Which came first, the chicken or the egg?
ノーグの冬は寒い。
暖房器具や衣類があまり発達していないので、気温云々を抜きにしても寒いのだ。
魔物から狩り取った毛皮とたき火、それだけで寒さを凌がないとならない。ちなみに換気はしっかりしているので、洞窟内のたき火も問題ない。
『マコー! 魔物が来たよ!』
『よし、じゃあ行ってくるね』
アカの実は季節関係なく実る。一説では魔力で育つといわれているので、生長も早く、魔力の補給も出来るというわけだ。冬場のエサの少ない時期は、特にアカの実目当ての魔物が多い。私たちは丘の下のアカの実を食べに来た魔物を狙い、狩っている。
『数が多いな。私も行こう』
『俺もいくー!』
『わたしもー!』
魔法を自在に使えるようになったので、子供でも魔物討伐が出来るようになった。この辺りには然程強い魔物も出ないし、安全なのだ。
リゲルと子供たちで、アカの実まで走る。
いきなり出現した私たちに驚いている魔物の群れを討っていく。ニオイがこもるので血抜きをして、捌いてから持ち帰る。冷蔵庫に入る分は冷蔵庫に、あとは今日の分を残し干し肉と塩蔵にする。
『マコト!』
ざわり、と。
ああ、この気持ち悪い感覚は。
『魔物だ! 皆逃げろ!』
リゲルの声に子供たちが走り出す。
私は急いで水球を撃った。かなりの魔力を込めたはずなのに、まったく効いた様子がない。
『マコト、そいつに攻撃は聞かない! 逃げるんだ!』
攻撃が効かない魔物。黒い、巨大な蛇。
「精霊……!」
何で忘れていたんだろう。
リゲルが呪われた精霊と遭遇したってこと。
私の持つ精霊の武器でなら、攻撃出来る。だけどもし、血を浴びてしまったら。
浄化するしかない。私が。でも、どうやって?春日チャンの浄化を一度見たきりだ。詠唱はなんとなくだけど覚えてる。成功率は限りなく低い。でもやるしかない。
攻撃か、浄化か、二択。
『皆、逃げて! こいつは私が何とかする!』
結界を張り、膝をつく。これで攻撃は受けない。だが、時間がない。
呪の浄化だ。思い出せ。あれだけリゲルに叩き込まれた詠唱だ。何とかなる。きっと大丈夫。
浄化中は攻撃を受けやすい。黒蛇は私をターゲットにしている。好都合だ。浄化中に皆を襲われたら対処出来ない。
嫌な汗が滲む。
浄化できる、大丈夫だ。だって私は英雄なんだ。なりゆきとはいえ、アカの英雄になってしまった。英雄と言われるくらいなんだ、大丈夫に決まっている。というかそう思わないとやってらんないっつーの!
結界を張りながらの浄化は、正直キツイ。こんなことなら結界を誰かに教えておけばよかった。今更後悔しても遅い。やれることをやらないと。
熱い。喉が渇いた。苦しい。だるい。意識とびそう。
頭がくらくらしてきたが、何とか詠唱を続ける。春日チャンすごいな。結界は張ってなかったとはいえ、これをやったんだもんなぁ。
『マコッ……』
リゲルの声に顔を上げる。いつの間にか結界内に来ていたらしい。
あぁ、そんな悲愴な顔しないで。
こんなのどうってことないよ、大丈夫。大丈夫だから早く逃げて。
っていうか結界消えそう。まずいわ、これは。
結界が切れる。
あと少しで詠唱が終わるのに。これは死ぬな。ここで終わりとかないわ。
結界が切れた途端、リゲルが私の武器を手に取った。
それは駄目だ。
リゲル、それは駄目だよ。
体は動かない。動くのは口だけ。でも私はリゲルに声をかけられない。私は詠唱を続ける。
駄目だ、良くないとわかっているのに。私はリゲルを止めなかった。
止められなかったんじゃない、止めなかったんだ。
リゲルが魔女になることを、決定事項だと思って。
辛い想いをすることがわかっていたのに、私はそれを止めなかった。
私はリゲルを犠牲にしてしまった。
リゲルは剣を持って走り出し、精霊を刺した。
精霊はリゲルに気を取られ、私から離れていく。
ごめん、リゲル。ごめん。
詠唱が終わり、浄化は成功した。
黒かった大蛇は白へと変化し、ぐったりと横たわっている。
カニャを呼び、治癒魔術をかけてもらう。
リゲルは返り血を浴びている。全身真っ赤だ。
カニャに浄化され、リゲルはその場にへたり込んだ。
『ごめん、マコト、勝手に使った』
『いやそれはいい。助かった。だけど……』
説明しないといけないのだ。リゲルがどうなってしまったかということを。
『終わったようですね』
『は……』
聞き覚えのない声に顔を上げる。
茶色の癖毛、ひょろりと高い背。片眼鏡にローブ。二十前後の青年だ。
「初めまして、アカの英雄」
日本語、だ。
「とりあえず洞窟に戻りましょうか」
「いやアンタ誰」
日本人に見えないのに日本語をしゃべっている。というかこの世界で日本語ってありえない。
「これは失礼。僕の名前はロキ・カネル。時の魔術師です」
「……カネル?」
「はい。父はジロー・カネル、母はキリ・カネル。つまりリゲルとキイト・カネルの孫でもあります」
「……へぇー」
「反応薄いですね」
突拍子がなさすぎるんだよ。あぁ、そう、としか言えないというか。
そもそもリゲルとフジムの子供なんて知らないしな。あれ?よく考えるとジロと嫁の年齢差、え?
あぁ……二次元からロリコンに走ったか……。まぁ結婚してるってことは十六過ぎてるんだろうし、ロリコンとは言えないけど。
「とにかく、移動しましょう。召喚の準備もありますので」
「えっ!?」
「何を驚いてるんですか。早く行きますよ」
召喚の準備って言った。
良かった、帰れるんだ……。
「精霊の武器と城も作らないといけないし、忙しいんですよ」
「え、それも作るの?」
「ええ。実際作るのはここの人たちですけど、作り方とか設計図を伝えないといけないので」
「未来と過去のループ……どっちが先なのかわかんないなぁ」
「僕にもわかりませんよ。つうかそんなことどうでもいいです。とにかく未来があれば。過去が大幅に変わると僕が消える可能性がありますからね」
確かに。
フジムとジロ、リゲルの誰が欠けても存在出来ない。
「精霊の武器は貴方が書くんですよ」
「はっ?」
「全部の武器を見てるのは貴方だけですから。僕は救世主や精霊の巫女の武器は見てません」
「マジか……」
あぁ、ということは……救世主のあの恥ずかしい詠唱、私が犯人か。道理で。
「英雄の書が出来上がったら時の魔術をかけますから。あと土産と手紙があります」
「土産と手紙?」
「えぇ。父上とリゲルと伯父上から」
「……リゲルはリゲルなんだ」
「見た目がアレですからね、身内でリゲルを名前で呼ばない人はいません」
なるほど。
確かに自分より年下にしか見えない人をお母様とかお婆様と呼ぶのもな。
「あと一月もありませんからね。英雄の書と武器のデザインを早急に」
「……了解」
こうしてあっさりと、一年にも満たない二度目の異世界生活は幕を閉じた。