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3-7、加護と悪意

 庭に出て、火之が興味津々に土を見ていた。

 土神の加護が施され、たわわに実る稲や果物が、その豊かさを象徴していた。

 土神の当主直々に作り出した土で育った食物は、味も濃く、瑞々しさもあり市場では一級品の扱いだった。

 対して、木の加護で育てられた食物もまた、その希少性が評価されている。

「なるほど、これほどまでとは」

「はい、私も最初は驚きました」

 キイチゴを摘み取って口に入れると、とてもキイチゴとは思えない甘さがあった。

 豊かな土は、豊かな実りをもたらす。この火之ならば、手が出るほど欲しいだろう。

「そういえば、知っているかい?」

 火之が、キイチゴを口に放りながら、

「加護の剣。あれを五本――つまり、木火土金水、すべてがそろうと、そのものはすべてを手に入れる。しかし、一本とて、現代の五行の神では多大なる力を発揮するだろう。ソナタはそれだけの力を得ても、なにも起こさぬのか? 世界が欲しくはないのか?」

 銀華の目の色が変わった。

 これは挑発だ。

 この世界を根本から揺るがそうとしている、この当主は。

 だとして、真の目的はなんなのか。

「力をもって世界を手に入れたとて、国民が納得するはずもないでしょう」

「そうだな。だが、加護の剣さえあれば、五行の神々は、より強い祝福がもたらされる。その恩恵に比べたら、誰が上に立つかなど、些細なことだと思わんか?」

 つまり火之は、この国すべてを牛耳りたいらしかった。

 加護の剣をすべて手にすれば、この国を支配できる。

 話からするに、木火土金水の加護のすべての力を手に入れられるからだろう。

 先の土夏の土の加護の剣のように、誤った力の使い方をすれば、加護の剣は危うい存在になる。

 火之は加護の剣を我がものにして、力でこの国を手中にするつもりなのだ。

 理想は五本、しかし、それが出来ぬなら、一本でも十分だと、銀華を引き入れようとしているのだ。

 吐き気がする。銀華はよろめきながら、しかし、心を決める。

「そうですね。しかし、私には関係のないことです」

「関係ない? なぜ」

「私たちは、次期当主に正式に選ばれたからです」

「ほう? というと?」

「火の加護の剣にかかわらず、私たちは土神の当主さまの信頼を得ました。ゆえに私たちは、加護の剣は生涯顕現しないでしょう」

 火之がにこりと笑んだ。

 その笑みのうらの感情は、読み取ることができない。

 恐ろしい人間だと思う。何十年も灰夏を苦しめてきた、張本人。

 灰夏の証言だけでは、誰も火之の悪事は信じないだろう。

 灰夏が、土の加護を持たない次期当主候補だからだ。

 だからこそ、火之は水神の当主の暗殺の責任を、灰夏にすべて擦り付けた。

 文を送ったのは火之とみていいだろう。

 灰夏は、土神には害を及ぼさないとの文を信じて、あの場に赴いた。

 しかし、灰夏は水神の当主を殺してはいないのだ。

 無実なのだ。

 それを証明するために、銀華は動き出した。

「そうか、いやね、私も最近生け簀を持つようになって。銀華さまは、生け簀の中の魚と同じく、この屋敷で生涯を閉じるのでしょうね」

 庭の散策はこれまでに。

 火之が軽い足取りで屋敷内へと戻っていく。

 銀華が脱力し、貴美子が銀華の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」

「あ、はい。疲れましたけれど」

「まだ会合で顔合わせるけれど、平気?」

 コクリと頷いて、銀華と貴美子は、火之に続いて屋敷内へと歩くのだった。

 

 藍の間は今日も騒がしく、しかし、火之がぼぼ、と火の加護を爆ぜさせると、みながしんと静まり返った。

 そして、火之が貴美子のもとへゆっくりと歩く。

 その足取りに、誰もが見惚れた。

 完璧を演じる火之は、それは美しい。

 そうして、貴美子の目の前まで来ると、火之は貴美子に跪いた。

「辛の当主。わたしと婚姻してほしい」

「……は? 私には、菊子という神嫁が」

 しかし、火之は立ち上がると、菊子を指さして、笑った。

「あのものはおなごです。貴美子当主、おなごは本来、男と婚姻するものです」

 その場にいる誰もが頷いた。

 銀華と灰夏をのぞいては。

 火之が貴美子の手を取り強引に抱きしめる。

 貴美子は当然抵抗するも、まるで抵抗になっていなかった。

 火之が貴美子の顎に手を添える。そのまま口づけると、貴美子の胸に水色の火花が散った。

 銀華はおぞ気がする。あの男が、自分と同じだなんて。

 火花を抜き取り、火之が顕現したのは、水の加護の剣である。丙と辛が合わさると、水に転じるのだ。

 この世界には、加護の剣が五本あるのだと、火之が話していたことを思い出す。

 火之は、貴美子を抱き寄せて、その体に加護の剣を収めていく。

「離してっ!」

 貴美子が火之を突き押した。

 なぜ。あの加護の剣は、お互いの絆がなければ顕現しないはずなのに。

 銀華の動揺を察してか、火之が銀華に向き直った。

「絆など、無ければ作ればいい」

 つまり、純粋に好きあう気持ちでなくとも、唇を重ねたことで、あの加護の剣が顕現されたのだろう。

 加護持ちの人間は、魂を半分にされて生まれ落ちる。

 だから、加護の力を取り戻すために、加護の片割れを探すのだ。

 加護の片割れと婚姻すれば、その加護の力は本来のものになる。

 そして元来、加護の片割れは、出会った瞬間に惹かれ合う。

 しかし、干合は例外的なようだった。

 現に、銀華と灰夏の間に絆などない。銀華はそう、思いたかった。

 干合は魂の片割れでなくとも起きる。

 むろん、土子と土夏のように、魂の片割れである場合も存在するが。

 銀華は、土子を羨ましく思う。

 銀華と灰夏にも、魂の繋がりがあったら多少は救われたのに――

 火之は、魂の片割れの神嫁がいる貴美子を無理やり奪った。

 干合とは、それほどまでに『特異な』関係なのだ。

 銀華と灰夏のように、きっとそれは、惹かれあわずとも顕現される。

 火之はそれを知って、貴美子を利用した。

 どこまでも強引で、どこまでも身勝手な。

 涙を流す貴美子を、菊子が抱きしめて慰めている。

 女同士の婚姻を、よく思わない神は今も多い。

「干合の加護の片割れなのだから、辛の当主も、丙の当主と結ばれたほうが幸せなのでは?」

「そうだな、子もなせぬ婚姻に、意味などない。そもそも、おなごが当主などはなから務まるはずがなかったのだ。辛の当主は丙の当主に嫁ぎ、金国はおのこを当主に迎えるべきだ」

 それに、とみなが口を揃えるのは、火之が顕現した加護の剣が、他ならぬ水だからである。

 水神が滅び、五行の神々の均衡が崩れた。

 しかし、火之の加護の剣があれば、水を補うことができる。

 火之は火でありながら、水の力を手に入れた。

 それはもう、火之の権力が磐石と言っているようなものだった。

 銀華は貴美子の肩を抱き、菊子もまた、貴美子を慰め涙を拭う。

 火之がいやらしく、銀華を見やった。

「銀華さま。ソナタは水神の生き残りか?」

「それは……」

「はっ。謀反を企てたひめを神嫁にするなど、灰夏さまも、正気じゃない」

 火之の言葉に、その場の誰もが銀華に白い目を向けた。

 貴美子すらも、一瞬の戸惑いを見せたほどだった。

 火之は、水の剣を手に入れたがゆえに、銀華を排除しようという魂胆だった。

 だとして、銀華に出自を否定することはできない。

 火之の前で、自分を偽ることはしたくなかった。

 銀華は紛れもなく、水のひめだ。

 その矜恃に付け込まれた。

「この国が安定しないのは、亡き水神のひめが生きているからだ。わたしが水の加護の剣を持つのだから、水神のひめなどいなくとも、五行の均衡は保てる。違うか?」

「その通りだ。火神の当主が、五行を統べるべきだ。五行でもっとも強い火と、それを抑える水。相反するふたつの加護を持つ火神の当主こそが、太極に相応しい」

 どこまでも身勝手だ。

 火之は、五行の加護の剣のすべてを手にすることが難しいと知るや、手を変えてきた。

 つまり、火と水を手にした自分こそが、太極――五行の神に相応しいのだと名乗り出たのだ。

 銀華が歯噛みする。加護の剣を持つもの同士、わかりあえたらどんなにか楽だった。

 灰夏は加護の剣を悪用しようとはついぞ考えなかったというのに。

 火之は、土夏が土の加護の剣を使って、灰夏に挑んだことを人づてに聞いたのだろう。

 加護は祝福しか施せないが、加護の剣は違う。

 悪しき使いようもできてしまう、危うい存在だった。

「銀華さま、ソナタは水神のひめ。そうだろう?」

 銀華がすう、と息を吸い込んだ。

 しかし、言葉にする前に、灰夏が銀華の口を塞ぐ。

 銀華が灰夏に目で訴える。隠し通せるはずがない。

「銀華は水神とは無関係だ」

「ははっ、灰夏さまは、まだシラを切るおつもりか」

「そもそも火神の当主。ソナタと貴美子当主は、婚姻もしていなければ、貴美子当主には菊子どのという神嫁が存在するではないか」

 正論で押し返され、火之が口を結んだ。

 銀華から話題を逸らすためとはいえ、灰夏も心が痛んだ。

 火之が貴美子に視線を寄越す。

 その目に愛情は一切なく、火之は加護の剣を得るためだけに、貴美子を利用しているのは明らかだった。

 次第に周りの人間たちが、貴美子と菊子の婚姻に異を唱える。

 二人に向けられる心ない言葉に、銀華は耳をふさぎたくなる。

 しかし、その場の喧騒をかき消したのは、ほかでもない灰夏だった。

「そうやって、火神の当主は、また他者を蔑ろにするのですか?」

「なんだ、出来損ないの兄が」

「ああ、俺は出来損ないだ。だからこそ、おのれの弱さに勝てなかった。だが、火神の当主。俺はアナタを、許すつもりはない」

「許すも許さないも、婚姻とは本来政略的なもの。それに、なんだい、灰夏さまはわたしに恨みでもあるのかい?」

「それは……」

 灰夏が真実を話せないことを、火之は知っている。

 あはは、と笑って、火之は会合を後にした。

 次の会合はひと月後だ。

 その前に、銀華と灰夏、土子と土夏の婚姻の儀がある。

 そこで、この火之の悪事を暴いて見せる。

 銀華も灰夏も、心は一緒だった。

 火之をこのまま太極――五行を統べるものにしてはならない。

 銀華も灰夏も、より一層思いを強くする。

 つかみどころのない火神の当主の次の行動は、おそらく――

 


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