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3-8、犯人

 今日は銀華と灰夏の、婚姻の儀の当日だった。同じ日に土子も婚姻を挙げるため五行の神以外にも、様々な華族・士族が集まった。

 その席で、使われた食器は銀製のものであったし、灰の釉薬の食器など使える余地もなかった。

 もとより、銀華がヒノキの釉薬を作っていたのは火之を混乱させるための罠だった。

 上座から、銀華は周りを見回す。ここにいるのは、今日で最後だ。

 火神の当主――火之にとって、今日は絶好の機会に違いない。

 この婚姻は、火之にとっては好ましくないものだ。

 つまり、土神は遅かれ早かれ、水神のように滅ぼされる。

 その足掛かりに、今日の宴を利用するだろう、というのが灰夏の見解だった。

「でも、うまくいくでしょうか」

「ああ。大丈夫だ。この件は、話してある。集中しろ」

「はい」

 それでも、不安げな面持ちで、銀華が隣の土子を見ている。

 一段と美しく輝く妹。その妹を疑うのは、良心が痛んだ。

 宴もたけなわ、魚の揚げ物が運ばれてきて、それを口にした土神の当主が、過剰免疫反応アレルギーで倒れたのだった。

「土神の当主さま!?」

「大変だ、また土神さまに毒が盛られた!」

 今日、食べたのは魚だけである。

 しかし、土神の当主には、魚の過剰免疫反応はない。

 ならば、なぜこのような――あんずの過剰免疫反応が起きているのだろうか。

 誰もがそれを、天罰だと恐れた。

 しかし、銀華と灰夏は、顔色一つ変えなかった。

「父上、これを」

 灰夏が、あらかじめ用意していた銀華の加護の水を、土神に飲ませる。

 それさえも計算内なのだろう、火神の当主――火之は一切動じない。

 銀華が立ち上がった。

「この魚を毒にしたのは、火神の当主さまです!」

 凛とした声が響く。

 しかし、誰も聞く耳を持たない。兄次期当主候補は無能の子ゆえ、その神嫁もまた、嘲笑の的だった。

 しかし、過剰免疫反応を解毒した土神が、息も絶え絶えに同じことを言う。

「火神の当主。わたしが秘密裏に、今日出されたものと同じ干し魚を手に入れました。火神の当主の生け簀で育てた魚を、干したのです」

 そうして火之の前に、とある魚料理を届けさせる。

 なんの変哲もないふたつの魚だった。

 塩竃焼きにした、ふっくらとした魚だった。

 もうひとつは、土神に出したものと同じ、揚げた魚。

「火神の当主さま。この魚を、食してください」

「なんだ、こんな魚。土神さまと同じ――」

「この魚は、特別のものだそうです」

 土神が銀華を見やる。

 銀華は、上座を立ち、火之の真ん前に歩く。

 今日のためにあつらえた衣装が重くて仕方がない。せっかくの婚姻の儀なのに、こういう風に、別れたくもないのに。

 銀華は泣きたいのをこらえる。その瞳に、迷いはなかった。

「この魚のどちらかには、ヒノキの粉末を食べさせて育てました。もう一方は、土神の当主さまの魚と同じです」

「なん……」

「火神の当主さまには、ヒノキの過剰免疫反応がおありですよね? そして、先日の土神の当主さまの過剰免疫反応を起こさせたのは、陶器に使った釉薬の灰に、あんずの木を使用した。違いますか?」

 銀華の凄みに気圧されて、火之の額に汗が流れる。

 この魚のどちらかがヒノキだとしたら、火之には食せない。

 過剰免疫反応は命を奪いかねない重篤なものだからだ。

 こと、火之の過剰免疫反応は、水神の当主と同じくらいに重く、ヒノキの木に触れただけで、命にかかわる症状が出る。

 火之はがたた、と立ち上がった。

「陰謀だ! そもそも、私が過剰免疫反応で死したら、五行の均衡が崩れる! これ以上五行の均衡を崩せば」

「それはもう、対策済みです」

「灰夏さま?」

 この件は、銀華も知らされていなかったらしく、上座から離れくる灰夏を呆けて見ている。

 しかし、灰夏は、銀華の胸に手をかざすと、その胸に散る火花から赫灼の剣を抜き取った。

 相も変わらず神秘的ないでたちは、ここにいる誰もを魅了した。

 この加護の剣は、どうやっても五本そろえてはならない。

 銀華と灰夏の火の加護の剣、土子と土夏の土の加護の剣、火之と貴美子の水の加護の剣。

 あと二つも、火之なら無理やりにでも顕現させることだろう。

 加護の剣は、一本ですら、その力は国をも滅ぼす。

 悪しき火之に、これを扱う資格はない。火之は今、ここで止めなければならない。

「これは、火の剣。わたしと銀華。ふたりは土であり水であり、そして合わさると火になるのです」

「なん……」

「大かた、火神の一族の多くが、共謀者なのでしょう? ならばわたしは、今日こそ正しい行いをする」

 灰夏が、土神の当主に向き直った。土神の当主の過剰免疫反応は、いまはすっかりなりを潜めた。

 土神の当主は、宴席の上座から灰夏を見降ろす。その目に、迷いはなかった。

 土神の当主もまた、こたびの件を、知らされている。火之の目論見も、灰夏の罪も。

「当主さま。わたしは、十三年前、水神の当主さまを手にかけました」

「それは! 違うのです! 当主さまっ!」

 銀華が必死に説明する。

 あれは自害であったこと、灰夏も陥れられていたこと。

 当主が嘆息する。

 火之が魚料理を食べないことから、今回の土神当主の過剰免疫反応の犯人は、火之で間違いないだろう。

「この件の処遇は、あとで決める。火神の当主よ、ソナタを拘束させてもらう」

 土神の当主が、この場を丸く収めて、そして視線は土夏に移る。

「土夏、ソナタは、今回の過剰免疫反応の件を、火神の当主に話し、そそのかしたな」

「な……わたしは、わたしがなぜ」

「分かっているのではないか?」

 そもそも、灰夏と土夏は、決定的な決裂をしていたのだ。


「土夏。話したいことがある」

「俺はないね」

「母上のことだ」

 婚姻の儀を控えた秋の日、灰夏は改まった様子で土夏を訪ねた。

 土夏は聞く耳を持たなかったが、母の件と聞いて目の色を変えた。

 すべての原因、母は十年前に死したから、もう犯人探しはできないけれど。

「俺の妻――銀華が言うには、夏であっても、氷室に遺体を置いておけば、腐敗を送らせることができるらしい。つまり、死後三日という検死が覆る」

「知ってる。全部、な」

「な……では、氷室を持っていた宰相の佐賀も?」

「オマエが、水神の当主を殺したことも」

 灰夏の顔が、青ざめていく。

「だが、もうどうでもいい。オマエが次期当主になるんだからな」

「それは……」

「シラを切るのか? 父上はオマエと――オマエの神嫁ばかり訪ねているだろう? だから、オマエが次期当主になればいい! 母上の死因など。今更だ!」

 土夏が机を叩いた。

 土夏がそう思ったのは、銀華の策略のひとつである。つまり、火神の当主に、時期当主が灰夏と銀華に決まったと嘘を話せば、内通者にもその話は行くだろう。

 灰夏の顔が悲しみに染まる。

「オマエは、俺の罪を知っていたのか」

「ああ。だから、父上に進言するつもりだ」

 だが、すでに土神の当主には、水神のことも、今回の計画も話してある。灰夏はふと息を吐き出した。

 灰夏と土夏の母は、灰夏が水神の当主を殺したことを知ってしまった。

 それを土神の当主に進言しようとしたから、だから佐賀に殺されたのだ。

 その佐賀は、当主へのビワの茶葉の件で取り調べの最中に、食あたりで亡くなった。

「死した佐賀どのの口と食道がただれていた。火傷だ」

「なんだ、『ようやく』気づいたのか」

 火之は、佐賀が死ぬ七日前に、共に羊の肉を食べていたという。

「佐賀どのは、食あたりではなく、殺されたのだ」

「はっ。そうだよ、知ってる」

 土夏が小さく息を吐き出す。佐賀の死因は毒ではなかったし、外傷だってなかった。

 慢性的な胃もたれが悪化して、胃腸が弱って食べたものに当たったと見せかけ、羊肉の消化不良で、胃の出口(十二指腸)に脂が詰まって死んだ。

 土夏はそれを、知っていた。

 なぜ。いや、答えは分かりきったこと。

 灰夏は、土神の当主への献上品――ビワの茶の件を思い出す。

 あれは本当に佐賀の企てだろうか。

 土神の当主の過剰免疫反応のことを、誰が火之に話したのだろうか。

 灰夏は土夏を見やる。

 いや、断じるには。

 火之は、次もまた、土神の当主を狙うだろう。

 火之は生け簀が気に入りだと言っていた。

 火神の所有の生け簀の魚に特別のえさをやることが唯一の楽しみだったそうだ。

 そして、その魚に与えていた餌が、あんず。

 その魚を、仕入れるには。

 今回の婚姻の儀の料理の食材の調達は、土夏の役割だった。

 それを知っている佐賀は、口封じに殺された。むろん、直接の原因は、ビワの茶の毒殺がばれた件だろうが。なんて醜悪なことだろうか。

「話はそれだけか?」

「あ、ああ。土夏」

「なんだ?」

 止めたとして、きっと土夏は止まらないだろう。

 言葉に詰まる。

 ふいに、扉が開け放たれた。土子が帰ったのである。

 その隣には、銀華の姿があった。

「土子、なにがあった?」

 土子は、銀華の手を強く握り、引っ張るように部屋に入った。

「この女が、怪しい動きを」

「怪しい?」

「土子どの、わたしの神嫁を離していただけるか?」

 顔をひきつらせ、しかし声音は低かった。

 灰夏が銀華に手を伸ばすと、土子は銀華を突き押した。

 倒れそうになる銀華を、灰夏が支える。

「土子、こちらに」

「土夏。ねえ、この女狐が、火神の当主さまに媚び売っていたの」

 媚びは売っていないが、確かにあれは、土子たちへの『策略』だ。

 銀華はそろりと土子を見た。相変わらず美しいのに、恐怖するほどの冷たさも感じる。

「灰夏。オマエ、本当に次期当主の座を狙っているのか?」

「……でないと、銀華を守れぬからな」

 はったりだ。これは、土夏と土子、そして火之の関係を暴くための、罠。

 焦った土夏なら、次の機会――婚姻の儀で動くはずだ。

「はっ、腹が立つ。オマエごときが」

「土夏。ソナタ、母上の気持ちを考えて……」

 しかし、土夏は灰夏に、茶を顔に被せ、先の言葉を遮った。

「いつまで母上の死を引きずらなければならないんだよっ!?」

「土夏……?」

「母上の弱さには目眩がする。結局、母上は無能だから死んだんだ」

 土夏は、母を蔑んだ。いや、軽蔑している。

 灰夏はそれ以上、なにも言わなかった。

 土夏との和解は、不可能だ。

「土夏、俺はもう帰るが」

「早く行け」

「だが、銀華を傷つけるものは、誰であろうと許さん」

 そうして、灰夏は銀華を連れて土夏の屋敷を出た。


 全てが繋がり、最初は気を落とした。

 銀華も灰夏を慰めて、しかし灰夏は銀華を守るために動き出す。

 土夏の狙いは、土神の当主。

 そして、その罪を灰夏に着せて、自分が次期当主になることが目的だろう。

 灰夏は、銀華を連れて海に出た。そこで自身も魚を何匹か生け捕りにし、生け簀を作ってヒノキの粉末を与えるように漁師に頼んできたばかりだった。

 火之を出し抜くために、銀華とともに出た旅路は、きっとふたりの最後の思い出になるだろう。

 この魚を使って火之の悪事を暴いたら、きっとあの水のひめは、灰夏を殺すのだろう。

 もとからそのつもりだったとはいえ、灰夏は自分の運命を恨めしく思った。

 偽りとはいえ、銀華を神嫁に迎え入れた時間は、なによりも尊かった。

「でも、土夏さまの目的は分かりますが、火之さまは――」

「土神を手中におさめるため、だ」

「土神さまを?」

「ああ。土夏を次期当主にして、傀儡にするつもりだ」

 土夏も分かっていて、火之と手を組んだ。

 兄に当主の座を奪われるくらいなら、傀儡の方がマシだ、と。

 そしてまた、土夏の神嫁である土子も、それを知り協力しているだろう。

「灰夏さま。私は薄情でしょうか」

 土子を諭すのは、もう無理だ。土子の性格は銀華がよく知ってる。

「薄情などではない。それを言うなら。俺も」

 婚姻の儀では、一度、土神の当主には過剰免疫反応になってもらう必要があった。

 証拠を自ら作るのである。

 そうしなければ、火之も土夏も、しっぽは出さないだろう。

 だとしても、わかりあいたかった。

「灰夏さまのせいでは、ありませんよ」

 ふたりで身を寄せ合う。

 こんな時、互いの存在をありがたく思う。ひとりではきっと、乗り切れなかった。

「もう、土神の当主さまも巻き込んでしまいましたし」

 銀華は、火之に、『次期当主は灰夏だ』と嘘をついた。そして、それを火之が知れば、今度こそ土夏と組み、土神の当主を手にかけることも。



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