聞き覚えがあるような……?
洞窟に戻ると、八人と二人が魔法の練習をしていた。
言葉は通じないはずだが、身振り手振りで意思疎通をはかっている。何だか微笑ましい。
「ただいま」
大量の獲物を見つけた子供たちが寄って来る。
リゲルはその後ろから苦笑いしながらゆっくりと歩いて来た。
『すごいな』
リゲルがほうっと息を吐く。
『全部食べたことある?』
『いや……これとこれはないな……』
トマトもどきと貝だ。
集落は山の中と言っていたので貝はともかくトマトもどきはありそうなものだが。
『この実も魔物のエサだ。魔物が好むものはすべて魔物のエサと呼んでいる』
リゲルが薄紫の実を指差す。
なんて安直な。まぁ名前なんてそんなものか。
薄紫の実はちょうど今からが旬だ。五年前のこの時期によく食べていた気がする。
『おねーちゃん、すごい! きょうはごちそうだね!』
『いっぱい食べていいからね。魔法は使えるようになった?』
『うん! わたし、火と水と風がつかえるよ!』
『三つも? すごいね』
金髪の子供が笑う。確か浄化も使えたはずだ。魔法の才能があるのだろう。
『カニャばっかずるい! 俺は何で一個なんだよ!』
『まぁまぁ。ラールはそのかわり、剣の扱いがうまいだろう』
激昂する赤毛の子供に、黒髪の子供が宥める。
『フレースは女に負けて悔しくないのかよ!』
『カニャは三つの魔法が使えるけど、ラールほどの剣技は持っていない。それに弓ならぼくの方が上手い。人それぞれだ』
言ってることが子供らしくないなぁ。
『魔法も剣もどうだっていいわ。それよりおねーさん。食事の準備、手伝います』
『ん? ありがとう。私のことはマコでいいよ』
おねーちゃんとかおねーちゃんとか、呼ばれることに慣れていないので反応が遅れる。
『私のことはルオアと呼んでください』
カニャ、ラール、フレース、ルオア。
何となく聞いたことがあるような気がするんだけど……なんだっけ。
思い出せないってことはきっと大したことではないだろうけど。
考え込んでいる間に話がまとまった。リゲルと子供二人と一緒に夕食を作ることになり、台所に食料を運ぶ。
台所の隅に石で作られた竈が二つ、並んでいる。
一つには大きな鍋が設置されており、その隣の竈には何も置かれていない。こちらは肉をそのまま焼く時に使うらしい。
反対の隅には水瓶が置かれている。
木で出来たテーブルの上に食料を置いた。テーブルの下のかごの中には芋が山盛りだ。
基本的にリゲルたちの食事はスープだけだ。食料不足だから致し方なく、である。今日は食料が多くあるし、魔法が完璧になれば私がいなくても食料に困ることはないだろう。
貝と塩でスープを作る。肉の塊と魚、芋は直火で焼き、塩を振る。葉っぱは茹でてトマトもどきと塩で揉んだ。デザートに薄紫の実。どんぐりもどきはすぐに使えるものではないのでまた次回にでも。
この日の夕食も四人の子供たちと一緒に左端の部屋で食べる。
「まこっちゃん、これおいしい!」
「せんせー、おかわりある?」
今回は各自で塩を追加できるように、別添えでテーブルに置いてある。塩の消費量が増えるだろうから、明日にでも海に取りに行こう。
「先生、明日は私たちもついて行きたいです」
正直、女子はあまり連れて行きたくない。顔や腹を怪我したらどうするんだ。男子なら良いってわけでもないのだが。
「いいじゃん。ここにいても暇だしさー」
携帯の充電はとうに切れているだろう。テレビもなければ本もない。鞄の中に教科書くらいはあるだろうが、それだけだ。
「でもなぁ。携帯の充電に多目的室に戻るってので手を打たない?」
「ヤダ!」
「えー……」
どうやら留守中に二人で話し合って決めたらしい。速水はともかく、メグは頑固だ。こっそりついてこられても困るので、了承した方が安全だろう。
「それでさー何かわかった? 帰れそう?」
「うーん……」
正直なところ、この世界がノーグか否か。それがわからない。
ここがノーグで、760年より以前の可能性が高い、とは思う。
だけど決定的な証拠があるわけじゃないし、でもそれを言うと760年この世界で生き続けないと確定しないような気もする。
だめだ!
私頭使うの無理!本当無理!
悩むなら皆で悩もう、そうしよう。
「吉澤と話しててさ、この世界が私の知ってる世界の過去なのかな、とも思う」
「過去ってどんくらいー?」
「760年かな」
「古っ」
「……根拠あんの?」
「えっとね、今この世界に名前はない。魔物の種類、食べ物など一致するものが多い。あと場所、この場所に来たこともある」
「この場所ってこの洞窟?」
「うん。丘の上にある巣穴っぽくて、中が五つに分かれてて」
違うのは外にアカの実が生えていないこと。城が見えないこと。城の位置には多目的室しか見えない。
「で、ノーグでは760年前に世界の名前と年号が出来た」
考えて話すのではなく、事実を簡潔に述べていく。
私は頭脳派じゃないんだ。
「そして、リゲルがいる」
「リゲルって……この人だよね?」
「そう。リゲルは不老不死で……五年前ノーグで出会った彼女はこのままの姿だった」
服装や髪の長さは違うが、他に何も変わりがない。
『リゲル、リゲルは不老不死じゃないよね?』
『何を言ってるんだ? 私は人間だぞ』
つまりは、ここが過去だと仮定すると760年以上前のはず。
外見から考えると、リゲルはもうすぐ不老不死になるのではないだろうか。
「まだ不老不死じゃないみたいだから、もしここがノーグの過去だとすれば760年以上昔ってこと」
ということは、だ。
召喚魔法が生み出されるのはいつ?
それまで待てば帰れる?
歴史の勉強の中で召喚魔法なんて出てこなかったぞ……。
「未来のリゲルが私に何も言わなかったってことは、言わない方が良かったんだと思うんだよね」
もしも死ぬ運命だったりすれば、リゲルは何らかの措置を取ってくれたと思う。いくらなんでも見捨てたりはしないだろう。
ということは、おそらく帰れるはずだ。
思い出せ、歴史の勉強!
あのつらい日々を思い出せ……!
「召喚魔法の登場なんてやっぱなかった気がする……」
「え? どういうこと?」
「いつ召喚魔法が生まれるかわからないんだけど……でも帰れると思う」
「どうやって?」
「召喚魔法がないなら、作ればいいじゃんね。うん」
何事も前向きに!
為せば為る、為さねば為らぬ何事も!だよ!
「出来るの?」
「たぶん! いけるはず! でも時間はかかると思う。ごめん」
「いいよー。あの時間に戻れるなら問題ないし。ファンタジーごっこ出来てお得じゃーん」
「メグ……」
何ていい子なんだ。先生は感動しました。
「ま、いいんじゃん? ゲームみたいで楽しいしー」
「暇つぶしにはなるだろ」
「貴重な体験ですし、何か学ぶものもありますよ」
一緒に召喚されたのがこの四人で良かった。
本当は怖かったり、イラついてたり、不安だったりしてるかもしれない。だけど表面にそれを出さず、気遣ってくれる。
大人なのに私、情けないな。
待っててね、絶対、帰る方法見つけ出すから!