3-6、暗躍
次の日、銀華たっての希望で、陶器作りに銀華の水を使わせることとなった。
今日は、灰を使った釉薬で器を作るのだ。
灰の釉薬を提案したのは、銀華だった。
草木を燃やして灰にして、釉薬として使う技法は太古の昔から存在している。
倉庫ではなく、陶器作りに着目すべきだったのだ。
「ヒノキの薪で焼きたいですね。あと、灰にもヒノキを」
どうも銀華は、自分が汚い人間になったようで気が進まない。進まないのだが、銀華はこれにかけることにした。
釉薬の調整に一か月かかると聞いて、ならばその間、銀華はこの会合で、火神の当主に探りを入れようと試みた。
「火神の当主さま、お久しぶりです」
「またお会いできてうれしいよ」
火神の当主――火之は、銀華を上から下までなめるように見るとふん、と鼻を鳴らした。
柔らかな雰囲気とは一変して、敵意を感じる。
この当主は、あの釉薬にあんずが使われていることを知っていたのだろうか。
……ここで、銀華はとあることを思い出した。
最初に火之に会合で会った際、木神の当主、緑詩から、土神の当主に食べられないものはないかと聞かれていた。
その時、不用意にも、灰夏は父当主にあんずの過剰免疫反応があることを、緑詩に告げていたのだ。
だったら、木神の当主が協力者だろうか?
いや、だとして、陶器作りを見に、銀華を誘うのはあまりにも迂闊だ。
だったら誰が、土神の当主の過剰免疫反応を火之に教えたのだろうか。
ふいに、銀華の肩に誰かの手が触れた。
「最近は、成長が早いんだね」
火之だった。
ぞっとするも振り払えない。ここで関係を悪化させては、この先銀華に不利になる。
今、作ってもらっている陶器には、ヒノキの釉薬を使用している。
銀華は、土神の当主の過剰免疫反応を緑詩に告げたその日に、火之がヒノキの風呂には入れないことも聞いていた。
すなわち、過剰免疫反応があるのだ。
だからこそ、それらを使って、陶器を作らせている。
火之は相変わらず銀華の肩に手を置いて、着物から覗くうなじに目を向けていた。
しかし、そこに灰夏が音もなく表れて、灰夏が火之の手を銀華から振り払った。
ぱし、と音がして、火之の顔が引きつる。
「なんだ、出来損ない――いや、灰夏どのか」
「ああ、俺の神嫁に、なにか?」
「いいや。いや。ああ、そうだ。銀華さま?」
なにからなにまでいやらしいしぐさで、火之は振り返って、銀華に背中越しに、
「わたしを陥れるなど、百年早い」
すべてを見透かされているようで居心地が悪い。
ふうふうと息をする銀華の肩を、灰夏が抱いた。
あの火之という当主は、敵だ。本能がそう言っている。
だからこそ、周到に暴かねばならない。
「大丈夫か?」
「大丈夫、です」
「本当か?」
「いえ……少し、部屋で休ませてください」
結局銀華は月の間に戻り、体を休めることにした。
灰夏の優しさが、心にしみわたるようだった。
だというのに、この灰夏という男は過保護で、銀華について離れない。
休むために月の間に来たというのに、あれやこれやと世話を焼きたがる。
「銀華、なにか食べたいものはあるか?」
「いえ、食欲はないです」
「しかし、昼の食事は作らせてもらうぞ?」
「はあ」
あの言葉が引っかかる。
陥れる? 陥れたのはどちらだ。土神の当主をあんな目に遭わせて。
もしかすると、銀華がヒノキの釉薬の器を作っていることが筒抜けなのだろうか。
あの釉薬は、木神の加護で作ってもらった、特別なヒノキだ。
銀華の動きを知るのは、木神の一族か、土神に密偵がいるか。
銀華が考え事をすると、ふと、灰夏の髪が、月明かりに照らされて淡く光った。今日は満月でやけに明るい。
「……!?」
あの日、父が亡くなったあの日、過剰免疫反応でもがき苦しむ父を見下ろしていた、赤茶の瞳。赤ではない、茶色みを帯びあたたかい色が、限りなく怖かった。
あの目に、確信がなかった。
あの時あそこにいた青年は、赤茶の瞳に銀色の髪の毛を有していた。
月に照らされたせいで金色だと思っていたその髪の毛は、金国のものとは違った淡い色味を帯びていた。
そしてなにより、銀華はその青年を『同じ水神の一族』と思って走りよろうとした。
つまり、髪の色は、初めから水神と同じ、銀色。
月夜に輝いたのは、赤茶の髪ではない。銀色の髪と赤茶色の瞳を有する人間は、そう存在はしないだろう。
知っていたはずだ、この瞳を、髪を。
今まではその瞳が濁っていたから、確信が持てなかった。
きらりと輝いた瞳は、あの頃と同じく、純粋で美しく、そして憎らしい。
違っていて欲しかった。
だから傍にいて、確かめていた。
あの日の青年は、灰夏ではないと、どこかで願っていた。
青年と灰夏の面差しが重なった。
「灰夏さま。灰夏さまは、水神の屋敷に来たことがありますか?」
台所で料理をする灰夏の背中に言う。
月の間にも台所があり、灰夏は銀華のために料理を作っている。
その背中が、こちらを向かずに答えたのだった。
「ああ、一度」
あの日のことだ、と直感する。
あの日、火神の当主から献上された食器の釉薬には、父の過剰免疫反応を引き起こす、梅の木の灰が使われていた。
そして、父は過剰免疫反応で死んだわけではない。
銀華は、簪を抜き出し、灰夏の背中に歩み寄る。
一歩、二歩、三歩。
真後ろまできて、灰夏が振り返る。
銀華の簪が、灰夏の喉元にかざされる。
「殺しに来たか、水のひめ」
「なん……知っていて私を、この屋敷に迎え入れたのですか?」
あの日、過剰免疫反応で苦しむ父に、とどめを刺したのはこの、灰夏なのだ。
あの時父は、こう言った。
「ソナタらは、なにも知らずに何者かににそそのかされた」
灰夏は、あの陶器づくりにかかわっていたのだ。
知っていたら、あんな陶器は作らなかっただろう。
土神の加護の土で作った陶器で水神の当主が倒れた。
その器は、水神の当主の生誕祭で使用された。
謀ったように、灰夏の元に文が送られた。
その日は土神の双子の次期当主候補の初めての外交だった。
五行の神々では、十五で成人と言われる。
水神の屋敷に来た灰夏に、文が送られたのだ。
水神の当主が過剰免疫反応で倒れたゆえに、五行の神々が安全な場所に避難され、そのうえで、灰夏に送られた文。
文には、水神の当主が死するのは、土の加護の土のせいだと書いてあった。しかし、
「その文には……水神の当主を殺せば、土神の罪は問わぬと」
すべて仕組まれたことだった。
土神は――灰夏は罪を背負っている。誰にも話せない、苦しみ。
だからこそ灰夏は、銀華を保護した。
水神の当主の遺言だ。
「私の娘だけは、助けてくれ」
そうして、父は灰夏に殺された。ように見えた。
しかし、実際は、父は最後の力を振り絞って、自ら刃を喉に突き立てたのだった。
父当主の過剰免疫反応は、触っただけでも重篤に表れる。
それを、口という敏感な粘膜に触れたことで、致命的な過剰免疫反応が起きてしまった。
過剰免疫反応が解毒不可能と悟るや、水神の当主は、土神の少年を助けるために、自刃したのだった。
「なんで、灰夏さまだったのですか。土夏さまは、現当主さまは」
「土夏や父上を脅しても、この暗殺はうまくいかなかっただろう。誰にも信用されていない俺に陶器を作らせ、過剰免疫反応で水神の当主を害することで、俺が自責の念から水神の当主の件の罪を、隠し通すだろうと思ったのだろうな」
それを知っているからこそ、灰夏は、銀華を屋敷に迎え入れた。
黒幕から守ろうとした。
最初から、灰夏は五行のいずれかの当主が黒幕だと、わかっていて銀華を見守っていたのだ。
あの日灰夏は、幼き日の銀華と母が逃げ出すのを、見て見ぬふりをした。
そして目に焼き付けた。そのひめを。
「ソナタの父上との約束があった。ゆえに、ソナタをここでかくまいたかった」
「なんで、なんで。なんで今更!」
そんな風に言われたって、今更だった。
銀華はもう、この灰夏の優しさを知っているし、この企ての黒幕は灰夏が吐いたも同然だった。
火神の当主だ。
ふたりは黒幕を知っているのに、なにもできない。
「そこで、提案がある」
「……?」
「それから俺を殺しても、遅くはあるまい」
それからしばらく、灰夏は屋敷を空ける。
海に向かい、魚を手に入れるためだった。
くしくもそのそばには、銀華の姿があった。
「貴美子さん、こんにちは」
「あ、銀華。どうしたの?」
最近は姿を隠していた銀華が、久しぶりに会合に現れたかと思えば、貴美子を捕まえて困った顔で笑った。
「貴美子さんって、火神の当主とは親交がおありでしたよね?」
要領を得ない銀華に、「水臭いな」と金華が耳打ちした。貴美子の息が耳にかかってくすぐったい。
「火神の当主は、私も警戒してるから。なにが知りたいの?」
「はい……火神の当主のなにか変わった点と、木の当主とのかかわりを」
「了解。少し待っていてね」
現状、佐賀が死んだとなれば、次は自分に容疑がかかると、火神の当主はなにか策を講じるはずだ。
貴美子は持ち前の明るさで、火神の当主、木の当主と話している。
ふと、銀華が貴美子に手招きされて、銀華はその場に歩く。
「こんにちは。火神の当主さまと木神の当主さま」
恭しく礼をしてから、貴美子が自然な流れで銀華に言った。
「木神の当主さまは、陶器作りを見たのはこの前が初めてだって。火神の当主さまは、何度か顔を出してるみたい」
先日、銀華と緑詩は共に陶器作りを見に行ったが、緑詩はそれが初めてだったらしい。
「へえ。あそこは釉薬が特別でしたよね?」
あえて釉薬の話題を振った。案の定、火之は一瞬だけ顔を強ばらせた。緑詩はハテナ顔だ。
しかし次には、火之はいつも通りの表情を貼り付ける。
「はい。草木の灰は、きれいな青色になりますから」
貴美子が今度は木の当主に続けた。
「その木を作るのが、木神の一族なんですよね」
「ああ、そうだよ。よく、火神の当主さまに、木の成分を強く作ってくれと言われるんだ。あんずならあんずの成分だね、そうすると、より釉薬が鮮やかになるとか」
ふうん、と貴美子が頷いた。銀華も同じく、深く考える――より先に、火神の当主に手をつかまれて、
「せっかくだから、共に屋敷内を案内してくれぬか?」
「や、私は」
「いいね、じゃあ、私も一緒に」
貴美子が銀華と火神の当主――火之の間に割って入る。ほっとしたように銀華が脱力する。
貴美子には菊子という神嫁がいるのに、火之との間を取り持たせるのは、最後まで悩んだ。
貴美子は、辛の当主だ。辛は丙と、干合する。火之は丙だ。
「本当に、君が水神だと知っていたら、私に欲しかったよ」
銀華が癸のひめだと、もう誰もが知っている。
緑詩のにこやかな顔には、うらはないだろう。




