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嫁に浮気されたら、大学時代に戻ってきました!  作者: 万和彁了
シーズン・3 願いと祈りと分かち合いと

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第84話 勝ち逃げなんて許さない

デットボールを食らった葉桐は病院に運ばれた。ただ救護員の反応を見るに、たいそうなケガはどうやらしていないらしい。あいつは運動神経がいいので、ボールが頭に当たったときにうまく衝撃を逃がしていたはずだ。まんまとあいつには勝ち逃げされたわけだ。今給黎と葉桐の五十嵐をめぐるバトルはこうしておじゃんとなったわけだ。だけど試合自体はまだ終わっていない。デットボールを投げたピッチャーは退場となったが、試合自体は続行されることになった。ただ衝撃が大きいので、いったん臨時の休憩時間が設けられることになった。


「…さてこれからどうすればいいのだろうか…?葉桐君がいなくなって、こちらには優れたピッチャーはいなくなってしまった。紅葉監督…手はあるか?」


 部長の京極先輩からは焦りを感じる。この試合には優勝がかかっているのだ。葉桐の脱落によって、その願いは一気に遠ざかった。なんだかんだと言ってチームの勝利に葉桐は良くも悪くも貢献していたのだ。


「大丈夫です。こんなこともあろうかと、控えのピッチャーは用意してあります…くくく、あーははははは!!」


 妖し気にメガネを光らせて、楪は高笑いを上げる。まるで漫画のマットサイエンティストそのものだ。楪は俺のことを指さし、高らかに宣言する。


「ピッチャー交代!!カナタさん!!出番ですよ!!」


「まさか俺がピッチャーできるとは思ってなかったよ」


 俺が葉桐の代わりにピッチャーに指名された。京極先輩はどことなく不安そうな目で俺を見ている。


「確かに君は剛速球の持ち主だが。ピッチングの練習時間はなかっただろう。大丈夫なのか?」


 先輩の不安はもっともだろう。だがそれに対して綾城が笑顔で答える。


「それなら問題ないですわ。実はあたしと常盤は大学の休み時間中に密かにピッチングの練習をしていたんです。ちゃんと変化球も仕込んでおきました。大丈夫です」


 そうなのである。可能な限り綾城と俺はピッチングの練習をしていた。綾城から各種変化球の投げ方も教わった。


「え?!あの160kmの超速球を女の子の君がキャッチしてたのか?!そっちの方が驚きなんだが!!」


「ええ、このあたしもさすがにキャッチャーは疲れました。それにミットをつけなきゃいけないからつけ爪もできなかったし、散々でしたね。うふふ」


 最初は俺も戸惑ったのだが、この女160kmの球を平気でキャッチするのだ。まじでハイスペック女子である。


「これで勝負に出れますね。ではカナタさん、休憩時間中に京極先輩とピッチングの練習をお願いします」


「わかった。先輩。よろしくお願いします」


「ああ、こちらこそ頼むよ!」


 俺と先輩は拳を重ねる。そしてピッチングの練習を始めたのである。












***ガラスの靴を届けに来たのは…いったい誰なのか?***












 宙翔の頭にボールがぶつかって倒れたときに、私はその場にへなへなと腰を落としてしまった。そばで一緒にチアってた友恵はすぐに宙翔のもとへと走っていったのに、私はここでぼーっとここで震えていることしかできなかった。


「大丈夫だよ。君の幼馴染は抜け目のない男だ。きっと大したことないよ」


 美魁は私の肩を抱いてそばで慰めてくれている。だけど私は…私は別に宙翔の心配はしていなかった。彼がこの世界からいなくなった後のことを考えて恐ろしくなっただけ。それは本当に恐ろしい想像だった。宙翔がいない世界でどうやって私は罪と向かい合えばいいんだろう。それに今ここで宙翔がもし死んじゃったら、それって私のせいなんじゃないだろうか?それを考えるとこわい。罪がまた増える。罰はもっと重くなる。そんなの嫌だ。どうせ結末は変わらないのに、その過程がもっと重くなるなんて耐えがたい苦痛に違いない。宙翔にいなくなられては困るの。すごくすごく困っちゃう。だからかな。自然と声が漏れてしまった。


「…なんで私ばっかり…?」


「ん?今何か言った?」


 美魁が首を傾げていた。彼女は優し気に私の頭を撫でてくれた。


「大丈夫。大丈夫だから」


「そうかな?」


「そうだよ。彼なら大丈夫」


「そうは思えないよ…。宙翔がいないと常盤くんはきっと私に巻き込まれちゃう…ああっ…やだよ…そんなの嫌なのにぃ…」


「え?なんでカナタ君?…ねぇ五十嵐さん…君は…いったい何に震えてるの?」


 もうおしまいなのかな?常盤君に最後まで私を見ていてほしかった。だけど宙翔がいないんなら、常盤くんだって私に巻き込まれちゃう。怖いよ。すごく怖い。さっきまで彼にどこか遠くに攫われちゃうことを楽しみにしていたのに…。こんな形で潰されるなんて…いやだよ…。


「あら、ごめんあそばせ!ちょっといいかしら?」


 快活に響く声が頭の上から響いてきた。顔を上げると日の光に輝く金色の髪の毛が見えた。


「綾城さん…?なんで私のところに?」


 綾城さんは私を蒼い瞳で楽し気に見詰めていた。その視線はどことなく妖艶でいて挑発的に見える。


「ちょっとあなたを誘いに来たの。常盤が葉桐に代わってピッチャーになることになったわ。どう?一緒に激励に行かない?図太いあいつだってこういう時はプレッシャーを覚えるでしょう。だからやっぱりこういう時は可愛い女の子に励まされたら嬉しいと思うのよ。どうかしら?」


 とっても場違いなお誘いだと思った。そして同時に常盤くんがピッチャーをやると聞いて嬉しいと思う自分が酷く情けないと思った。そして何よりも宙翔が倒れたのに、常盤くんのところに行くなんて許せない。綾城さんはずるい女の子なんだ。私がこんなに沈んでるのに、常盤くんのそばにいようとするなんて…。ズルだよ。


「そんなの不謹慎だよ。だって宙翔が倒れてるのに…」


 私はその提案を断った。だってそれはきっとよくないことだもの。そんな悪いことできない。私はもう悪いことはしたくないから。


「じゃあ今から葉桐のお見舞いに行く?安心して。あたしが一緒についていってあげるわ。どうかしら?それならあなたも安心じゃない?ねぇ?」


 その申し出に私は即答できなかった。だってそんなことしたら、常盤くんのそばにきっともういられなくなる。これからきっと常盤くんは大活躍する。それなのに、そんなときに、宙翔のところにいたら、きっと今度会ったときに違うのって言ってももう信じてくれなくなっちゃう。


「そんなの違う。違うの。綾城さん。やめて。何も言わないでよ…やめて。やめて…」


「ああ。やっぱりあなたはそうなのね。歪んでる。何も選ばないことを選んで逃げ切るつもりなのね。全部あやふやにしてぐちゃぐちゃにして誤魔化し続けて見逃されたいのね。そうね。いいわ。ならばあたしからの提案は忘れて頂戴」


 綾城さんはどことなく悲しそうな目で私を見ている。だけどすぐにその優しい気配は消えて、いつもの挑発的で快活で何よりも可愛い笑顔を浮かべた。


「聞いて。あたしはこれから常盤のところに行ってくるわね」


「え?常盤くんのところ?」


「そう。それですごくすごくあなたが嫌がることをしてあげる。葉桐が倒れてみんなが悲しんでるのに、とてもとても悦ばしいことを彼にしちゃうことにするわ」


「…何する気なの?常盤くんに何する気なの?」


「さっき言ったじゃない?あなた抜きで彼を激励してあげるの。女の子が男の子にしてあげられる最高の激励をね」


「ねえやめて。そんなのやめて。私を見てよ。ほら?私は今こんなにっんぷっ?!」


 綾城さんは右手の人差し指に口づけした。そしてその指を私の唇に当てて、私の言葉を遮った。綾城さんはただただ微笑んでいる。


「残念だけど、今日はあなたに勝ち逃げさせてあげない。たまには負けてみなさい。それで本当に大切なことが何かをちゃんと見詰めなさいな。じゃあ、またね」


 そして綾城さんは私の前から離れていった。追いすがって止めることもできなかった。


「あー綾城さんやっぱりかっこいいなぁ。ああいう女の子にボクもなりたいなぁ。素敵」


 美魁はうっとりとした声で綾城さんを褒めている。私も彼女のことをかっこいいと思ってしまった。だからかっこ悪い私は彼女にきっと勝てない。私は負けた。逃げ切ることはできずに負けてしまったんだ。











控室の後ろにある室内の投球練習室で俺はひたすらボールを投げていた。速球は維持できているし、変化球のちゃんとできている。だけどはっきり言って今の俺には少しモチベーションが足りない。だからなんだろうか、投げたボールにはキレがないように思えた。それは京極先輩も感じているようで、マスク越しの彼の顔はどことなく浮かない感じに見えた。葉桐が倒れて五十嵐が凹んでいるのを見て、俺はやる気を失ったんだと思う。どうしても思いの重さで勝てない。幼馴染の二人には別ち難い何かがあって俺はそこへ立ち入ってはいけないのだ。


「あら?せっかく練習したのに、腰が入ってないわよ腰が。あたしとヤるときはすごく腰が入ってたのにねぇ」


 練習室に綾城が入ってきた。今日もいつも通りの地雷系メイクでチアリーダーのコスプレしてる。すごくかわいい。だけど下ネタっぽい発言はどうにもいただけない。でもいつものごとく彼女とじゃれあう気持ちにはなれなかった。


「あらあら?綾城菌バリアーする元気はないのかしら?張り合いがないわね」


「だめだね。むしろ寂しい気分でな。ばっちいばっちい綾城菌だって今の俺なら受け入れちゃうよ」


「そう。どうやら重症のようね。京極部長。すみません。二人きりにしてもらえますか?」


 綾城は京極先輩に頭を上げてお願いした。先輩は頷いて練習室の外に出て行った。


「せっかくの活躍のチャンスなのにね。チームはピンチ。そして颯爽とあんたが活躍して優勝を搔っ攫っていく。すごく青春してるって思うんだけど?」


「そうなんだよね。だけどまったくやる気が起きない。俺は本当に小物でな。葉桐が倒れて、凹んでる彼女を見てすごく萎えちゃったよ。女の気分に一喜一憂してるなんてなんとも情けない」


「そう?でもそれって普通でしょ。むしろあたしはあんたがそういう人でよかったと思うわ。例えば壮大な野望を抱いて目の前の女の子の笑顔にさえドキドキできない男なんてきっと可愛くないわ。あんたはそれでいいのよ。目の前の。目の前の女の子のつまらないおねだりを叶えて笑顔にしてあげればいいの。そうやって今日まで来たんじゃなかった?あたしはそう思ってる。だからね」


 そう言って綾城は俺の頬に手を添えて、唇を奪ってきた。触れた綾城の唇はとても柔らかくそして優しい。俺が知ってる唇の柔らかさは五十嵐のだけだ。だから初めて知った。五十嵐以外に俺の心を震えさせる女がいることを。


「ねぇ。想像してたよりもずっとずっとよかったわ。柔らかいだけじゃないの、暖かいだけでもない、もっと深い何かにやっと触れられた気がするの。あんたはどう?」


 彼女の頬は赤く染まっている。蒼い瞳はうっすらと濡れて輝いている。その笑みはいつもよりもずっと妖艶でとても美しい。


「あー。うん。そうだね。うん。すごくすごく。うん。野暮な言葉だけど…すごくいいものだった」


「じゃあ。言わなくてもいいわよね?あたしが今何して欲しいのか?」


「うん。もっともっと俺はお前が欲しくなっちゃったよ」


 今度は俺から綾城の唇を奪った。彼女のことをぎゅっと抱きしめて。彼女も俺のことをぎゅっと抱きしめて。絡み合う舌の熱がいい。彼女が俺の体をまさぐる手がいい。こすれあう足の柔らかさがいい。何もかもがいい。ただただそれだけ。単純な言葉しか思い浮かばない。そして長い間ずっと絡まっていた唇が離れた。


「興奮しちゃったかしら?」


「うん。すごく興奮した」


「そう?あたしもすごかった。でもね。もっと刺激が欲しいの。だからおねだりしていい?」


「何でも聞くよ」


「勝って。この試合、あんたが勝つところをみせて。見たいのあんたが勝つ姿を。それを見たらきっともっともっとあたしたち気持ちよくなれると思わない?」


「そうだな。きっとすごく気持ちいいだろうね」


「でしょ?じゃあ期待してる。あんたが勝つことをね。あたしのファーストキスは安くないの。きちんと勝利という対価このあたしに捧げなさい。じゃないと一生許さないからね!」


「ああ。必ず勝つよ。だから見ててくれ。俺のそばで俺の勝利を…」


 最後に優しく俺たちは唇を触れ合わせた。それが終わると綾城は右手の人差し指で俺の唇を触れて言った。


「頑張ってね。それじゃ、またね」


 それだけ言って綾城は俺から体を離して、練習室から出て行った。それと入れ違いに京極先輩が部屋に入ってきた。


「綾城さんからはけつを叩いてやる気を出させたと聞いてるが大丈夫か?」


「ええ!もちろん!めちゃめちゃぶっ叩かれましたよ!さあ!練習再開しましょう!」


「その様子なら大丈夫そうだな。よし!やるか!!」


 俺たちはピッチング練習を再開する。休み時間ぎりぎりまで練習を続けて、試合は再開されたのだった。



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