六話
波が止められない。
確かに、有川様と夕太は似ている。
無表情なところだけではなく、髪色や瞳の色。これは夕太が昔からなのであれなのだが、妙に丁寧語なのも。
だが、だがしかし。
二次元の登場人物に自分で似ていると言うのは話が別だ。見劣りしないほど顔が整っていようが、許容できるものではない。
何より素面で漫画のキャラと似ている、と真顔で言いきるのは痛すぎるのではないだろうか。せめて元気なショタ系であれば微笑ましいかもしれないが。
「夕太、君が有川様に似ているなどと言うとは思いもしてなかったが、その、なんだ?そういったことは言わない方が良いと思うぞ」
前世の記憶を取り戻してからはしゃいで教育係の金沢に余計なことを口走ってしまった私からこそ言える、含蓄ある言葉を贈らせていただいた。
中々うまく婉曲に言えたと自画自賛してから夕太を見ようとした時、僅かに上方から声が落ちてきた。
「……また駄目なのですか」
言葉自体は短く掠れるようなものだったのにも拘わらず、頭に隕石でも衝突したのではないかと思うほどの衝撃をもたらした。
その痛みにも似た強烈な驚きは、少女漫画で浮かれて夕太がどこかふざけているように感じていた思考を吹き飛ばしてしまった。
その声には普段の平坦さは無かったのだ。
それこそ、昼に聞いた怒声すら薄れる程の密度を持っていて、たった一度でこれまで聞いていた夕太の無感情な声が思い出せなくなるくらいに。
そこにあったのは、落胆……いや、絶望だ。
逸らしかけていた視線を慌てて夕太に戻せば、屈んでいるせいで陰が落ちている目元が苦し気に細められていた。
眉ひとつ動かしたことがなく、彼の顔は生理的な反射運動か必要最低限の口の動きでしか変化することはないと思っていた。
作り物かと思うほど微動だにしなかった彼にとって、瞬きではなく目を細めるということがどれだけ驚異的な感情表現であるかは明白だ。
見ようによってはただ切れ長の目で睨んでいるようにも感じるだろうが、それは違う。
これは諦め。
何をしても無駄だと全てを捨てようとする、絶望した人間のする目だ。
私はこの目を知っている。
いつかの能面公爵もこういう目をして女王を見ていたことがあった。
公爵と同じ青灰色が混じる茶色の瞳は静かに私を見る。
それだけなのに、時が止まるような感覚が生まれた。
いつの間にか、心臓が痛いほど鳴る。
頭は血がのぼって熱いのに、指先は強ばるほどに冷たい。
今度は、次は、また。
どれも今より前に何かがあったことを示唆する言葉だ。
夕太が来てから焦燥感や緊張で気にかけていなかったが、彼からすれば明らかな前提が私の意識から欠けているということに今さら気付いた。
苦しい。
何を見落としていたのかも、何が足りないのかもわからない。
どうしていいかわからず咄嗟にすがるように夕太を見た瞬間、彼からあらゆる感情が抜け落ちていつも通りの無表情に戻っていってしまった。
またもや私は決定的な間違いを犯したらしい、と思う暇もなく夕太はすっと立ち上がる。
「……いいです。今回も私は貴女の公爵にはなれないようですから」
それだけ言って夕太は踵を返す。
貴女の公爵、の意味さえ考えようと思う余裕がない。
その機械的な動作を見て、止めなくては、と思った。
いや、それ以前にここで何もせずに見送れば二度と会話することすら叶わないのだろうという確信に対する恐怖があった。
今になってそのことに気が付いて慌てる自分に呆れてしまう。
結局のところ私は、婚約破棄して夕太を解放するなんてことを言っていても彼から離れる覚悟さえしていなかったのだろう。陽太と朝里がいるのだから、嫌われていても関係が断絶することはないとたかを括ってた。
「ゆ、ゆた……!」
とにもかくにも、この場を乗り越えなければと声をかけようとしたのに、上手く声がでない。
緊張のあまり息をするのを忘れていたのか、肺に少しも空気が残っていなかった。
いかん、このままでは、夕太が。
冷えきった指先に力を入れ、へたりこんでいた足を奮い立たせる。
僅かな間でいい。
引き留めなければ話も出来ない。
まだ私は夕太の本心を聞けていない。
その思いだけで夕太に手を伸ばしたまま勢いよく立ち上がった私は、とんでもないことを忘れていた。
何故自分がへたりこんでいたのか。
足が痺れたからだった。
痺れたままの私の足は、勢いよく動かそうとした私の意思についてくることが出来ずに盛大に縺れる。
強ばってピンと張っていた手を使って受け身を取ろうとした瞬間、ドスリと鈍い音がした。
……夕太に手刀式膝かっくんをしてしまった。
あまりにも予想外だったのか、反応出来ずに崩れ落ちる夕太。
ぎぎぎ、と油をさしていないブリキ人形のようなぎこちない動きでゆっくり振り返る夕太。
どういう意味かわからないけれど若干目を細める夕太。
生まれて初めて、焦りで頭が真っ白になる。
それでも何かしなければと思って、なんとか息を吸えていたらしい口が動いた。
「夕太、わからないんだ……どうしていいか、わからない。教えてくれ……」
いや、本当に。