城へ
お城には、既に、国じゅうのお嬢さまたちが集まってきていて、中には、顔を寄せ合って談笑している子もいたりした。庭の端には、1匹、2匹…とそれぞれ違う種類の猫が顔を覗かせている。全部で何匹いるんだろう。これだけ広いお城なら『猫の城』なんて呼ばれていたりして?
「デカい城だなぁ……」
整然と隙間なく並べられたレンガ造りの城を前にして、わたしが思ったのは、ただひとこと。これからどんなおそろしいことが待ち受けているかも、このときは予想もしていなかった。
「え、っと……確か……手紙に書いてあった場所は……」
カバンから例の手紙を出そうとしてハッとする。なにかがおかしい。じっと目を凝らすと、そこには、不自然に見える光の反射――極々細いピアノ線が、ピンと張った糸のように、足元に張り巡らされていた。
(こんなもの。いったい、誰が……?)
疑問に思ったのと、声を掛けられたのは、ほぼ同時だった。
「ねえ。あなたも『王妃候補』として呼ばれてきたの?」
声帯からキャンディが出ているかのような、甘い声に惹かれて振り向く。そこには、声で聴いたイメージどおりの、かわいらしい女の子が立っていた。マシュマロのように白い肌。頬は赤く染まって、黒っぽい髪が『白雪姫』を思わせる。背は、わたしよりも10センチくらい小さくて、150センチくらいかしら。桃の花のような、鮮やかなピンク色のドレスがまた、彼女の可憐さを演出していた。
「わたしはリリコ。リリコ・ジャマスルネンよ。歳は16歳。実家は、茶葉の製造に携わっている、男爵一家の娘なの」
16歳というと、ラルゴと同い年だ。
「わたしは、ヴィヴァーチェ・スフォルツァート。旅芸人一座でピアノを弾いているの。実は、この国にも、つい最近来たばかりで……」
「ピアノ!?ピアノが弾けるの?」
リリコは、目を丸くして言う。そんなに珍しいのかな。
いままで渡ってきた国でもピアノが弾ける人はそれなりにいたし、中には、令嬢たちの嗜みとしている国もあって、特段、珍しいことではないと思っていたのだけれど。
「すごいじゃない!ピアノが弾けるなんて!今度、わたしの前でも弾いてみせて!」
「そ、そう……かな……?」
そこに、ふと、この和やかな空気を切り裂くように、凛とした声が響き渡る。
「Comment faites-vous.」
ハッとして振り向くと、そこに立っていたのは、気品あふれる紫のドレスを着た女性だった。装飾のひとつひとつにもこだわっていて、わたしやリリコのそれよりもずっと立派だ。
「あなた、見ない顔ね?もしかして、大臣からの手紙に呼ばれてきた……」
「はい。ヴィヴァーチェ・スフォルツァートといいます。旅芸人一座で、ピアノを弾いているだけの、しがない外国人ですが」
「そう。ヴィヴァーチェね。わたしは、チェルシーよ。みんなはチェルって呼ぶことが多いわ。国じゅうの茶葉を検品・等級分けして独占販売している、ギョクローゼ伯爵の娘なの。歳は22歳よ」
わたしより、3歳も年上だ。背は、わたしのほうが少しだけ高いけれど。
「外国人といったけど、ハロ語がうまいのね。もし、ほかの言語のほうが話しやすいというなら、別の言語で話してもいいけれど。わたしは200ヶ国語を覚えているから、比較的、どの言語にも対応できると思うわ」
200ヶ国!!!
なにそれ。普通にそっちのほうがすごいじゃん。わたしのピアノなんて、どこにでもある特技だし。バイリン……トリ……いや、この場合何リンガルっていうんだ?200ヶ国語なんて相当の数だ。きっと、並大抵じゃない努力をしてきたのだろう。
「いえ。ハロ語は、ほかの国でも比較的使用頻度の高い言語ですから、問題ありません。わたしが生まれ育った国でもそうでした」
「そうなの。なら、このまま行かせてもらうわね」
チェルシーは頷いたあと、ふと、わたしの後ろに目をやり、すっかり放置されていたリリコの姿に気が付いた。
「あら、誰かと思えば、ジャマスルネン準男爵令嬢の、リリコさまじゃない。あなたもいらしてたの?」
「準男爵?」
確か、リリコは『男爵』の娘だと名乗っていなかったか。そう。確かに、『男爵一家の娘』だと、そう言っていた。ジャマスルネンなんて変わった名前だな、と思いながら、そうだ、東洋のある国を訪れたときに『男爵』という名のじゃがいもを食べたのだ。おいしかった。て、いや、そうじゃなくて。
「リリコさんは、男爵のお嬢さまじゃないんですか?」
チェルシーは、首を真横に振る。
「違うわ。準男爵よ。公・侯・伯・子・男――貴族の称号である『爵位』の序列だけれど、その下に、準男爵というのがあるの。『爵』とついてはいるけれど、厳密には、貴族とはされていないわ。貴族のように、子孫に継がせることもできるけれど、これは特別な叙爵位というやつで、うちのような、伯爵や子爵といった称号とはまた別物なの」
え。じゃあ、つまり、この子は……。
「平民ってことですか?」
信じられない。さっきまで、いかにも『貴族のお嬢さま』みたいな感じで喋ってたのに。ふと隣を見ると、リリコはもともと血色のいい頬をさらに赤く染め、拳を握って、わなわなと震えていた。
「あなた……、随分とはっきり言うのね」
「え。いや。だって。わかりにくかったし」
「まあ。いいんだけど。それより――」
チェルシーは、わたしからリリコのほうに視線を移して、険しい表情で言う。
「まさか、あなたがここに来ているなんてね。てっきり、断ったのかと思ったわ。少なくとも、わたしがあなただったら、丁重にお断りするわね。だって、あなたは」
「どうしてですか?大臣からの手紙には『国じゅうの未婚の娘』と書かれていたはずです。国籍も、生まれも問わない。要は、平民であっても構わないってことです。現に、ここにいるヴィヴァーチェは……」
リリコがこちらを見る。な、なによ。それって、わたしが『平民代表』ってこと!?品行方正の欠片もない、粗野な外国人だって、そう言いたいの!?
「ちょっと」
わたしが口を挟む前に、チェルシーが言った。
「そうね、そうだったわね。でも、あなたはちょっと違うんじゃないかしら。ああ、そうだ……ヴィヴァーチェ、あなたはご存知じゃなかったわね。せっかくだから教えてあげる。ジャマスルネン準男爵家といえば、うち、ギョクローゼ伯爵家が営む製茶販売業と取引がある家のなかでも、群を抜いて、粗悪な茶葉を作っている製造業者の家よ。あまりに粗悪だから、値段をつけるのも申し訳なくって、そろそろ取引をお断りしようかと考えているの」
「なっ。うちの茶葉のどこが『粗悪品』なのよ!?」
リリコが顔を真っ赤にする。一方、チェルシーは顔色ひとつ変えずに、しかも悪気もなさそうに言った。
「あら。でも本当のことでしょう?」
「お父さんが丹精込めて作ったお茶を……なんてこと言うの!許せない!」
「お、落ち着いて?リリコさん……」
さすがに、ちょっと可哀想になって、止めに入る。
「これで落ち着いていられるわけないわ!」
「うん。わかった。でも、ここで争うのはあまりにも無意味よ。わたしたちは、王さまの『お妃選び』のためにここへ来た。茶葉がどうとかって争っている場合じゃないと思うの」
「あなた……」
リリコはまだ何か言いたそうにしていたが、わたしは続けた。
「それとも、あなた、ここで無駄な争いを繰り広げて、本題の『王妃選び』には参加せずに帰るつもり?それなら、それでいいけど。別に、わたしには関係のないことだから」
リリコは唇を噛み、それから、意を決したように言った。
「……わかったわよ。お父さんの茶葉のことは、この際、脇に置いておくわ。でも!」
「でも?」
「無事に『王妃選び』が終了して、わたしが『王妃』に選ばれた暁には、見ていなさいよ!?あんたたちをコテンパンにしてやるから。絶対に、タダじゃおかない!!」
リリコはそう言うと、踵を返して、城の向こうへ走り去っていった。
残されたわたしたちは思わず顔を見合わせる。
チェルシーは、困ったような顔で、リリコの去っていったほうを見つめた。
「なんていうか……、まあ、まだ16歳だものね。見栄を張りたいお年頃なんでしょう。ちょっと、悪いことしちゃったかしら」
そういう彼女の顔には、悪いことをした、という自覚など1ミリも見られなかった。




