その宿命は運命か
「やっと着いた〜」
カントはコックピットの中で小さく歓声を上げた。今カントの目の前にはエルシオンの体高の2倍はある高い壁がそびえ立っている。これこそが死の大地と中華州の隔壁。この壁が延々海まで続いているのだ。ともかくこれを越えさえすれば当面の目標は達成することができるというわけだ。
「行くぞ」
エルシオンのスラスターをいっぱいに開いてジャンプする。武装が無くなっていたのが幸いして何とか飛び越えることができた。因みにビームブラスターは一応基地へ戻って探してみたのだがバラバラに分解されていてカントにはとても直せそうになかったし、シールドはカント自らなますにしてしまった。
「流石に人は住んでないよな……」
法律上は立ち入り禁止区域を抜けたと言っても実際は壁を一枚隔てただけだ。カントだってメイリン達のことを知らなければ住みたいとは思わないだろう。
「もうレーダーは使えるんだよな?」
[肯定。ですが有効範囲は通常時の半分ほどになります]
「半分も使えりゃ十分だろ、で、どうだ?人はいたか?」
[北方約300メートルの地点に熱源1、おそらく人と思われます]
内心期待していなかった分喜びもひとしおでカントはエルシオンに指示された地点へ向かった。
「本当にここに人がいるのか?」
そこにある建物を見るなりカントの喜びは落胆へと変わった。誰がどう見ても廃墟にしか見えない建物がポツンと1つだけ赤茶色の土地の上に建っていたのだ。
[肯定。熱源、近づいてきます]
「おーい、君!君はまさかこの死の大地から出てきたのかい?」
しかしエルシオンの言った通り中から出てきたのは人間だった。既に薄くなりかけた頭に黒縁の眼鏡、あちこちにシミやほつれのある白衣を着ている。一先ず害はなさそうなのでカントはハッチを開けて顔を見せると男は満面の笑顔で手を振ってきた。
「いやいや、立ち話もなんだから入ってよ」
男に言われるままカントはボロ屋敷へと入った。しかし中は見た目に反してしっかりした造りになっており、何かの研究施設のような場所だった。勧められるままカントは椅子に座った。
「僕はラッセ ウェルター、ここで死の大地について研究してるんだ」
ラッセが慣れない手つきでカップにコーヒーを注ぎながら言った。
「あ、砂糖とミルクはいるかい?」
「どっちもください」
「あ、ごめん今切らしてたんだ、ブラックでもいいかな?」
「……まあ」
カントはコーヒーをすすりながら1番聞きたかったことを聞いた。
「それでここから1番近い大きな街はどこになりますか?」
するとラッセは厳しい顔をして腕を組む。
「うーん、大きい街なると……」
ラッセはハッとした顔で後ろの棚を漁り、1枚の地図を引っ張り出してきた。そこには大戦後の中華州が大きく示されていた。その赤く引かれた線、おそらく立ち入り禁止区域との境界線ギリギリのところをラッセは指差す。
「今僕たちがいるのはここ。で、この辺に小さい街ならいくつかあるんだけど……」
ラッセはそのすぐ横を指で丸くなぞる。
「大きな街っていうと沿岸部まで行かないと無いんだよね、ほら、やっぱりこういう場所だからさ」
ラッセは中華州の端を指差した。カントはその距離に絶望した。中華州をほぼ横断するに等しい距離だ。エルシオンで歩いて行くにはとても遠すぎる。
どこかに大きい街があればそこからソディアに連絡できると思ったのだがそれもまだ遠い話になりそうだ。
「ま、しょうがないか……」
カントはラッセに礼を言って椅子から立ち上がった。それをラッセは呼び止める。
「まさか君あの街まで歩いて行く気?」
カントは無言で首を前に振る。その答えに一瞬呆気にとられていたラッセだったがカントが本気だということにきづき、慌ててずり落ちた眼鏡を押し上げながらカントの肩を掴んだ。
「ち、ちょっと待って、こういうのはどうかな?」
ラッセは死の大地に生身で触れたカントの研究データを取る代わりに街までトラックで送ってくれることになったのだ。ラッセは自分の研究結果を熱弁してくれ、それからの3日間カントは退屈しない日々を過ごした。
「ほらカント君、起きて」
ラッセに肩を叩かれてカントは目を覚ました。目一杯倒していた座席を元に戻すと眼前には見渡す限りのビル群が立ち並んでおり、遠くには飛行場や港なども見えた。
「あの、ここまでありがとうございました」
カントはその場でラッセに頭を下げる。送ってくれたこともそうだが道中の食事や水、果てには尽きかけていたエルシオンの非常用の食料も揃えてくれたのだ。
「いいって、僕も色々用事があったし。それに僕の研究の話を聞いてくれる人なんて今までいなかったからね」
話しているうちにカント達は街に入った。中心街から少し離れた巨大な駐車場にトラックを止めるとラッセは突然神妙な面持ちになり、カントに耳打ちした。
「最近地球のコロニー連合の残党の動きが活性化してるみたいなんだ、もし奴らに出くわしても決して戦おうなんて思うなよ、生きることを第一に考えるんだ」
突然のことにカントが呆気にとられているとラッセは危なっかしくトラックの荷台によじ登り、エルシオンを固定していたロックを外した。
「じゃあね、カント君、運が良ければまた会おう」
と言ってラッセは行ってしまった。
「何だったんだろ、最後の」
しかしそんなことをいつまでも気にしていては仕方が無いと思い直し、カントは中華州州都、香港の中央管制センターへ向かった。中央管制センターは各州都にある行政と軍務の中心だ。ここからならばソディアにも連絡がつく。……とカントは思っていたのだが。
「え?それは無理?」
受付でカントはその旨を話すが子供の戯言とあしらわれ、全く相手にされない。
「いやだから、俺は合衆軍第6級強襲艦ソディアのパイロットで、艦長のジード アイルガンにつないでくれればわかってくれるから……」
「ですからそれでしたら階級章を見せて頂ければいいのですが……」
「何度も言うけど俺は臨時の雇われパイロットだから階級章とか無いの!」
さっきからずっとこの堂々巡りだ。受付のお姉さんもいい加減にしてくれ、という雰囲気を醸し始めた。しかしカントはここで退くわけにはいかない。自らの生死がかかっているのだ。だがカントが受付で押し問答しているので次第に人が集まってきた。これ以上騒ぎを起こしてもまずいので今度はエルシオンを持って来れば……などと思っていると、
「何をそんなに言い合っているの?」
眩しいくらいに金髪の少女がカントの横に腰に手を当てて立っていた。その後ろにはメイドらしき女性も立っている所を見るに相当身分の高い人らしい。
「こ、これはナタリス様、会議の方はよろしいのですか?」
今までカントの応対をしていたお姉さんが恭しく頭を下げる。カントの周りにたむろしていた野次馬も一斉にざわつきだす。
「で、この人の要求は何なんです?」
「俺は合衆軍のパイロットだから本部に取り継ぎを、って言ったんだよ」
じれったくなったカントは自分から答えた。金髪の少女はじろじろと値踏みするようにカントを爪先から頭のてっぺんまで見ると一言、
「この人の言っていることは嘘です」
と、言い切った。
「おいおい、どうして嘘って決めつけんだよ!」
「だってあなた、私と歳も同じくらいじゃないですか、それなのに合衆軍のパイロットなんて嘘に決まってます」
少女は『してやったり』と言う顔でカントを見返す。しかも周囲の人々がそれで納得し始めているのもまた腹立たしい。とりあえずカントはその場を離れ、近くの柱にもたれかかった。
「ったく、何てやつだ……」
「私がどうかしました?」
いつの間にか少女はカントの正面に来ていた。メイドは付いていなかった。
「あなたがそこまでして合衆軍と連絡を取りたい理由を私に教えてくださいます?」
「あ?ナタリス……だっけか?もう俺に関わってくんな」
「な……この私がこんなに丁寧に聞いてあげているのに!」
なぜかナタリスの方が逆ギレを始めた。キレたいのはこっちだよ、とカントが言おうとしたその瞬間、凄まじい爆音と共にまともに立ってもいられないほどの揺れがカントの 達を襲った。
「な、何だ?」
カント達と同じフロアにいた人々は降り注ぐ瓦礫から逃れようと出口へ走る。しかし出口にはビルの上層部で崩れた破片が雨のように降り注ぎ、逃げようとする人々の上に降り注いだ。そしてカントは煙が立ち込める中でちらりと空を舞うLAを見た。
その時、ラッセの言葉を思い出す。『コロニー連合の残党が……』しかし考えている時間は無い。どこからか火の手が上がったのだ。
このままじっとしていれば炎に呑まれるか、瓦礫の下敷きになるのを待つばかりだ、と判断したカントはともかくエルシオンのところへ戻ることにした。しかし正面玄関は先程の瓦礫で完全に塞がれている。その上窓はシャッターが降りてしまっていて出られそうにない。
「裏口……あるよな?」
受付の隣にある1階のマップをちらりと見ると非常用脱出口は3階となっていた。内心で舌打ちしつつ階段向かって走り出そうとした時、やっと自分の近くにもう1人人間がいることを思い出した。ナタリスは地面に蹲ったまま震えている。気に入らないがこのまま見捨てることもできない。
「おい、立てるか?」
ナタリスは顔を伏せたまま首を横に振る。だが見たところ外傷も無さそうだったので手を掴み無理やり立ち上がらせた。
「立てるじゃねえか」
そのまま手を引っ張って階段を目指す。
「何をしているの?このままじゃ上に上がっちゃう……」
「1番近い非常用出口は3階なんだよ、他の窓は全部シャッターが降りちまってる」
ビルの内部は既に火の海だった。高級なビルだけあって絨毯やカーテンなど燃えやすいものがそこかしこに敷き詰められているのも火の手が回るのが早い原因だろう。カントとナタリスが階段まで辿り着いた時にはとても通り抜けられるレベルの火力ではなくなっていた。
「こ、こりゃ無理だな」
カントが引き返そうとすると炎の向こうから聞き覚えのある声がした。
「カント君、カント君かい?」
「ラッセさん!どうしてこんなところに?」
「いいか、よく聞け!1階のボイラー室から下水に抜けることができる!そこから……」
天井からの瓦礫で階段が破壊され、同時にラッセの声も途切れる。
カントが立っている所の天井もヒビが入り始めており、かなり危険な状態だ。カントはナタリスの手を握りなおし、ボイラー室まで走り出す。ボイラー室は受付のすぐ後ろだ。
「ちょっと、あの男信じられるの?」
「大丈夫だ、それに今は他に道がないだろ!」
建物が崩れる音と炎のはぜる音で会話もろくにできない。煙で目や喉も擦り切れたように痛い。
「……ここか!」
カントが押し問答した場所まで戻り、カウンターを乗り越えて後ろの扉へ入る。ロビーの煌びやかな印象に反してドア1つ隔てただけでコンクリートが剥き出しのなんとなく不気味な部屋だった。その片隅に下水へ通じているであろうマンホールの蓋があった。カントは早速蓋を開けようとするがしっかりと固定されていてなかなか開きそうにない。
「おい、お前も手伝ってくれ!」
カントは入り口で突っ立っているナタリスに向かって叫んだ。するとナタリスはマンホールと部屋を交互に見回し、
「でも……」
「いいから!死にたいのか!」
カントに怒鳴られ、ナタリスは涙目になりながらマンホールを掴んだ。
「んじゃ、行くぞ?せーの……」
2人分の力を合わせるとやっとマンホールはその重い口を開けた。
「ほ、本当にここに入るの?」
昔に比べて下水の衛生は大分改善されたのだがやはり下水イコール不潔、というイメージは払拭しきれていない。
「……はあ、嫌ならそこにずっと居てもいいんだぞ?俺は死にたくないから行くけどな」
カントはそう言い捨てるとナタリスに背を向け、マンホールに飛び込んだ。
「ち、ちょっと、待ちなさいよ!」
ナタリスは慌ててその後を追った。




