ハッピーエンドがハッピーとは限らない。パート3
手が痛い……。
何重にも重なった太い糸が手に食い込む。
自分の体重を支える事がこんなにも大変だって思いもしなかった。
私は、透明の糸を握り締め上を見上げた。
もう少し、もう少しで、幸せな楽園に……、天国に行くことができる。
私の後を追って、地獄の死者たちが糸を使い登ってくるのを感じた。
だけど、私はどこかのバカな主役のように糸を切ったりしない。
こんなに太い糸ならきっと何人でも支えてくれる。
「もう少し、頑張って」
上には笑顔で私を見守る親友の姿があった。
私との約束を守ってくれた大切な親友。
「さぁ」
彼女が私に手を差し出す。
ああ、これで長い地獄生活から解放される。
これからは天国で転生を待つだけの生活が始まるのだ。
「ありがとう」
私は彼女の手に捕まった。
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空気が悪い。
体が焼け焦げるような熱さを感じる。
周りにはその熱さに苦しむ人達……、いや、元人間だった者が這いつくばり、懺悔を始める声が響き渡っている。
ある者は、手足を縄で縛られ熱く焼けた鉄の上に倒されたり、またある者は、舌を焼かれたり、ある者は容赦なく鉄の棒で打たれたり……。
正に地獄絵図だった。
そう、ここは正真正銘の地獄である。
生前、悪行を働いていた者が落ちると言われている地獄……。
目の前を何百人の者たちが死ぬことを許されない永遠の苦痛の中で生かされている。
私もそのうちの一人だ。
そう、私は生きている間、数々の悪行を繰り返していた。
さすがに、殺人とかなどの大罪を犯した訳では無いが、死んだら地獄に落ちるであろうと予感していた。
そして、その予感が見事に的中した。
また一人とあまりの残虐非道な鬼たちの暴行に意識を失う中、私は上を見上げた。
私はここから必ず這い上がれると信じていた。
何故なら、私は蜘蛛を殺した事がない。
バカらしい話だが、私はある作家の書いたかの話を信じていた。
生きている間に、地獄に落ちた後の事を考えるなんて人間のクズのような女だったが、こんな私にも最も信頼している友達がいた。
彼女は、こんな私にも親切にしてくれて、何とか私を変えようと必死で説得してくれたこともあった。
そんな彼女の言葉に耳も傾けず、私は自分のしてきたことに後悔すらしなかった。
憎まれっ子世に憚る。
と言う言葉があるように、彼女たちの方が先に亡くなってしまった。
彼女たちが生きている間に私はある約束をした。
『私はきっと地獄に落ちる、だから、もし、貴女たちが先に天国へ行くようなことがあったら蜘蛛の糸を落としてちょうだい、私は今まで一度も蜘蛛を殺した事が無いから、それはそれは太い糸が作れると思うの』
彼女たちならきっと約束を守ってくれると確信していた。
地獄に落ちてからと言うものの、常に上を見上げ糸が落ちてくるのを待っていた。
そして……。
ついにその瞬間はきた。
何十にも重なった透明な糸が上からゆっくりと落ちてきたのだ。
その糸に気付いたのは私しかいない。
私はゆっくりと近付き、その糸に触れた。
生きている間蜘蛛の糸など触ったことは無いが、触った感じかなり丈夫そうだった。
やっぱり、あの小説は本当のことだったんだ!
私はおもむろに登り始めた。
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「ありがとう」
彼女の手を掴んだ私の目に写ったのは、さっきたでの笑顔は消え恐ろしい形相に変わった彼女の姿だった。
え?
「さよなら」
彼女の手が振りほどかれて行く。
え?どうして?
「自分がしたこと思い出して……」
私がしたこと……?
下に落ちて行きながら生前の記憶が甦る。
『愛してるわ、あの子よりも私の方がずっと、貴方のことを愛してるわ』
ああ、これは私が言った言葉だ。
誰に?
たくさんの男たちに言ってきた台詞だったけど、この言葉を伝えた相手は……。
彼女の旦那だ。
本気で好きだった訳では無いが、いつも聖人面して私に説教してくる彼女が疎ましくて、彼女の一番大切な者を奪ってしまおうと……。
その結果、私と旦那の関係に気付いた彼女は精神的におかしくなってしまった。
当時妊娠していたものの、ショックが大きく流産してしまい、二度と妊娠のできない体になってしまったのだ。
ああ、そうか、彼女はこの復讐をずっと待っていたのだ……。
焼けつく鉄板に体が放り出される瞬間目に入ったのは、鬼よりも恐ろしい顔をした彼女の姿だった。