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Vivace! ―旅芸人の娘と、調べの止まった王国の物語―  作者: ゆかれっと
◆第1章「招かれざる娘」

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4/6

城へ

 お城には、既に、国じゅうのお嬢さまたちが集まってきていて、中には、顔を寄せ合って談笑している子もいたりした。庭の端には、1匹、2匹…とそれぞれ違う種類の猫が顔を覗かせている。全部で何匹いるんだろう。これだけ広いお城なら『猫の城』なんて呼ばれていたりして?


「デカい城だなぁ……」


 整然と隙間なく並べられたレンガ造りの城を前にして、わたしが思ったのは、ただひとこと。これからどんなおそろしいことが待ち受けているかも、このときは予想もしていなかった。


「え、っと……確か……手紙に書いてあった場所は……」


 カバンから例の手紙を出そうとしてハッとする。なにかがおかしい。じっと目を凝らすと、そこには、不自然に見える光の反射――極々細いピアノ線が、ピンと張った糸のように、足元に張り巡らされていた。


(こんなもの。いったい、誰が……?)


 疑問に思ったのと、声を掛けられたのは、ほぼ同時だった。


「ねえ。あなたも『王妃候補』として呼ばれてきたの?」

 声帯からキャンディが出ているかのような、甘い声に惹かれて振り向く。そこには、声で聴いたイメージどおりの、かわいらしい女の子が立っていた。マシュマロのように白い肌。頬は赤く染まって、黒っぽい髪が『白雪姫』を思わせる。背は、わたしよりも10センチくらい小さくて、150センチくらいかしら。桃の花のような、鮮やかなピンク色のドレスがまた、彼女の可憐さを演出していた。

「わたしはリリコ。リリコ・ジャマスルネンよ。としは16歳。実家は、茶葉の製造に携わっている、男爵一家の娘なの」

 16歳というと、ラルゴと同い年だ。

「わたしは、ヴィヴァーチェ・スフォルツァート。旅芸人一座でピアノを弾いているの。実は、この国にも、つい最近来たばかりで……」

「ピアノ!?ピアノが弾けるの?」

 リリコは、目を丸くして言う。そんなに珍しいのかな。

 いままで渡ってきた国でもピアノが弾ける人はそれなりにいたし、中には、令嬢たちのたしなみとしている国もあって、特段、珍しいことではないと思っていたのだけれど。

「すごいじゃない!ピアノが弾けるなんて!今度、わたしの前でも弾いてみせて!」

「そ、そう……かな……?」

 そこに、ふと、この和やかな空気を切り裂くように、凛とした声が響き渡る。

Comment(ごきげ) fai()tes-()vous.()

 ハッとして振り向くと、そこに立っていたのは、気品あふれる紫のドレスを着た女性だった。装飾のひとつひとつにもこだわっていて、わたしやリリコのそれよりもずっと立派だ。

「あなた、見ない顔ね?もしかして、大臣からの手紙に呼ばれてきた……」

「はい。ヴィヴァーチェ・スフォルツァートといいます。旅芸人一座で、ピアノを弾いているだけの、しがない外国人ですが」

「そう。ヴィヴァーチェね。わたしは、チェルシーよ。みんなはチェルって呼ぶことが多いわ。国じゅうの茶葉を検品・等級分けして独占販売している、ギョクローゼ伯爵の娘なの。歳は22歳よ」

 わたしより、3歳も年上だ。背は、わたしのほうが少しだけ高いけれど。

「外国人といったけど、ハロ語がうまいのね。もし、ほかの言語のほうが話しやすいというなら、別の言語で話してもいいけれど。わたしは200ヶ国語を覚えているから、比較的、どの言語にも対応できると思うわ」

 200ヶ国!!!

 なにそれ。普通にそっちのほうがすごいじゃん。わたしのピアノなんて、どこにでもある特技だし。バイリン……トリ……いや、この場合何リンガルっていうんだ?200ヶ国語なんて相当の数だ。きっと、並大抵じゃない努力をしてきたのだろう。

「いえ。ハロ語は、ほかの国でも比較的使用頻度の高い言語ですから、問題ありません。わたしが生まれ育った国でもそうでした」

「そうなの。なら、このまま行かせてもらうわね」

 チェルシーは頷いたあと、ふと、わたしの後ろに目をやり、すっかり放置されていたリリコの姿に気が付いた。

「あら、誰かと思えば、ジャマスルネン()男爵令嬢の、リリコさまじゃない。あなたもいらしてたの?」

「準男爵?」

 確か、リリコは『男爵』の娘だと名乗っていなかったか。そう。確かに、『男爵一家の娘』だと、そう言っていた。ジャマスルネンなんて変わった名前だな、と思いながら、そうだ、東洋のある国を訪れたときに『男爵』という名のじゃがいもを食べたのだ。おいしかった。て、いや、そうじゃなくて。

「リリコさんは、()()のお嬢さまじゃないんですか?」

 チェルシーは、首を真横に振る。

「違うわ。準男爵よ。公・侯・伯・子・男――貴族の称号である『爵位』の序列だけれど、その下に、準男爵というのがあるの。『爵』とついてはいるけれど、厳密には、貴族とはされていないわ。貴族のように、子孫に継がせることもできるけれど、これは特別な叙爵位じょしゃくいというやつで、うちのような、伯爵や子爵といった称号とはまた別物なの」

 え。じゃあ、つまり、この子は……。

「平民ってことですか?」

 信じられない。さっきまで、いかにも『貴族のお嬢さま』みたいな感じで喋ってたのに。ふと隣を見ると、リリコはもともと血色のいい頬をさらに赤く染め、拳を握って、わなわなと震えていた。

「あなた……、随分とはっきり言うのね」

「え。いや。だって。わかりにくかったし」

「まあ。いいんだけど。それより――」

 チェルシーは、わたしからリリコのほうに視線を移して、険しい表情で言う。

「まさか、あなたがここに来ているなんてね。てっきり、断ったのかと思ったわ。少なくとも、わたしがあなただったら、丁重にお断りするわね。だって、あなたは」

「どうしてですか?大臣からの手紙には『国じゅうの未婚の娘』と書かれていたはずです。国籍も、生まれも問わない。要は、平民であっても構わないってことです。現に、ここにいるヴィヴァーチェは……」

 リリコがこちらを見る。な、なによ。それって、わたしが『平民代表』ってこと!?品行方正の欠片もない、粗野な外国人だって、そう言いたいの!?

「ちょっと」

 わたしが口を挟む前に、チェルシーが言った。

「そうね、そうだったわね。でも、あなたはちょっと違うんじゃないかしら。ああ、そうだ……ヴィヴァーチェ、あなたはご存知じゃなかったわね。せっかくだから教えてあげる。ジャマスルネン準男爵家といえば、うち、ギョクローゼ伯爵家が営む製茶販売業と取引がある家のなかでも、群を抜いて、粗悪な茶葉を作っている製造業者の家よ。あまりに粗悪だから、値段をつけるのも申し訳なくって、そろそろ取引をお断りしようかと考えているの」

「なっ。うちの茶葉のどこが『粗悪品』なのよ!?」

 リリコが顔を真っ赤にする。一方、チェルシーは顔色ひとつ変えずに、しかも悪気もなさそうに言った。

「あら。でも本当のことでしょう?」

「お父さんが丹精込めて作ったお茶を……なんてこと言うの!許せない!」

「お、落ち着いて?リリコさん……」

 さすがに、ちょっと可哀想になって、止めに入る。

「これで落ち着いていられるわけないわ!」

「うん。わかった。でも、ここで争うのはあまりにも無意味よ。わたしたちは、王さまの『お妃選び』のためにここへ来た。茶葉がどうとかって争っている場合じゃないと思うの」

「あなた……」

 リリコはまだ何か言いたそうにしていたが、わたしは続けた。

「それとも、あなた、ここで無駄な争いを繰り広げて、本題の『王妃選び』には参加せずに帰るつもり?それなら、それでいいけど。別に、わたしには関係のないことだから」

 リリコは唇を噛み、それから、意を決したように言った。

「……わかったわよ。お父さんの茶葉のことは、この際、脇に置いておくわ。でも!」

「でも?」

「無事に『王妃選び』が終了して、わたしが『王妃』に選ばれた暁には、見ていなさいよ!?あんたたちをコテンパンにしてやるから。絶対に、タダじゃおかない!!」

 リリコはそう言うと、きびすを返して、城の向こうへ走り去っていった。

 残されたわたしたちは思わず顔を見合わせる。

 チェルシーは、困ったような顔で、リリコの去っていったほうを見つめた。

「なんていうか……、まあ、まだ16歳だものね。見栄を張りたいお年頃なんでしょう。ちょっと、悪いことしちゃったかしら」

 そういう彼女の顔には、悪いことをした、という自覚など1ミリも見られなかった。

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