1-11、会合
屋敷に越してきて初日だというのに、銀華はその足で会合へと向かわされた。
真美子に着付けを頼んだが、本来銀華は土子の着付けをしてきたのであるから、そう時間がかからず自分で着付けられるようになるだろう。
それはそれで真美子が寂しがりそうだが、ひとになにかをしてもらうのはどうしても心がざわめいてしまう。
その時点で、まだあの家に縛られているのかもしれないが。
「天野神 銀華です」
土神の本家、屋敷の藍の間、と書かれた部屋に入り、銀華が挨拶をする。その声は小さい。
この会合には銀華の妹の土子も足を向けていた。
ここではち合わせたらどうしよう、と心配するあまり、銀華は気が気じゃなかった。
背中を丸めて、真美子が気の毒になるくらいおびえていた。
案の定、火神の当主が、銀華の素性にいち早く気づいた。
「天野神……あなたが、土子さまのお姉さんですか?」
「い、一応……」
「さようか。これから、よろしく頼む」
赤色の髪と瞳が美しかった。おだやかで、銀華よりだいぶ年上だった。灰夏より年上だろうか。
その穏やかないでたちの男性ですら、銀華の体がこわばる。
土子はもともと、次期当主候補の神嫁候補となってから頻繁にお茶会や会合に参加していたため、会合でも一目置かれていた。
だから、銀華の身の上も知られたことだった。いつも土子について歩いていた、使用人。
ののしられるだろうか。
しかし、心配に反して誰もなにも言わない。心なしか視線は、銀華の顔のやや上にある気がする。
銀華はうつむく。自然と手が触れたのは、赤茶色の宝石の簪だった。
出がけに、真美子が会合用の振袖に着替えさせた際に、髪の毛も結いなおしたのだ。
その際、灰夏にもらったあの簪も、髪に挿したようだった。
「土子さまのお姉さんが灰夏さまの神嫁だったって噂は本当なのか」
「ああ、俺の叔父があの宴会にいたんだけど、干合のひめぎみらしい」
「干合の? では、灰夏さまは、土でありながら、火に?」
火の当主と挨拶を交わしたあと、席に歩く間、ひそひそと噂話をされて居心地が悪かった。
銀華は、用意された自席に座る。西洋の椅子だ。
ふと、隣の席の女の子が、にこりと笑いかけてきた。
金色の髪に瞳は、金神の一族のようだった。
しかし、銀華があの日見た金色のほうが美しかったように思う。父をあやめた、金色。
この会合には男が多いが、女の子がいたことに安堵して、銀華の緊張がやや緩んだ。
「私、菊子。菊子でいいよ」
「菊子……さん」
この人も神なのだろうか。人間離れした美しさは相変わらずだった。
金神の一族は、みな美しいのだと聞く。
灰夏たち土神の一族は、健康的で神秘的ないでたちだ。
火神の一族は情熱的で明るいと聞くし、木神は人当たりがいい。そして、水神ははかなさを含んだ顔立ちの人間が多く、銀華は、自分の出自がばれそうで、より一層背中を丸めた。
「菊子、浮気は許さないよ?」
元気な声とともに、別の女の子が菊子の後ろから抱き着いた。
菊子が体勢を崩しそうになるも、椅子に座り直す。
菊子の簪は、金色の宝石だった。銀華と同じだ。宝石をあしらった簪は、神嫁がいる証明だと灰夏に聞いている。
「あ、の。浮気……?」
「ああ、私は金神の当主の、貴美子。こっちのは私の神嫁」
「え、え? 貴美子さんが当主で菊子さんが妃……?」
「あー、やっぱり知らないよね、ほかの神嫁は」
当主は男にしかなれない。それは言い伝えであるし、実際の当主は男女ともにいる。
しかし、それを平民が知らないのは、当主の姿を平民が早々見られないからである。
あの土子すらも、この会合での出来事を家で話したことがない。
「女の当主っていうと、民が不安になるから。いつからか当主は男だけって知らしめるようになったんだって」
貴美子があっけらかんと説明した。それにしても、菊子が神嫁だなんて、女同士で婚姻を結べるのだろうか。
「じゃあ、女の当主だということは、誰も知らないのですか? それに、神嫁も女性って……」
「そうだよね。みんな最初は驚く。女は嫁いで跡目――男児を生むのが役割だから」
銀華は自分の浅はかさを恥じた。
男女の結婚のみが本当で、女は当主になれない。
それが普通だと思っている自分に不信感がわく。
そんなのおかしい。男だけが背負う必要もなければ、女だけが背負う必要もない。
そうだ、そのせいで灰夏があんな目にあっている。灰夏が男だから、この国を背負うために生贄にされている。
灰夏は本当は、次期当主候補なんてなりたくない。小料理屋を開くのが夢だったのに。
「やっぱり、民的には、女が後継者、ってのは納得いかないみたいで」
「やっぱり、ってことは。ほかの人も?」
「うん。ここに来る人間は、結構な割合で最初に女の当主に疑問を持つみたい」
貴美子が首をかしげている。
貴美子は、誰よりも自由で、誰よりも柔軟な性格の持ち主だ。そしてそんな貴美子がおさめる金国は、とても豊かな国だと聞いている。
銀華はあたりを見渡した。
会合では、女子は着物で、男子も和服だ。
おそらく、簪をしている女子と、帯飾りを下げている男子が婚姻済の神だ。神嫁は見たところ、銀華とこの、菊子だけのようだ。
「でも、銀華――銀華って呼んでいいです?」
「あ、はい」
「うん。私は貴美子でいいよ。銀華は、神嫁のなかでも特別だよね。加護の剣を顕現できるのって、聞いたことないもん」
加護の剣、というのは、銀華に散る火花を引き抜いた剣のことだ。
それらは、土子のお茶会でしか見せたことがなかったのに、ここにいるみなが、銀華と、加護の剣のことを知っているようだった。
「加護の剣……って、なにか特別なんですか?」
「特別っていうか……あれは、この世界を終わらせるものだから、太古の昔に封印された剣なの。だから、それが現代によみがえって、神々は銀華に興味津々」
貴美子が銀華を上から下まで見渡した。
どうやら、銀華は特異中の特異らしい。
この世界を終わらせる、と言っていた。この剣は、そう簡単に顕現させないほうがいいかもしれない。
銀華は気を引き締める。あのお茶会での行動は、うかつだったかもしれない。
銀華は話題をそらす。視線を泳がせながら、貴美子を見る。
「菊子さんと貴美子さんは、どこで出会ったのですか?」
「私? 私たちはね、幼馴染なの」
「幼馴染」
聞けば、菊子は貴美子に遣える側近の家の跡取りだったらしい。
貴美子は金神の跡取りとして、金神のもとで生まれ育った。
厳しい教育にも耐えられたのは、菊子がいたからだと貴美子は笑った。
菊子はずっと貴美子とは話し相手で、菊子に加護が芽生えたのは、十三の時だったのだと聞く。
貴美子が辛で菊子が庚だ。同じ加護を持つもの同士は、殊更惹かれ合う。そして、違う加護同士で惹かれ合うのは、銀華と灰夏のような干合の関係が有名な話だ。
「ずっと、菊子が加護の神嫁だったらいいなって思っていたから、すごくうれしかった」
「そうなんだ……神々って、加護持ち以外にも恋をするのですか?」
「そりゃあ、もちろん。あ、でも、恋はするけど、加護持ちに会うとそっちの方が好きになるらしい。それくらい、加護持ちはえにしが強いっていうか」
そういうものなのか、と銀華は頷く。銀華もまた、確かに灰夏にただならぬ縁を感じているのは確かだった。
でなければ、会って二日で灰夏の屋敷に越してきたり、言われるままにこの会合に通ったり、そもそも契約結婚などしないだろう。
「加護持ち同士の引力は、恋とか愛とか、そういうのじゃないの。運命、って言葉がしっくりくる。私もずっと、貴美子に思いを寄せていたから」
菊子が髪に挿した簪をひとなでした。金色の簪だ。貴美子とお揃いの簪は、ふたりをより一層美しく際立たせる。
「運命、なんですね」
「そう。くっついたら決して離れない。だから、出会った瞬間にそのひとがわかるの。それに、加護持ち同士だから、婚姻するとより加護が強くなる。だから神としても反対はできないの」
最後の言葉は、貴美子自身を無理やり納得させる言葉のように思えた。
女同士の婚姻に、今までどれだけ苦労してきただろう。当主の座だって、女というだけで差別される。
そんな中でも、きっと貴美子にとって菊子は心の支えだったのだろう。銀華に灰夏がいるように。
「わからないことあったら、菊子に聞いて。浮気は許さないけど」
「しないよ。私だって。貴美子のこと大事なんだから」
「もう、うれしい!」
人目もはばからず、菊子と貴美子が唇を合わせた。
銀華はささっと視線を逸らす。すごく積極的で情熱的だ。ふたりとも彫刻のように美しいから、余計に目に毒だった。
「ふたりは……本当に仲が良いんですね」
「だって、同じ金の加護持ちだもん。銀華は衝動にかられないの?」
「衝動、って?」
つまり、人目もはばからずくっつきたい衝動のことだろうか。
銀華はふるふるとかぶりを振った。
今一瞬、灰夏と接吻する自分を想像してしまった自分が憎い。
銀華はいまだ、自分が神嫁になった自覚がない。それは偽りの関係だから尚更。
そもそも、灰夏はなぜ、銀華を神嫁にしたのだろうか。干合の加護持ちの片割れだと言ったって、そんなに強く惹かれるものなのだろうか。
真美子に聞いた話、灰夏は人間不信な部分がある。
「私は……だって私なんか」
「ふうん。銀華って、自分を否定する人間なのね」
「……?」
「たまにいるんだよね。自分に自信が持てなくて、干合や加護持ちへの信頼とかつながりとかまで否定しちゃう人間。灰夏さまも大変だねえ」
貴美子は、歯に衣着せぬものいいが、好感が持てる。裏表のない人間で、銀華は自分もこうなりたいと強く思う。
だが、そんな日が来るとは思えない。
貴美子が言いたいことはつまり、灰夏も本来は、菊子や貴美子のようなことをしたいということだろうか。
……断じてない。灰夏は生真面目で優しくて、銀華の嫌がることはしない。
いや、先だっては額に唇を寄せられたのだった。あれはまだまだ序の口だというのだろうか。
それは置いておくとしても、銀華自身が自己否定気味であることは認めざるを得なかった。
「私も、いつか灰夏さまに見合う人間になりたい」
「お、いいね。銀華その調子」
貴美子と菊子、ふたりの友人ができ、銀華の神嫁の生活は、思ったよりもにぎやかになりそうだ。
三人のやり取りを、真美子が涙ぐんで見守っている。
今日の出来事は、余すところなく灰夏に報告せよと命じられている。
灰夏もこの会合に参加しているが、今は他の神々に捕まり銀華の傍にいられない。
だから真美子は、自分が銀華を守らねばと、決意を新たにするのだった。




