論理と規律の王国
リリコと別れたわたしは、チェルシーと一緒に、お城の大広間に向かう。
チェルシーは(誰かと違って)本物の伯爵令嬢だから、こういう、お城のことだとか、王さまがどんな人で国の雰囲気はどんなだとか、そういった政治的なことにも詳しい。それによると、このシュピール王国というところは『論理』と『規律』を重んじるお堅い国らしかった。
事実、この大広間に向かう廊下でも、すれ違う女官たちの歩幅が、ピタリと寸分違わずに同じ間隔で歩いていた。
思わず、ぎょっとしてしまう。どこまでこの城の人々は徹底しているのか、と。
ほかにも、壁に飾られた絵画が1ミリのズレもなく整然と並んでいるのを見ると、こういう、ちょっとしたミスさえも許されないんだろうな、と少し気の毒にもなってきた。
「先代の王さまが生きていらしたころは、まだ、こんなにガチガチではなかったの。でも、王さまが亡くなられて……それからは『規律』がどんどんと厳しくなっていったわ。いまの大臣は特に『規律』を重んじる人だからね。あの子のお父さまがそういう人だったの。それでも、先代王がいたころは、先代の大臣とも平等に渡り合っているように見えた。譲れるところは譲り、だけど、芯のところは、決して譲らない。そういうところが、きっと国民にも愛されていたのだと思うわ。でも……でも、いまの王さまは」
チェルシーの言い方だと、いまの王が随分と不甲斐ないように思える。若い王さまだから(実際、チェルシーより2歳も年下だ)そう思うのもしかたないのかもしれないけれど。
「彼は……、『気弱』という言葉で片づけるには少々おふざけが過ぎるわね。王子だったころから知っているけれど、あの子は、なにをするにも奥手で、いつも大臣の影に隠れてばかりいたの。大臣――マグニフィセント・リーフという男とは幼馴染で、いや、だからこそ、彼を頼り切っているのかもしれないわ。とにかくそういう子なの。リーフ大臣が『YES』と言えば、彼もそう言う。そういう関係なのよ。本当は、こういうの、逆じゃないかって思うんでしょうけれど」
今回の『王妃選び』も、実は、大臣の発案だという。一国の王が『未婚』では示しがつかない。シュピール王国というところにふさわしい、良識を備えた妻を娶るべきだと。候補の対象を国じゅうの娘にまで広げたのは、もしかしたら、平民や外国籍の娘のなかにもふさわしい娘がいるかもしれないから。すべては『論理』と『規律』。国風を守ってくれる娘であれば、彼は、たとえ平民だって構わないと思っているのだ。
バルコニーの上でファンファーレが鳴り、奥から、高貴な紫の衣装に身を包んだ若い男性が姿を現す。理知的な、冷たい雰囲気を醸し出す男だ。一瞬の隙も与えさせない。もしかして、彼がリーフ大臣?
彼は、一歩前に出て、わたしたちの顔をひとりひとり見回すと、開口一番にこう告げた。
「えー、今日は、お忙しいなか、お集まりいただいてありがとうございます。あなたがたは先日我々の行った『厳しい書類審査』を通り抜けてやってこられた、大変優秀な方々だと信じております。これから、みなさまには、さらなる『試練』をくぐり抜けて、たったひとりの『王妃』の座を目指していただくことになるわけですが……」
会場内が一瞬にしてざわめく。書類審査なんて聞いてない。召喚状のことだって寝耳に水だったのに、まさか、それ以前にも篩に掛けられていたなんて。それで、篩に掛けられて、審査を通ったのがわたしたち?バカにしている。
「あのかたが大臣よ。きっと、書類審査のことも彼が言い出したんだわ。王さまったら、こんなときでも大臣任せなのね」
隣でチェルシーが補足してくれる。
そういえば、王はどこ?どうして出てこないの?
「集まっていただいたのは全部で24名――我が国が誇るご令嬢たちはもちろん、平民のお嬢さんがたも、海外から一時的に我が国へご滞在の方々も平等に選ばせていただきました。ああ。そう。私の自己紹介がまだでしたね。私は、マグニフィセント・リーフ。この国の筆頭大臣を務めております」
ヒットウダイジン。聞いたことのない言葉だ。でも、かなり偉い人なんだってことは、聞かなくてもわかる。
「あなたがたには、まず――」
大臣がそう言いかけたところで、大広間の入口に面したドアが、慌ただしく開いた。みな、一斉に音のしたほうを振り返る。そこに立っていたのは、炎のように赤く染まった、いかにも身分の高そうな家に仕えている風の、立派な従者の服を着た若者だった。
大臣が、懐から懐中時計を取り出して眉をひそめる。
「1分21秒の遅刻ですよ」
「すみません。道が混んでいて……」
大臣は険しい顔をしたが、続いてドアから入ってきた顔を見ると、一瞬にして頬を緩めた。
「これはこれは。グランドスラム公爵家のマゼンタお嬢さま。お待ちしておりました。ささ、どうぞこちらへ」
マゼンタと呼ばれた若い娘は、大臣に促されるままに、まっすぐ最前のポジションへと歩いて行った。ハッと息をのむほどの美貌。ピンと伸びた背筋からは、その自信の表れを感じさせる。一目見て、タダものではない、と感じた。
「マゼンタさまは、この国で、王さまに次ぐ権威を誇る名家の一人娘なの。隣にいらっしゃるのは、側近のアケルさまね」
チェルシーがこっそり耳打ちして教えてくれる。
「大臣も、あの人には弱いんだ」
「そりゃあね。下手に嫌われるようなことしたら、自分の身が危うくなるかもしれないからね」
むむ。グランドスラム公爵。なんておそろしい奴。
「だからおっしゃいましたのに。あの馬車では、馬力が弱すぎると……」
「だって、あの馬車、揺れるんだもの」
「ですけど、マゼンタさま……そのせいで大事な『王妃選び』の席に、遅刻しては意味がないのではありませんか?」
マゼンタとアケルが揉めている。なに。なんだ?
「でも、あの人、許してくれたじゃない。わたしが入っていったら、スッと通してくれたわよ?」
「それはですね、お嬢さま」
ひとこと口を開いたマゼンタの姿は、第一印象の、圧倒的な美貌で周囲を黙らせていたときとはまた違う印象を受けた。ピンと伸びた背筋はそのままでも、中身は随分と子どもっぽい。
「マゼンタさまは公爵の秘蔵っ子なの。一人娘だから、それもしかたないわね」
チェルシーが横で解説してくれる。ふむ。なるほど。つまり、甘えに甘やかされて育った生粋のお嬢さまということか。生まれたての赤ん坊の肌のような色。優しい色合いが、甘えたがりな彼女のイメージにはよく似合う。
「……みっともないわね」
誰かが、これ見よがしに、冷たく言い放つのが聞こえた。
誰?
そう思って振り向いたけど誰もいなくて。いったい誰だったのだろう。マゼンタはマゼンタで、そんな言葉など聞こえなかったように、側近のアケルとぶつくさ言い合っている。
「では、みなさんお揃いですね?これからご説明させていただきたいのは――」
大臣が口を開いたところで、ふたたび、邪魔が入った。今度はなんだと思ったら、彼の背後に、でっぷりと太ったサビ猫を抱いた、品のいい感じの美しい女性が立っている。いま、ここに揃っている『王妃候補生』たちと比べても、ひと際豪華なドレスだ。緩やかにウェーブを描いた栗色の髪に、淡いラベンダー色のドレスがとてもよく似合っていた。
「大臣。ちょっといいかしら」
「もちろんでございます、王太后陛下」
大臣が一歩下がって、彼女――王太后陛下が話すのを見守る。王太后。つまり、いまの王さまの母親ってことだ。
「あなたがたがとても優秀なかたたちだと言うことは、ここにいる大臣から聞いています。全部で24名。でも、規律に厳しい我が国で『王妃』の座に就けるのはたったのひとりと決まっていますから、あなたがたは、これから熾烈な試験に臨まねばなりません。辛くなるときもあるでしょう。諦めよう、と思うときも来るでしょう。ですが、優秀なあなたがたなら、きっと大丈夫だと信じています。どなたが選ばれるのかはわたくしには分かりかねますが、見事、難しい試験をくぐり抜けて『王妃』となったかたには……この、シュピール家王室が誇る、家宝のネックレスを授けると約束しましょう」
王太后さまは、そう言うと、傍らに控えていた女官に合図して、件のネックレスを持ってこさせた。重厚なデザインのレリーフに、明るく光るペリドットの石が埋め込まれている。ざわめく王妃候補たちの声に交じって、あれがあの宝か、という声が聞こえた。
「ところで……、国王陛下は?」
「シアンなら庭で見かけたわ。あとで来るように、と言っておいたから、もうすぐ来るんじゃないかしら」
どうやら、そのシアンというのが国王のことらしい。自分のお妃選びをするってときに、まったくなにやってんだか。自分の結婚相手が誰か気にならないの?
国が国なら、王さまも王さまだ。
入国した以上『王命』に背くわけにはいかないが、どうにか、試験をうまく切り上げて早いとこ家に帰ろうと思う。わたしにはピアノがある。ピアノを弾かせてくれる家族も、弾かせてくれる場所も。




