よくある話です
「またか」
国王は深く溜息を吐くと、学園の卒業パーティーで衆目を集めている婚約破棄の現場に目を向けた。
地味、無表情、愛想がない、レニエ男爵令嬢に対する虐めを理由にフェルデン公爵令嬢に婚約破棄を申し入れているのはレナート侯爵家に降嫁した妹マルグリットの嫡男であり、国王の甥に当たるフェルセン・フォン・レナート侯爵令息である。
フェルデン公爵領は品質の良い薬草の群生地である。
薬学に精通しているフェルデン公爵夫人と公爵令嬢の力添えもあり、他国でも類を見ない高品質の薬が流通する様になり、フェルセンもその薬によって生まれ付きの持病が寛解した。
婚約者であるサラ・フォン・フェルデン公爵令嬢の力添えあっての健康体を忘れたのだろうか。
会場を見渡せば、息子の晴れ舞台に足を運んでいたマルグリットが
「すこし、気分が優れませんわ...」
と青ざめた顔色で退室していく姿があった。
この国では良く、卒業パーティーの場で婚約破棄、或いは婚約解消を申し入れる者が現れる。
その理由の大半が
「真実の愛を見付けた」
と言うものだ。
国王が学生時代にも、卒業パーティーで同じ事件があった。
当時の王太子であり、兄であるアルベルト。
アルベルトの友人であった宰相の息子ルドルフ、騎士団長の息子サイラス、ロックス伯爵令息、そして、宮廷占星師のハラルドがその騒ぎに続くように自らの婚約者との婚約破棄或いは婚約解消を宣言したのである。
騒ぎの中心にいたのは、異世界からこの世界に迷い込み子爵家で保護されていた【ミカ】と言う少女だった。
ミカの、貴族社会を知らないからこその礼儀知らずの振る舞いも
「無邪気なだけだ」
と片付けてアルベルトや、アルベルトの友人達はミカに心を許していってしまったのである。
結果、彼らは滑落した。
次期国王となる筈だったアルベルトは廃嫡され、僻地へと領地替えされた子爵家への婿入りを命じられた。
王都への出入りを生涯禁ず、と告げられたアルベルトはそれでもミカが居るのならば。とミカに泣きついた。
「え、王様になれないアンタには興味無いんだけど?」
ミカはそう言って切り捨てようとしたが、地図の書き換えが必要な程の騒ぎを起こしておいて逃げられると思うなと、アルベルトとの婚姻、並びに離縁を禁じる王命を受けた。
ルドルフとサイラスは当時戦闘地域だった国の東部最前線に送られた。
ミカの機嫌に振り回され、鍛錬を疎かにしていたサイラスは真っ先に戦死した。
東部最前線の救護班に送られたルドルフは3日と持たずに正気を失い、療養院で治験を受けたと聞く。
ロックス伯爵令息は伯爵家を弟が継ぐ事に決まるとその矜持の高さ故に憤死した。
ハラルドは多くのパトロンを失い田舎に出戻ったが、噂を知った人々から後ろ指を指される事に耐え切れず姿を消したという。
ほんの10数年前の事だ。
彼らの滑落は人々の心に戒めとして深く刻まれたにも関わらずこうして、また騒動を起こすものがいる。
それも、親から当時を聞いたであろう人間が引き起こした。
「フェルセン」
国王は騒動の中心にいる甥に声をかけた。
「伯父上」
「国王陛下」
フェルセンとフェルデン公爵令嬢が壇上にいる自分を見上げた。
「今、この場にはこの国の多くの貴族が列席している。
何故か?
其方ら学園の卒業生の人生の門出を祝う為であり、諸外国からの留学生との交友、外交の場でもあるからだ。
断じて、家同士の契約である婚約を破棄する場所ではない」
一時の感情で、反感を買う場所では無いのだと言外に伝えたつもりだがフェルセンには通じていないらしい。
肩を怒らせ、フェルデン公爵令嬢が如何な振る舞いをしてきたのかと、つらつらと言い連ねた。
「...進言しても、宜しいでしょうか」
「構わぬ」
「ありがとうございます、陛下」
フェルデン公爵令嬢は一礼すると静かに、だが確かに反撃に打ってでた。
「フェルセン様は、わたくしを地味だ、と仰いました。
―――10年前の顔合わせの茶会のおり、目立つ色のドレスを着るなと言われました。
以来、顔を合わせる度に衣装の駄目出しを受続けたわたくしの衣装部屋には流行をとうに過ぎ去ったドレスしかありません」
常に親か、祖父母。或いはその上の世代で流行していたドレスしか身に纏う事のない公爵令嬢の話はこちらにも届いている。
フェルデン公爵家は金銭面で問題でもあるのかと影を忍ばせて調べたところ、金銭面の問題はなく寧ろ潤沢でありドレスについては当人の好みかもしれない、と報告を受けていたが、どうも違うらしい。
「無表情、無愛想。わたくしが他者に微笑みかけると、浮気だと疑われ平手打ちを受けました。
熱湯を掛けられた事もあります。
わたくしの為を想って躾ているのだ、とフェルセン様は仰いました」
フェルセンは少し思い込みの激しいところがある、とマルグリットは口にしていたが、少しどころの話じゃない様だ。
公爵令嬢が僅かに裾をずらして現れた陶器の様な肌には、新しいものから古いものまで、幾つもの傷痕が刻まれていた。
「レニエ男爵令嬢との話は、有り得ない、と断言出来ます。
我が家やわたくし主催の茶会の場にレニエ男爵令嬢をお呼びした事はただ一度しかありません。
学園での出来事であれば陛下の方が詳しいかと思いますが、...わたくしが、教科書を破る、私物を隠す、レニエ男爵令嬢に手を下す理由はありません。
茶会の場にて、交友を深めるに値しないと判断しましたので」
レニエ男爵令嬢―――異世界人、ルナ。
フェルデン公爵家主催の茶会で堂々と色被りのマナーを破り、貴族社会において身分が上の人間から話しかけてはじめて成立する会話のマナーさえも破ったと聞いている。
「えー、だってぇ。瑠奈の世界にはそんな決まりなかったんだもんー。気に触ったんなら、ごめんねぇ?」
再三の指摘に対して、ルナはそう口にしたと言う。
異世界人の保護は持つ者の責務である。
異世界の技術により発展する場合もあれば、大きな混乱を招く事もある為、領内に異世界人が出現した場合はその土地の領主が保護し、然るべき教養を与える。
【ミカ】と、【ルナ】。
このふたりは国の発展に利益を齎すどころか多大な負債が生じる。
レニエ男爵家が保有する魔鉱石の研磨技術を手放すのは惜しいが、異世界人のルナを野放しにしている方がそれを遥かに上回る不利益となる。
茶会以降、フェルデン公爵令嬢が学園内においてルナとの交友を徹底的に避けていた事は耳に入っている。
フェルデン公爵令嬢の婚約者であるフェルセンは、仮にも国王の甥である。
もしも、に備えて王家の影は常に付けていた。
故に、物理的証拠においてフェルデン公爵令嬢が無実である事は此方にしっかりと届いている。
フェルセンがどれ程フェルデン公爵令嬢の悪事を口にしたとしても、その全てが虚構であると断言出来る。
「フェルセン。王命として其方にレナート侯爵家からの廃嫡及び、レニエ男爵家への婿入りを命じる。
離縁は断じて許さぬ」
レニエ男爵領の領地替えも併せて行う。
かつての東部最前線の領内を任命すると、レニエ男爵夫妻の顔色が土気色へと変わる。
国旗付近でもあるその土地は、
「嫁入り道具に死装束と棺桶が必要だ」
と長らく語り継がれている忌み地である。
風土病が根付いており、領内の人間の多くが発熱、嘔吐、腹痛を訴えており、末期になると妊婦のように腹が膨れ上がり言葉も話せなくなると言う。
フェルデン嬢がせめてもの情けと、解剖医を同行させる、と告げた。
「この病を根絶させる事が出来た暁には、王都に帰還する事を許そう」
王侯貴族は、例え死体が相手であれ、腹を開いて病原を調べ研究すると言う行為を厭う。
「なんだ、すぐにでも帰れるじゃない」
と朗らかに笑うルナの隣りでフェルセンは力を無くし、レニエ男爵夫妻も意気消沈としていると言うのに気楽なものだ、と国王は思う。
フェルセンの追放により、異世界人によって有望な若者が王都を離れる事になるのは国王が先王から譲位されてからの10数年を累計して、3桁の大台に上るのであった。




