第6話 魔法
洞窟の中は、ただ奥へ一本道が続いているだけという簡単な構造をしていた。
だがしかし、通路はヒト1人通るのが精一杯な幅しかなく、おまけに明かりといえば道の端に蝋燭が置いてあるだけなのでひどく暗い。
俺は音源に向かってひた走る。
奥は広けた空間になっていた。
そこにはテーブルやイス、酒でも入っているのだろうか、タルなんかが乱雑に置かれていて彼らの日常生活が垣間見えるようである。
俺の足元には既に、グロッキー状態の盗賊が1人転がっていた。まんまと強襲に成功、瞬殺した。いや、殺しはしてないけれども。
更に、ここには洞窟の天井と床に鉄棒を突き刺して作ったような檻があり、果たして捕まった連中はそこにいた。縛られているようだったが全員無事のようである。
俺は檻をこじ開け、彼らを縛り付けている縄を次々と引きちぎった。
「君は……街の人かい?」
「いや、違うけど、依頼を受けて来たんだ。それよりも、捕まった人はこれで全部か?」
「子供8人、大人6人。これで全員だ」
「ということは……あんたが『中央広場の旦那』?」
「あ、ああ。俺は確かに皆からそう呼ばれているが……どうして解る」
『だってお前だけやけにマッチョなんだもん! あとハゲてるし!』……とは言わない。
「それよりも、今こっちに残りの盗賊達が戻って来てる。あなた達はここで待っていて下さい」
それだけ言って俺は踵を返し、急いで洞窟の外に向かう。
洞窟の通路はヒト1人通るだけで精一杯。ということはこのまま彼らを逃がしても、恐らく盗賊達が来るまでにここを抜け出すことはできないだろう。そうなると少々めんどくさい事になってしまうのだ。人質とられるとか。
『洞窟』⇒『フィールド』
………。
……。
…。
俺が外に出た時には、危なかった。盗賊達はもうすぐそこまで来ていたのだ。
だからすぐに、見つかる。
「親分! あいつ今、中から出てきましたぜ!?」
「親分」と呼ばれたのは、俺が思っていたよりも若くて髪の長い男だった。なんか若い男って、無駄にゴツイ奴よりも強そうに見えんだよね。なんでか知らんけど。
「うろたえてんじゃねぇよ。さっさと始末すりゃ良いじゃねぇか」
そう言っては腰から短剣を2本抜き出し、親分は殺るき満々である。
そして、それに便乗して他の盗賊達も各々武器を取り出しながら俺を囲む。みんなナイフの類だな。解りやすい設定をありがとう。
親分に加え、下っ端が7人。
「死にさらせやァ!」
なにやら物騒な台詞を言って盗賊達は一斉に飛び掛ってきたが、俺は真上に10メートルほどジャンプして軽くかわす。そうしてカタマリになった盗賊達の上から、思い切り踏みつけてみた。体重を100倍にして。
およそ5トンの重さに、さらに重力を足した値が圧し掛かってくるのだ。ひとたまりもないだろう。というか、やべ、死んじゃったかもしれない……。
どうやら終わったらしい。周りを見回してみても残党はいない。案外あっけなかったな。
「戻るか」
と思ったその時、腕に何か擦れた。
「ん?」
見ると、その部分に爪で引っかいたような赤い痕ができている。
「?」
思い当たる節なし。気のせいかとも思ったのだが、違った。
体のあちこちに同じような感覚が襲ってきたのだ。
腕、脚、首や背中に同じような痕が次々と出来ていく。
「うわ、」
これは俺の勘だけど、ひょっとしたらナイフかなんかで切られた痕じゃないですかね?
100倍の肉体といってもしょせんは通常の肉体を100倍強化しただけで、無敵ではない。切られれば赤くもなるさ。
辺りにはやはり、誰もいない。
しかし痕は今も増えていき、幾度となく切られた箇所からは血が滲みだしていた。
このケース。ゲームの知識から鑑みるに、相手は十中八九「透明」になっている。こんなことできんのって盗賊の中じゃどうせ親分しかいないだろ。しかし、透明になるって一体何で……。
ふと俺の脳内に、いつか見た「魔法雑貨店」という店がフラッシュバックした。
「魔法かっ!」
この世界には魔法というものがある。確かに「透明になる魔法」が在ってもおかしくない……。
「けど、こんなんどうすりゃ良いんだよ!」
タネは解った。しかし、タネが解っただけではマジックを見破ることなんて出来ない。
「痛ってえ!」
遂に腕から流血。やっべ。
もうここから捕らえられていた人なんて見捨ててダッシュで逃げてしまおうかと考えた時、
「何してやがる!」
「ぶるぁっ!」
誰かが透明人間を蹴り飛ばした。
見るとそれは「中央広場の旦那」。
「あんた、魔力の感知もできないのか!?」
「魔力の……感知?」
「透明になってようがなんだろうが、魔力の気配さえ消されなきゃある程度の位置が解るんだよ! そんなことも知らないのか!?」
はい、知らないっす。
「……まあいい、あんたはそこで見てな。後は俺がやる」
その背中のなんと大きいことでしょうか。……かっけぇ。
そうして旦那は、見えない親分に向かって言った。
「汚い手さえ使われなきゃ、俺はお前ごときに負ける気はせんね」
傍で見ている分には旦那はまるで宙に向かって格闘技の打ち込みでもしているように見えるのだが、どうやらそれらは着実にヒットしているようで、時折「ぷびぇらっ」とか「あびぇしっ」とか聞こえてくる。
そうして見ていること数分、どうやら方が付いたようだ。
ドシャッと何かが倒れこんだような音がして、そこから段々と親分の姿が現れた。
親分はそれを見て大きく息をすると俺に向き直り、
「ありがとう、あんたのおかげで助かったよ」
と言った。
「いや、助けてもらったのはこっちだし……」
「ハハハ、そんなことはない。全てはあんたが来てくれたからこそなんだ」
……そう言われると照れるな。
「さ、早く街に戻って傷の手当てをしよう。それに、とっ捕まえなきゃならん奴もいるしな」
ああ、依頼主か。
「はい、お兄ちゃん、これ」
気付くと、周りに子供達がいた。他の大人たちもいる。機を見て洞窟から出てきたのか。
「ああ、ありがとう」
子供の内の1人が俺にバットを差し出してきたので、受け取る。そういや忘れてた。
「なあ、あんた街の人間じゃないんだろう? なら、今日は俺の宿に泊まっていってくれ。一番の部屋を用意しておくから。もちろん、金は要らないぜ」
旦那からの嬉しい提案。これで今日はぐっすり眠れそうだ。
こうして、旦那に担がれながら街に戻った俺は、ようやく宿に泊まることができたのであった。
『フィールド』⇒『街』⇒『宿屋』