ウナカーサ大陸歴七百六十六年 エトラン
――ウナカーサ大陸歴766年――
懐かしい夢を見た。
私がまだ魔女ではなかった頃の夢。
アカの英雄とであった時の夢。
「リゲル?」
ぼんやりとしていたことに気付いたのか、心配そうに顔を覗き込まれた。
「おはよう、キイト」
「おはよう。どうかしたのか?」
「英雄の夢を見たんだ」
「それで、そんなに嬉しそうなワケ」
英雄の話になるとキイトの機嫌が悪くなる。
英雄とは友人で、嫌ってなどいなかったはずなのだが。
「今日、ジローが来ると言っていたな。英雄の手紙を渡したい」
「英雄の手紙?」
「あぁ。七百六十六年の三月に見るようにと言われていた」
英雄の書の最後の方に封された手紙だ。
私は三月の最初の日に読んだのだが、その中に、もう一つ手紙があった。
その手紙にはフジム、ジロへ、と書かれてあったので、開けていない。
フジムとジロというのは、マコの二人に対する呼称だ。懐かしい。
「リゲルー! ジロたん来たー!」
娘の嬉しそうな大声が聞こえた。一応貴族として育てているはずなのだが、どこかで間違えたらしい。
「……早いな。キイト、先に行ってくれ」
「わかった。リトはどうする?」
「まだ寝ているし、マチルダに頼んでおこう」
キイトを見送って、顔を洗い、着替える。いつものローブだ。
キイトと結婚したことで一応貴族になったわけだが、もともと魔女としての特別扱いもあり、ドレスの着用は滅多にしない。
こっそりと隠してあった、英雄の書を取り出す。
私に宛てられた手紙を見る。
“リゲルは、今、幸せ?”
「幸せだよ。マコトのおかげだ」
マコトがいなかったら、今の私はない。きっと一族は滅びていた。
「昔の私にはもう会ったかな……」
五年前は私を知らないマコトに会った。
きっと今頃マコトはマコトを知らない過去の私と会っている。
マコト。
マコトの作ったこの国で、私は幸せに暮らしている。
全部マコがくれたものだ。だからマコトは、私が犠牲になったと思わなくて良い。
「……さて行くか」
キイトもジローも懐かしがり、喜ぶだろう。
私は英雄の書を抱き込み、皆の待つ広間へと向かった。
END