え、また? この学校呪われてんの?
三階の渡り廊下から、空を見上げる。
あの日も晴れていたことを思い出す。懐かしい、高校時代の不思議な体験。友人との別れ。
チャイムが鳴り、遅刻していることに気付いた。足を速める。目的は多目的室だ。
「お待たせー!」
多目的室の扉を開ける。
灰色のタイルに木製の長机。それにパイプイスが二脚ずつ。そこに座る生徒たち。
教卓の上にプリントや手帳、筆記用具などを乗せた。
「……揃ってない」
明らかに足りない人数に、不満の声が漏れる。呼び出した人数は十一名。今いる人数三名。少なすぎやしないか。
「来るわけないじゃーん! メグもまこっちゃんじゃなかったらブッチしてたしー!」
それはどうも、と言うべきか?
ガラではないが教職に就き三年目。何故か生徒にあだ名で呼ばれる扱いだ。良く言えば親しまれている、悪く言えば舐められている。苦い顔をする教師もいるが私は別に気にしていない。むしろどうでも良い。
「大体さー、サボり常習犯呼び出して来ると思う方がおかしくなーい?」
メグの言うことはもっともだ。
呼び出した十一名は遅刻や無断欠席、無断早退の常習犯。その中でもイエローカード一歩手前の生徒がメインである。
「まーね、でもやらないわけにはいかないしね」
「まこっちゃんも大変だねー」
生徒に同情されてしまった。そう思うならきちんと学校来てよ。
私は生徒指導でないのだが、パシられているのである。そのせいか次期生徒指導候補らしい。なんだ、ジャージが悪いのか?この学校、何故か代々生徒指導はジャージなのだ。私はただ体育教師だからジャージ着用なだけなのに。
「せんせー! 俺今日バイトだから早くー!」
「はいはい、じゃあ席についてー。吉澤、イスに座って、机には座らなーい!」
「はーい!」
ここは幼稚園か。
「今日はサボりの生徒指導だけど、吉澤、金髪はアウトだから。染めてきて」
「地毛でーす」
「証明書持って来い」
もちろん吉澤の両親は純日本人である。そして根元じゃちょっと黒い。
「梶山も一応起きて」
メグこと恵美、吉澤、机に突っ伏している黒髪ゆるパーマの男子生徒、この三人しか集まっていない。さすがにもっと集まると思っていたのだが。
のそりと起きた梶山を見て、指導開始。
指導と言っても渡されたプリントを配り、出席日数関係の説明と警告をするだけ。さくさくやれば十分足らずで終わるはずである。
「梶山は進学するつもりなら真面目に来るように」
サボりの常習犯は圧倒的に商業科、工業科が多い。梶山のように進学科の生徒が不真面目なのは稀。高校時代から合わせて今まで、ジロと梶山しか知らない。
梶山は無言のまま頷き、手元のプリントに目を通し始めた。
「要するにサボんなってことでしょー? それよりまこっちゃん、またお菓子作って来たの、食べて食べて!」
メグは彼氏に手作りのお菓子をプレゼントしたいらしく、練習中なのだ。練習しては食べ切れないからと最近よく学校に持ってくる。最初は微妙だったお菓子も、今では美味しく仕上がっている。
「あとでね。メグも吉澤も一応プリント見て」
まぁ延々とサボらないように、留年するよ、という内容が書かれているだけだ。
プリントを淡々と読み上げる。
「というわけで、サボりもほどほどに」
これで私の仕事は終了。今日は部活もない。
「以上、解散」
今日集まらなかった面子にプリントを渡さなければならないが、それは担任から渡されるであろう。
「あーバイトだー!」
吉澤が大きく伸びをして、梶山は立ち上がる。二人は科が違うものの友人同士で、校内で一緒にいる場面をよく見掛ける。女子に人気のある二人組なので目立つのだ。
メグが紙袋を持って教卓に走り寄って来た。
「まこっちゃん、今日はねー……」
メグが袋からお菓子を取り出そうとしたところで、多目的室の扉がノックされた。
「失礼します。早良先生」
「はいはい。どうしたの?」
一礼して女子生徒が多目的室に足を踏み入れた、その時。
一瞬にして多目的室が光にのまれた。
あれ、デジャヴ?
「何……?」
ゆるゆると頭を振る。
ものすごく、懐かしい感覚だった。過去二回、味わったことのある。
まさか、ね。
「何今の……。あ、早良先生、及川先生が呼んでました」
「及川先生が? ありがと」
同僚でもあり友人でもある及川先生。
進学した大学は別だったのだが、偶然同じ母校の教師として再会した。教職に就いてから三人で会うことも多い。春日チャンはさすがに教師ではないが。
「せんせー!」
後ろの扉から多目的室を出ようとしていた吉澤が、突然大声を上げた。
「外が外!」
「日本語話せ」
「いやいやいや外が外なんだってば!」
「意味わかんないから」
むしろわかりたくない。
後ろより前の扉が近い。扉を開ける。
ああうん、そんな気はしてた。
そこには予想通りの景色が広がっていて。
Hello,Nog!