ラブ(を求める男たちの)コメディ
息抜きに短編書いてみました。
ちなみに女の子成分は非常に少ないので、甘いお話にはならないので注意してください。(むしろすっぱい)
楽しんでいただければ幸いです。
「……もう朝か?」
もぞもぞと布団の中で動き時計を見やる少年。彼の名前は進藤拓真。今日入学式の希望溢れる高校生である。
「……まだ、早い」
現在の時刻は六時三十分。人によってはもう起きても良い時間ではあるが拓真にとってはまだ早い。拓真は布団にもぐりこむと再び寝息を立て始めた。
ピピピピピ……
枕もとの目覚まし時計が予約通りに音を鳴らす。現在の時刻は七時二十分。八時までに登校しなければならない今日、学校まで走って十五分弱であることを考えれば急いで支度をしなければ間に合わない時間である。
拓真は俊敏な動作で目覚ましを止めると……ベットにゆっくり腰を下ろした。
「ここまでは計画通りだな」
他人から見ればまるで訳の分からないことを呟くと目覚まし時計を手に取りにらめっこを始めてしまった。
進藤拓真は非常に残念な人間である。
頭が悪い? いや、彼は県内でも有数の進学校に入学している。
運動ができない? いや、体力測定で校内トップの成績を残している。
ならば不細工なのかといえばそうでもなく、すらりとした体躯に切れ長の目、美形とは言えないまでも上の下ぐらいの容姿である。
これだけ聞けばどこが残念だとトマトを投げつけたい気分ではあろうが落ち着いて欲しい。彼が残念なのはそういった一つ一つの要素ではなくもっと根本的な部分。――そう、思考回路が残念なのだ。
それは部活動のテニスを見ればはっきりする。なんと彼、『漫画のキャラは強いのだからマネをすれば強くなる』の精神でマンガの必殺技を模倣し続けたのだ。それも一切ふざけることなく真剣に。
無論彼も人間であるから物理法則という壁に屈し断念せざるを得ないことも多かった。それでもマネできそうなものを探し、持ち前の運動神経と弛まぬ努力で模倣してくるのだから性質が悪い。 一体レギュラー決定戦で必殺技をくらいドヤ顔をされた相手の心境はいかばかりか。おそらく大会で審判にふざけないよう注意され、すべての技を封じられた拓真にも負けないぐらいやるせなかっただろう。
閑話休題。
さて、そんな拓真であるのだが高校では一つの目標を持っている。それは彼女をつくることだ。
中学ではその奇行が知れ渡り、当然というか必然というか他の男子の願い通りというか彼女ができなかった。そのため高校では彼女をつくろうと策を考え、朝っぱらからこんな奇行に及んでいるのである。
「そろそろか……」
時計の針が七時三十二分を指すと彼はおもむろに立ち上がり制服に着替え始めた。前日のうちに着るだけに準備してあった制服に袖を通し、これまた完璧に準備されたカバンを肩にかける。ゆっくり着替えていたわりには少々着崩した感じがするが、なんにせよ着替え終わった七時三十七分。
「時は満ちた!」
満を辞し、彼は出陣した。
「母上、寝坊してしまいました! 時間がないので食パンを食べながら学校へ行きます!」
拓真はリビングに飛び込むなり宣言するとパン置き場に目をやった。……しかし食パンがない。
「母上、食パンが……!」
「食パンならお父さんが食べていったわよ?」
昨日確認したときは一斤の半分は残っていたはずなのに……。父上、あんたどんだけ食ったんだ!
偽らざる彼の心境である。
「メロンパンならあるけど……」
「くっ……! 仕方がない。母上、メロンパンを!」
拓真は袋ごとメロンパンを受け取ると風のようなスピードでリビングから駆け出していった。玄関が閉まり静かになった後、首をかしげ母が呟く。
「そのまま食べるならメロンパンの方が美味しいくないかしら?」
「遅いぜ、拓真」
玄関から走り出てきた拓真に一人の男が声をかける。拓真と同じ制服に身を包む彼の名前は南條伊吹。拓真の中学以来の親友である。
高身長で引き締まった体躯に加え、それなりに整った容姿。明るい雰囲気を持ちながら爽やかな笑顔を浮かべる彼はどこから見ても好青年なのだが、拓真と類友という事実が『好』の字を跡形もなく消し飛ばす。
「すまん。食パンがないというアクシデントに遭ってしまってな」
「おいおい、今回の作戦にメロンパンは無粋だろ」
そういう伊吹は食パン――しかもくわえやすいよう計算された厚さ三センチのもっちりタイプ――を準備している。
「確かにそうだがその辺りは実力でカバーするしかあるまい。時間がないポイントAまで移動しよう」
二人はカバンを持っているとは思えないスピードで通学路を走り出した。
遅刻気味、食パン、通学路。
すでに賢明な方々でなくとも芳醇に香る残念臭に気が付いたのではないだろうか。そう、彼らが計画しているのは『食パンくわえて走ってたら女の子にぶつかっちゃった☆ これをきっかけに仲良くなろう』作戦である。
失敗の確率が高いとかそんな次元でないこの作戦、事の発端は数日前にさかのぼる――
「俺たちは客観的に見てそんなに悪くないと思うんだ。それなのになぜ彼女ができない?」
いつものように拓真の部屋にやって雑談をしていた伊吹がおもむろに切り出した。
「それは俺も常々思っていた。一体なぜなんだ?」
ちなみにこの二人、自らの奇行についての認識は薄い。せいぜい少しユニークかもと思っているぐらいだ。
まったくもって救いようがない。
「もしかして女子だけが気付くような欠点があるのか!? くそっ、それだったらお手上げだぞ!」
「ああ、他の男子に聞いても分からんだろうからな」
残念な思考回路を持つ二人ではあるのだが友達がいないわけではない。むしろ思考回路と奇行を除けば気のいい男である彼らは、よほどのバカアレルギーを持つ人を除けば比較的人気が高い。深く関わらない限りという前提がつくが。
「しかし伊吹、果たして本当にそんな欠点があるのか? さまざまな本を読んだが俺たちにそこまで大きな欠点はないはず。むしろなにかが悪いのではなく、なにかが足りないと考えるのが自然だ」
「……! 確かにそうだな」
無論彼らの言う足りないものの中に常識や良識は入っていない。
その後も残念な二人は相乗効果で加速する。
「だが拓真、俺たちに足りないのは一体何なんだ?」
「おそらく何らかのきっかけだろう。これを見て欲しい」
拓真は机の引き出しから一枚の紙を取り出す。そこに書かれているのは入学式当日に起こりそうなイベントリスト。
パンをくわえて通学路でぶつかるに始まり、鉛筆を拾ってあげるなどなど。無駄に美しい字が残念さを際立たせる。
「こ、これは!」
「こいつを軸に入学式の計画を立てる。きっかけとしては完璧だろう?」
「ったくお前は。相変わらず切れてやがるぜ!」
「フッ」
二人は力強くハイタッチを交わした。
それから二人はイベントリストに目を通しお互い入学式での大まかな流れを確認していく。
しばらく時間をかけ流れを確認し終わった頃、伊吹が質問をした。
「なぁ、このイベントは両方するつもりなのか?」
伊吹が示したのは入学式開始前のイベント。『パンをくわえてぶつかる』と『入学式に遅れて、遅刻してきた女の子と体育館近くで話す』の部分である。
「できなくはないが一つにしたほうが無難だろうな。それに遅れる方は遅刻する子がいない場合を考えるとあまりにリスキーだ。個人的にはパンの方だけにしたい」
「だろうな。それに女の子のリサーチと『入学式の席が近くて仲良くなっちゃった』イベントを考えれば入学式にはいたほうがいい」
伊吹は具体的な理由もつけノータイムで答えを返す。その残念さは紙にリストをまとめた拓真に勝るとも劣らない。
「ただパンのイベントは体育館に移動前、教室での会話の機会を多少なり潰すことになるがどう思う?」
「おいおい、そのタイミングで女の子に話しかけるなんて難易度の高いこと俺らにできるわけないだろ」
伊吹が苦笑しながら返答する。性格がばれていない初日ならば話しかけずとも話しかけられることすらありえる二人なのだが、中学の経験から当然そんなことは考えられない。
「さすが伊吹、相談しがいがあるな。その調子で他のイベントについても意見を聞かせてくれないか?」
「当たり前だ。俺の意見は辛口だから覚悟しろよ」
こうして二人は激論を交わしイベントに向けての行動と対処法を計画していく。豊富な残念知識と無駄にハイスペックな頭脳を存分に使い議論は驚くほど建設的に進められ、イベントリストの余白は瞬く間に注釈で埋められていった。
そしてそれから三時間後。
「完璧だ。これでばら色の高校生活は約束されたようなものだな」
「入学式が楽しみで仕方ねえ」
二人の間に置かれる別紙にまで及ぶイベントリスト。こうして残念な作戦が計画されたのだ。
「おい拓真、そろそろポイントAだ。頼んだぜ」
「ああ、任せておけ」
拓真の家から走り続ける二人は曲がり角が見えた辺りでいったん速度を落とす。そしてお互い頷き合うと拓真だけが走り出した。
そもそもぶつかることのできる曲がり角というのは決して多くない。歩いてくる相手が見えないところでなければぶつかるなんてありえないし、目的地が同じ学校であるため進行方向的にもぶつかる曲がり角が限定されるのだ。
そんな厳しい条件を満たした曲がり角が通学路上に四つ。二人はそれらをポイントA、B、C、Dと名づけた。
ならば後はそのポイントをぶつかりやすそうなコース取りで曲がればいいかといえばそうではない。それでぶつかれるほど現実は甘くないのだ。
そのため彼らチャンスを減らしてでも二人で通学することを選んだ。一人が先行し飛び出すタイミングを知らせるために。
「頼んだぞ拓真」
伊吹はパンをくわえ、先行する拓真を祈るような心境で見つめた。そして角を曲がった拓真から送られるハンドサイン。
『敵影見エズ。進軍セヨ』
「くそっ!」
伊吹は悪態をつきパンをしまうと走って拓真に追いついた。
「残念ながら誰もいなかった……」
「ああ、仕方ねえよ。ポイントBはお前の番だ。成功を祈る」
ポイントBが近づくと次は伊吹が先行し様子を伺う。その間に拓真はメロンパンの封を切り、苦労しながらも口にくわえた。なんともくわえ辛そうである。
そして伊吹から送られるハンドサイン。
『丙型ノ敵影発見。接触マデ七秒』
拓真はハンドサインを受け取ると天を仰ぎメロンパンをしまった。伊吹に追いつく足取りはなんとも重いものである。
「丙型とは残念だったな……。スルーしたお前は間違ってねえよ」
ちなみに丙型とはお互いの好みを知る琢磨たちがターゲットの情報を教えるための暗号だ。甲型はためらわず行け、乙型は行け、丙型は行くなら覚悟しろといった具合である。
なお今回のターゲットは昭和感溢れるぐるぐるビン底眼鏡をつけ、はっきり眉毛が繋がっていたため伊吹が丙型と判断した。
「ああ……。次はお前のラストチャンスだ。幸運を祈る」
それから二人は無言で走り、ポイントCが見えると拓真が再び先行した。
「これがラストか……」
伊吹の脳裏にはこれまでの準備の日々が走馬灯のように駆け巡る。
どんな食パンがくわえ易いか調べるためにいろんな食パンを食べたこともあった。食パンを噛み切ったり落としたりしないようくわえる訓練をしたこともあった。
たしかに忙しかったが希望に溢れていた日々。その集大成が今試されるのだ。
拓真が角を曲がる。高鳴る伊吹の心臓。
そして送られるハンドサイン……!
『男型ノ敵影発見。接触マデ六秒。遠慮スルナ、殺レ』
瞬間、伊吹の足元が爆発。拓真ですら見たことのない加速で一陣の颶風となり曲がり角に突撃する!
そのプレッシャーはまるで怒り狂う猛牛。すべてを吹き飛ばすような暴威を持って角に差し掛かった瞬間――
伊吹は男にぶつからず駆け抜けた。
「い、伊吹……お前……なぜ?」
追いついた伊吹に拓真は動揺しながら声をかける。
拓真は分からなかったのだ。
なぜ完璧なタックルを当てなかったのか。なぜ男の夢を砕いた敵に天罰を下さなかったのか。
そんな拓真の心境を察したように伊吹は口を開いた。
「拓真、曲がり角は男と男が、まして憎しみを持ってぶつかるところじゃない。 男と女が、運命を紡ぐためにぶつかるところなんだ!」
「お前って奴は……!」
拓真は前を向き思わず目頭を押さえた。
二人ともそれ以上はしゃべらない。ただ静かに決意するのだ。次こそは成功させようと。
学校が建物の向こうに見え始めた頃、拓真たちは左右に分かれる道にたどり着いた。
ここが最後の戦場、ポイントD。コンクリートの塀によって囲まれたそれなりに太い道のT字路である。
左に曲がればすぐに学校であるこのポイントはある大きな問題を抱えているのだが、もはやここまできたらそんなもの気にしていられない。
「大丈夫だ。お前ならやれる」
そう言い残すと伊吹は角に向かって先行していく。
拓真はその後ろ姿を見送るとメロンパンを取り出し口にくわえた。
(今回のトライ、失敗するわけにはいかない!)
これまで拓真はぶつかりイベントを数あるイベントの中の一つとしてしか考えてこなかった。だから先ほど失敗したときもショックではあったが、それほど致命的なダメージを受けずにすんだのだ。
しかし今は違う。伊吹の想いを知り、願いを託された。もはやこれは自分ひとりのトライではなく伊吹と二人分のトライなのだ。
伊吹が角を曲がる。そして送られる運命のハンドサイン……!
『甲型ノ敵影発見。接触マデ三秒。健闘ヲ祈ル』
ハンドサインを理解した瞬間、拓真は全力で駆け出した。
残された時間が短いからなんだというのだ。これに間に合わずどうして男と言えよう。どうして伊吹の親友と言えよう!
カバンという重りが拓真の速度を奪い、メロンパンという猿轡が呼吸を妨げる。それでも拓真の走りは止まらない。美しいスプリンターのフォームで駆け抜ける姿はまさに芸術。完璧なタイミングで曲がり角に到達し、完全にコントロールされた速度で出てきた影と交差する!
「きゃっ!」
拓真が減速し本当に軽くぶつかった瞬間ターゲットの少女が尻餅をつく。これには拓真も動揺を隠せない。
なぜなら拓真たちは初めから転ばせるつもりなどなく、本当に軽く当たる気しかなかったからだ。
なにせこのイベントの目的はぶつかった女の子とのきっかけ作り。わざとぶつかる以上相手に痛みを与えるなんてもってのほかであるし、高潔な拓真たちは転ばして下着を見ようなどと不埒なまねは考えていない。そこから考えれば至極当然のことであった。
「す、すまん! 慌てていてつい……!」
拓真は動揺しながらもすぐに手を差し伸べ謝罪をする。このパターンはトラブルシューティングの十二番。起こしてしまったことは不本意だが彼らの想定の範囲内だ。
無言のまま拓真の手を取り立ち上がる少女。ゆっくりスカートを払いこちらを向いたとき、拓真は思わず息を止めた。
サラサラとした濡れ羽色の長い髪。滑らかな白い肌に少々きつめの力ある目。
まさに拓真の理想、いやそれ以上の美貌を持つ少女だった。
「あなた、なんでメロンパンなんて持ってるの?」
「家にこれしかなかったからだが……」
鈴の鳴るような美しい声で訊ねる少女に戸惑いながら拓真は答えた。
それを聞くと少女はため息をつきながら言う。
「呆れた。こんなときは食パンが常識でしょう?」
瞬間、拓真に戦慄が走る。
そう、まるで伊吹と初めて会ったときのように!
「いや、食パンは準備していたのだ。しかし父上が食べてしまったようで……」
「そんなこと関係ないわ。今ここで食パンがないことが問題なのよ」
あまりの正論に拓真は返す言葉がない。仕方なくメロンパンで挑んではいたが、こんなもの羽子板でテニスをするぐらいの蛮行だということは拓真も分かっているのだ。
「……君の言う通りだ。すまなかった」
心からの謝罪をする拓真。
だが少女は攻撃を緩めない。
「しかもこれ、わざとぶつかったでしょ? だって学校に向かって急いでいる人がここでぶつかるはずないもの」
「…………」
学校に向かって急いでいる人がここでぶつかるはずがない。そう、それこそがこのポイントの最大の問題なのだ。
考えてみて欲しい。左右に分かれたT字路で左に急いでいる場合、人は道のどの辺りを通るだろうか。もちろん個人差はある。しかし少なくとも右から出てきた人とぶつかるほど右側を通ることはないはずだ。
「こういう出来事はね、偶然だからこそ美しいの。ここまでしたあなたならそのことが分かるはずよ」
「……その通りだ」
「せっかくぶつかったと思えば相手はこんな有様。あなたにこのがっかり感が分かる? 魔王討伐してきたら姫様が結婚してたぐらいがっかりよ!」
「すまないっ……!」
自分がどれほど罪深いことをしたか理解した拓真は、もはや謝る以外何をしていいか分からない。
結局彼らがやっていた行為は相手のことをまるで考えていなかったのだ。
通学路でパンをくわえた相手とぶつかるという運命を感じずにはいられないイベント。しかし実はそれが仕組まれたものだとしたら? 彼女の最上級のがっかりは当然のものであり、拓真にはそのことが痛いほど分かった。
「もうそろそろ行かないと遅刻するわね。……このことを生かすも殺すもあなた次第よ」
彼女はそれだけ言うと振り返りもせず学校へ走っていった。
後に残されたのは抜け殻のようになった拓真。自分の愚かさを痛感した彼はもはや動くことすら億劫であったが、先に行った伊吹を心配させないためにも何とか遅刻せずに学校に滑り込んだ。
「それであの後どうなったんだよ!?」
肉体的か精神的かは分からないが、疲労でふらふらしながら教室に入ってきた拓真に伊吹が声をかける。
「……人としての道を教えていただいたよ」
「……そうか」
人生に疲れた会社員のように自分の席に座る拓真。伊吹は静かに水筒を取り出しコップに注いだお茶を拓真の前に置く。その空間は入学式の高校には似つかわしくない、ジャズでも流れてきそうな雰囲気に満たされていた。
「結局俺たちは間違っていたんだ」
拓真は語る。いかに自分たちの計画が相手のことを無視したものだったか。そしてその結果どれほどあの少女をがっかりさせてしまったか。
要点を抑えながらも多分に感情の込められたその説明は、類友である伊吹に拓真の心境を余すところなく伝えていった。
「あんな失礼なことをしてしまったんだ。もうあの子にあわせる顔がないな」
拓真はそう言って説明を終えると前に置かれたお茶にちびりと口をつけ、もう話せることはないとばかりに黙り込んでしまった。
二人の間に漂う重苦しい静寂。しかし伊吹はそれに構わず口を開く。
「お前の考えは痛いほど分かったし、失礼なことをしたというもの間違いない。だがな、それで終わっていいのかよ」
「いいもなにも俺にしていいことなんてもう……」
「諦めるなよ! お前が彼女にまだ未練を持ってることも、自分を慰めるためにどうしようもないって言ってることも丸分かりなんだよ! 俺たちは黙っていても女の子が寄ってくるような体質じゃない。そんな俺たちがどうしても仲良くなりたい子を見つけたらどうする。諦めずに挑み続けるしかないだろ!?」
――ああ、やっぱり俺の気持ちなんてお前には丸分かりだったんだな。
揺さぶるような伊吹の言葉はゆっくりと染み渡り、冷えた拓真の心に火を燈していく。
『諦めるな』
それは拓真が最も恐れていた言葉であり最も望んでいた言葉だった。
拓真だって彼女と仲良くなるには諦めず挑み続けるしかないことは分かっている。しかしどうしても決断することができなかった。
なぜならその選択をすることはあわせる顔がないという逃げ道を潰し、高確率で待っているであろう彼女からの拒絶をおそらく何度も受けなければならないからだ。
仲良くなりたいけど怖くて踏み出せない。
そんな思考の堂々巡りから伊吹の言葉は拓真を引っ張り上げた。
別に目から鱗の新しい考えを言ったわけでも、的確な言葉で論理的に諭したわけでもない。すでに拓真が何度も考え付いたような言葉を使い、何度も考え付いたような論理を話しただけ。
しかしその気持ちが、思いが、心が、拓真の決意を固めさせたのだ。
拓真は真新しい制服で目元を拭い伊吹の目を見る。
「伊吹の言うとおりだ。印象最悪から徐々に仲良くなっていくなんてよくあることじゃないか」
「通学路でぶつかるのだって結構そのパターンが多いだろ? そう思えばどうってことないさ」
彼らはそう言って笑いこつんと拳をあわせる。
その時にはもう拓真はこれからどういったアプローチをしていくか前向きに考え始め、伊吹もそんな拓真を見て自分も負けてたまるかと気持ちを新たにしていた。
これから彼らがどんな高校生活を送っていくかはまだ誰にも分からない。
彼女ができるかもしれないし、できないかもしれない。勉強に集中するかも知れないし、部活に打ち込むかもしれない。はたまたずっと遊んでいるかもしれない。
そんなあらゆる可能性に溢れる彼らの未来。
しかしそんな中でも一つだけ、確実に言えることがある。
それは――――
「あの人急に怒鳴り出したんだけどなんだか分かる?」
「もう一人も落ち込んでたかと思ったら今はやけにいい顔で笑ってるわね」
「そいえば通学路でパンくわえて走ってるの見たな」
「俺も俺も。パンくわえたまま猛スピードで突っ込んできてはね飛ばされるかと思ったよ」
「うーん、ちょっと変わった人たちなのかな?」
「異議なし」
どうやら彼らの評判は中学のときと変わらなさそうである。
どうだったでしょうか?
ためしに三人称で書いてみたんですけど書きやすい書きやすい……。
ただ自分ではどんなものかいまいち分からないので、感想いただけると嬉しいです。