アップデート
カタカタカタカタ――
彼一人しか居ないこの部屋でキーボードの音が響く。
椅子の上で胡座をかいて座りながら、机に置いてあるコップの中の水を飲み干す。
「ぬる・・・」
外はとても晴れている。時間だって13時を過ぎ、いつも通りの一人の昼飯を食べ終わった後だ。
コップを持って台所に行き、水道の蛇口を捻りコップに水を注ぐ。
水を入れたコップを持って、先ほどの部屋に戻りパソコンの前の椅子に先ほど同様に胡座をかいて座る。
カタカタカタカタ――
彼がやっているのは3DのMMORPGで、サービス開始時からやっている、そのゲームのタイトルは――
《Six weapons》
名前の由来はゲームに存在する6つの都市に最強という設定の武器が一つずつ納められているという所からだろう。
まずプレイヤーはその6つの都市の内どれかに属する所から始まり、その都市によって職業が決まる。
そして6つの最強という武器は 剣、盾、弓、杖、槍、銃 であり、全てストーリーのクエストを進めるためには必要なものだが、装備しても攻撃力は1しか付かない。
あえて言うならば《最強の武器》という名前のイベントアイテムを集め、魔王なる一時間で沸くボスを倒すというだけのものだ。
100LVまであるこの《Six weapons》は魔王なるボスを倒すのに必要なレベルは50LVで、そんなんで大丈夫か。とあちこちの掲示板にも書かれ、中身の薄いゲームだの、ヌルゲーだの言われ、好評ではなかった。
するとある日、運営からワールドアップデートなるものを発表した。
誰もがさすがに、魔王の上方修正――強くなるだろうと思っていた。
しかし、何を考えてか魔王を30LVで倒せるようになったのだ。そうまさかの弱体化である。
そしてその代わりにというべきか、マップを壮大に広げ、6つあった都市が国となりその国の周辺に都市が追加される状態になった。そして魔王を倒す為の6つ集めるはずのイベントアイテム《最強の武器》は
――1つも要らなくなったのだった
タイトル詐欺のゲームと化したこのMMORPG。ストーリーを好んでやるプレイヤーは決して多くはなかったが、プレイヤーの人口は増えていった。
ワールドアップデートで、運営が冒険者のギルドを各国に置いてクエストを受注できる場所を作った事により、プレイヤー達に全く別の目的ができたのだ。
モンスターを狩る依頼、アイテムを回収する依頼、ボスを討伐する依頼。様々な仕事があり、最初のうちはちょっとした冒険者気分を味わえるという趣旨で始める者が出てきた。
しかし、報酬が破格すぎて冒険者ギルドが開始して半年しないうちに膨大なインフレが起き、一日普通にプレイしているだけで30m(30.000.000)Gは固い。それに取引されている武器や防具だって、ある一例で、LV30の装備が5m(5.000.000)Gもする。しかも、レアドロップ品の中でも下位装備だ。
反対に、ゲームの中の薬屋はポーションが5Gほどで買えるのだ。この消費アイテムのポーションと装備の金額の差で冒険での出費が減り、利益が大きくなるのだ。
そのあとも幾度となくアップデートは繰り返されたが、その後に大きく反響があったのはレジェンドアップデートなるものの発表だけだった。
そのレジェンドアップデートは発表はされるものの、すぐにはアップデートの実装はされず、数少ないプレイヤー待ちきれなくなり去って行った。
やがて、レジェンドアップデートが実装されることは――
なかった。
そう、今日――8月29日の23時59分でサービスが終了するのだ。
彼もサービス開始時から始めただけあって、このゲームに愛着があった。クソゲーと言われながらも課金を幾度となくしたのだ。
そんな彼は、終わりということで久しぶりに魔王が見たくなり、アップデート後一切手をつけていなかったストーリークエストを一つずつこなしている所だ。
「はぁ・・・」
数々のアップデートの度にストーリーのクエストを変更したり追加をしていったせいで12個のクエストで済んでいたところが、現在68個のクエストまで増えていたのだ。
魔王を倒すと金か経験値か魔王装備(魔王のLVの装備)の3つのどれかを選択して得ることができる。金を選択するとランダムで10k~999k(10.000~999.000)G貰うことができ、
経験値にするとこれもランダムで、次のレベルアップに必要な1%~10%の経験値を貰えうことができる。(確率的にも1%が5割)
魔王装備に至っては30LVの装備しか落とさない為、見た目がいいとよく言われる魔王マント意外需要がないのだ。
どれも需要が無く、相手にされなくなった魔王を倒すために残り18個のクエストをこなしていくのだった――
――8月29日 23:45
部屋は暗い、ディスプレイの明かりのみだ。
「おぬしに、魔王の城の鍵を・・・」
バタン、と倒れる音と共に画面に映る白く長い髪と髭が特徴的な白いローブを着る老人が、うつ伏せに倒れる。
いつもは煩わしいので音声は効果音だけにしていて、キャラクターの声を普段一切聞かない。
イベントアイテム《魔王城の鍵》を手に入れる。最初期には鍵なんてものは存在しなかった。
アイテム解説欄には《魔王城の錠を開ける鍵》と書いてある。ダジャレか?と思いつつも、先に進み魔王の部屋の前まで来た。
ふと、思いつき普段の日本刀の様な装備を外して《最強の武器》の一つ《剣》で倒すことにする。
アイテム詳細は《とある一国の最強の剣この剣であれば魔王を倒すことができる》と書いてある。
実際には攻撃力1の武器で、魔王を倒すこと自体は難しくない。それどころか一撃で終わってしまうかも知れない。しかしそれは100LV分のステータスの攻撃力があって、スキルが使える武器であればそれで倒せるからだ。
23:56
魔王の部屋に入ると真ん中に椅子だけが置いてあり、その椅子に魔王が腰掛けている。プレイヤーと同じくらいの身体の大きさで、黒い鎧を身に纏い重々しい雰囲気がある。その後ろにはオーラというパッシブスキルが発動していて黒く揺らめく炎の様なものが揺らめいている。
外見はとても強そうにしか見えないが、HPとMPを一切消費せずに倒せてしまうほどに弱い。
武器を構えてターゲットを魔王に合わせる。
ふと時間を見る――
23:57
1秒でも長い時間プレイしたかった。終わる時間は変わらないのにスキルも使わずただ剣を振り続けるだけ――
それでも100LVの火力は伊達ではない100万近いHPの魔王でも1分ほどで終わってしまう。
そして、消えゆく魔王は口を開いた――
――「なにが望みだ」
もし、普段切っていたであろうゲームの音声を今日も切っていたら
もし、最終日だからといって魔王を倒しに来なかったら
もし、倒す前に武器を変えなかったら
――変わっていたのだろうか?
彼は無意識に呟いてしまう。
――「まだこのゲームを続けたい」
8月30日 0:00
――レジェンドアップデートが完了した。
次回から完全に異世界です。
が、現実世界の主人公に名前は現在ありません。というのもなくてもいいかな?と思ったためです。一応次の話までには考えてきます。




