巡る季節
魔動石を利用して、冷蔵庫を作った。
作り方は見ていたので知っているが、原理はわからない。よって私には応用出来ないということだ。
「出来ないものはしょうがないよね、あとはリゲルに任せるということで」
エディにもらった彫刻刀をリゲルにあげて活用してもらおう。
「冷蔵庫は必要だよね。ジュース冷やそうっと」
メグが喜んで冷蔵庫の中にジュースを入れる。ちなみにジュースとは果実と砂糖水を混ぜただけの代物だ。
気温は大分上がってきているので、冷たい飲み物が欲しいところだった。そうでなくても熱いものは熱く、冷たいものは冷たく、が好きなので冷蔵庫はかなり重要。
「食べ物も日持ちするようになったしね」
冷蔵庫の中には狩った肉や魚などが詰め込まれている。
このおかげで狩りに出るのは二三日に一日で良い。その分子供たちの魔法の練習や英雄の書の作成に時間を充てられる。食事の支度はメグと速水、老人などで行っている。残りの女性が木工や手芸といったものをこなす。
「まこっちゃん、メグ、そろそろ海行きたい!」
「そうだね。まだちょっと寒いかもしれないけど……塩も減って来たし」
「晴れてるし、今日いこ! 今から!」
嬉しそうに腕を引っ張るので、ついつい根負けし、すぐに出発することになった。
水着は麻で出来た下着のようなもの。わりと恥ずかしいと思うのだが、メグは気にならない様子。速水は恥ずかしがり、その上からもう一枚、短い丈の麻布を巻いている。
何だろうこの差は。
海で泳いだり、砂浜で遊んだり、魚や貝を採ったり。
ボールがないからビーチバレーは出来なかったけど、夏休み気分で海を堪能した。
焼きそばが食べたい気分だけど、残念ながら材料がない。
芋で麺……は私の知識では無理だ。
帰りに森へ寄り、木の実や果実を収穫する。明るい黄色が目についた。そのまま食べられるのでおやつかわりに皆に手渡す。
皮ごと食べられ、食感は洋梨のような感じの、ヨシの実という果実だ。
……ん?ヨシの実……?
「吉澤、美味しい?」
「うん! 今まで食べた中でこれが一番好きかも」
「……それね、ヨシの実っていうんだよね」
「へぇー!」
「でさ、紫の実があったじゃん。あれね、確かカジの実っていうんだよね」
「…………」
で、アカの実もあると。
そういうことか……。
「じゃあメグの実とかハヤミの実とかもあるのかな?」
「ありそうだね。五年前は見なかったけど、名前知らないのもあったし」
食べてない可能性もあるけど。
「一番好きな果物メグの実にするー!」
メグがはしゃぐ。
速水と一緒に楽しそうに話している。
今が五年前につながっている。
今が五年前になる。
リゲルにとっての過去が私にとっての未来。
私にとっての過去がリゲルにとっての未来。
「英雄の書、早く仕上げないとなぁ……」
夏が終わり、秋が来て。
秋が終わり、冬が来た。
帰る手がかりがないまま、季節だけが巡っていく。
不安がないと言えば嘘になる。だが不安を悟られれば他の四人はもっと不安だ。絶対に帰れるのだと、無理やりにでも思い込む。
きっと精霊の怒りの日になるだろうから、早くて三月。次は五月か。
思い出したことを書き込めるように、空白を多めにとって歴史を記入していく。
歴史の後ろには魔法や魔術について。その後ろにはメグのお菓子のレシピ。
歴史にはその時代から使われた始めたものや食べ物も補足としていれる。
760年にあった村や町の名前、街道の通っている場所。城の位置に造りも加える。
実際に仕上がったものを見ていないので正解かどうかはわからない。
だがリゲルの持っていた知識、あの未来が出来上がる情報が入っていれば良いわけだ。
「ふぅ……」
「まこっちゃん、終わったぁ?」
「うん、たぶんね。……他の皆は?」
「えっとねぇ、ヨシは子供たちとちゃんばらごっこしてて、カジは寝てる。速水は子供たちとお絵かき中」
言葉は通じなくても、意外と何とかなるらしい。どうしても言葉が必要なときは私が通訳すれば良い押し。
あの時、翻訳の指輪を渡されていたら、今、どうなっていただろう。帰ることが出来ると知っていたら、勉強しなかっただろうな。
「メグは何してたの?」
「ごはん作ってた! 出来上がったから呼びに来たんだよ」
半年以上の滞在とあって、食生活も随分と向上した。相変わらず調味料は砂糖と塩だけだが。
スパイスは探せなかったので、ハーブと出汁になるものをフル活用している。
「デザートにね、メグミとハヤミのナッツサラダだよ!」
メグは秋の終わりから旬が来る果物二種類に、自分たちの名前をつけた。ヨシの実やカジの実とは違い、名前にそのままミがついているので、メグミ、ハヤミにしたらしい。
「ヨーグルトがないから、ナッツ使ってみたんだよ」
乳製品は相変わらずない。牛っぽい魔物、ヤギっぽい魔物はいるのだが、乳を採れた例がない。採れても飲めるかどうかはわからないが。
右端の部屋で夕食。
男の子はヨシに、女の子は速水によく懐いている。
穏やかで和やかな、やさしい空間。
いずれは元の世界に帰るけど、それまでずっとこんな時間が続けば良い。
「さって、走竜のエサ遣りに行ってくるかなー」
「いってらっしゃいー」
私は立ち上がり、入口に向かう。
走竜は洞窟の入り口付近が定位置となっているのだ。
最初は私以外の言うことを聞かなかった走竜も、今では皆に懐いている。長距離の移動が楽で良い。数を増やしたいが、走竜は数が少ないのかあれ以来見ていない。
アカの実と水を与えながら、ぼんやりと空を見上げる。月が二つ。正しく月というわけではないのだろうが。
「三月だったらあと一ヶ月かぁ……」
待ち遠しい。
ここでの生活は楽しいけど、やはり日本が、元の生活が、恋しい。
早く帰りたくて仕方がない。そのためには召喚の魔術を完成させないと。
まだ何の手掛かりも見つかっていないけど、私は楽観的に考えていた。
このまま皆で楽しい時間を過ごし、そのうち無事に帰ることが出来ると。
私は忘れていたのだ。
リゲルが魔女だってこと。なぜ魔女になったかということを。