方向性
初めまして。
初めて、完結した話を書き、不特定多数の人に見せることになりました。
つまらない話である自覚はあるので、もしストーリーが不評だったら、せめて文章そのものがうまく書けていれば、僕は満足です。
僕は走りながら、手に握っている刃物を捨てたくなった。無論、逃げるのに、それが重くて邪魔だからだ。
でも捨てないのは、次ならば、と期待してしまうからかもしれない。だって刃物は、手にあってただ邪魔者として在るのじゃなくて、何かを切るために在るのだ。
僕は、前に出した左足を踏ん張って、止まった。
後ろを振り返る。10メートル先。
白いゲル状の泥人形が西洋の鎧を着ているような、バケモノとしては、僕にとって初めて見るものだった。
あと5メートル。
僕は、細く長い包丁のような刃物を構える。
あと3メートル。
今までこれで切り倒せなかったバケモノはいなかった。
あと2メートル。
次ならば。
あと1メートル。
僕は刃物を振りかぶった。 僕の30センチメートルほど目の前で、泥人形の、鎧に覆われていない部分が、僕の刃物と衝突するのが見える。
いかにも柔らかそうな白い泥の皮膚が切れないわけがない。
ガキン。
という音が、僕の予測をまた裏切る。これで三度目。
「――――――ッ、くそ!」
即座に後ろ向きに跳んでバケモノと距離を取る。
バケモノから遠ざかるために走ろうと身を翻そうとする。
次の瞬間、目の前に地面が迫っているのを確認し、僕は、自分が転んだことを把握した。
こんなことをしている場合ではない。起きなければ。起きている間にどれだけ距離を詰められてしまうか。
その疑問は、バケモノの影で自分の姿が覆われているとわかったことで解消した。
0メートル。
軍靴を履いた泥人形の足が、僕の頭上に降りかかる。
僕は目を閉じた。白い泥が切れず、距離を取ることも失敗、そんなに予測が外れるのが今日という日だというのなら、今、僕の頭蓋を踏み抜こうとするバケモノのこの足も止まるべきだ、と。
それは都合のいい願望だった。それがわかっていたから、二秒後に目を開けた時も、えらくゆっくりした動きのバケモノだ、と思った。
バケモノはもう、僕の頭上にはいなかった。鎧ごと縦に真っ二つになって、僕の左右に転がっていた。
バケモノが立っていた場所に、長身の男が代わりに立っていて、僕を呆れた目で見下ろしていた。
「お前、これが切れなかったのか」
男は、恐らく僕に、言った。
「…ああ、切れなかった」
僕は、なるべく平静を装って答えた。男が言う。
「なぜ切れなかった」
「わからない。よほど固いやつだったのかな」
「固い?こいつが?」
男が、怪訝な顔をした。
「これで切れたのに?」
そこで僕は初めて、男の持つ刃物を見た。それは、刃物の形をしてはいるが、形をかたどっただけの、ただの金属板だった。刃がない。
「それで、どうやって…」
僕は思わず呟いた。
「お前、ここを切ろうとしたんだろう」
と、男は、僕が三度刃を通そうとして失敗した、白いむき出しの皮膚のように見える場所を、自分の刃物で指した。
僕が黙ってうなずくと。
「そりゃお前、ここは固いよ」
男は自分の刃物をそこにぶつけ、カキン、カキンと鳴らした。
「でも鎧なんか、切れるわけないじゃないか」
僕は弁解するように言った。男は、僕をじっと見る。
「切れるわけない、と思うか?」
男は言った。僕はもう、うなずくこともできなかった。
僕をじっと見ていた男は、バケモノの遺骸に目を落とした。
「仮にも生きてるやつが、弱点を、弱点らしく晒してると思い込むな」
男はそう言って、半分になったバケモノの、兜をかぶっている頭の部分に、今度は横向きに刃を入れた。固そうな音は鳴らず、刃が、兜に食い込む。
「でも、切り裂いてはいないじゃないか」
僕の反論に。
「うん、今の俺も、さっきのお前も、横向きに切ったからな」
男はそう言い返して、兜から離した刃を、次は縦に入れた。
白い泥人形の輪切りが、もう一つできた。男が言う。
「縦に切れなさそうだというのは、単に、お前が思っただけのことだ。こいつは、縦に、鎧から切ってしまえば、真っ二つになる。鎧が固そうだとか、皮膚が柔らかそうとか、縦には切れないだろうとか、お前が思っているだけで、このバケモノの本質じゃない。どんなモノも、そう有るように有るだけだ」
男はそう言うと、バケモノが来た道を逆に歩き始めた。
僕は唖然としていた。それから、バケモノの遺体を見た。こいつは、僕が思っていたようには、切れなかった。ただ、それだけだった。
男が去った方を見ると、もう、足跡が、僕の物か、バケモノの物か、男の物か、わからなくなっていた。
いかがでしたか。
なるべく、客観的に、おかしくないように、仕上げたつもりです。
もし、指摘や批評があれば、メッセージボックスまで、気軽に書いてください。どんな指摘も批評も、僕の糧にします。




