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五話

叫んだあと、ほぼ反射のように『花君』をかき集めて整理整頓してしまった。


もし、愛しの有川様のページが折れてしまったらと思うとぞっとする。


夕太はそれを尻目に次々と少女漫画を乱雑に引き出していく。


……って、ああっ!夢見巫女先生の悲恋系乙女ゲーをコミカライズしたはいいものの雑誌の問題であまあま王道展開になり、夢小説かと思ったと読者の批判を浴びて打ち切りになった『緋に染まる恋をした』まであるではないか!


革製の鞄をはちきれんばかりに肥えていたのも納得な量の少女漫画が続々と姿を現す。それはどれも王道の展開と甘さが売りのものばかりで、私も何度自室のベッドで悶えたかわからない作品ばかりだった。


君はその無表情の下でそんなに胸きゅん必至な甘い少女漫画を読み漁っていたのか。


その死んだような顔できゅんきゅん悶えてたとしたならば、確かに私は夕太のことを何もわかってやしなかった。


急にパステルでカラフルになった床を眺めつつ、唇を噛みしめる。


本当に私は夕太自身のことを見ていなかったんだ、という思いが胸に押し寄せてきた。


高校が別れるまでは毎日のように一緒にいて、好きだとほざいておきながら。


夕太の趣味一つ知らなかったのだ。


それはある意味当然のことで、いつも彼は私といる時は特に何かをするという事がなかった。大体私が来れば、必ずといっていいほど作業を中断して、何をするでもなくじっとしていたのだ。そして、私が遊びに誘った時だけ渋々と動き出す。


よく考えなくとも好かれていないこと、いや、如何に嫌われていたことがわかるというもの。


私に気を許していないというアピールそのものではないか。


「緋佐奈さん、早く決めてください」


私が意気消沈して海よりも深く反省しようとしていると、無機質な低い声が降ってきた。


現在は夕太も私もしゃがんでいる状態でも身長差ははっきりとわかる。


10年前は殆ど同じ身長だったと思い出せば、今の心理的な距離が重なって見えるようで苦しくなった。せめて、こんなにも溝が出来る前に気付く事が出来たならよかったのに。


「聞いていますか、早く選んでくださいと言っているのですけれど」


表面上は声色を含めて全く苛立ちを感じさせないけれど、じれったいと言うように再三に渡り呼びかけを無視したせいか催促を繰り返した。


「……あ、ああ、答えないのは良くないな、すまん。だが、その夕太が何を言っているのかよくわからなくてだな。どこから何を選べばいいのか教えてくれ」


それはもう、夕太がこの部屋に乱入して口を開いてからずっと疑問だったというくらいに。突然現れて「次はどれ」「早く選べ」と言われてもさっぱり意図が読めないのだ。この中から一番好きな漫画やキャラを選ぶというなら即答で「花君、有川様!」と言うことができるのだが……。


まさか、この場面でそんなことを言われるはずがあるまい。流石に望まない婚約だったとはいえ、破棄を宣言してから最初の会話が少女漫画の談義なわけがないのだから。


夕太は表情こそ変わらなかったが、明らかに呆れたような溜息を短く零してから口を開く。


「何をとぼけているんですか。この漫画の登場人物中で貴女が一番好きなものを選んでください」


そ の ま さ か か !


驚き過ぎて白目を剥く勢いで驚いてしまった私は悪くないと思う。


この男、至極真面目な顔をして何を言っているんだ。


私にどうしろというのだ。


初めて夕太の心の内を聞いて我が身を省み、断腸の思いで婚約破棄までしたのに……なんで少女漫画談義に花を咲かせなければならんのだね。


困惑して僅かな間に完全な空気と化した朝里と陽太に視線を流して助けを求めようとすれば、振り向いた先に仲間は影も形もなく忽然と消えていた。


陽太め!!


朝里が私を見捨てることなど有り得ないので、消去法で残った裏切り者に心の内で呪詛をぶつける。だが、その時間さえ惜しいのか夕太は「緋佐奈さん」と平坦なのが恐ろしいほど低い声で返答を迫ってきた。


「い、一番と言えば、『花あそびの君』以外にあるはずがないだろう」


無言の圧力ならぬ無表情の圧力に口を割れば、なぜか即座に否定されてしまった。


「嘘は要らないのですが……もうそれには飽きたのでしょう?いくら貴女と言えど、余計な駆け引きなどする気はありませんので早く答えてください。それとも、少女漫画自体に飽きたのですか、最近は乙女ゲームとやらもやっていましたものね」


何故、昼ドラの姑のようなねちっこい言われ方をされなければならないのだ。というか、どうして乙女ゲームに手を出してしまったことを知っている。誰にも内緒で買ったのに。


それ以前にいくら夕太と言えど『花君』に対する情熱まで疑うのはおかど違いだ。


大体にして夕太への想いも前世も幻と言うのなら、私に残るのは少女漫画と『花君』の有川様に対する厚い信心だけなのに、そこにまで文句をつけられたらやっていけない。


それに、今まで自分のことを何一つ言わないで嫌いな私を視界に入れなかったくせにどうしたいと言うのだ。


不満があれば、もっと前に、こうなる前に言ってくれれば良かったのに。


我慢出来なくなって、私が漸く気付いて離れた途端に鬱憤をぶつけるなんて卑怯だ。


それとも、婚約破棄だけでは足りないというのか。


もう私は傍にいるだけでも辛いのに、今更和気藹々とした少女漫画談義をする方が辛いに決まっている。夕太のビジュアル的にも辛いに決まっている。


「私が好きであること自体にまで難癖をつけられる謂われはない!私の心は10年前から『花君』に、有川様のもとにある!」


……いや、その下地には能面公爵がいたりするのだが、それはまあ、置いておく。


思いの丈を全て込めるように叫べば、空気が震えるほどの大音声になってしまった。この想いだけは恥じるつもりはないのだが、客観的に見れば相当寒いことになっているのうな気がする。今となっては陽太達が退出してくれたことが有り難い。


空気の震えが治まっても夕太がなんのリアクションも取らないので、いたたまれなくなってくる。


20歳にもなって少女漫画への愛を大声で宣言する女。しかも、婚約破棄したばかりの相手に向かって。


痛すぎる、と静かに視線を逸らそうとした瞬間、やっと夕太が口を開いた。


「……なら、そうだと言うのなら、どうして婚約を破棄するのですか」


ぼそりとした小さな声。


その、今回の婚約破棄が不満だとでも言うような言葉に徒な期待をしてしまいそうになる。


どこまでも都合良く解釈しようとする弱い自分を心内で叱咤し、昼間の事を思い出して邪念を振り払う。


またもや意味を図りかねて耳を澄ませていると、一度何かを堪えるような仕草をして俯いてしまった。


「その有川が好きならば、私でもいいではないですか」


夕太の伏せられた顔は見えないので表情はわからないが、その声には明確な感情の色が宿っていた。


驚きのあまり咄嗟に飛び退こうとした足が絡まって無様に尻餅をついてしまう。


思ったよりも踵を上げてしゃがんでいた時間は長かったようで、じんじんと足が痺れて動かない。



有川が好きならば、私でもいいではないですか。



おかしい、どういうことだ。


それは、


それでは、まるで――


「有川と私は似ていますし、別に私でもいいではありませんか」


っああああああああああああああああああああ!!!


言ってしまった……。


黒歴史確定、ようこそこちら側へ。



プロットなしでその場その場で書いているから仕方ない。


火倉 緋佐奈

主人公。思っていたよりも趣味は深そう。きつめだけど普通に美人なんじゃないかと。

黒目黒髪。目元がキツそうでも清楚な感じするよね。

実は覚えている前世の記憶は飛び飛び。

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