1-13、赤茶
翌日から、銀華は会合に再び通い始めた。最初こそ目立っていた銀華だが、どうやらこの会合でも灰夏への風当たりは強いらしく、次第に銀華は平穏な生活に戻っていった。
会合は七日に一度の頻度で行われる。今回のように何日か続く日もあるし、一日で終わることもある。
なにしろ四つの神の一族が集まるのだから、意見を交わすのも一苦労だった。
今季は――この五年は、土の神の屋敷が会合の場として決められている。
各々が手に入れた交易品なども持ち寄るため、文化的な交流も目的のひとつだ。
また、神の屋敷に行くとなれば土産を用意する必要もあるし、こうやって持ち回りで屋敷を行き来することで、自神の弱みを他神に見せ、また、他神の弱みも自神に取り入れる。
だから、こうやって持ち回りで会合の場を提供することで、四つの神は戦争を起こすこともなく平和を保ってきたのだ。
「灰夏さまとの婚姻の儀、招待状もらったよ」
「貴美子さん。来てくれるんですか?」
「もちろん! 菊子も行くって。ね?」
銀華の隣の席の菊子に、貴美子はにこりと微笑んだ。
菊子も優しく貴美子に笑いかけ、この二人の絆は相当強いのだと思い知る。
銀華は今日もひとりでこの会合に赴いている。向こうには灰夏の姿が見える。忙しそうだ。
「でも、土神の現当主さまも人が悪いよね。土夏さまの婚姻の儀を同じ日で許すなんて」
これはどうみても、土夏からの当てつけだった。
灰夏と土夏、同じ日に同じ場所で婚姻の儀をあげるとなれば、どちらの儀に参列するのか、ある種の権力争いのようなものだった。
そしてそれは、おおよそ灰夏には不利だった。いまだ灰夏が加護の力を使えないことは、神々の間ではあまりよく思われていないらしい。
先だって、銀華の加護の剣を顕現したことは神々たちにも知るところであるはずなのだが、どうにも信じがたいらしく、灰夏はいまだに神々の間では笑いものだ。
しかし、灰夏の本来の優しさを知る者たちも、少数ながら存在する。菊子や貴美子がそうだった。
「でも、楽しいでしょう? 衣装選び」
「いや、もう大変で」
毎日反物をよこされて、これはこうとかあっちはどうだとか、特に真美子が張り切っている。まるで自分の子供にするように、真美子に一切の妥協はない。
婚姻の儀では、鶴亀の白無垢を着るのが通例らしい。
衣装の豪華さはすなわち、権力を表す。だから、できるだけ華やかにと灰夏に頼まれているのだ。
「白無垢は重いから、一日中着てるの疲れるよ」
「貴美子さんはもう、婚姻の儀を終わらせたのですか?」
「お、いいね、銀華。私たちの婚姻の儀の話、聞く?」
菊子が嬉しそうに話し出す。
金神のふたりは、本当に見目麗しく、きっと婚姻の衣装も似合っていたのだろうと銀華は想像する。
同時に、自分は婚姻の衣装をうまく着こなせるか不安にもなった。
「衣は白無垢で、お色直しで黄色の花の描かれた色打掛も着たんだ。ああ、今思い出しても本当にきれいだったわ」
「やだ、貴美子ったら」
「で、貴美子は西洋のどれすも着たのよ」
「へえ、ドレスも。どれも似合ってたんだろうなあ」
貴美子はきれいな金色の髪の毛と、はちみつ色の瞳を有する。
銀華から見ても美しく、やはり金神の一族なのだと思わされる。
それに比べて、自分のなんと貧相なことか。胸も腰のくびれもない。
銀華は、ドレス姿の貴美子を想像する。
一着目の白無垢を、菊子が紙に書いてくれたが、裾広がりな形は白一色でも荘厳で美しい。
対してドレスは、五神の国の外の文化である。
「銀華は、赤茶色の衣装が似合いそう」
貴美子がうっとりした表情で銀華を見ている。
そういえば、灰夏が選んでくれた着物も、赤茶色だった。
今日の着物も小豆色だ。のちのち、新しい着物をあつらえると、灰夏は息巻いていたことを思い出す。
「赤茶?」
「うん。灰夏さまが土神の次期当主候補さまだから、赤茶色は特別だし。銀華が赤茶を選んだら、灰夏さまも喜ぶと思うな」
けれど、灰夏は瞳は赤茶だが髪は銀華と同じ白銀だ。
きっとそれは、灰夏が土夏と双子だからだ。双子だから、土の特徴も半分ずつで生まれ落ちた。
それにしても、白銀は水神の色だというのに。
灰夏が白銀を持って生まれたことが、なんだか銀華を結ぶえにしのようで、銀華はむずがゆい思いを抱く。
「赤茶、かぁ。確かに、この簪も、赤茶ですもんね」
銀華が簪を撫でつける。
毎日身に挿しているから、だいぶ愛着がわいてきた。
そういえば、灰夏は和服はいつも落ち着いた紺や黒だが、必ずどこかに赤茶を入れている気がする。
帯や羽織紐に赤茶色を使っていることに気づいた。
しかし、灰夏はこうも言った。
この簪は、白銀の髪に似合うように作ったと。
銀華は考える。先の会合で、銀華が水の加護持ちだとばれたのだから、髪を染める必要もないのではないだろうか。いや、しかし、腐ってもこの国の次期当主候補の神嫁だ。死ぬまで黒の髪で通そうと改めて決意する。
「私、赤茶の衣装を試着してみようかな」
「だよだよ、あ! 試着したら教えてよ」
「うん。あ、灰夏さまのお話が終わったようです。それでは、また」
帰り支度をして会合を終える。今日の会合は、もうほとんど銀華と土子の顔見せのようなもので、政治の話は二の次だった。
銀華に与えられた月の間に着くなり、銀華は真美子をつかまえる。
「真美子さん。私、色打掛は赤茶にしようかと思っていて」
「まあ。まあ! 赤茶に?」
「はい。それで、赤茶のものでいろいろ反物を見てみたくて」
色打掛にはさまざまな模様があって、吉祥文様をはじめとして、龍や鳳凰など、様々な動植物が描かれる。
そのどれもが重厚で、重い。
どの神々も、婚姻の衣装は豪華だ。
色打掛では少し遊び心が欲しいところだ。
「服飾屋がよこしたのは、この四枚です」
土国らしく、鶴亀と共に土からできた陶器を刺繍したもの、桜が刺繍されたもの、炎と花々をあしらったもの。
どれも美しかったが、銀華がいの一番に指さしたのは、鶴亀と陶器を刺繍したものであった。
赤茶の反物に、あずき色の糸で刺しゅうがしてある。日に当たると模様が浮き出るのも、美しいと思った。
「これ。純朴で、色がきれいです」
「はい。赤茶色の生地は光の加減で黒くも白くも見えます。陶器は刺繍でそれは豪華になるかと」
真美子もうれしそうだ。
しかし、ほかの衣装も気になるのは気になる。
銀華が悩んでいると、月の間の扉を開ける音がした。
銀華はそちらを見やる。灰夏の姿を見るや、嬉しそうに破顔した。
「銀華」
「灰夏さま!」
衣装を見ていた銀華が、嬉しそうに立ち上がって扉へと走った。
まるで子犬のように灰夏を出迎えて、灰夏が銀華の髪を優しくなでた。
今日も黒の髪の毛だが、いつか灰夏にだけでも、白銀の美しい髪の毛を見せてほしいと思う。
「今日は疲れただろう?」
「はい。あ、今、婚姻の儀の衣装を見ていて。赤茶色までは絞れたんですけど。灰夏さまの意見も聞かせてください」
銀華が灰夏の手を引いて歩く。
使用人たちが灰夏から荷物を受け取る。
灰夏はかわいらしい銀華に振り回されて、訪問早々に銀華とともに衣装の案を見る。
今日は心做しか、銀華が殊更灰夏に微笑む。
本来銀華は、このような無邪気さを持ち合わせていたのだろう。
この屋敷に来て、生来の明るさを取り戻してくれたのだと思うと、偽りでもいい、契約結婚でもいい。灰夏が銀華を神嫁にしたかいがあったというものだ。
いくつかの衣装案を見て、灰夏がうんうんとうなっている。どの赤茶も捨てがたいが、ことさら目を引くものがあるにはある。
しかし、銀華には、淡い水色も似合うだろうなと思案して、ハタと気づいた。
赤茶に絞った、というのは、自分のためではないだろうか。灰夏は土の国の次期当主候補だから、土にちなんだ色を選んでくれたのかもしれない。
知ったとたん、灰夏はさらに真剣に反物を見つめる。
「灰夏さま、どれがいいと思います?」
「ああ。赤茶で本当にいいのか?」
「はい。赤茶は灰夏さまの色ですし。やっぱり私、灰夏さまと関係のある色がいいなって」
やはりそうか。うれしいことを言ってくれる。
灰夏はにやけそうなのを我慢して、表情を取り繕って衣装案と反物をにらみ見る。
見本品の、赤茶の反物にあずき色の糸で刺しゅうしたものと、赤茶が赤色にだんだんと変化する染めとで頭を悩ませる。
「これ、いや、こちらも捨てがたい」
最終的に灰夏が指したのは、陶器と鶴亀の刺繍の反物だった。
「やっぱり! これすごくいいですよね」
「銀華、実はもう自分のなかでは決まっていたのでは?」
「いいえ。灰夏さまがこちらというのなら、こちらにするつもりでした。でも、同じものをいいと思ってくれてるって、うれしいですね」
銀華がへにゃっと笑った。最近銀華はよく笑うようになった。
灰夏は銀華を抱きしめて、銀華の頭をポンポンと撫でた。
銀華は灰夏のこれが好きだ。同時に、なぜ灰夏が、自分に優しくするのかわからない。
灰夏は契約結婚を持ちかけた。つまり、銀華に好意を寄せる必要なんてない。
ないのに、銀華はこうやって、灰夏に頭を撫でられるのが嬉しくてたまらない。
灰夏に身を任せ、銀華はそのまましばらく幸せな時間を堪能する。
なにがあってもこの人を当主にしたい。しなければ。
銀華の胸が満たされていく。もう、いらない子供だった頃の銀華は、いない。




