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1-2、出会い

 土神の次期当主候補の茶会に呼ばれた土子は、傍付きとして銀華を侍らせた。自分を引き立てるための存在として。豪華な振袖をまとう土子に対し、銀華は薄汚れた綿の着物姿だ。

 がりがりに痩せ細り、肌には艶がない。いつも背中を丸めて俯いて、銀華は自分を隠して生きてきた。特にこの、白銀の瞳はどうやっても隠せないため、銀華の顔は自然と下を向いてしまう。

「あれが、噂のひめぎみか」

「加護が土でなければ、わたしに欲しかった」

 土子が鼻高々に歩いている。しゃり、しゃり、と振袖の衣擦れの音がしとやかだ。鼻梁がすっと通り、健康的な肌の色。髪の毛がきれいな赤茶を帯びているのも土神には祝福の印だった。銀華の髪は、薄い白銀を黒色に染めている。

 特別の薬剤と黒檀を混ぜて、銀華の加護で作り出した水に溶かすと、七日は染めなくとも黒色を保つ。銀華の水は、特別な水だった。銀華だけではなく、加護によって作り出された木火土金水は、特別な力を持ったものだった。

 銀華は、土子の背中に隠れながら、土子をそろりと上目遣いに見上げた。

 土子の髪の毛はふんわりとまとめあげた。簪は上等の玉や金、銀。振袖は絹で誂えてあり、これらは全て、土神の次期当主候補からの贈り物だった。

 正式には決まっていないが、土子が土神の神嫁になることは、もうほとんど決まったようなものだった。

 しゃらしゃらと簪を揺らしながら、土子はお茶会の茶席――次期当主候補の隣にしとやかに座った。誰もが土子に見とれている。それほど今日の土子は美しかった。

 銀華は、土子をより美しく仕上げることに関しては、土子も一目置くほどだった。

「天野神 土子にございます」

 銀華は下がり、土子だけが土神の次期当主候補の茶会にあがった。次期当主候補が土子の肩を抱いた。土子と触れ合うと、土子がその手から祝福を振りまく。

 今日のお茶会に招かれた神々たちは、土子の加護により作り出された土を、自郷に持ち帰り田畑に撒くのだ。

 その晴れやかな姿を見遣り、銀華は来た道を引き返した。

 

 豪華な庭園には池があって、銀華はなんとなくそこに足を向けた。

 赤い橋は紛れもなくここが神の家だと嫌でも知らされる。綺麗な水が張られた池には、魚が泳いでいる。

 魚たちが、銀華に気づき、餌を求めて口をぱくぱくと動かした。

「誰だ」

「あ……申し訳……ありませ……あっ!?」

 橋の上から池を眺めたのがよくなかった。

 銀華がぼうっとしていたせいで、向こうから人が来ることに気づかなかった。庭にいた先客が、不審者を捕らえんばかりに銀華の手を取った。

 赤茶の瞳が印象的だった。そのいでたちだけで、その人が平民ではない、五行の神なのだと銀華は悟った。

 土神の一族は赤茶の髪と瞳を有している。木神なら緑、金神なら黄色、土神なら赤土色、水神なら銀華のような、白銀。

「も、申し訳ありませんっ!」

 手を取られたため、伏せて謝ることができない。

 銀華は地べたに這えないながら、目いっぱいに頭を下げた。

 長い髪の毛が銀華の顔を隠す。神々となれば、銀華の瞳の色を見て、いい顔はしないだろう。銀華が平民だとしても、白銀の瞳と髪は、水神の一族を彷彿とさせる。

 銀華は深く、深く下を向いた。

 こうべを垂れたまま、目だけで男を見る。髪の毛は、白銀だ。まるでそう、まるで、水神のような――  

 ズキ、頭が痛む。

 過ぎったのは、幼き頃の記憶。なにかが見えた。父と母、本当の父と母の姿だ。

 銀華には、義父母に拾われる前の記憶がない。

「オマエは……?」

「付き添いにございます」

「はっ、そんな汚い格好でか?」

 無礼にも男が笑った。綺麗な赤茶の瞳は、陰鬱だった。対して男の白銀の髪の毛が、太陽を反射して儚さをかもしだす。

 上背もあり、肌もつややかだ。なにより、上等な服がすべらかだった。身分の高さが伺える。おおよそ、今日のお茶会の来賓――神がひとりだろう。

 そして、銀華にはこの瞳に見覚えがあった。先程見えた、義父母に拾われる前の記憶の中。そこにいた、『誰か』。

「俺が土神の次期当主候補と知ってか?」

「え?」

 しかし、男の言葉により、銀華の思考が霧散した。

 聞いたことがある。土神の次期当主候補は双子で、どちらを正式な次期当主にするか当主も決めあぐねていると。

 銀華は返す言葉もなく、男に背中を向けた。

 早くこの場を立ち去らねば。なにかを『掴みかけた』のに、相手が悪かった。

 しかし、誰だかわかったのだから、のちのことは今考えなくともよい。

「も、申し訳ございません!」

 思い切り謝って、銀華はその場を走り出していた。

 綺麗な次期当主候補だった。赤土の目に白い髪の毛。

 土神の次期当主候補は赤土の髪を持つと聞いている。

 だったら、あの次期当主候補は本当に土神の一族なのだろうか。銀華と同じ、きれいな白銀の髪の毛。

 土神の次期当主候補は確か、どちらかが加護持ちで、もう一方は――

「はっ、はぁ……また怒られる……」

 茶会の部屋が見えなくなったところで、銀華は膝に手を置き、肩で息をする。

 春の気候が体にまとわりつく。花の香りと一緒に空気を吸い込むと、幾分か落ち着きを取り戻す。

「なん、だったんだろう……」

 あの男は。あそこに土神の次期当主候補を始め、各神々や華族・士族がいたことも夢見心地だが、庭で出会った見目麗しい若い男は、ことさら不思議な存在だった。

 あの瞳を、銀華は知っている。気がする

「動くな」

「……え」

 逃げるのに夢中で、後ろからあの男が追ってきていることに気づけなかった。

 低い声が背後から刺さるように浴びせられた。銀華の体が硬直する。走ったせいで汗をかき、背中が冷える。屋敷内は広く、今、自分がどこにいるかもわからない。

 どっどっど、と心臓が脈を速めた。銀華は振り返ることが出来ない。

「オマエはどこの家の娘だ?」

「わ、私はただの付き人で」

 同じ質問に同じ答えを返した。

 男が銀華の真ん前まで来る。膝に着いていた手を離し、銀華は体を上に起こした。

 だいぶ背の高いその男が銀華の頬に触れる。先程とは違い、優しい目付きだ。ホッ、と息を吐き出した。こんな風に、『人間らしく』触れられたのは、いつぶりだろうか。

 一瞬の出来事だ。銀華が男に目を奪われたのなんて。

 男が今一度銀華の頬に触れると、銀華の胸元に赤い火花がジリジリと爆ぜる。赫灼のそれが、どこからともなく現れる。

 男が驚き、ひとたび目を瞬かせた。しかし、次には導かれるように、男がその火花を握りしめた。

「あっ……」

「これは……」

 火花が剣の柄になり、銀華の胸から炎の剣が抜き取られた。抜き取られる瞬間に、銀華の『加護』がバチッと爆ぜる。

 男は、抜き取った剣を天に掲げて、その赤色が、晴天のもとにひどく映えた。

「……なんだ、と……?」

「土神。さま……」

 銀華の体から力が抜ける。

 加護を使えばそれなりに疲れるが、これもなんらかの加護なのだろうか。

 すべての加護を抜き取られたように、銀華は脱力し体が傾く。倒れ込む銀華を男が支える。

 銀華に意識はない。

「そうか、オマエは、五行の片割れか」

 その日、ふたりの神嫁が誕生する。

 銀華の胸から剣を抜き出したこの男の嫁と、

「土子。俺はオマエを探していた」

 銀華の妹、土子である。くしくもふたりとも『土神』の神嫁として、運命を辿ることになる。

「付き添い、といったか」

 男は銀華を抱えあげて、その顔をまじまじと見た。

 その髪の毛の生え際が、美しい白銀に変わっていたことに、男は確信を得るのだった。

 


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