3-9、そして
結果的に、土神の当主の命は助かり、火神の当主をはじめ、火之と密通していた土夏と土子の罪も暴かれたのだった。
火之が白状したのである。火之は、洗いざらいすべてを話して、自分だけは助かりたかったようだが、そうはいくまい。
つらい役割だが、土神の当主が、処刑まで見守ることになるだろう。
こと、土夏と土子は、生涯幽閉の身か、あるいは国外に追放されるか。どちらにせよ、土夏と土子の間には加護の剣を顕現できる繋がりがあるため、死ぬまで会うことができぬような処遇がくだされるだろう。
火之は、この世界を統べるために、火の弱点となる水神を滅ぼした。
そして、干合の加護の剣についてほうぼう調べ回ったところに、銀華と灰夏の加護の剣の顕現が重なって、火之はこの国――五行の神々を手中におさめる手段を見つけた。
自身にも、加護の剣を手にすることである。
灰夏と銀華を皮切りに、土子と灰夏の間にも、土の加護の剣が顕現した。
そして、そのふたりを足がかりに、加護持ち同士の絆の作り方に仮定を立てた。
つまり、唇を合わせることで、絆を作り出せるのではということだった。
案の定、火之の考えは正しく、貴美子との間に水の加護の剣を顕現させることに成功する。
火之の加護の剣が水だったのも幸いした。
水神が滅んだことで、五行の神々は揺らいでいたからだ。
そこに、正式な水の加護を持つ剣が現れたとなれば、多くの神はこう騙されるだろう。「火神の当主は、滅んだ水を補える、唯一の五行の当主だ」と。
そして火之は、土神の当主を殺し、土夏を傀儡の当主に据えようとした。
そうすることで、土の加護の剣も手中に収めるはずだった。
火之は火神の当主だけでは足りなかった。
五行のすべての神と、この国を手に入れんと画策したのだ。
いずれは、五行のすべての加護の剣を手に入れるはずだった。その手始めが、土神の当主の毒殺だ。
五行の神の統一、それは悪しきものがすれば国民は苦しみ、しかし、善きものが行えば、暮らしはさらに豊かになる。
五行の神々が均衡を保てていたのは、やはり五つの神と加護が存在したからなのだ。
力での支配は長く続かない。
灰夏も銀華も、一生涯それを念頭に置かねばならない。
加護の剣を悪用されぬよう、ふたりの加護の剣を守り続けるのが使命だ。
とはいえ、銀華は今日、この場を去るつもりでいる。
つまり、この契約結婚は今日で終わるのだから、二度とふたりの間に加護の剣は顕現されない。
「して、灰夏」
「はい、父上」
「わたしは、どちらを次期当主にするか能力を見て決めると言った」
事件が解決して、銀華は身の回りの整理を始めていた。
ここを去る時が来たのだ。きっと、灰夏は、自分があの日の水国のひめぎみだから救っただけなのだ。
あの愛情は、偽り。
元々ふたりは契約結婚の関係だった。
ならばそれが、元の鞘に収まるだけ。
復讐なんて無意味だ。銀華は痛む胸をひた隠した。
最後に、土神の当主直々に呼ばれて、銀華、灰夏は土神の当主の前に膝をおった。土神の当主に集められた理由を、ふたりとも察している。
恭しくこうべを垂れて、緊張していた。
「わたしは最初から、灰夏を土神の当主と決めていた」
「……は?」
その声は、灰夏のものだった。灰夏が立ち上がり、土神の当主に詰め寄る。
「なぜですか!? わたしは水国の当主を――」
「その件は、自刃だと聞いた。オマエは逃げるのか?」
「それ、は……」
あの件にも、火之が関わっていたことは明らかだった。
土神の過剰免疫反応の仕掛けと同じ手口となれば、火之の目論見と見て間違いないだろう。
そもそも、あの器を贈ったのは、火神の当主――当時も当主であった火之だ。あの器は、土神に材料を渡して作らせた、梅の木の灰の釉薬を使った、特別な器。
火之から渡された陶器の材料の釉薬が、よもや梅だとは灰夏も知らなかった。
「銀華。ソナタには、水神の当主になってほしい。いや、ソナタ以外におるまい」
「し、しかし、私はおなごの身……」
銀華が渋ることを見越して、土の当主がこの場に呼んだのは、他でもない貴美子だった。
隣には菊子もいる。
ふたりが銀華を見て、笑った。まるで、大丈夫とでも言いたげに。
貴美子は、火之にひどい扱いを受けた。
ただでさえ、女が当主というだけで差別されたところに、火之の妻に――飾りの加護の片割れにと望まれたのだ。
それでもなお、貴美子は自分を貫いた。今もその隣に菊子がいることが、貴美子の覚悟の証だった。
「銀華。私たちも手伝うよ。女だろうと、男だろうと。民を思う気持ちに貴賎などないし、小さいも大きいもない。私たちはただ、民を豊かにしたい。そのために、加護は存在するんだから」
貴美子のはちみつ色の瞳が、きらりと輝いた。
銀華の腹が決まる。
こくり、銀華は頷いて、しかし、土の当主を真っ直ぐに見据えた。
「わかりました。精一杯つとめます。私が水の当主となれば、土神である灰夏さまとの婚姻は白紙に?」
「いいや。灰夏には土神と火神の当主を兼務してもらう。ソナタらがわかれる必要はない」
当主の考えは壮大すぎて、この場の誰もがついていけない。
確かに、あの婚姻の儀の場で、火の加護は、灰夏と銀華がいれば滅びないと灰夏が断言していた。
つまり、銀華に灰夏とともに、神として、当主として、五行の神々を立て直せということなのだろうか。
十三年前に死んだ水神の当主の罪は晴れた。
壬の当主が五行の神々を害そうとした、というのは、ありもしない濡れ衣だった。
代わりに、火神の当主の悪事が五行の神々に知れ渡り、しかし、火神が滅びることは本望ではない。
ゆえに、火之とかかわりのない火の加護を持つ神が次の当主に育つまで、灰夏と銀華は、火神の当主を兼務するということだった。
貴美子と菊子を加え、四人が顔を見合わせる。
「協力して、生きる時が来た。五つの神々が力を合わせて陶器を作るように、神も、五柱からひとつに統合するときがくる。力で支配されるのではなく、手を取り合う日が。その先駆けが、オマエたちだ」
は、と四人で礼をして、銀華はどうにも、この屋敷を去る機会を失ったようだった。
銀華ひとりでも、水の当主は務まる。しかし、火神の当主となるには、灰夏と銀華、ふたりが手を取り合って、干合の加護を施す必要があるからだ。
月の間に戻って、銀華がほっと息をついたのもつかの間だった。
扉がばたたと開かれて、入ってきたのは灰夏である。
そのままおもむろに銀華を抱きしめて、銀華はなにがなんだかわからない。
「断らなかったということは、まだ俺の妻でいてくれるのか?」
「いえ……いや、そうなる、んでしょうけれど」
「いい、いい。オマエが俺を好いていなくとも、傍にいてくれ、後生だ」
ぎゅうと抱きしめられて、銀華は自分がわからなくなった。
灰夏は直接水神の当主である父を殺していないが、あの時助けを呼んでくれたのなら、父は助かったかもしれない。
しかし、そんなもしもは存在しない。
あの時の過剰免疫反応は重篤であったし、父である水神の当主はもう、自分が助からないことを知っていた。
そして、それを知っていたからこそ、この灰夏に重い罰を背負わせた。
銀華を助けてほしいだなんて、身勝手な願いに他ならない。
「ひとつ、うかがってもよろしいですか?」
「なんだ、なんでも言え」
「私を神嫁に迎えたのは、罪悪感からですか?」
ぱちり、灰夏が目を瞬たいた。そして、はあとため息をつく。
「俺はそんなに器用じゃない。ソナタに一目ぼれしたのは本当だし、火の加護の剣がなくとも、俺はオマエを好きになっていた。魂が惹かれていたんだ。いや、魂などなくても、ソナタのその心、俺や他者を救おうとする純粋なソナタに、俺は惹かれてしまったんだ」
「そう、なんですね」
ずきずきと胸が痛む。
この痛みを、銀華は知らない。いや、さっきまでは知らなかった。
いつの間にか、銀華も灰夏に惹かれていた。
自分を大事にしてくれる、大好きな人。
父当主の死は、灰夏のせいではなかった。灰夏のせいだと思い込みたかっただけなのだ。
銀華はあの日、その目で父当主の最期を見ていたというのに。
復讐を誓うことで、生きる意味にしたかった。
けれど灰夏は、父を殺してなんかいなかった。
なのにその罪を、ずっと背負わせてしまった。
銀華はもう、灰夏を殺そうなんて思わない。
銀華が灰夏の手をぎゅっと握った。
「銀華?」
「私はもう、灰夏さまを恨んでおりません。私もお慕いしております」
「な、なん」
「あれ、やはり、先ほどの言葉は社交辞令でした――か?」
ふと、灰夏の唇が銀華のそれに重なって、離れたときには涙に濡れたきれいな赤茶の瞳が銀華を見つめていた。
銀華は自分を否定して生きてきた。
だから、灰夏との関係に自信が持てなかった。
本当は、銀華だって、会った瞬間から惹かれていた。
ふたりの干合は、魂の片割れの証明だった。
「灰夏さま。灰夏さまの小料理屋の夢、叶わなくなってしまいましたけれど――」
「いいや。俺は二度と、人生を諦めない。銀華。俺はこの先、当主として、五行の神々をひとつにする。そののちに、小料理屋営むつもりだ。だから」
「灰夏さま?」
「だから、銀華。共に歩んで欲しい。死がふたりをわかつまで」
銀華は灰夏を見上げて、心の底から笑みをたたえた。
この先、三つの国の当主として、ふたりは国民を導かねばならない。けれどきっと、ふたりでならやり遂げられる。
この国には、五行が存在する。木火土金水。これらは各々に神が存在したが、ある時現れた当主たちにより、いつしか神は、ひとつになった。
今は『太極の神』と呼ばれて、神の加護で作る特産品である美しい陶芸品が交易される。
太極の神の下には、皇が五人存在する。
五人は各々別の加護を持ち、人々に祝福を施している。
五人の皇は、手を取り合って、民を導く。
五人の皇の加護により、国は栄えて人々は笑う。
末永く、末永く、幸せな日々が続きますように。これはそう願ったふたりの当主の、始まりの物語。
了




