王妃候補生①
大臣から説明された王妃候補生は、わたしも含め、全部で24名。たったいま来たばかりのマゼンタを入れて、すべての王妃候補がここに集結している。
まず、マゼンタは、国で王さまの次に権威を誇る名家、グランドスラム公爵家の一人娘だ。歳は、シアン王と同じ、20歳。大臣や側近のアケルもまた同い年らしい。ベビーピンクのドレスはこれまた凝った装飾がされていて、今回のために用意された特注品だそうだ。マゼンタピンクの瞳が輝いて見えるのは、きっと、彼女の自信の表れなのだろう。悔しいけど美人だし、背筋だってピンと伸びて、仕草も洗練されている。
続いて、チェルシー。チェルシー・ギョクローゼ伯爵令嬢。本人の申告どおり、国じゅうの茶葉を検品・等級分けして販売する独占販売業者の娘だ。歳は22歳。200ヶ国語を操る才女でもある。
リリコことリリコ・ジャマスルネンは、男爵――ではなく、準男爵の家系である。わたしがこの城に来て、初めて言葉を交わした女の子。貧しいながらに、一生懸命、自慢の茶葉を作っている製造業者(現場監督)の娘だ。弟のラルゴと同じ、16歳。あんな捨てセリフを吐いてはいたけれど、声はいいのよね。試しに歌わせてみたら、才能が花開くかも?いや、わたしには関係のない話だけれど。
続いては――。
「おーっほっほ! わたくしの本当の名をお知りになりたいかしら? よろしいわ。聴きなさい、このシュピール王国の迷える子羊たちよ。わたくしこそが、フォルサ・ド・アルセーヌ・ヴィクトワール・エ・ル・グラン・ソレイユ……アルセーヌ大公国の第三王女ですわ!おーっほっほっほ!」
扇子で口元を隠しながら、大袈裟な身振りで答える女。ふんわりと広がるドレスには、大きなアメジストの石が飾られている。なんだこの女は!?
「アルセーヌ大公国……?聞いたことないわ」
「ええと、フォルサ・ド・アルセ……なんて言いまして?長すぎて覚えられませんでしたわ」
令嬢たちが、顔を寄せ合い、口々に言う。
大臣はというと、パタンと台帳を閉じ、呆れたような顔つきをしながら「もう結構です」とだけ言い放った。
女――フォルサは、それでも懲りずに講釈を続ける。
「え?なんですって?もう一度、名乗ったほうがよろしい?わかりましたわ……ようくお聴きになってね。わたくしの名は、フォルサ・ド・アルセ――」
「結構です!!」
大臣が声を荒らげた。
「次からは『フォルサ殿』で統一します。以上」
大臣、明らかに苛立っている。まあ、フォルサのあの振る舞いを見たら無理もないだろうけれど。
「まあ。あなたがた、アルセーヌ大公国をご存知ないの?んまあ……なんて無知なのかしら。『井の中の蛙』とはこのことね」
「カエル!?」
カエル――というワードに飛びついてきたのは、鮮やかな緑色に焦げ茶色のラインが入った、たとえるならアマガエルのようなドレスを着た少女だった。
「わたし、カエルさん、だーいすき!知ってる?カエルさんってね、自分の身体の10倍以上もの高さにジャンプできるの!葉っぱにも、指1本でつかまって身体を引き上げてしまうことだってできるし、カエルさんはすごいんだから!」
「ラナ・パディ嬢、私語は慎むように!」
「はぁい……」
文字通り、カエルのように飛び上がったラナだったが、大臣の冷たいひとことに気圧されて、すぐにおとなしくなった。
そんなラナを慰めるように、隣にいた、別の少女が言う。
「カエルもいいけど、爬虫類だってかわいいよ」
懐から取り出したのはトカゲ。どう見てもトカゲだ。ていうか、それって『慰め』になっているのか?
「さかなもね」
割り入ってきたのは、背の高い、落ち着いた雰囲気の女の子。
「タコ!タコもすごいですー!」
負けじとタコ愛を語るのは、自らの腕2本と、ブリキで作ったらしい人工の腕6本を必死に動かす少女だった。合計8本の腕が、生きたタコの動きのように見える。も、もしかして、この子、こうやってタコの動きを観察して、自らの動きに取り入れてるの……?
「あら。海の王さま、シャチだって負けていないわよ」
今度はシャチか。
「はい!わたしは電車旅が好きです!」
なぜか挙手をして答える少女。別に聞いてないって。
「トマト!うちのトマトは世界一なの!あのね、トマトっていうのは『リコピン』が豊富で、それはもう、栄養たっぷりなんだから!」
「うちの牧場で穫れた、搾りたての牛乳だって、負けないくらいおいしいよ!わたしは、この牛乳を毎日飲んで……」
「でも、あなた、そのわりには小さいじゃない」
「うるさい!まだ14歳だもん!これから、グングン伸びて、いつかあなたを追い越しちゃって……そうよ、2メートル近い巨人にだってなってやるんだから!」
言われてみると、14歳の牛乳少女は小柄で、身長も150センチに満たないのではと思われた。対して、そんな少女に「小さい」と言及した女の子のほうは、すらりと脚が長く、170センチはありそうなほど背が高い。ふたりが並んだら、身長差約20センチのデコボココンビだ。
「2メートル?無理ね。せいぜい、150センチあたりが関の山よ」
「デイジー、その辺にしといたほうが……」
カエル愛のラナ嬢がおとなしくなったと思ったら、誰かが爬虫類愛を語り、別の誰かがさかな愛を語り、また別の誰かがタコ愛を語り始めて、シャチ愛、電車愛、トマト愛、牛乳愛……カオスだ……これはカオスだわ……。
「わたしの、この脚を見なさい!鍛え上げられたこの美脚――身長170センチ、股下78センチ以上、足のサイズは24センチ。この美脚が、たかが牛乳ひとつで作り出せるわけがないでしょう!?」
デイジーと呼ばれた背の高い少女が、自らの美脚を自慢するように、ドレスの裾を持ち上げてみせる。誰かが「はしたない」と呟くのが聞こえた。
「たかが?たかが牛乳って言った?うちの牛さんたちが作ってくれた、おいしい、おいしい、とびきり最高級の牛乳を……たかが牛乳ですって!?許せない!牛さんたちに謝りなさいよ!」
「ふん。どこが。平民がやってる、田舎の牧場でしょう?」
「ぐぬぬ……確かに平民だけど……田舎だけど……でも、味だけは負けないんだから!それに栄養だって!」
「でも、その牛乳を毎日飲んでいたって、そんなに小さいのでしょう?」
「そ、それは、そうだけど……!」
うわ。またなんか変なバトルはじまっちゃったよ。
ふと、チェルシーの様子を窺ったら、彼女はデイジーの美脚を食い入るように見つめながら「あの脚は……いったいどんなトレーニングをしているの……」などと、ぶつぶつ呟いていた。
「静粛に!みなさん、静粛に!」
大臣の声も、おのおの語りたがる『推し活令嬢』たちの前では、あっというまにかき消されてしまう。おとなしくなっていたと思ったラナも、彼女たちの熱に圧されて、いつのまにかカエル愛を再燃させていた。
「カエルさん!カエルさんはね、見た目がかわいいだけじゃなくて、食べてもおいしいの……」
「食べるといえばタコ!タコよりすばらしいものはないですー!」
「あら。それを言うなら、さかなのほうが……」
「トマト!トマト!トマト!」
「うちの牧場の牛乳ーーー!!絶対、ぜったい、どこにも負けないんだから!!」
「わたしの美脚を見なさい!!」
「やっぱり電車旅といえば、わたしのこだわりは、シートの座り心地ね。長時間の旅も多いから、シートの硬さひとつで、おしりが痛くなるのは辛いもの。理想的な硬さといえば……」
「シャチのすごさといえば」
「うちのトカゲ、見てー!」
爬虫類推し少女がふたたび叫んだその瞬間、ドスドスドス……と飛び込んできたのは、なぜか、ホッケーで使う棒状の道具『スティック』を構えた少女だった。腰の位置を低く構え、左右に身体を揺らしながらジグザグに突き進んでくる。
「どいてどいてーーーッ!!」
体当たりされた少女たちの何人かが、その場に尻餅をついた。なんだ。なにが起きてる?
雪のようにふわふわとした毛皮のコートに、なぜか、タヌキのような耳としっぽをつけている小柄な少女が、むくりと起き上がり、両腕を上げてホッケー少女に向き合う。
「いかく!!!」
あ。
その姿を見た瞬間、ピンときた。
以前訪れた国で見たことがある。縄張り意識の強いレッサーパンダが、両腕を上げて、身体を大きく見せる威嚇のポーズだ。それを考えると、このタヌキのような耳も……もしかしたら。つまり。そう、レッサーパンダ推し、だ。
「パンダさんパワーーーッ!!!」
負けじと叫んだのは、白と黒のチャイナドレスに身を包んだ少女。なるほど。こっちはジャイアントパンダか。
「みんな、落ち着いて~~~♪」
仲裁をするかのように叫んだその声の主は、大広間じゅうに声を響き渡らせながら、両腕を広げ、歌うように入ってきた。ていうか、それ、喧嘩の仲裁のつもりなの……?それとも、わざと煽ってるとか?
なんだか、変な人たちばかりだ。これはとんでもないところに来てしまったと、わたしは、今更ながらに痛感していた。
注釈)
“パンダさんパワーーーッ!!! - PANDA-SAN POWER!!!”――[Mei Yamazaki]




