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1-3、謎

 そもそも、五行の神々なかで最も力を持つものは火とされている。火は太陽を表すからだ。

 太陽がなければ人も動植物も生きてはいけない。  しかし、五行の神々が均衡を保っていたのは、火神を抑える水神が存在したからである。

 それが、いまや水神の一族は滅び、五行の神々は張りつめていた。

 土神の当主も、早々に次期当主を正式に決めたいところだが、そうも簡単にはいかない。

 次代の次期当主候補が双子だからだ。

「ん……」

 目を覚ました銀華は、見覚えのない布団と天井に意識を覚醒する。

 香のかおりが立ち込めた部屋だった。ふかふかの布団に寝かされ、体が妙に重くだるい。

 しかし、ここが家ではないとすぐさま悟った銀華は、ばっと起き上がって辺りを見渡す。傍にはあの麗しの男がいた。

「目が覚めたのか?」

「あ、の。私」

「オマエの名前を教えてくれないか?」

「銀華……と申します」

 おずおずと頭を下げて、銀華が布団から出ようとするも、男がそれを制止した。

 いまだ銀華の体にうまく力が入らない。あの赫灼の剣のせいだろうか。

「俺は灰夏はいか。土神の次期当主候補……とはいえ、俺は次期当主候補にふさわしくないと言われるが」

 目を伏せて、男――灰夏が銀華の手を握った。温かい。平民と同じ体温だった。

 土神だからだろうか、土の様に温かかった。しかし、髪の毛は白銀で、銀華は自分と同じだ、と思った。

「灰夏さま……は。なぜ私をここに?」

「オマエの加護を試したかった」

「私の?」

 銀華は困ったようにうつむいた。

 試す、とはどういう意味だろうか。それに、加護なんて。

 灰夏は銀華の手を握ったまま、きゅっと目を瞑った。まつ毛がきらきらと光っている。和室の灯りは、火神製のろうそくのものだ。あれは光があたたかく、どんな暗闇も照らし出す。

「先に俺の身を明かさねば信頼も得られまいな。……俺は土神の次期当主候補がひとり。しかし、双子の弟と違い加護がない。そのたったひとりの兄弟すら、仲違いしている。全ては母が――俺の母親は、十年前の夏に亡くなった。母は、俺と同じく次期当主候補である弟も俺も、等しく接してくれた」

 その母親が亡くなったのは、暑い日のことだった。

 くしくも、灰夏の件で大事な話があると当主に会うことを決めたころだったという。

 母親――神嫁は大層美しい、華族の人間だった。赤茶の髪と瞳。なのに、今目の前にいる次期当主候補は、髪の毛が白銀だ。

 夏ゆえに遺体の腐敗は速く、見つかった時には死後硬直の解けた三日をゆうにこえ、腐臭を漂わせていた。検死の結果、死後三日から四日と判断された。

 夏の腐敗は速く、腐臭の具合からもそう判断された。

 神嫁の母は、死してから三日間、誰にも発見されなかった。誰も通すなと、母からの命令だった。

 その理由が、当主に次の正式な跡目を進言するために、ひとりで考えたいから、と人払いをしたというのだ。

 しかし、さすがに十日前から食事は部屋の前に置くように言われ、誰も部屋に通さぬとなれば、侍女たちも不安になる。それで部屋に入ったところ、母は殺されていたのだという。

 初めは自殺と言われた。母の遺体は、天井の梁から吊るされた縄に首をくくっていたからだ。

「しかし、母は自殺するような理由はなかった。あれは、誰かが縄で首を絞めあげたあとに、天井から吊るしたのだ。検死官も同じ見解だ。そして、この件で容疑者にあがった、宰相が怪しいと踏んだが」

 三日前も四日前も、宰相は華族たちと夜通し宴会を開いていたのだという。宴席は三日三晩続いたのだ。ゆえに、宰相はそうそうに容疑者から外れた。

 

 当時疑われたのは、傍付きの侍女と、宰相の佐賀、それから食事を運んできた料理人だった。

「ソナタは毎日母上の離れに朝に昼に晩に、様子を見に行っていたと。なにか不審な点はなかったのか?」

 捜査の指揮をとったのは、ほかならぬ灰夏である。灰夏は、疑わしき人間を三人まで絞り、各々を監察部に呼び出して尋問した。一人目は侍女だ。

「わ、わたくしは、ずっと当主さまの神嫁さまの離れの扉の前から、中に向かって呼びかけたのです」

「それで?」

「はい。ご遺体が見つかった三日前から、お返事がなく」

「それまではあったと?」

「はい。風邪をひいたと、ガラガラの声で、お返事なさいました」

 やはり、三日前に殺された、という筋が濃厚なのだろうか。

 侍女が嘘をついていたとしたら。いや、しかし、検死の結果とは一致する。

 母は死後三日と断言された。暑い夏だったので、腐敗が進み、腐臭もしていた。

「しかし、十日前にはお元気な姿でした」

「十日前というと、母上が人を入れぬように指示した日か」

「はい。その日は、文を書くからと、紙を所望されまして」

 その後、母は人を一切離れに入れなくなったのだという。

「誰に文を?」

「はい。佐賀さまに。十日後に、調度品を届けてくれるからと、直々にお礼を」

 となれば、佐賀が怪しいのだろうか。

 次に、佐賀を呼んで、事情を聞き出す。

 佐賀は、遺体が発見される三日前、部下たちと酒盛りをしていた。殺されたとされる日の前後二日間、家族以外の他者と共にいた。

 少し出来すぎな気もする。家族と共にいたとなれば、それは証拠にはならない。家族は家族を守るものだからだ。

 しかし、佐賀には他者と会っていた記録もある。酒場の主人も証言者のひとりだ。

「佐賀どの。ソナタは、遺体の第一発見者だったな」

「はい。わたしは神嫁さまに呼び出されておりました。人のいない夕刻に来るようにと」

 佐賀はその日、離れの調度品である箪笥を新調する約束をしていたのだ。大きな荷台に詰んだ箪笥を、佐賀はひとりで運び込んだ。

「そこで、母上が、亡くなっていたと?」

「はい、驚きました」

 ふと見ると、佐賀は手を捻ったのか、手首に包帯を巻いている。自分で巻いたのであろう、不格好で、それは手首だけでなく手全体をぐるぐると分厚く覆っていた。

「捻挫、ですか?」

 灰夏が指さすと、佐賀がさっと手を机の下に隠すように下げた。その手をさすって、

「箪笥を運ぶ時に、捻りました」

「さようか」

「時に次期当主候補さま」

 あからさまな話題転換に、灰夏は佐賀をにらむように見た。

「胃もたれに効く薬はご存知ですか?」

「さあ。わたしは医学には詳しくない。後ほど医者を遣わせるか?」

「いえ、大丈夫です。単なる慢性的な胃もたれゆえ」

 怪しい点はあるが、佐賀は限りなく白だろう。

 最後に呼んだのが、料理人である。小太りの料理人で、母の一番の腹心だった。

 料理人が、涙ながらに訴える。

「神嫁さまは、十日前から、ひとりにして欲しいと……」

「母上は、なぜ急に?」

「わたしも詳しくは。灰夏さまに関することとしか。しかし、部屋にこもる前、文が届いたのです。わたしは不可抗力で見てしまったのですが」

 三年前、殺した、水。口外。殺。

 それだけで、母がなにに脅されていたのかを、灰夏は悟った。これは、灰夏への牽制だった。母は、灰夏の秘密に気づいてしまったのだ。

「ほかに気づいたことは?」

「はい。神嫁さまが亡くなる七日前に、佐賀さまのお姿が後宮にあったのです」

「七日前? それで?」

「あとを追っていないので詳しくはわかりませんが、出ていく時には、大きな荷車を引いていました」

 七日前に、佐賀の不審な行動。となれば、怪しいのは佐賀であるが、料理人が言い逃れのために嘘をついた可能性もある。

 それに、侍女の証言も怪しい。最後に会ったのは侍女だ。そもそも、この件は、三年前の灰夏の秘密も絡んでいる。

 最終的に、すべての人間は無罪となり、この件は自殺として処理されたのだった。

 


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