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追放された悪役令嬢のわたくし、冷酷な将軍閣下に溺愛されておりますわ。ただ——わたくしの氷菓を召し上がった殿方が、なぜか、みなさま、二度と目を覚まされないの

作者: 蜜月 憂
掲載日:2026/07/17

「ロザリンド・オルレア。貴様との婚約は、破棄する」


真夏の夜会で、元婚約者の侯爵子息は、そう言い放ちましたの。


隣で、涙ぐんでみせる、政敵の令嬢。


わたくしが彼女を虐げたという、ありもしない罪状が、読み上げられていく。


「毒婦め。……この国から、去るがいい」


「かしこまりましたわ」


わたくしは、淑やかに、膝を折りました。


「では——ごきげんよう」


抗弁は、いたしませんでしたの。


だって。


その必要が、ありませんもの。


だってわたくし、家を追われても。


薬棚と、この腕だけは、ついてまいりますのよ。


——ふふ。


夏は、これから。


冷たい氷菓の、美味しい季節ですこと。


罪を着せられた、あの令嬢は。


もとはといえば、わたくしが可愛がってやった、遠縁の娘でしたの。


わたくしの調薬の腕に目をつけて、すり寄ってきた。


まあ、そこまでは、可愛いものですけれど。


あの娘、わたくしの、幼い妹の縁談まで、潰そうと、なさいましたのよ。


——ええ。


その時点で、あの方の、この夏の"献立"は、静かに、決まっておりましたの。


夜会を出るとき、わたくしは、給仕の盆に並んだ、涼やかな氷菓に、ふと、目を留めました。


「あら、美味しそう」


わたくしは、そのひとつを、そっと、指先で、撫でて。


「——皆さまにも、ぜひ。近いうちに、召し上がっていただきたいものですわ」


ふふ、と微笑んで、わたくしは、夜会を、後にしましたの。


* * *


追放されたわたくしを、拾ってくださったのは。


思いがけず、あのお方でしたわ。


ガイウス・ドラクロア将軍。


"戦場の死神"と、大陸じゅうに恐れられる、冷酷なお方。


「行く当てが、ないのだろう。……俺のところへ、来い」


鋼色の瞳で、わたくしを見下ろして、閣下は、そう仰いました。


「あら。死神さまが、追われた毒婦を、拾ってくださるの?」


「毒婦、か」


閣下は、ふ、と、口の端を上げました。


「戦場では、毒も、りっぱな武器だ。……嫌いじゃない」


そうして、わたくしは、将軍の邸で、それはもう、大切にされることになりましたの。


冷酷という噂が、まるで嘘のように。


閣下は、わたくしを、甘やかしてくださいます。


「暑いだろう。……氷菓でも、作らせようか」


「あら。氷菓なら、わたくし、自分で作りますわ」


「ほう。……令嬢が、厨に立つのか」


「ええ。得意ですのよ。……人を、"ぐっすり"眠らせる氷菓が、特に」


わたくしがそう言って微笑むと、閣下は、なぜだか、愉しそうに、喉を鳴らしましたの。


閣下は、わたくしのことを、よく、ご覧になっておいででした。


わたくしが、ほんの少し、遠くを見つめただけで。


「何を、考えている」と、すぐに、お尋ねになる。


「あら。祖国に、少しばかり、残してまいりました"献立"のことを」


「献立?」


「ええ。……夏のうちに、お出ししたい方が、幾人か」


「ほう」


閣下は、面白そうに、目を細められました。


「ずいぶんと、もてなし上手な、花だ。……俺の花は」


戦場の死神と恐れられるこのお方は、二人きりのときだけ、少しだけ、無防備な顔を、なさいますの。


「ロザリンド。……どこにも、行くなよ」


「あら。行き場のない女に、そんなことを仰るなんて」


「そういう意味では、ない」


閣下は、ばつが悪そうに、目を逸らされました。


「……ただ、そばに、いろということだ」


まあ。


この不器用な死神さまのためになら。


わたくし、あと幾皿でも、氷菓を、お作りして差し上げてよろしくてよ。


* * *


さて。


将軍の邸での、夏の日々は、穏やかで、甘やかで。


——ただ、少し、奇妙な噂が、流れ始めましたの。


「奥様。……その、街で、妙なことが」


ある朝、侍女が、青ざめた顔で、そう告げました。


「奥様を、断罪の夜会で嘲笑われた令嬢が。……ある宵、氷菓を召し上がったきり、目を、覚まされないそうで」


「あら」


わたくしは、扇を、そっと、開きました。


「まあ、それは。……よほど、甘い夢を、ご覧になっているのね」


「そ、それが……その令嬢だけでは、ないのです」


わたくしを陥れた、元婚約者の侯爵子息も。


偽証をした、あの侍女も。


夏の宵、涼やかな氷菓を、最後に。


ひとり、また、ひとり。


深い、深い、眠りに、つかれていく。


そして、そのどなたも。


眠る前に、召し上がっていたのは。


——わたくしの、手ずからの、氷菓でしたの。


とりわけ、元婚約者の、あの侯爵子息には。


わたくしを"毒婦"と罵り、大勢の前で、辱めてくださった、あのお方には。


特別に、念入りに。


いちばん甘い蜜と、いちばん深い眠りを、合わせて、差し上げましたの。


あんなに、わたくしを、嫌っておいででしたのに。


氷菓だけは、ぺろりと、召し上がってくださって。


……ふふ。嬉しいこと。


* * *


「ロザリンド様。……こわく、ないのですか」


ある宵、簾ごしの涼風を受けながら、侍女が、おずおずと尋ねました。


「奥様を、貶めた方々ばかりが、次々と……」


「こわい?」


わたくしは、扇を広げて、口元を、隠しました。


「いいえ。ちっとも」


しゃり、しゃり、と。


氷室のほうから、氷を削る、涼やかな音が、聞こえてくる。


「むしろ——楽しくて、仕方ありませんの」


「楽しい……?」


「ええ。だって」


わたくしは、扇の陰で、悪戯っぽく、微笑みました。


「暑い夏に、冷たい氷菓を、召し上がっていただく。……これ以上の、おもてなしが、ありますこと?」


侍女は、それきり、何も、申しませんでしたわ。


しゃり、しゃり。


今宵も、氷室からは。


わたくしの、いちばん得意な"仕事"の音が、涼やかに、響いておりますの。


一度、こんなことも、ございましたの。


祖国から、閣下を訪ねて、ひとりの貴族が、まいりまして。


その方が、酒の席で、わたくしを、こう嗤ったのです。


「追放された毒婦が、将軍に取り入るとは。……たいした、あばずれよ」


わたくしは、にっこりと、微笑んで差し上げました。


「あら。暑いなか、遠いところを。……ぜひ、わたくしの氷菓で、涼んでいらしてね」


その方が、翌朝、客間の寝台で、安らかな寝顔のまま、二度と目を覚まさなかったことは。


——もう、申し上げるまでも、ございませんわね。


そのころには、邸の兵たちも、囁き始めておりました。


「あの、将軍の毒花に、逆らった者は……眠って、二度と、起きぬらしい」


けれど、そんな噂を、むしろ面白がるように。


閣下は、ますます、わたくしを、そばから、お離しになりません。


「よい。……皆、そなたを、恐れればいい」


閣下は、わたくしの肩を抱いて、愉しそうに、囁かれます。


「俺の花は、美しくて、少しばかり、毒がある。……戦場より、そそるな」


* * *


その夜。


閣下が、わたくしの手を取って、ふいに、こう仰いました。


「ロザリンド」


「はい、閣下」


「そなたの氷菓は……ずいぶんと、よく効くな」


わたくしは、鋼色の瞳を、まっすぐに、見返しました。


このお方は、気づいていらっしゃる。


とうに、何もかも。


——ならば、隠す必要も、ございませんわね。


「ええ。とっておきの、レシピですの」


わたくしは、艶やかに、微笑みました。


「わたくしを泣かせた方々には、特別に。……よく、効くように」


しばらく、閣下は、わたくしを、じっと、ご覧になっておりました。


恐れるでも、咎めるでも、なく。


やがて。


ふ、と、この上なく、愉しそうに、笑われたのです。


「……戦場で、剣より、毒を選ぶ女は」


閣下は、わたくしの指先に、口づけを、落としました。


「初めてだ。……気に入ったぞ、俺の毒花」


「あら。こわく、ございませんの? こんな、わたくしが」


「こわい?」


閣下は、おかしそうに、喉を鳴らしました。


「死神が、毒を、こわがってどうする。……むしろ、これほど、そそる女は、いない」


その言葉が、あんまり、甘くて。


わたくしは、生まれて初めて、淑女の仮面の下で、ほんの少し、頬を染めてしまいましたの。


「では、閣下」


わたくしは、扇を閉じて、艶やかに、微笑みました。


「わたくしが、この先も。……夏のたびに、氷菓を、お作りしても、よろしいの?」


「構わん」


閣下は、即座に、そう仰いました。


「ただし——ひとつ、条件がある」


「あら。なんでございましょう」


「その"おもてなし"のたびに。……俺にも、隣で、酌をさせろ。退屈しのぎに、な」


なんという、お方でしょう。


わたくしは、思わず、扇の陰で、くすりと、笑ってしまいましたわ。


「ええ、喜んで。……わたくしたち、きっと、いい夫婦に、なれますわね」


* * *


夏が、深まってまいりましたわ。


わたくしを陥れた方々は、もう、ひとり残らず。


涼やかな、夏の眠りに、つかれました。


追放された悪役令嬢のわたくしが、今では、"戦場の死神"に、こんなにも、愛されて。


……あら。これも、一種の、意趣返しと、申すのかしら。


「ロザリンド」


いつのまにか、背後に、閣下が。


わたくしを、後ろから、そっと抱きしめて、囁かれました。


「片付いたか。そなたの、夏の"おもてなし"は」


「ええ、閣下。おかげさまで」


わたくしは、閣下の腕の中で、うっとりと、目を閉じました。


「これからは。……ただ、あなたのために、氷菓を、お作りしますわ」


「ああ。……そなたの毒なら、喜んで、食らってやる」


夏の宵。


氷室からは、今も、しゃり、しゃり、と。


氷を削る、涼やかな音が、響いております。


その音が、いったい、何のための音なのか。


この邸で、閣下と、わたくしだけが、知っている。


そして、それでも——いいえ、だからこそ。


閣下は、わたくしを、誰よりも深く、愛してくださいますの。


夜ごと、閣下は、わたくしを腕に抱いて、こう囁かれます。


「今宵は、何皿、こしらえた」


「あら。今宵は、お行儀よく、一皿だけ」


「そうか。……よい夏だ」


まるで、他愛のない睦言のように。


わたくしたちは、そんな会話を、交わすのですわ。


「ふふ」


わたくしは、扇で口元を隠して、艶やかに、微笑みました。


「——さて。今宵は、どなたに、召し上がっていただこうかしら」


だって、この広い世界には。


まだまだ、わたくしの、大切なひとを、嗤う、不心得な方が。


いらっしゃるかも、しれませんもの。


そのときは、また。


——とびきり冷たい氷菓を、ご用意して、差し上げますわ。

蜜月 憂です。夏の音シリーズ、黒幕令嬢編の第二弾は「氷を削る音」。淑やかに微笑みながら、自分を嗤った者を涼やかな氷菓で"おもてなし"するロザリンドと、それに気づいてなお彼女を溺愛する将軍の、歪んだ蜜月をどうぞ。「ざまぁしてスッとして、ゾクッとして、それでもキュン」を楽しんでいただけたら。


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