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1-5、出来損ない

 銀華と約束を交わしたその足で、土神の次期当主候補として灰夏が五行の当主たちのお茶会の場に足を踏み入れた。お茶会に招かれた神々たちは、絹の風呂敷に土子の加護の土を包み込んで、金や銀を扱うように大事に抱え込んでいた。

「なんだ、灰夏。その隣のは?」

 先に茶会にいた、双子の弟の土夏が辛辣に言った。隣のは、とは、銀華のことである。

 お茶会に相応しくない質素な恰好であるうえに、着物は薄汚れて、髪の毛も結い上げていない。

「土夏、オマエの隣にいるのは……」

「俺の正式な神嫁に決まった、土子だ」

 それはわかっている。今日のお茶会は、正式に土夏の神嫁を決めるために開かれたからだ。

 灰夏が聞きたかったのは、その神嫁が銀華を睨みつけていることだった。

 見れば、灰夏の隣にいる銀華は硬直し、息を荒く今にも倒れそうだった。

 腹の奥が氷のように冷たく、銀華は冷えた体を温めるために体をぶるりと震わせた。

 灰夏は銀華の肩を抱く。小さい。

「大丈夫か?」

「っ、はい」

「銀華、お兄さんと知り合いなの?」 

 嘲りを含めた笑いを漏らし、土子が土夏の腕に手を絡ませた。

 無能の兄と加護持ちの土夏。そして、加護を持つ土子と、なんの取り柄もない銀華。

 絹の振袖姿の土子と、和服の土夏。ふたりとも、茶会の上座に座って、お似合いだと銀華は思った。

 灰夏は銀華の肩を抱いたまま、

「今日より、銀華を俺の神嫁とする」

 土子の鋭い視線が銀華を突き刺した。

 銀華は、覚悟を決めたはずだった。会って間もないこの兄の次期当主候補を助けるために、契約結婚をするという、豪胆にもほどがあるはかりごと。

 銀華の肩を抱き、灰夏は高らかに宣言した。傍ら、土夏と土子は面白くなさそうに顔を歪める。灰夏の様子からして察していたとはいえ、土夏も土子も面白くない。

「なんの取り柄もない銀華に、なにができるの?」

 土子は土夏に絡みついたま、笑った。土子は見目麗しく、加護だって完璧だった。この場に招待された神々たちも、土子の加護の土を褒め称えている。

 対して、銀華の加護は水だ。誰にも知られてはならない、癸の水。そして。

「静かに」

 凛とした声に、場が静まる。土神の当主だった。土の当主が、灰夏と土夏を交互に見ていた。まるで、どちらも大切だと言わんばかりの、あたたかな、瞳。

「どちらを後継にするかは、その能力を見て決める」

「能力?」

 土夏が毒づく。

「ああ。世界は今、不安定だ。どちらがふさわしいかは、わたしがじきじきに見極める」

「なんだ、そんなことか」

 笑う土夏に対し、灰夏はどこか物憂げだ。なにひとつ取っても、土夏は灰夏を上回る。

「ははは! 土の神に生まれたのに、土を作り出す加護がない兄貴には不利な条件だよなぁ!」

 宴席の誰もが知っていることだった。

 灰夏は土を生み出せない。土の神なら、例外なくあるはずの土の加護が、灰夏にはないのだ。

 それに、灰夏の髪の毛は、土神らしからない、白銀。白銀は水国の特徴ということも相まって、灰夏はことさら周りから蔑まれてきた。

 土夏だって、黒い瞳を有するくせに、灰夏の髪が滅んだ水神と同じばかりに責め立てられる。が、生粋の土神にも、こういった稀な髪や瞳は生まれる。こと、双子となればなおさら。

 む、と銀華が口を結んだ。そんな風に言われる筋合いはない。なぜだかそんな、怒りわいた。

 銀華は、灰夏の手を自分の胸に持ってくる。すると、先ほどと同じように銀華の胸に火花が散った。

「銀華!?」

「灰夏さま、これを、抜いてください」

 気が進まないのか、灰夏が躊躇した。

 しかし、銀華も引かない。

 最終的に灰夏が折れて、その胸から火の剣を抜き出した。その場にいる誰もが、ざわめいた。

「あれは、なんだ?」

「いや、噂には聞いたことがある。干合の加護持ちの片割れ」

 つまり、相性のよい加護持ち同士に、なんらかの条件が重なると、この剣が顕現されるのだ。

 干合、つまり、甲と己、乙と庚、丙と辛、丁と壬、戊と癸。銀華と灰夏は、戊と癸だ。

 灰夏がその剣に加護を念じる。ぼぼぼ、と炎が顕現され、この剣が火の加護であることに、この場の誰もが閉口した。

 火は五行の中でも一番の力を持つからだった。

「なんだ、なんなんだ、この、灰夏のくせに!」

 土夏が悔しそうに歯噛みする。そして、隣にいる土子もまた、あっけにとられてなにも言えない。

 灰夏が加護の剣を手放すと、それは銀華の中に火花となって戻っていった。

「はっ、だとして。そんな剣があっても、灰夏にはなにもできないだろ」

 それはそうなのだ。土神が火の加護を持っていても、なにもならない。火の神には歓迎されるだろうが、土の神がもっとも尊ぶのは、土だ。

 灰夏は慣れているのか、なにも言わずに銀華の手を取りお茶会の宴席をあとにする。

「は、灰夏さま……」

「大丈夫だ。オマエを巻き込むつもりは無い」

 違う。違うのだ。銀華は灰夏の手を取った。

 あたたかいてのひら。優しい瞳。肩入れなんてしてはならない。ましてや、偽りの妃にすぎない。なのに、銀華はこの次期当主候補が自分事のように思えてしまう。

「当主さまは、能力を見て、とおっしゃいました。土を生み出すもの、とは言っていません」

「……! ああ、オマエは心まで美しい」

 灰夏は銀華を抱きしめた。

 あたたかな銀華の鼓動が聞こえる。

 守らねば、銀華だけは。灰夏は、今一度しっかり銀華を抱きしめた。壊さないように、そっと。

 

 宴席を後にして、銀華は一度家に帰ることとなった。灰夏には銀華の家の事情は話していないため、銀華の足取りは重かった。

 帰りが遅くなったことで、また地下室に入れられるかも知れない。

「今までなにをしていたの」

「申し訳ありません。道に……迷い……」

「もういいわ。それで、土子の様子はどうだったの?」

 どう、とは、つまり、次期当主候補の神嫁のことだろう。

 今しがた見てきたことを全て話すべきだろうか。

 しかし、全部話せば、この義母はまた、ひどいことをするだろう。銀華は一拍迷って、

「土子さまは、次期当主候補さまの神嫁として、正式に認められました」

「まあ、まあ、まあ! そうよねえ、うちの土子が次期当主候補さまに嫁入り!」

 喜ぶ義母に、銀華は深呼吸する。言わなければ。隠したところで後にばれるのなら、すべてを話そうと、銀華が口を開いた。

「あの、奥さま」

「なに。水を差さないでちょうだい」

「すみません。でも、私、も」

「『も』?」

「私も……次期当主候補さまの……」

 がっと髪の毛をつかまれて、銀華はそれ以上なにも言えなくなった。

 痛い、やめて。またあの地下に閉じ込められるのだろうか。いやだ、逃げたい。逃がして。誰か助けて、助けて。

 目の前が真っ暗になる。銀華の人生とは、一体なんだったのだろうか。

 誰でもいい、助けて欲しい。浮かんできたのは、あのあたたかな赤茶の瞳だった。

「灰夏さま!」

 無意識に呼んだのは、あの次期当主候補の名前である。

 しかし、灰夏とはもう別れたばかりであるし、この家で銀華の味方をする人間なんてどこにもいない。母親が顔をひきつらせた。

「アンタが、次期当主候補さまの名前を呼ぶんじゃない!」

 銀華の髪を引っ張って、義母が銀華を地下室に連れていく。ずるずると引っ張られながらも、銀華は抵抗する。

 いつもなら諦めるのに、今日はそれが出来ない。ひとのあたたかさに触れてしまったからかも知れない。

「ごめんなさい、もう言わないので地下室だけは」

「わかってないのよ、アンタは。アンタが次期当主候補さまの神嫁? なんでうちの土子とアンタが同じ立場になれると思ってるの」

 ぎい、と地下のドアが開けられたとき、ふと義母の手を誰かがつかんだ。びくっと義母が肩を震わせ、その人物を見る。薄暗い地下でもその瞳はよく見えた。きらきらと光るそれは、希望のあかりに見えた。

「灰夏さま……!」

「誰、誰なのよ!」

「この娘は俺の神嫁……俺は土国の次期当主候補、灰夏だ」

 義母が銀華から手を離す。銀華の乱れた髪を、灰夏が撫で付けた。

 そのまま銀華を抱き寄せて、「けがはないか?」と優しく問う。ふるふるとかぶりを振って、銀華は灰夏に身を任せた。

「銀華の様子が気がかりで見に来たが……銀華をこんな家に置いておくことはできない。銀華は俺が引き取る。問題ないな?」

「ああ、ああ。そうか、そういえば聞いたことがあるわ。次期当主候補さまには双子がいると。その『出来損ない』のほうね、銀華の次期当主候補は」

「奥さま……! 灰夏さまを悪く言わないで!」

 銀華が口答えしたのなんて、これが初めてだったかもしれない。

 義母が目を真ん丸にして銀華を見ている。そののち、憎しみを込めて銀華をにらみ、ダンダンと足を鳴らした。

 床が鳴る度に銀華が肩を震わせる。灰夏は銀華の背中を撫で、後ろに隠す。

「なによ、アンタはいっつもそうだった! 私のことなんかより、死んだ母親のことばかり。いくら可愛がってもなつかない! 私の気持ちを一度だって考えたことがあった!?」

 そんなこと、した覚えがない。新しいお母さん。拾ってくれた新しいお母さんに、銀華は早く慣れようと努力した。義母が死んだ母の話を嫌がれば、それをしまい込んだり、銀華の嫌いな食べ物を食卓に出されたって、「お母さんのご飯大好き」とすべて平らげた。

 いつしか銀華は、本当の母の記憶を封じ込めた。

 なにがいけなかったのだろうか。銀華は拾ってもらった恩を、一度だって忘れたことはないつもりだった。それが余計に、義母を追い詰めた。

「奥さま……いや、お母さん。私は、お母さんのこと、好きだったよ」

「ああ、そうね。アンタはそういう子だったわね。私の前では私のこと好きだって言うくせに、部屋では実母の残した髪飾りを見て泣いていたこと、知らないとでも思った?」

 それは否定できなかった。実母が亡くなったのが五歳の時で、義母には三歳の実子がいた。最初は分け隔てなく愛してくれたのに、困らせたのは自分の方だったかもしれない。銀華は黙り込む。

「実の親を思うのは、当たり前だろう」

「灰夏さま?」

「銀華だって、オマエと歩み寄るために努力していた。それのなにが気に入らない」

 義母に懐かない養子と、自分の血を分けた子供。

 義父までもが、実子をかわいがるようになって、銀華はいつも、ひとりだった。

 ひとりは苦しかった。寂しかった。銀華も家族の輪に入りたかった。

 笑って誤魔化した、私も家族なんだよと、見て欲しかった。

 言われた通りになんでもした。その聞き分けの良さが、余計に義父母を遠ざけた。

「はっ、だって、アンタには加護もなにもない、ただの子供だったじゃない。私の子供には、高い加護があった。それはつまり、母親である私も特別ってことでしょう?」

 義母はつまり、土子の能力の高さを自分の生きる価値にしたのである。そして、なにも持たない拾い子は無価値だと。

 自分こそが選ばれた人間で、この子は落ちこぼれ。銀華を拾ったあの日、この子はどこかの神なのではないかとふとよぎったその劣等感を隠すために、自分の子供こそが選ばれた子供なのだと、信じたかった。

 だから冷たくした、見下した。この子にはなんにもない、役立たず。こんな子、自分の子供じゃない。恥ずかしい。土子に比べてこの子のなんと無能なことか。土子の足を引っ張ることだけはさせてなるものか。この子とは血なんてつながっていない。自分の子供こそ、幸せになるべきなのだ。

「勝手だな。オマエは親になる資格なんてない。いくぞ、銀華」

「え、灰夏さま……」

 灰夏が銀華の手を取り歩いていく。銀華は悔しそうに顔をゆがめる義母に、なにもかける言葉がなかった。



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