはそのコロニーで生活する全ての人々のトップだ。だからカントに限った話ではないがこのように直接話したり、ましてお礼を言われるようなことなど考えることもできない。むしろカントはミサキがいただけ他の人と比べれば身近だったとも言える。
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
カントはそうにこやかに言った。『お互い様』という部分に少し力を込めて。すると流石というべきか、オズマは鋭くカントの意図を読み取ったようで、
「そうだな、何か物質的なお礼をしたいと思うのだが何か欲しいものはあるか?」
そう向こうの方から聞いてくれた。これでもオズマの最大限のサービスのつもりなのだろう。カントは素直にそれに甘えることにした。
「そうですね、合衆軍本部へと向かってもらいたいですね」
「合衆軍本部?なぜそんな所へ?」
レイが怪訝な顔でカントを見る。
ニューヨーク州にある合衆軍本部は合衆政府の中心部でもあり、同時に軌道エレベーターの駅もまた同じ場所にある。つまり地球と宇宙を繋ぐ唯一の道であり、地球の中心地だ。
そこへ行くこと自体は何ら不思議なことではないがカントがわざわざ『合衆軍』と言ったことが引っかかったのだろう。
「まあこの際だ、君の目的は何でもいい。だがここから共にこの飛空挺で旅をする以上、私は君の正体を知っておく必要がある」
それはここにいる全員が感じていることでもある、と言って手を口元で組み、品定めするように見つめた。
カントは部屋にいる全員を見回した。全員が不安と不信のないまぜになった視線をカントに向けている。なぜ軍属でもない人間がLAという兵器を所持しているのか、それだけでも充分なのに加えてつい先ほど襲撃を受けたばかりだ。おいそれと信用できないのも無理はない。
ここで中央管制センターやレイとのやりとりを繰り返しても無意味だと観念したカントはコロニーツヴェルフでの出来事から今に至るまでを掻い摘んで話すことにした。
「そうか、君はあの時ツヴェルフにいたのか……」
一同は驚いたような、でもにわかには信じられない。そんな顔でカントの話に耳を傾けていた。
「ではあの騒動の現場に居合わせたわけだ」
カントは頷く。平和式典の最中、乱入したLAによってミサキは拉致され、カントはソディアに忍び込んだ。それが全ての始まりだったのだ。
「ならば話しておかなければならないな。現状の地球とコロニーの情勢について……」
「ん……あ〜」
カントはオズマの部屋から解放されると固まりきった腰をミシミシいわせながら大きく伸びをした。
あの何とも堅苦しい雰囲気といい、話の内容といい、ちょっと食事をしながらする話、とは到底言えないものだった。
扉の向こうからは何やら話し合う声が聞こえてきた。
どんな内容か、ということまではわからないが部屋から締め出されたのがカントだけだったところを察するにカントの処遇をどうするか、というところだろう。自分のいない所で自分の明日が決まるのは気分がいいものではない。ひとまずカントはエルシオンがあるであろう格納室へ向かうことにした。
歩きながら先ほどの話を思い返してみる。あの赤いLAのパイロットが発した言葉、それはそのまま各コロニー、そして地球にまで発信されていた。そしてそれこそが香港を襲ったLA、この十年間息を潜めていた大戦時に地球に降下していた旧コロニー連合の残党を刺激し、各地で小規模なテロが多発した。
そしてコロニーでは現状に不満を持つ分子が活発に活動を始めている。更にはその影響で地球の合衆政府とコロニー間が極度の緊張関係に陥ってしまっているというのだ。
平和を全世界に伝えたかったが為の放送は皮肉にも新たな戦火の種をばら撒いてしまったのかもしれない。
「ん、あんたはもう解放されたんだね」
道すがら赤毛の女性とすれ違った。頭には白いバンダナを巻いている。
「まあ、ところで格納室へはどうやって行けばいい?」
「あたしも格納室に用があるかからね、案内しよう」
そう言って赤毛の女性はカントの前に立って歩き始めた。
「あたしはカルナ レナルド。この船唯一のメカニックでこき使われてるよ」
カルナはぐりんと腕を回してみせる。なるほど、とカントは感心した。メカニックならば彼女が女性にしては筋肉質だということにも納得がいく。




