キツネに化かされたかそれともゆめか
ある霧の深い晩のこと。
暗い道を男が一人、千鳥足でもつれもつれ歩いていた。
男の名前は佐伍吉。
佐伍吉は今年の春先嫁さんを一人もらっていた。
仕事は大工だ。その晩はお客さんにイキの良い魚が釣れたからと帰りに酒を一杯もらってその帰りだった。
「お七にイキの良い魚を食わしてやる!」
嫁の名前をお七と言った。
お七とは幾ばくかしないうちに子宝を授かり、毎日男か女かと。
お七を急いては、気が早いと笑われている。
佐伍吉が妻とまだ生まれていない子供の住む我が家へと、鼻歌交じりに道を歩いていると道の端に白い影がぼんやりと見えた。
近づいてみるとそこには何もなく、また少し前にぼんやり白い影が浮かぶ。もう一度近づいてみる、やはり何もない。
おかしなと思ったが酒でも飲みすぎたか。
そうして、酔いも覚めてくる。
佐伍吉がてろてろ歩いていると、なかなか家に着かないことに気がついた。
「化かされたか」
これではいつまでも家にたどり着かない。
「困ったなぁ、なぁ何が欲しいんだい?」
誰もいない道に問いかける。
返事はない。
「これか?」
佐伍吉は魚を持ち上げ見つめる。
すると目の前にお地蔵さまがぽつりと現れた。
佐伍吉はすぐにお地蔵さまにお願いした。
「魚を差し上げます。だから、家に返してくれ」
佐伍吉はお七の為に持ち帰るはずの魚をお地蔵さまにお供えした。
佐伍吉が立ち上がると目の前にはお七の待つ家が。
「あんたさん。今まで何処に?帰りが遅くて心配したんですよ?」
佐伍吉は魚は失ったが帰って来れて安心した。
翌朝
家の戸の前にお饅頭が置いてあったとかなかったとか。
何とも不思議なことがあるもので。