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三話

コメディとか乙女な成分の殆どは夕太編に吸い込まれたんだろうな、って思いました、まる。


……本編が乗っ取られる予感。



「話し込む前に、夕太はどうしたの?」


応接室の中央にあるソファーにそれぞれ腰掛ける中、やけに慎重になって陽太が言った。


「何があったかはあとで詳しく話すが、サークルの部屋から出てきたところで婚約破棄を宣言した。『はい』とだけ言って逆方向に歩いていったから、後は知らんな」


なんとなく隣に朝里が座るのを眺めながら、斜め前の陽太に答える。


「……ねえ、それ危なくないかな?」


らしくもなく手に取ったティーカップを音を立ててソーサーに置くが、朝里に威嚇されて黙った。


「能面野郎はいいから、何があったのか教えて、ヒサちゃん……」


心配そうに見つめてくる朝里。これに関しては心配してもらえるような立場ではないので心苦しくもある。


「最初に言っておかなければならないのは、夕太には何も非はないことだ」


息も荒く目を血走らせた朝里の為にしっかりと前置きしておく。彼女は基本的には可愛らしい女の子であるのだが、激昂すると手がつけられなくなるので注意が必要なのだ。


「朝里、どうどう……って、えっと、それなら尚更婚約破棄をする意味がわからないんだけど?」


陽太は朝里を暴れ馬のような宥め方をしつつ首を傾げた。


「それは当然私に非があるからだろう。今回私が破棄を決断した切欠など、簡単に言ってしまえば盗み聞きだからな」


私の発言に反応して朝里が「やっぱり浮気かクサレ能面野郎が」と口走ったのをしっかりと否定する。


「寧ろ逆だな、夕太はこれ以上なく徹底的に告白を突っぱねていたぞ」


いつも無表情でほぼ無反応なくせに積極的に文化祭やサークルに参加する夕太の周りには、意外と人が集まる。


それに対して何を感じているわけでもないようで、人間関係を構成させる気さえもないらしい態度だが、有能で顔も家柄も良いとくればそれだけで人は寄ってくるものだ。


そう言うと夕太本人には興味のない有象無象の集団に聞こえるが、その中には稀に夕太の事を本当に思っている人もいるわけで。


今回彼に告白したのは正にそれだった。


表情はなく感情も希薄な夕太のことを心から気にかけて、周囲との軋轢を減らし、支えようとするような。


明るい茶色の髪をさっぱり短くして、活発さや心根の温かさが見えるようで愛嬌がある女の子。


目付きがキツくて、前世の影響か変に高飛車で言葉遣いが妙になった自分とは大違いだ。


「それなら何も問題ないんじゃないの?婚約者がありながら了承したって言うならわかるけど、断ったならそれでいいでしょ?」


不思議そうに尋ねる陽太の意見はもっともだ。


しかし、これはそういう話ではないのだ。


「それはそうだ、断ったこと自体は私としても安心するぐらいだよ。けれど、違うんだ……私にとっても彼女にとっても、そして何より夕太にとってもただ『告白を断った』ということではなかったんだよ」


その時の衝撃が脳裏を過り、思わず俯く。


今度は朝里も陽太黙って続きを待っていてくれた。


「彼女の思いの丈を聞いた夕太は他人にも自分にも興味はない、といつも通りに断った。それに彼女は、別に付き合うのではなく友人でいい、もっと夕太を知りたいのだと言った」


普通に考えたら重いようにも思えるが、彼女は高校から夕太と同じで、私が彼と離れている間支えてきた人だ。


いくら能力が高くても人に合わせる事ができない夕太だけでは孤立してしまうだろう。そうならなかったのは、周囲に彼女がいて、気を回してくれたからだ。


夕太は婚約者がいると無闇に喋るわけでないから、告白したのも不器用な彼には常の拒絶にめげなかったのもおかしなことではない。


逆に、心から夕太のことを考えていたんだと思う。


「それでも理解など要らないと言う夕太に、彼女は返した。無表情さや素っ気ない態度で頑なに一人で居続けるのに、いつでも人の集まる場所に自分から行くのは人と関わりたいと思っているからじゃないのか、と」


彼女の言い分は私の考えと殆ど同じ。


確かに感情は薄いし表情を変えることはできないようだけど、夕太は孤独を望んでいるわけではない。


行き過ぎて疲れたり意に反することをすれば、容赦なく排除するか即座に離脱してしまうが。


何をするでもなく人の傍に寄ることはあるし、やり方は不味いとしか言いようがなくても手助けをしようとすることはある。


「それを聞いて、夕太は、怒った(・・・)んだ」


二人とも目を見開いた。


「信じられるか、あの夕太が怒りを感情を露にしたんだ。普段動かさないせいか、表情こそ変わっていなかったが……明確な怒気を纏って吐き捨てるようにこう言ったんだ」


彼女に向けられた言葉は全部自分に返ってくるものだったから、息も止まるほど耳を澄ませて聞いていた。


今も頭に食い込んで抜けない。


「『わかった風に戯れ言をほざく輩に意識を割くほど、不愉快極まりないことはありません。どれもこれも私の何を知ったつもりになっているのか……私は他者との交流なんて望んでおりません。正直、貴女の発言には虫酸が走ります』」


高校からの付き合いで小学生時代の夕太と私を知らない朝里はピンときていないようだったが、陽太は青白いのを通り越して土気色の顔になった。


「ねえ、それってヒサちゃんに何か関係あるの?」


陽太の様子からただ事ではないと察した朝里はおずおずと言う。


「ある。寧ろ……私に向けられているとしか思えない程に 。彼女の台詞は私が昔夕太に言った言葉そっくりなんだよ。夕太と出会ってすぐ、私は同じような事を言って……それから、夕太は私だけを避けなくなった(・・・・・・・)


劇のような前世の記憶に舞い上がった私は、その記憶で婚約者だった能面公爵にそっくりな彼を幸せにしようとした。


公爵が望んでいた方法で。


彼は夕太であり、公爵と何の関わりもないと今まで私は気付かなかったのだ。


「これまではずっと、私の言葉は夕太の為になったと、彼の心に届いたと……私は、彼の支えになったのだと思っていた。なんて、滑稽なんだろうな……私の言葉に意味なんかはなく、彼を傷付けただけだった。私を避けるのを止めたんじゃない、私に意識を割くのを止めただけ」


確かに私は特別だった。


その根幹は、好意ではなく、無関心にさせるまでの嫌悪であったが。


「でも、そんなの、緋佐奈ちゃんのことだとは言ってないじゃないか。怒ったとしたら絶対、結果的には二番煎じになった女の子の方だ!あいつが緋佐奈ちゃんにそんなこと言うわけがない、だって」

「いいから、陽太。もう、いいんだ」


陽太の慰めを遮る。


「もう私は本当に夕太を好きだと言える自信がない……私は、夕太の根本から履き違えていたんだ。彼女が言ったように、彼は人を求めていると思っていた。でも、そうじゃない……そうじゃないなら、私は迷惑でしかない。何より、勝手な虚像を作り上げて慕うのは、夕太を好きだと言えるのか?」


せめて、前世の思い込みがなかったならもう一度やり直せたかもしれない。


だが、私がしていたことは全て間違いで、夕太に心を寄せた切欠すら妄想じみた空虚なものだと気付いてしまった。


「緋佐奈ちゃん、落ち着いて。本人に確認も取ってないのに先走り過ぎだし、今までの時間が無意味だとか嘘だとか……僕には思えないよ。それに、色々詳しくは言えないけど、もっとこれまでの自分を信じた方がいい。あんなに愛想悪い奴に根気よく接したのは君だけなんだから」


陽太は「よし、これは呑んで忘れよう!」と話を切り上げようとする朝里の口を押さえてまで言ってくれた。なんていい奴なんだ、そんなことしたら後で朝里に殺されるだろうに……。


「陽太……君はそう言ってくれるが、まずもって夕太に近付いた理由が、普通じゃなくて、狂ったみたいな妄想で、それで夕太が傷付いたんだとしても、私は許されるのか……?」


前世だとか言うくだらない妄想のような記憶に踊らされて、私は夕太に近付いた。


彼を見ていると理解したいと言った私が一番夕太(・・)という存在を無視していたのに。


「は、え、妄想って何?」と呟くように問う陽太。


「私には前世の記憶がある。と言っても、私自身今では事実とは思っていない。だから信じてくれなくて構わないし、……小さい子どもが自分の中でひっそり作るような物語をもっと緻密にしたような空想と思ってくれていい。そして、私はその記憶(ものがたり)に出てくる人にそっくりだから夕太と親しくなろうとしていたんだ……」


私はもう黙ってはいられなくて、精神を疑われてもいいと思って口にした。


夕太の本音を聞いてから、思った以上に私はダメージを受けていたらしく、10歳から後生大事に抱えてきた記憶さえも重くて仕方ない。


実のところ、夕太に婚約破棄を宣言してからここに来るまで、陽太と朝里に事情を話す間、平静を意識してはいたけれど、暴れだしそうになる感情を抑えるので精一杯だったのだ。


この10年間が否定されてようやく目が覚めたようだった。


前世の記憶なんて正気の沙汰とも思えないものを心の拠り所にしていたなんて。


しかもそれで大切な幼馴染みを傷付けていたなんて、今考えれば普通じゃない。


もういっそのこと、この10年も前世なんてくだらない記憶も妄想にして奇行にして無くしてしまいたい。


筋が通っていることから矛盾していることまで、様々な思考がひっきりなしに飛び交って、大事にしたいた自分だけは信じていた記憶の価値さえ大暴落していく。


後になって思えば、この時の私は完全に混乱していたのだとわかる。


それだけ夕太の言葉にショックを受けていたのだろうが、その意味さえも思い当たらなかった。


「ちょ、ヒサちゃん?!」


いきなり一人で考え込んだ上に勢いよく項垂れた私に朝里が声をかけてくれるが、目が回りそうなほど思考がぐちゃぐちゃになり始めていたせいで反応を返す事ができなかった。


それを見た陽太が放心状態から戻って「ぜ、前世……?嘘だろ、てか、あの、え、緋佐奈ちゃん、おお落ち着……」と慌てて宥めようとする。


しかし、陽太が言い切らないうちに慌ただしい足音と派手な開閉音が耳を打った。


扉を破壊せんばかりに勢いよく開いたらしい。


壁にぶつかって跳ね返った戸に引っ張られた蝶番の軋む音が悲鳴のように響く。


最初は向かいに腰掛けていた陽太も朝里を止める為に移動し、私たちは全員同じ横並びに座っている。


そうなれば当然、背後の扉は誰にも見えないのだが……三人とも無惨な最後を遂げた蝶番が目に浮かんだことだろう。


「緋佐奈さん、ここでしたか」


ぎぎぎ、と揃った動きで振り返れば。


無表情でありつつも、異様な気配を滲ませた夕太が立っていた。


どうしてと思う前に見据えられて息が詰まる。




多分、全員が私の名前を呼ぶのを初めて聞いたと思うし、さん付けなのに言い知れぬ不安を感じてはいただろうが……減らず口を叩けるような人外はここにはいなかった。


病まない。


次回こそ、前世の話か。

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