勉強って大事だよ、うん。
「何者だ」
「え?」
リゲルに短剣を突き付けられた。何これどういうこと?そっくりさん?
「リゲルじゃないの? すみません、間違えました?」
こんなにそっくりな人っているんだなぁ。
「なぜ私の名を知っている」
「え?」
名前まで一緒のそっくりさんか。そりゃあ不審人物と思われるかも。だからって短剣を突き付けるのはやり過ぎだと思うが。
「すみません、知り合いにそっくりな人がいて。怪しいものじゃないんです」
「どこからどうみても怪しい。どこの人間だ?」
「えぇー……五年前までエトランの城に住んでたんだけど……」
日本なんて答えても意味ないし。
答えた途端にリゲルのそっくりさんの目に再び殺意が宿る。
「エトランに貴様のような者はいないっ! 正直に答えないと殺す!」
「いや嘘じゃないんだけど! 何なら確かめてくれていいし!」
「私はエトランの長、リゲル! 私の知らぬ者などおらぬ!」
「えぇっ?」
何、何なのこの状況。
どういうことなのか誰か説明しろっ!
「む」
私の後方を見たリゲルが突然丘を駆け上がる。
振り返ってみると魔物の群れ。とりあえず炎の刃で倒していく。
「貴様……!」
今度は何!
倒した途端リゲルのそっくりさんが戻って来た。
「何者だ」
ま た か !
「早良真琴二十四歳、性別女」
「サワラマコトか。変わった名前だ。どこから来た」
「あっち」
多目的室のある方向を指差す。日本は通じない、エトランじゃダメ、ならこれしかない。
「あっち……? 集落なんてあったか……?」
「集落? まぁ五人で住んでる家があるだけかな?」
「まぁ良い。先ほどの炎だがどうやった?」
訝しげに呟いた後、気を取り直したかのように顔を上げた。
うん、リゲルだ。
私の知っているリゲル、そのままの姿。だけど私のことを知らないそっくりさん。
「どうやったって……魔記号だよ。魔法だもん」
「魔記号?」
「魔記号知らないの? おかしいな、皆知ってるって話だったけど」
あ、そうか。
この世界がノーグだと思い込んでたけど、まったく別の世界かもしれないんだ。異世界=ノーグって先入観があった。
「この世界の名前って何?」
「世界の名前? そんなものはない」
ないのか。まぁノーグじゃないとわかっただけ良しとしよう。
違うのに言葉は通じるんだ。私は今大陸共通語を話してるつもりなのだが。
「うーん……とりあえず塩とか砂糖とか、調味料売ってくれないかな?」
「……譲れということか。何か交換出来るものは?」
「交換……? あ、これは?」
毛皮に牙に爪。現金は持っていないので、これで勘弁してください。
「これは……!」
毛皮を手に目を見開くリゲル。何事?
「貴様、これをどこで!」
「あっち」
多目的室の方を指差す。
「信じられない……貴様ら、五人と言ったな……何ということだ……」
「え? 何? 何かまずかった?」
まさかペットでしたってオチはないよね? もう殺しちゃったし!
「この魔物は、私たちではもっと大人数でないと敵わない」
「え?」
そんな強い魔物ではなかったはずだが。
リゲルはわなわなと震え、きっと顔を上げた。
「頼む! 手を貸してくれ!」
「え?」
私え?しか言ってない。
多目的室に戻る途中、詳しい話を聞いた。
何でも強い魔物が現れて、集落の男連中がやられてしまったらしい。
残った中で戦えるのはリゲルのみ。あとは老人、女、子供。魔物に破壊された集落を捨て、この辺りまで逃げて来たという。今は魔物が寄り付けない洞窟で生活していると。
調味料や道具などを譲ってもらう代わりに、魔記号を教える話がまとまった。一々通うのも面倒だし、この際四人を連れて洞窟に移住しようという話だ。人は助け合って生きていかなきゃね、うん。
「ただいまー」
「まこっちゃん! おかえりなさい!」
椅子に座っていたメグが立ち上がり、走り寄って来た。
「人だ!」
リゲルに気付き、吉澤と速水も寄って来た。
リゲルは眉を顰め、三人を見返す。
『何を言っているのかわからない』
『えー……やっぱり大陸共通語じゃないとダメか……』
面倒くさいことになったな。
リゲルたち集落の人間と話せるのは私だけってことか。
『リゲル、髪の毛くるくるしてる女子がメグ』
『メグ』
『金髪の男がヨシ』
『ヨシ』
『眼鏡の女子がハヤミ』
『眼鏡? ハヤミ』
あ、眼鏡が通じてない。眼鏡がない世界なのか。
『で、黒髪ゆるパーマがカジ』
『ゆるパーマ……? カジ』
パーマもないのね。
「えっと、この子はリゲル。突然だけどリゲルが住んでる洞窟に間借りすることになった」
「間借り? なんでー?」
「戦える人がいないみたいで、大変そうだから人助けかな。とりあえず移動するから、荷物持って」
暗くなる前に移動したい。
ついでに魔物討伐もさせておくか?余裕で勝てるはずだが、生徒に殺生を勧めるのもなぁ。
私物は吉澤の鞄に一緒に入れてもらい、カーテンは梶山に持ってもらう。私は手ぶら。一応手を開けておかないと、戦い難いからね。
「じゃあ行くよ」
電気を消して、さぁ出発。
さくさく魔物を倒しながら丘を目指す。
途中速水がスプラッタに貧血を起こしそうになったものの、無事到着。リゲルが戦闘の度に感嘆の声を漏らすのがちょっと面白かった。
丘を登ると洞窟があった。
洞窟というより、巣穴。すごく見覚えがある。でも周りにあったはずのアカの実はない。似ているだけか。もしかして、あれか。パラレルワールドってやつ。
洞窟内は薄暗く、照明は松明。入ってまっすぐいくと開けた場所に出、そこから五つに分かれている。やっぱり、精霊の武器のあった場所と同じだ。
一番左端の通路を行くと、木で出来たテーブルとイスのある空間。
「この部屋を使ってくれ。何もなくてすまない。ひとまず夕食の準備が終わったら呼びに来る」
リゲルが行ったことを確認し、この世界の情報を四人に話す。
「え? じゃあ帰る方法がわからないってことですか?」
「うん、ごめん……知ってる世界じゃなかったみたいで」
「そうなんですか……」
速水ががっくりと肩を落とす。
期待させておいて本当に申し訳ない。まさか違う世界だとは思いもせず……。
「ねーせんせーはその魔方陣作れないワケ?」
「うっ……ごめん、さすがに覚えてない……」
過去に二度、それも五年前に見ただけの魔方陣だ。こんなことになるのならもっと勉強しておけば良かった。
「とりあえずー、まこっちゃん、人助けするんでしょ? 何すんの?」
「あぁ、うん、魔法の使い方を教えようと思って」
魔法らしきものはあるが、魔記号はないという。リゲルの集落では限られた人しか魔法もどきが使えなかった。パラレルワールドだと違うのかもしれないが、ノーグでは皆魔法が使えていた。だとすれば魔記号さえ教えれば皆魔法が使えるのでは?という話になったのだ。
「で、報酬っていうか、まぁ調味料とか分けてもらおうと思って」
味のない食事が続くなんて苦痛だ。
「なるほど。その間メグたちどうすんの? ここ充電ないし、暇だよー」
「その前にせんせー。俺シャワー浴びたい」
「あ」
そうだった……。すぐに帰れると思って、お風呂の存在を無視していた。
「あとでリゲルに聞いてみる」
その言葉に一同ほっと息を吐く。召喚されてからもう二十四時間経つもんね。
リゲルが夕食が出来たことを知らせに来た。今度は右端の部屋に移動。
「うっ……」
思わず声が漏れた。
なんていうか……すごく、臭いです。
「まこっちゃん……」
メグが涙目で訴えてくる。だがしかし、どうしろと。何、ゲテモノ料理なの?
テーブルの上にはごく普通に見えるスープ。そしてそれを囲う四人の子供。
「どうした? 席についてくれ。食事にしよう」
「リゲル……つかぬことをお伺いしますが」
「何だ」
「お風呂って知ってますか」
「お風呂?」
聞き返された。駄目だ、これは駄目だ!
「体を洗ったり」
「あぁ……水浴びか」
「水浴び……どれくらいの頻度で……」
「三日に一回くらいか。最近はちょっと……中々……」
リゲルも手一杯で、水浴びが難しいのだろう。見たところ水道もないし、魔法も確立してないし。
毎日お風呂に入り、清潔にしている私たちにとって、これはキツイ。左端の部屋はニオイもなかったのだが。
しかし臭いなど言うわけには……言って今すぐどうにかなるものでもない。我慢だ。我慢するしかない。
「って無理! この異臭の中でメシが食えるかあああああああ!」
浄化の魔術を覚えていて本当に良かった……ッ!