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一.どちらにしようかな



 僕が神(じん)さんと会ったのは、通う東京の大学から遠く離れた、とある県の某村は千早神社という場所だった。


 彼女は『神おとね』という少し古臭さを感じさせる名前で、今年二十歳になる僕よりも四つは年下に見え、しかしその物言いは粗暴というか男っぽいというか、とにかく色々と“強烈”な女性である。

 先ず目を引くのはその容姿。

 やや短めに切り揃えられた髪は、まるで無染色の絹糸のように白くキメが細かい。

 幼さが残る顔立ちは凛々しくも整って、愛嬌というか、すこし皮肉気に浮かべる笑みはどこか愛らしくもあった。

 特に右目は、常に閉じられた左目の分までその機能を果たさんとするかのように大きく、黒瞳の奥に見える強い意志が印象的で、凄味のある美貌に一役買っていたと断言できる。

 神さんいわく、閉じたままの左目は幼い頃に木登りしていた際、落ちてしまい運悪く枝か何かで目を刺し失明してしまったのだとか。


 それともう一つ。

 見る者に彼女の印象を強く焼き付ける要素として、今や成人式か結婚式でしか見かけなくなった振袖をやや着崩しながら胡座をかいて座る時、あるいは歩く時にわかる、一本しかない彼女の足がある。

 彼女はその理由をあけすけに話してくれるのだが、その内容を聞けば十人が十人、いろんな意味で眉をしかめる話を聞かされる羽目になるのだろうと容易に想像出来るものだ。

 そして、僕もまた例外でなく眉をしかめて話の真偽を疑うのであった。

 神さんの足が一本しかない理由。

 それは、彼女が“生き神”である証。

 いや、ある日突然座敷牢に監禁されたかと思えば、左脚を太ももから切断され、一年もの間村人総出で犯され続けるという、壮絶な体験の果てに“生き神”となった、が正確な表現ではなかろうか。


 流石の僕も神秘的な美少女からこんな話を真顔で告白された時、柄にも無く正義の怒りと同情を胸に抱いた。

 特に後半は日本文化の淫靡な暗黒面を目の当たりにした気分となって、目の前の美女がどのような痴態を晒す羽目になったのか、などと事詳細に想像してしまい、酷い自己嫌悪すら覚えた程だ。

 だが、次いで彼女の年齢を聞くやそれらもあっさり消え去って、先程までとは別種の感情を胸にわき上がらせるのであった。

 つまり神さんは、今年で御歳二百三十五才になる老人である、と主張したのだ。

 勿論、真顔で。

 え? と何度も聞き直した僕はきっと、間抜けな表情を浮かべていただろう。

 しかしそれも神さん流の冗談などでは無いとわかった時、果たしてその“事実”をどう受け取るか、という話に僕の中で変わった。


 神さんと邂逅したのは彼女自身の住まいである、田舎の神社にしてはやけに立派な千早神社という場所。

 しかも、誰もが彼女と気軽に会えると言うわけで無く、かくいう僕も“特別な計らい”で会う事が出来ていた。

 お手伝いさんらしき人に案内され通されたのは、まるで立派なホテルの大宴会場のような何十畳もある和室の客間。

 その上座にはでんと異様な空気を湛えた美少女が鎮座し、我は生き神、今年で二百三十五才であると言われれば、誰もが彼女の正気と自身の身の安全を疑い始める事請け合いではないか。

 そもそも何故僕が東京を遠く離れ、こんなド田舎にある妖しげな新興宗教の少しアレな教祖様(美少女)と接見しているのか。

 その理由を語るのに、時間を少々巻き戻す必要がある。



 僕は東京のとある大学に通い、そのキャンパスライフを充実させるべくるオカルト愛好会というサークルに所属していた。

 サークルの規模は非常に小さく、僕の他には四回生の大野部長と僕と同じ二回生の佐多君という人物しか居ないサークルである。

 事の始まりは、二人のサークル仲間の内の一人である佐多君からだ。

 ある日いつものようにサークルへ顔を出した僕に、佐多君が珍しく合同コンパに行かないか、と持ちかけてきた。

 聞けば友人の多い佐多君には珍しくメンバーが集まらないのだとか。

 合コンなど参加どころか誘われた事も無かった僕は、表面上では冷静さを取り繕いながらも少し考えて、佐多君に何人位で行うのかと聞くことにした。

 より多くの女の子と楽しくお話をしたり酒を飲み交わしたりしたいわけでは無い。

 むしろその逆で、大勢でわいわいとする事自体が苦手であった僕は、少人数での合コンならば参加もし易いだろうと考えての質問であった。

 果たして、佐多君の答えは女の子三人、男が三人の計六人での合同コンパであるとの事。

 僕はそれ位の人数ならば、と考え高鳴る胸を隠しながらも佐多君に参加の旨を伝えたのであった。

 佐多君の大いなる野望など、気付けもせずに。


 そして合コン当日。

 僕と佐多君、そして僕の知らない佐多君の友人一人を交えて、とある居酒屋でコンパは開始されていた。

 相手の女の子達も今時の子といった様子で、皆手足は細く、そして少々メイクが濃く感じられたがそれぞれに魅力的な顔立ちをしている。

 しかし僕の心は沈みっぱなしで、女の子とおしゃべりをするわけでも無く、一人慣れぬ酒をチビチビと飲むばかりだ。

 僕の隣に座る佐多君の友人も、さっきからツマミを食べ酒を煽るばかりで女の子には目もくれていない。

 対照的に佐多君は積極的に女の子達とお喋りをし、酒を飲ませ合ったりちょっとエッチな話をしたりして非常に盛り上がっている。

 その様子は正に“ザ・合コン”と言えて、僕は羨望と嫉妬を混ぜ込んだ視線を彼に送った。


 大体、佐多君は世間一般に言う所のイケメンと言う奴で、私生活も華やかでありなぜオカルト同好会に所属しているのかわからないほど社交的でもある。

 対する僕はどちらかと言えば内向的で、容姿も人並みかそれ以下であり、異性とお付き合いするどころか話す事すらままならぬ有様だ。

 隣に座る佐多君の友人も僕と同じ種類の人間であるようで、だからか、三人の女の子達はすっかり佐多君に夢中になっており、僕やもう一人の彼の事など最早眼中に無くさながら三対一の合コンと成り果てていた。

 いくらこのような場に疎い僕でも、これでは最早挽回する事は不可能だとわかり、自然酒だけがすすみ心も荒んで行くのである。


 後日知った事なのだが、僕と隣の彼の状況は佐多君にとって計画通りであったらしい。

 と、いうのも、この時佐多君は合コンで“全員お持ち帰り”という荒技に挑戦していたらしく、さしずめ僕と隣の彼は単なる数あわせとして呼び寄せられていたのだとか。

 だが僕はそれを聞いてもそれ程憤慨はせず、それどころかこの“出会い”のキッカケを作ってくれた佐多君には大いに感謝と恨みを捧げるのである。

 そう、運命という奴は不思議で皮肉な物だ。

 あまり良い心地で無かった佐多君の合コンで、僕は長年待ち焦がれた“本物”に触れる切符を手に入れ、結果後悔をしてしまうのだから。


 ――閑話休題、話を戻そう。

 大盛り上がりを見せる佐多君を尻目に、やや酒が回り始めていた僕は何を思ったのか目の前の女の子では無く、隣りに座る佐多君の友人に興味を抱いてしまうに至る。

 というのも、佐多君の合同コンパは他の大学のオカルト同好会との交流という名目で開かれているからして、せめて有意義な情報交換でもできないかと考えるのはごく自然な事であろう。

 何より、こう言った状況では一人黙って酒を飲むのは甚だ居たたまれないではないか。

 彼も又同好の志を持つ人物であり、同じ趣味を持つ人物であるはずなので、気が合う確率は高いはずだ。

 かくして僕は彼に話しかけ、同じ心地を抱いていた彼もぽつり、ぽつりと僕との会話に応じてくれたのだった。


 だがここでも僕は酷い裏切りに遭う事になった。

 なんと隣に座る彼は大学生という身分でありながら、目も眩むような美人と同棲している事が判明したのだ。

 しかも彼個人としては超常現象には飽きるほど遭遇してきており、オカルト同好会に所属しているのは出来るだけオカルトな品や場所には関わらぬ為、日本各地の伝承や都市伝説の情報を集める必要があるからとの事。

 僕は酒も入っていることもあり(携帯電話の待ち受けで見た、彼の同棲相手を見たせいかもしれないが)、それを聞いて大いに憤慨しながら彼に絡んだ。

 ――オカルト同好会に属していながら、超常現象に関わりたくないとは何事か。

 オバケが怖いのは良い。だが、貴重な体験を出来るかも知れない現場から逃げ出して、何がオカルト同好会か――

 こうして、初対面の相手にくどくどと説教を始めてしまう、僕。

 そんな僕などスルーしながら、王様ゲームなどを始める佐多君と女の子三人。


 その光景は他ならぬ僕自身が何とも情けなく、今して思えばとても恥ずかしい行為であったが、彼は黙って僕の言葉に耳を傾けてくれていたのだった。

 それからどのような会話を交わしたのか覚えては居ないが、彼がそんな僕をどう思ったのか、そこまで超常現象が好きならば、とある人物を紹介してくれた事はよく覚えている。

 それが神さんだ。

 神さんと彼は、前述のように彼が超常現象に遭遇した折に知り合ったのだとか。

 彼の説明に寄れば神さんは一般には“霊能者のようなもの”であるらしく、占いが良く当たると評判であるらしい。

 ――この時の彼の申し出は、オカルトは好きであるが“霊能者”の殆どは詐欺師であると考える僕にとって、格好のウサ晴らしの対象と映っていた。

 実際に会ってそのウソを暴いてやろう、などという幼稚な考えを抱いてしまったのである。

 僕はもし会いたければ紹介するよ、という彼に二つ返事でお願いし、あろう事かその場で彼に携帯電話でアポイトメントまでとらせてしまうのであった。


 ――弁解するならば、この時の僕は悪酔いをしていて常識的な判断ができなかった事を主張したい。

 オカルトを楽しむならば、例え“霊能者”の殆どは詐欺師であると考えていたり、霊感が強いと自称する人を前にして、これを否定する行為はすべきで無い、とも僕は考えている。

 人を脅したり騙したりしてお金を巻き上げるのは論外だが、そういった非日常を体験(あるいは錯覚)する事により、人生が豊かになるならばあえて騙されるのもいいではないか。

 そう、酒である。

 すべて、酒が悪いのだ。

 この合コンの後、僕は自身の行いに激しい後悔を抱きつつも、あの彼にアポイントメントを取らせた手前、はるばる東京を離れ西の地へと旅行をする羽目になっていた。

 そしていくつもの電車とバスを乗り継ぎ、冒頭へと至るのである。



「で? 」

「はい?」


 神さんの問いかけに、僕は間抜けな反応を返した。

 まるで淫靡なお伽話のような話をされ、大真面目にその感想をもとめられての問いかけである事は承知している。

 しかし、どう考えても新興宗教の教祖のような体をしている本人に向かって、そんな馬鹿な話、と返せるはずも無く――


「はい、じゃねえよ。感想を聞いてんだよこっちは。聞きてぇっつぅから俺の恥ずかしい過去を話したってのに」

「あ、えと、すいません。正直……本当にそれで“生き神”となれるのかはわかりませんが、似たようなお話は日本各地にあって、非常に興味深かったです」


 当たり障りの無い回答をする僕。

 しかし、神さんはそんな反応を求めて感想を聞いてのでは無かったようで、不機嫌な表情のまま更に眉根を寄せずいと顎を突き出したのだった。


「それだけか?」

「え? ええ……」

「んだよ、君、つまんねぇ奴だな。もっと突っ込んだ話はできねえのか?」

「えと、例えば?」

「そうだな……、あんた、それウソだろ? とか、人が二百年も生きていける訳ないじゃないですか! とか、さ」


 意外にも、しかも直球で“常識的な反応”を口にした神さんに、思わずぶっと吹いてむせてしまった。

 まさか本人がこれを否定するとは思っても見なかったのである。

 どうやら神さんは単なる『不思議少女』ではないらしい。


「あはは……、そりゃ、まあ、ちょっとは思いましたけども……」

「あん? じゃなんで言わねえんだよ。君、オカルト? っていうのか? 俺が知ってる妙ちくりんな話や俺の“力”を見に来たんだろうが」

「はい。ですから、その……頭ごなしに否定するのはどうかなあ、なんて思いまして」

「ばぁか、そうやって否定してくる奴をギャフンと言わせるのが面白ぇんじゃねえか」

「はぁ……」

「はぁ……、じゃねえよ。君、金玉ついてんのか? バァちゃんが見てやろうか? あん? ったくよぉ、久々に若ェ奴と話ができるってのに、こんなのが相手じゃな。臼木氏うじの紹介だからって、ちょっと期待しすぎたか」


 臼木氏、というのはあの彼の名前なのだろう。

 神さんはそう言って胡座をかいた右足に肩肘を立て、柔らかな頬をぷっくりと膨らませ顎を手にのせたのだった。

 だがふて腐れたようなその姿はとても愛らしく見え、彼女が“このような”場所で“そのような”職業をしていなければきっと僕は、お友達かそれ以上になりたいと願ったことだろう。

 神さんとは違い僕は僕で別の意味での落胆を抱きつつも、僕は神さんの落胆を和らげるべく期待に添った質問を行う事にした。


「じゃあ、えっと。その、神さんの“生き神”としての力というのは、ここで証明できる、と言う事でしょうか?」

「お、ヤる気だしたか? いへへ、まあな。最初は雨降らしたりとか、悪党や代官を祟り殺したりも出来たがな、今じゃ占いと嫌がらせ程度の呪いしかできねえけどよ」

「占いと呪い、ですか」

「ああ。良く当たるし良く祟るぜ? たまに中央の役人や政治屋共がお忍びで頼みに来るんだ。それと、金持ちの爺が温泉の出る場所とか聞きに来るかな」

「はぁ……」

「はぁ、ってなんだよ、その反応。お前、俺をそこらのインチキ霊能者と一緒にしてんじゃねぇだろうな?」

「あ、いえ、そういう訳では……、だって、証明してくれるのでしょう?」

「そうこなくちゃ、面白くねぇ」


 言って、神さんは機嫌を直したようにニシシと歯を剥き笑った。

 笑顔はそこらのTVで見るアイドルなど及びつかぬ程愛らしく、僕は一時見とれてしまうのであった。

 神さんはそんな僕など眼中にないようで、しばしニコニコしながら何やら考え込み、そして徐に手を打ってぱぁ、と顔を上げたのである。


「よし、こうするか。近い未来を一つ見てやろう」

「いいんですか?」

「ああ。本当ならン百ン千万も取るがな。特別にタダでいい。ただし――」

「ただし?」

「俺の呪いも受けて貰うぞ? なんてったって、俺の力の証明をして欲しいんだろう?」

「の、呪いですか?!」


 花のような笑顔から一転、話は随分と剣呑な物となった。

 僕は少し焦りながら、意地悪い笑顔を浮かべた神さんを見つめる。

 ――彼女はどうやら、僕を試しているらしい。

 確かに、占いはともかく霊能者とされる人物から呪うぞ、と言われれば言い気はしない。

 だが僕にだってことオカルトに対しては信念がある。

 良い事も悪い事も、程度こそあれ体験出来るのならばしてみるべきだ。

 ならば、答えなど決まっている。


「へぇ? 君、そういう表情もできるんだな。まあ、心配すんな。さっきも言ったが、今の俺じゃ力も弱まって呪いっつっても大したもんじゃ無い」

「どういったものなんですか?」

「そうだなぁ。ほんと、ちょっとしたことだ。難に遭うってな、火難、海難、災難、女難、水難、遭難、盗難とよりどりみどりだ」

「……十分、大した事のような」

「程度の話さ。ああ、女難には期待すんなよ? エロい事にはならねぇし」

「し、しません!」

「お? 随分と初心な反応だな、君。なんだ、童貞か?」

「あ、いえ、……それは今、関係無いでしょう」

「いや、ばあちゃんには大ありだね」

「どうしてですか?」


 図らずも至った異性との慣れぬ性的な話題に、おずと応えた僕に神さんはニィ、ともう一度歯を見せて更に意地悪く笑った。

 容姿が容姿である為、毒婦というよりも小悪魔な表情ではあるがその悪意は性的な経験の無い僕にさえ、明確に伝わってくる。

 そんな悪意に僕は、先程お手伝いのおばさんが持って来たもてなしのお茶へと手を伸ばして、急激に乾く喉を潤すのであった。


「どうしてって、そりゃあなあ? いや最近遊びがすぎてよぅ、暫くは外出禁止になちまってな。ここの所、男日照りなんだわ」

「おと――、ひで?!」

「まあ、俺みたいな奴を好きこのんで抱く奴なんざいねぇ上、本気になられても色々面倒なんで、言うほどヤってねえんだがよ。ほれ、枯れねぇ体っつーもんは心をいつまでも若く保つもんで、危ねぇ火遊びはいつだって面白ぇんだわ」

「……何を言っているのか僕には」

「ああ、すまんすまん。早い話、君、今日ここで筆おろしでもしていくか? ってこった」


 再びぶっとむせる僕。

 藪から棒、寝耳に水、あと、なんだ?

 降って湧いた話に、僕の思考は一時的に停止して、全身の血液が逆流するのを感じ取るのであった。


「はは、は、また、ご冗談を」

「ウソじゃねぇぞ? こちとら、久々に懐かしい奴の紹介で若い男がやってくるってんで、地元の国会議員との約束を変えさせて待ってたんだぜ? 村の長老衆の小言覚悟でな」

「かっ、からかわないでください!」

「からかってるんじゃねえよ。何せこんな商売やってると枯れたヒヒ爺ぃしか出会いがねぇんだぜ? 中には根性座ったエロ爺が俺を囲い者にしようと頑張るが、ありゃダメだ。歳にはかなわねぇってんで、道具は使うわ部下は使うわと頑張っちゃくれるが肝心のテメェのモノがしなびたナス以下だしな。だからよ、俺にそれくらいの役得がなけりゃあ、ばぁちゃん張り合いがねぇよ」

「ちょ、ストップ! 襟元に手を掛けないでください! 僕はまだ、返事してませんよ?!」

「わはは、照れるなよ。それとも何か? こんなかたわのババァ相手じゃ嫌だってか? 俺ぁ、こう見えて見てくれには自信あんだがな」

「い、いや、そういうわけじゃ……」


 早くもどこかで後悔をしながらも、僕は冗談とも本気ともつかぬ申し出を頑なに断った。

 これが佐多君のような猛者であれば一も二もなく申し入れを受け、それどころかこの場で猿のごとくヤりかねない事になるのかも知れないが、どう考えても僕の手に余りそうな相手である。

 いや、確かに神さんの胸は和服の上からもわかる程“手に余る大きさ”というか、否、手に余るとか余らないとか、そういうのでは無くて――

 等と混乱しながら僕は、心なしか僅かにはだけた神さんの胸元から目を離せずにいながらも、一心に頭を振り続けたのであった。

 神さんはそんな僕を見てどう思ったのか、苦笑いを浮かべ大きく息を吐いて手をひらひらとさせた。


「わあったわあった。冗談だよ、冗談。ちっと初心な男のおのこ見て、からかいたくなっただけだ」

「あう、そ、そうですか。はは……」

「それで……ああ、そうそう、呪いと占いだったな。占いはもう終わってるから、後は呪いか」

「え! もう終わってるんですか?!」

「ああ。占いっつっても、俺のはちょっとこっちの左目をこらせば“見える”からな。呪いの方はまだ決めてないからかけてないけどよ」


 神さんはそう言いながら、閉じたままの左目をぽんぽんと叩いて見せた。

 なんとも拍子抜けする話である。

 てっきり僕は、なにやら胡麻を焚いて大仰に占うのだろうと踏んでいたからだ。

 そんな、あっけに取られている僕を余所に今度は両のこめかみに人差し指をあてむむむ、と考え込む神さん。

 呪いの内容を考えているのか、それとも既に呪いを掛けているのか。


「……すまん」

「はい?」

「いや、そういうつもりじゃ無かったんだが……」

「? どういう事ですか?」

「俺の呪いってよう、神の祟りにしちゃそんな力もねぇんだが、心の状態に左右されやすくて」

「はぁ……」

「男日照りって言ったろ? どうやらそれに引っ張られて、呪いが“女難”になっちまったらしい」

「女難、ですか? えっと、痴漢に間違えられたりとか?」

「いやいやいや、そんな大層な難には遭わねえよ。今の俺みたく、意味も無くムラムラし続ける呪いだ。……すまんな、数日は手淫してもムダだぞ」

「あ、えっと……え? もう自分、呪われてるんですか?!」

「ん」


 呆気ないほど神さんは短く返事をして、胡座をかいていた膝を一瞬立てて元に戻した。

 脚が一本しか無いわけであるからして、こうやってたまに動かさないと辛いのかも知れない。

 だが、対座する僕からはその付け根が見えたような気がして、先程のやりとりと相まってつい邪な想像を働かせてしまうのであった。

 と、いうか、女難という呪いを演出するためにわざとやったようにも見えなくも無い。

 いや、それはここを立ち去った後でも十分検証は可能で、僕は股間が膨れてこないよう気を散らす必要は確かにあるがその事については指摘しない事にした。


「……そう、ですか。じゃあ、占いの内容を教えてくれますか?」

「ん、いいぜ。――そだな、君、どちらにしようかな、って童歌わらべうた、しってるか?」

「ええ、まあ。日本各地で幾つかバリエーションがある程度の知識ですけれど」

「十分だ。面白い事に、頭の一節はほぼかわらねえんだよな。“どちらにしようかな、かみさまのいうとおり”ってな」

「はぁ」

「お前な、帰りはバスか電車に乗るだろ?」

「ええ、まあ」

「今は乗物にも色々とあるよな? そいつを最初に“選べる”状態になったら、この童歌を歌いながら選べ」

「は?」

「選ばれなかった方がひでぇ事になる。これが俺の“占い”だ」

「……未来予知ってやつでしょうか?」

「さあ? 予言だっつー奴もいるし、偶々占いが当たったと言う奴も居る。ま、“生き神”となった者の力の残りカスみたいなもんかな? 有り難がる連中は多いがな」


 まるで他人事のようにそう言って、肩をすくめる神さん。

 霊能者にありがちな、自分を大きく見せるとか神秘的に見せるようなそぶりはそこからは一切感じ取れない。

 いや神秘的に見せるだけならば、神さんの異様な容姿がまさにそれで、出る所に出ればきっと人気のあるアイドルかなにかになれるのではなかろうか。

 そんな事を考えながらそれからしばらくの間、神さんと他愛も無い話をしたりこの地方に伝わる伝承を聞いたりした僕であったのだが。

 どうにも神さんの呪いが効いているのか、それともプラシーボ効果というやつなのか、ずっと神さんの和装からチラチラと覗く肌が気になり、ムラムラとし通しであった為、キリの良い所で席を立ったのであった。


 そして東京への帰路につく僕は、すぐに途方に暮れることになる。

 というのも、神さんと話し込んだ為か村にやって来るバスはとうに無く、お手伝いさんの車で町までは送ってもらった後での事。

 その日予約を入れていたホテルへはその町から電車で三十分であり、運良く終電には間に合ったものの僕はこれに乗るべきか否か迷い始めていたのだ。

 なぜならば、お手伝いさんに送って貰ったのはその町の駅で、運悪くタクシーが客待ちをしており、神さんが言っていた“選べる”状態となってしまったからだ。

 この時思い起こされるのは、“選ばれなかった方がひでぇ事になる”という、神さんの予言。

 言葉は、僕が乗り込む方は何事も起きず、乗り込まなかった方に何かしら不幸――例えば事故が起きる事を示唆しているのだろう。

 にわかには信じられないが、もし本当であったらと考えるとどうしても足がとまるのである。

 出来れば安く上げるため、電車に乗りたい。

 だがそうするとタクシーの運転手さんに不幸が訪れる事になるのでは無いか。

 しかしタクシーを選んだ場合も同じで、四方丸く収めるにはどうしたらよいか、僕は夜の駅で途方に暮れていたのだ。


 ――神さんの占いを心から信じているわけで無い。

 かといって彼女を頭から否定する事も出来ず、その証拠に神さんを思い出す都度に僕の下腹部の下がムラムラとして、何とも言えぬ心地となっていたのも事実。

 そんな僕が思索の果てに行ったのは、やはり占いの、神さんの力の否定であった。

 僕は今、確かにムラムラとしている。

 それは神さんの呪いであるのかもしれないが、考えてもみると、あのような会話の後にあのような痴態を見せられればだれしもがそうなるのでは無いか。

 大体、“どちらにしようかな”というのもバカげている。

 あんなもの、文字数がきまっているからして、二者択一であるならば、いや、少し算数が得意ならば小学生にだって事前に“答え”は出せるはずだ。

 つまりは、“どちらにしようかな、かみさまのいうとおり”という呪文というか童歌は文字数にして十九文字であり、奇数ならば最初に指差した方、偶数ならば後に指差した方が自動的に選ばれるのだ。

 何時何分、何がどのようにして事故が起きるので乗らないように、という予言ならともかく、こんなもの、予言であるはずはないではないか。


 僕はそう一人で無理矢理に納得し、結局は終電を待つ事にしたのだった。

 それから、宿泊を予定していたビジネスホテルに着いたのは、夜中の一時を回った頃である。

 やっと床につくことができた僕は、いまだ収まらぬムラムラをやや持てあましながらも、旅の疲れがあったのかそのまま眠りに就いてしまうのであった。



 果たして、あのタクシーがその後深夜のバイパス道路にて、石油タンクローリーと事故を起こし大炎上した事を知ったのは、僕が東京に帰ってムラムラを鎮めようといやらしいDVDを再生すべくTVを点けた時であった。




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