召喚状
どうしてこんなことになってしまったのか。
わたしは、ただ、ピアノが弾きたかっただけなのだ。
チェロ弾きの父とフルート吹きの母の長女として生まれて、3歳からピアノを習い始めたわたしは、旅芸人一座「スフォルツァート一座」の看板娘として、両親とともに世界を渡ってきた。3年後に生まれた弟はバイオリンを身に着けて、わたしたちは、いまも世界各地を転々としている。
そんなわたしたちが新たに『主戦場』と決めた地は、齢二十の若き王が統べる国――シュピール王国だった。
王には妃がいない。婚約者と呼ばれる女性もいない。
それならそれでいいじゃん、と平民で外国人のわたしは思うけれど、王室的にはそうもいかないらしい。それで、妃を募集しよう、ということになったのだそうだ。どこから募集するのかって、そりゃあ、もう、国じゅうから、だ。周辺諸国にも声をかけているっていう噂もある。国じゅうの令嬢たちが、王妃の座をかけて我こそはとやってくるのだ。まるでシンデレラのお話みたい。ガラスの靴を履いていたら選ばれて、12時の鐘がなったら帰っていくのかしら。どちらにしても、わたしには関係のないことだと高をくくっていた。
思えば、それが間違いだった。
妃候補になり得る条件は、ただひとつ、『未婚の娘』であること。国籍は問わない。つまりは外国人の旅行者でもオッケーってこと。で、どこから調べてきたのか、王室のヒトは、わたしが外国から短期滞在でこの国にやってきている、未婚の娘だってこともしっかりと調べ上げていた。それで、いま、我が家には、わたし宛の『召喚状』が来ている。おそらくはそのお偉いさんが書いたのであろう、達筆な字を添えて。美しすぎて、それはもう、定規で引いたかのように一寸の乱れもない文字だった。
「あれ。姉ちゃん、なに、その手紙」
「ラルゴ」
手紙を見つめて険しい顔をするわたしに、声をかけてきたのは、弟のラルゴだった。
「バイオリンの練習はもう終わったの?父さんが特訓するって言ってたじゃない」
「そんなもん、とっくに終わったよ。それより姉ちゃん、手紙は?」
「ああ。これ……」
なんでもないの、と言いかけて、すぐに言い直す。聡い子だ、きっと誤魔化したって勘付いてしまうだろう。
「王さまからの『ご命令』なんだって。国に住んでいる未婚の娘は、国籍問わず、この若い王さまの『花嫁候補』になるんですってよ。まったくバカげてるわ」
「へえ」
ラルゴの瞳が、興味深そうに輝く。まさか。この視線は。
「わ、悪いけど、行かないわよ。わたしは王さまの結婚相手になるつもりはない。どうせ、興行が済んだら次の国に行くつもりなんだし、第一、会ったこともない人のお嫁さんなんて……」
「面白そうじゃん」
わたしが最後まで言い切る前に、ラルゴは言った。まったく。この子は……姉の人生がかかっているかもしれない問題に、なんてこと言うの。
「いいじゃん。行ってきなよ。『選ばれるかわからない』ってことなら、別に、選ばれなくたっていいんだし。オレたちのような外国人が、お城に入れる機会も、そうそうないだろ?むしろ、いい機会だと思って、ちょっと覗いてくれば?」
「そんな簡単に……」
確かに、外国人がお城に呼ばれる可能性は、これから先もあるかどうかわからない。せっかく、若い王が『王妃選び』を理由に外国人や平民を含むすべての若い女性たちをお城に呼ぼうとしてくれているのだから、むしろ、行かなければ失礼のような気がしてきた。
「それに、一座のことだったら、姉ちゃんがいなくたって、オレが守っていくから心配いらないよ」
歯をむき出しにしてニイッと笑う。こんな弟の頼もしい発言も、非常時でなかったら素直に喜べていたのだろうけれど。いまはただ『行くしかない』としか思えなかった。
重たい足を引きずりながら、お城に向かう。
手紙には『ドレスコード』の指定があった。なんたって王妃選びを目的としているのだから、当然と言えば当然だ。指定では『フォーマルなドレス』となっていて、素材だとか、どこで買ったとか、そういったものは問わないと書かれていた。
わたしは、いつも興行で使っているドレスのなかから、一番のお気に入りのドレスを探して選び、それを着ていくことにした。大地に萌える木々のような、明るい緑色のドレス。わたしの瞳の色にもぴったりと合うドレスだ。
街に出て、乗り合いの馬車に乗り込みながら、お城へと向かう。
きっと、こんな風に、ほかの乗客にもみくちゃにされながら向かっている王妃候補もいないだろうな……と思いながら。




