食料探しは重要です。
四人の子供たちと部屋を浄化したあと、夕食をいただいた。
夕食は肉と芋のスープのみ。味付けは薄い塩味。
かなり薄いが塩が入っているだけ良い。
『おねーちゃん、すごい!』
金髪の女の子にすごくキラキラした目で見つめられる。浄化の魔術が大変お気に召したらしい。
『わたしにもできる?』
『すごく練習したら出来るからもしれないね』
異世界人ではないので絶対とは言えない。浄化の魔術は精霊の巫女が得意とするもので、国民全員が使えるものではなかったはずだ。
魔法と一緒に利便性のある魔術も教えてみよう。
生徒四人はスープを黙って食べているが、不満そうだ。確かにもうちょっと味が欲しい。
『リゲル、塩は貴重なもの?』
『いや、貴重というほどのものではないな。海へ行けばいくらでもある』
貴重じゃないのなら、こういう味付けなのだろう。
子供たちが普通に食べているのがその証拠。
デザートに手持ちのアカの実を出す。
『これは……魔物のエサじゃないか!』
『え? アカの実って言うんだけど』
リゲルたちは魔物のエサって呼んでるのか。
『食べられるのか……?』
『美味しいよ』
リゲルと子供たちにも差し出す。恐る恐る口に入れる様子がかわいらしい。
『おいしい!』
子供たちがきゃっきゃと喜ぶ。リゲルの頬も緩む。
食事を終え、他の部屋を見せてもらった。
右から二番目の部屋が台所、真ん中の部屋とその隣の部屋が雑魚寝部屋のようだ。案内してもらいながら浄化していく。
「まこっちゃん。メグにもそれ教えて」
「そうだね。その方が良いかも」
手軽にシャワー、というわけにはいかないし、浄化は使えた方が良い。四人に浄化と念の為に治癒も教える。習っておいて良かった。
治癒は私自身苦手な部類だが、何とか教えることが出来た。
意外なことに吉澤に才能があるようだ。精霊の巫女というだけあって女子限定かと思ってたのに。
浄化は全員出来るようになった。異世界人すごい。
見たところ老人が十名弱、妊婦さんが二名、リゲルより年上そうな女性が三名、幼稚園児以下の子供が数名といった感じだ。それにリゲルとさっきの四人の子供。
四人の子供は小学校の低学年くらいだろうか。
この中で戦えるのはリゲルだけ。二十名以上を一人で支えて生きているということか。すごいな。
魔物あり魔法なしで生き抜いているってすごいことではないだろうか。
『あの三人は戦わないの?』
リゲルより年上そうな女性だ。妊娠しているわけでもないのなら戦えそうなんだが。
『私の集落では女は織物や野良仕事などをして家を守る。男は鍛冶や狩りを担当するんだ。単純に彼女らは戦う術を持たない』
訓練すれば戦えるってことかな。剣はともかく魔法を覚えればすぐにでも戦えるかもしれない。とにかく戦力が欲しい。
『織物と鍛冶……剣とか鍋とか服とかある?』
『少しなら。集落の跡地へ行けばまだあるかもしれないが』
あぁそうか。ここが本拠地じゃないんだよね。
私は光と炎の剣があるから良い。できれば四人、いや二人かな……吉澤と梶山に剣が欲しい。すぐに帰れないならば武器があった方が良いだろう。
浄化の魔術があるとはいえ、替えの服は欲しいし、調理器具も欲しい。リゲルたちと味の好みが合わない。
『服を四着もらえないかな』
私はジャージだから良いとして。他の四人は制服だ。汚れたり破れたりすると困る。卒業まであと二年近くあるわけだし。
『彼らのか? わかった。明日の朝までに用意しよう』
一通り挨拶と浄化を終え、部屋に戻る。
枯草の上にカーテンで包まる。もっと安眠出来る寝具が欲しいが、それは贅沢か。
毛皮を集めて枯草に被せるくらいしか思いつかないな。布がもっとあれば一番良いのだが。
翌朝、各々浄化の魔術で身支度を整え、朝食をいただいた。
メニューは肉と芋の薄塩スープ。
……あの、もしかして、メニューは一択なのでしょうか。
リゲルに詳しい食事情を聞いてみた。
まず肉。これは草食動物や魔物が狩れた時のみ。
野菜。集落には畑があった。今はない。近くに芋が自生。
魚。海や川で運よく取れれば。
……うん。今までよく頑張ったよね。この洞窟に移り住んで十日程らしいが、死者はゼロらしい。
今日は食料探しに行こう。絶対行こう。
ちなみに主食は芋で米や麦はないようだ。
リゲルと女性三名、子供四人を集め、魔法の講義を行う。
適性はわからないし、あの石もないので、全属性の基本を試してもらった。
リゲルは火と水。エトランの長の一族は代々炎を操れるのだとか。魔記号はないものの、魔法は存在しているらしい。
魔記号を使うことでリゲルの魔法の威力が増した。原理はわからないけど、魔記号すごい。
残りの七名は一人一つの属性しかなかった。しかもかろうじて反応したかな、というレベル。改めて異世界人ってすごいんだな、と実感した。
それぞれの適性も判明し、基本中の基本は教えたのであとは練習あるのみだ。
浄化の魔術も教えてみたが、やはり結果は芳しくない。金髪の女の子と女性が一人、何とか使えそうだ。
『浄化はカニャとカナリアだけか……便利なのにな』
リゲルが呟く。
『まぁ十分の一なら十分じゃないかな』
『そういうものか?』
『そういうものです』
小さい子たちや老人にも教えれば、まだ増えるかもしれないけど。
『そうだ。昼から食料探しに行くから、地図書いてくれる?』
私物のルーズリーフと万年筆を取り出す。魔力でインクが出る懐かしい万年筆だ。元の世界では使えなくなってしまったのだが、ずっと筆箱に入れていた。
『これはすごいな……』
リゲルが呟く。この世界にはないのかな。文明レベルは高そうに見えないが、実際住んでいたところを見たわけじゃないので何とも言えない。
完成した地図を見る。現在地から多目的室方向を東と仮定しよう。残念ながらこの世界での日の出では方角がわからない。習ったはずだが、単純に忘れただけだ。
その仮定で言うと西に小さな森、そこから北上すると海、南下すると川、さらに南下するとリゲルの元いた集落の跡地。
まずは森と川から攻めようか。海は少々遠いようだ。
『じゃあ行ってくるから、リゲルは魔法の練習でもしてて』
こくりと頷くのを確認して、私は二人を呼びに行った。
リゲルに書いてもらった地図と借り物の剣を持ち、男子二人、吉澤と梶山を連れ、森へ向かう。
面白がって戦いたがる吉澤と面倒臭がり気だるげな梶山。何でこの二人は仲が良いのだろう。進学科と工業科でクラスは違う。中学が同じだったのだろうか。
「ねーせんせー、結局この世界って何なの?」
「何……んー……ごめん、よくわからないんだよね……」
「前来た世界ってのとは別?」
「別みたい」
すごく似てるのに、ところどころが違う。リゲルなんてそっくりなのに。
「何で別だって思ったの? 最初同じって言ってたのに」
「え……見覚えのある魔物だったし、魔法使えたし……だけど、知り合いだと思ったリゲルが私のこと知らないし」
「ふーん? リゲルってあの銀髪だよね。まったく一緒? ちょっと若かったりしない?」
「まったく一緒に見えるけど……」
「じゃあ違うかなぁ。そんだけそっくりなら違う世界っていうより過去って感じじゃん?」
「え?」
過去?
「過去……」
「でも見た目同じなら違うかぁ。せんせーが前に来たとき、戻っても時間経過してなかったって言ってたじゃん? ってことはこっちとあっちの時間が一緒じゃないってことじゃね? なんていうの? 平行じゃないっていうかー」
言われてみれば、それはそうだ。五年経ってノーグにまた召喚されても、帰ってから五年後のノーグだとは限らない。可能性はゼロではない、だけど確証はない。
「えぇー……ってことはもしかしたら、そのうち召喚方法が発見される……?」
だが。もしこれが過去だとして、リゲルが私に何も言わないなんてあるだろうか。
リゲルが覚えていなかった? それとも言えない事情があった?
いや覚えてないなんてないだろう。たとえばここが過去のノーグならば、リゲルの外見から考えて最長760年前だ。些細なことなら760年経てば忘れるだろうが、魔記号を初めて知ったきっかけを忘れるだろうか? 少なくとも760年後の再会で何か思い出さないだろうか? そっくりさんに会ったことがある、とでも漏らさないだろうか?
考え込んでいる間に森に着いた。
食料を探す。討伐や野外訓練の時に食べられる植物は一通り習っているのだ。
ノーグでの砂糖の原材料となる蕪もどき、見た目がどんぐりのような木の実、薄紫の実、ちょっと苦味のある葉っぱ、トマトもどき等々。
パッと見ただけでも食料はたくさんある。魔物も多いので、魔法なしで単独だとつらいだろう。
魔物の肉や皮、牙などを採取しながら進む。
川では魚もいたし、貝も取れた。時期が良いのか大振りだ。道具がなくても魔法や魔術の工夫次第で何とでもなる。
調味料やスパイスの類は結局砂糖だけか。
「せんせーこれ、食べてみていい?」
吉澤が薄紫の実を指差す。頷く。一つくらい減っても大丈夫だろう。足りないならまたとれば良いし。
「うまっ! あまっ! ほら、カジも」
吉澤から実を受け取り、梶山もその実を口にする。
「旨い、な」
「めっずらしー! カジが旨いだってー」
「昨日今日とロクなモン食ってないしな」
梶山がため息を吐いた。
「冷えてればもっと旨いんだろうけど」
「あ」
「どしたのせんせー」
「冷蔵庫欲しいよね」
冷蔵庫があれば肉の保存が出来る。魔動具作りは少しだが習っているので、何とかなるかもしれない。特に冷蔵庫はジロが実験しているところを見学したので、何となく覚えている。
となるとまずは魔動石か。戻ったらリゲルに聞いてみよう。