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3-3、実証

「さて、これをどう確かめるか、なんだよなあ」

 確かめると言ったって、誰かに食べさせるわけにもいかない。

 となれば、必然的に、銀華自身で試すのが一番早いだろう。

 銀華は、内緒でビワの茶を煎じて飲みこむ。

 苦みの中に甘みもあり、美味しいお茶だった。

 このお茶を、誰が当主に渡したのか、聞いておけばよかった。

 最近、当主が珈琲の中毒だと知ってから、様々な宰相が覚醒物質のない安全なお茶を、当主に献上するようになった。

 ゆえに、きっとこのビワの茶の送り主は、そう簡単には見つからないだろう。

 当主に献上されたものは、直接当主に手渡せるわけではない。

 まとめて、毒見と検閲をしたのちに、当主に渡されるのだ。

 そして、このビワの茶は、毎日飲むことで徐々に毒が体に蓄積する。

 だから銀華は、毒の回りを促進するために、紅参の煎じ薬も一緒に飲んで、その効果を待つ。

 紅参ほど希少な生薬は、さぞ不味いのだろうと覚悟はしていた。

 高麗人参ははほかに、採ったままの水参、乾燥させた白参がある。

 銀華が煎じたのは紅参だ。

 十五分ほど煎じると、薄茶色の薬湯になる。

 味は、とにかく苦い。例えるなら、ふきのとうのような苦味だ。

 よくある、ピーマンや苦瓜ゴーヤなどの野菜の苦味とはまた違う、春の山菜――野性味のあるじわりとした苦味だ。

 その、苦い人参とともにビワの茶を飲み、銀華はビワの正体を暴いていく。

 

 ビワの茶を飲み初めてすぐ、銀華の体に違和感が現れ始める。

 紅参を共に飲んだため、その毒は瞬く間に銀華の体を蝕んだ。

 視界がぼやけてものが見づらい。頭痛もする。

 これは、おそらく。

「銀華? 料理がまずかったか?」

 今日の料理も灰夏の手製のもので、それは美しかった。

 卵を四角く焼いた卵焼きは、甘じょっぱくて美味しい、だし巻き玉子だ。豚肉でだしを取った汁物には、煮込んだ甘辛い豚肉を添える。粥は全粥で、炊き加減がちょうどいい。

 どれも見ても食べても美味しく、しかし銀華は、少しの体の違和感に見舞われていた。

 いや、少しどころではない。紅参で毒の進行を速めたからか、思いのほか、毒が体にまわっている。

 くらくらする頭で、食事をとる。

 しかし、味がわからない。

「銀華!?」

 しまいには、食事中にもかかわらず、体が傾き倒れそうになるものだから、灰夏は慌てて立ち上がり、銀華の体を支えるのだった。

 くったりと銀華の体が脱力している。

「銀華、なにか悪いものでも」

「いえ、灰夏さま。当主さまのところに、連れて行ってくださいませんか」

 一日の服用でここまでとは。

 現状、銀華は毒らしい毒など食べていない。

 灰夏の料理が毒になるはずがない。

 だとしたら、この症状は、ビワの茶だと確定していいだろう。

 紅参とともにに飲んだから効きが早かったのもあるのだろうが、このビワの茶を渡した人物は、したたかで計算高い人間だ。

 

 当主の屋敷の寝室まできて、灰夏が扉の前で恭しくこうべを垂れた。

 銀華の肩を抱き、銀華は立っているのもやっとのようだった。銀華も扉の前で頭を下げる。

「灰夏にございます」

「なんだ、入るがよい」

 当主の声に、灰夏は銀華を連れて寝室に入る。

 ちょうど、ビワの茶を飲もうとしていたため、銀華はない力を振り絞って、当主に走り寄ってその茶碗を取り上げた。

 ばしゃ、とビワの茶が床にこぼれた。それは床に染みを作り、当主の眉がピクリと動いた。

「銀華? よもや、このビワが、原因だと?」

 当主の目が、驚きに染まっていく。

 銀華の行動の意味するところをすぐに察したのだ。

 銀華がビワの茶を持ち帰った際は、まだビワの茶が原因だとわからなかったため、当主は今しがたも、ビワの茶を飲もうとしていたのだった。

 疑いの段階で、ひとから贈られたものを蔑ろにすることは、この心優しい当主にはできなかったのだろう。

 だからこそ、つけこまれた。

「このビワが、毒だったか」

「はい……私にも、当主さまと同じ症状が出ました」

「なん、銀華!? ソナタ、なにを」

 だから灰夏には言わなかった。

 銀華の額に汗がにじんでいる。

 銀華は、このような知識をどこで手に入れるのだろうか

 料理が好きな灰夏でさえ、ビワの種に毒があることは知らなかったというのに。

 それだけ銀華は、懸命に生きてきたのだろう。

 五つで父と死に別れ、義母に隠れて勉強をして。

 そうやって銀華という人間が生きて来てくれたことが、灰夏にはとてもうれしく、申し訳なかった。

「当主さま、空の茶碗はありますか?」

「あ、ああ。さん

 側近の参が茶碗を一つ、持ってくる。そうして、銀華がその茶杯に手をかざすと、そこに滾々と水が湧き出てくる。

「解毒の水です。ビワの茶の毒なら、すぐに解毒できるかと」

 銀華の手からあふれる水を見て、しかし当主は顔をしかめた。

 この加護に、見覚えがある。先だって覚醒作用のある物質カフェイン中毒の際にも、銀華自ら水を生み出す様を見ていたというのに、銀華の素性に思い至らなかったなんて。

 銀華が屋敷内で力を暴走させたことは当主も報告を受けている。

 その時の銀華の水の加護は、雨をも降らす大きな力だったと聞いていた。

 それほど強大な力となれば、水神の一族だ、と考えるほうが自然だったというのに。

 人の話には尾ひれ背ひれがつく。だから当主は、銀華の加護の暴走も、実際はさほど強いものではないのだろうと、聞き流した。

 それがどうだ、銀華の加護は、まぎれもなく水神のそれだった。

 解毒までできてしまうほどの加護は、神の証だった。

「解毒の水の加護……そんな、水神の一族は……」

 当主の驚きもそこそこに、銀華がその水を促す。

 ちゃぷんと水を揺らしながら、銀華がその茶碗を当主に差し出した。

「ご存じであれば。我々水神の加護の水には、解毒作用があることもご存じでしょう?」

 おそるおそる、当主がその水を口に含んだ。

 まろみのある水だ。体の中から潤うようだった。

 当主の体調不良が、嘘のように消えていく。

 この水を、当主は知っている。

 先の珈琲の中毒の際、解毒のために出された茶、あれを煎じた水こそが、この水だったに違いない。

 そしてこの味は、水神との外交の際に、よく飲んでいた。

 加護の水の味は、それほど特別だった。

「しばらくは、私の水を飲めば、症状は治まるかと」

「なるほど、前回の中毒も、ソナタの水か。ソナタは水神の一族だったか。どうりで早く毒が出るはずだ」

 当主が感心したように声を漏らした。

 銀華が水神の一族だと黙っていたことは、咎めないらしい。

 当主の懐の深さに、銀華はその場で礼をする。

「感謝申し上げます」

 当主も、その言葉の意味を理解して、「よい」と小さく吐き出した。

 隣にいた灰夏が、銀華に空の茶碗を渡した。

「銀華、ソナタも加護の水を飲め」

 当主の体調が戻るのを見計らって、灰夏が銀華に促した。

 しかし、銀華は首を横に振る。

「いいえ。水神の一族には、水の加護は効かぬのです」

 もしも効いていたのならば、銀華の父親だって、過剰免疫反応アレルギーで死ぬことはなかっただろう。

 加護はあくまで他者に与えるもの。その力を悪用せぬように、自身に加護の力は使えない。

 灰夏が歯噛みした。

 一刻も早く、銀華に解毒薬を飲ませなければ。

「父上。今日はこれにて」

「ああ、灰夏」

「はい」

「銀華を、大事にしなさい」

 その言葉が、重く灰夏にのしかかる。

 灰夏は本当に、銀華を好いている。

 その一方で、強い罪悪感も、抱いているのだ。

 


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