第55話 チアって欲しい
試合の前に休憩時間が与えられた。俺はツカサと一緒におしゃべりしながらストレッチをしてた。
「誰か気になる子とかいた?アタックするなら手伝うぞ」
「うーん。今のところはとくに。というかここにいる女の子みんなかわいいから、ぼく一人に選べないかも。あはは」
「あはは!ちがいない!」
男同士のお喋りは楽しい。とくにツカサのような気の合う奴とは格別である。そんな俺の青春エモタイムに近づいてくる影があった。その影を見てツカサが少し身を縮こませた。
「おい。お前ら。ちょっといいか?」
クズブルー鳳条が俺たちに話しかけてきた。どこか厭らしい笑みを浮かべているように見える。
「何の用だ?」
「常盤。次の試合、手を抜け」
「はぁ?なに?八百長しろってか?」
たかだかサークルのテニスの試合でこんなこと言われるとは思わなかった。だが奏したい理由はわかる。
「そうだ。できるだけ無様に負けろ。そうすれば10万円くれてやる」
「ずいぶん大金だね。そんなに五十嵐の前で恰好つけたいのか?」
普通の大学生にとっては10万円は大金だろう。もっとも今の俺にとってはそうでもないけど。
「その価値はある!あんなに美人で可愛い子がこの世に二人といるはずがない!」
「ふむふむ。まあ言いたいことはわかった」
「なんだ素直じゃないか。報酬を倍にしてやろうじゃないか!あはは!」
クズブルーは楽しそう笑う。こいつは何もわかってないな。結婚できた俺でさえも五十嵐理織世を理解できなかった。だけどこんなお遊びテニスでかっこいいくらいで落とせるような安い女じゃないことくらいはわかる。
「ばーか!安いんだよ!あほ!たかだが20万円?いや!この世に二人といるはずがない女を落とすためにお前はたったの20万円ぽっちしか使わないのか?!狭いんだよ!器がぁ!!」
安すぎる。俺には前の世界で五十嵐と過ごした記憶がある。それに値段なんてとてもつけられない。たとえ一兆円持ってきたって俺はその記憶を誰かに渡したりしない。
「はぁ?なにぃ?!だったら30万でどうだ?!いいや!お前と五十嵐さんが仲がいいのはわかってる。だから合宿中に俺と五十嵐さんが仲良くなるためにサポートしてくれるなら100万出してもいい!」
「金の問題じゃねぇ。これは俺の美学の問題だ。あの女の愛を金で手に入れられると思うな!」
今の俺はきっとひどく獰猛な笑みを浮かべていると思う。現に鳳条が少しビビっているのがわかる。膝が今にも震えそうだもの。だからこういう勘違いした馬鹿は潰してやらないといけない。
「カナタ君!だめだよ!」
ツカサが俺の腕を掴んで引っ張る。
「鳳条くん!カナタ君を許して!この人は君の事をまだよく知らないんだ!ぼくから説明しておくから!ちゃんと協力するようにちゃんと説明しておくから!」
身を震わせてツカサが必死な形相で鳳条に許しを乞うている。この二人の様子はずっとおかしく思ってた。知り合いだとは思ってたけど。この反応は絶対にロクなもんじゃない。
「そ、そうか。じゃあちゃんと説明しておけよ!まったく!先にお前が説明しておけばこんな手間も省けたのにな!くそ!」
鳳条はこれをいい口実だと思ったのか、震える膝を隠すように早足で俺たちの前から去った。
「カナタ君!鳳条はヤバいやつなんだ!みんなが知ってる大企業のオーナー一族の生まれなんだよ!逆らったらとんでもない目にあわされるよ!」
「へぇ、あっそ」
「あっそって!?本当にヤバいんだよ!ぼくはあいつと同じ中学だったからわかるんだ!あいつに逆らって父親が退職に追い込まれた人もいるんだ!本当の権力の持ち主なんだよ!」
「ふーん、すごーい。…いいかツカサ。一つ言っておこう。俺はああいうクズが大嫌いなんだよ。もう決めてんだわ。再起不能に追い込むって」
鳳条の身の上は調べてある。確かに大企業のオーナー一族の出身でお金持ちの上級国民様だ。だけど権力については眉唾だと確信している。多分今ツカサがした話は、たまたま父親が退職になったのを、自分の力だと吹聴して回っただけだろう。いくら上級国民様でも人の首を忖度で切れるほど馬鹿な権力の使い方を子供の為にやるわけがない。そんな陰湿なことをガチでやるのは葉桐くらいだろう。
「カナタ君…ぼくは君が傷つくところは見たくないよ…」
きっとツカサは鳳条にいじめられていたんだろう。そう確信した瞬間、怒りがさらに湧き上がる。
「俺はむしろあいつに傷つけられてるお前を見たくない」
俺はツカサのほっぺたを引っ張る。
「いたひゃい!ふぃたいって!」
「ツカサ。俺はお前を推してるんだわ。だからお前の笑顔を曇らせるあいつを許さん。今から俺が証明してやる。俺はあいつより強い。だから安心しろ。この合宿中に鳳条は俺が潰してやるからさ。だから笑え。そっちの方がずっとかっこいいぞツカサ」
俺は笑う。それにつられたのか。ツカサも少し笑みを浮かべる。
「…なんか不思議だね。君なら何とかしてくれそうな気がする…頑張って。応援してるから。絶対勝って!」
「おうよ。まかせておけ」
俺は親指を立てる。そして試合の時間がやってきた。
今回の試合は本格的なものではなく3ゲームを先に取った方が勝ち。だけど大学生のチャラいサークル男女ダブルスにはいくつかの不文律が存在する。
1.女子に向かってガチで打たない。
2.女子が打った球を本気で捌かない。
3.女子に向かって意地悪な球は打たない。
4.女子に…エトセトラエトセトラ。
要は女の子に向かって本気になって向きになってガチプレイする男はモテないのです。なのに負けてもモテないので、ほぼ無理ゲー。つまりこの試合、如何に女子を使うかがポイントなのである!
「すまないけど、俺のラケットはちょっと高いやつなんだ。なにたかだか30万くらいだ。だけどまだ買ったばかりでね。傷をつけたくない。だからサーブ決めのラケット回しは君がやってくれないかな?」
鳳条くんがお金持ちアピールをはじめる。こういうマウントムカつきます!一般国民様を舐めんじゃねーぞこの野郎。
「ふーん。わかった!じゃあ俺が代わりにお前のラケットを回してやるよ!安心しろ!傷はつけないからさ!」
俺は鳳条の持っていたラケットを奪い取り、コートの上で思い切り回転させた。
「うわあああ!何すんだお前!?30万のラケットだぞ!」
鳳条くんが大人げなく怒鳴り散らす。
「あ?ラケット回しを俺に頼んだのお前じゃん?どんなやり方でも文句言うなよ」
「そっちのラケットでやれよ!!」
「でもラケットの指定はなかったし」
俺はこれでもあの屁理屈女王綾城Xとともにキャンパスライフを過ごしている男だ。この程度の詭弁とダブスタは朝飯前である。
「ぶふぅ…揚げ足取られてるのウケる…ぷくくく」
俺の隣にいた碓氷がお腹を押さえて笑ってる。
「ねぇねぇ!私にもやらせてよ!まだそのラケットを回すやつやったことなかったの!わーい!!」
回転しているラケットに五十嵐が手を添えて、さらに回転力を加えた。
「ぎゃあああああ!えぐれる!?えぐれてるぅ!?」
「どう?!私凄くない!こんなに滑らかに回ってるよ!!」
五十嵐の言う通り、ラケットはすごく滑らかなのにすごい勢いでグルグルと回っている。
「ぷふふふぐぅふふぶはははは!めっちゃまわってるー!やば!常盤くん!五十嵐さん!記念撮影!」
俺たち三人は回るラケットの傍にしゃがみピースをする。そして写真を撮り終わると共に、ラケットはカタンと地面に倒れた。
「あれれ?!しまったー!裏表きめてないじゃーん!もう一回まわそーぜー!ひゃはーーー!」
「やめてくれ!頼むからぁ?!このラケットは!!限定品で!コネを使って何とかゲットした!俺の宝物なんだぁ!!」
鳳条はラケットを抱きしめて半分涙目になってる。メンタルまじで雑魚い。さすがはクズブルー。潰し甲斐がありそうだ。
「じゃあ俺らがサーブもらうな」
「もう好きにしろぉ!」
テニスはサーブ側が有利だとよく言われる。もちろん俺は定石を大事にしたいので、サーブをゲットした。というか部活経験者のサーブとか拾える自信がちょっとない。だからこれで勝利の確立が上がって万々歳である。そして俺はバックラインに立つ。向かい側には俺を睨む鳳条と、能天気な笑みでラケットを構える五十嵐。
「くらえ!札幌サーブ!」
技名に特に意味はない。だけど。フルパワーを込めた。だから。
「な、何だこの速さ?!くそ!」
油断していた鳳条は俺の超高速サーブをなんとか打ち返してきた。だけどその弾はひょろい。
「チャンス!えい!」
碓氷が綺麗な構えでその球をボレーする。その球は五十嵐の横を飛び去りバックライン前でバウンドし、後ろの金網にあたった。
『15-0!!』
審判から点数が告げられる。
「え?!一気に十五点も取られちゃったの?!常盤くんすご!」
「いやあの五十嵐さん。テニスの一点は15でカウントするんだ。15、30、40ってクォーターで点数を刻むんだよ」
鳳条がなんかドヤ顔でテニスの蘊蓄を五十嵐に話している。男としてその気持ちはわかる。女の子に蘊蓄を話すのは楽しい。だけどそのアホの子、算数大嫌いなんですよ。
「ええ…それ、めんどくさくない?うちの大学のサークルだと1,2,3って数えてたよ!」
「それは多分初心者向けに優しくしてたんじゃないかなぁ。あはは」
「それにおかしくない?40って!0,15,30でしょ?つまり15n-15だよね?つぎは45じゃないの?」
なんかすごくうざいよ五十嵐さん!それは理系ハラスメントです!てか数学嫌いなくせに理解してないわけじゃないのが、腹立つよな。
「え?ええっと俺文系なんで数学は苦手かな。あはは…はは」
「私だって苦手だよー!」
「と、とりあえず!そういうことになってるんで!そういうことでよろしくお願いします!」
「んー。なんか納得いかないなー」
鳳条は五十嵐の詰めに屈して話を切り上げてしまった。だからその女はお前のような奴には手が余るのだ。
「おい!五十嵐!サーブ打つからポジションつけ!」
「あ、はーい!」
五十嵐がレシーブ体制になった。ここでテニサー不文律が発動する。男が女の子にサーブを打つときは。
「ふ!函館サーブ!」
名前に特に意味はない。だけどさっきの全力サーブとは違う。とにかくラケットの振り方だけはかっこよくすることがコツだ。それなのに、ひょろひょろとした球を打つのがポイントである。
「ん?なんかノロい!やあ!」
五十嵐はフォアハンドで俺の方に打ち返してきた。初心者の女子でも打ち返せるサーブを打つことが俺たち男子には求められている。全力で打った日には大顰蹙で、次の日には全員からシカトされることになる。それがテニサーという大学の闇である。
「あらよっと!」
俺は五十嵐の打った球を再度五十嵐の方に打ち返す。当然初心者でも打てるのろい球だ。だけどここに勝利の為の布石を打ってある。
「あ!これ練習でやったやつだ!常盤くん!喰らええええええええ!!」
恐ろしく勇ましい声を五十嵐は上げる。彼女のバックハンドスイングはとても美しかった。観客たちは、主に男子だが、ウットリとした溜息を漏らしている。そしてボールはすさまじい速度を出して俺の方へ飛んできて。そのまま俺の頭上を越えて、バックライン後ろの金網さえ超えて見事にアウトした。
『30-0!』
五十嵐は晴れやかな笑みを浮かべている。きっとすかっとボールが飛んで行って気持ちよかったんだね!この間のバックハンドスイングを見てて思った。間違いなくやらかすんだろうなって。
「五十嵐、反省!」
「え?あーホームランだし…一点ダメ?」
舌を出しながら可愛らしく俺におねだりしてくる。だけどダメでーす!罰ゲーム執行!
「だめでーす!ほらほら!ダイヤモンド走れや!!ひゃははは!」
「きゃー!許してーあはは!」
五十嵐は笑みを浮かべながら自陣のコートの四隅を片手をあげて走る。観客たちは笑い声と歓声をあげながら、五十嵐のウイニングランを楽しそうに見ている。
「…はぁ…失敗してもかわいいって言われるんだよね…いつもそう…」
碓氷は暗い声でそう呟いた。その瞳にははっきりと苛立ちのようなものが見て取れた。同じ高校出身だし、何か思うところがあるのかもしれないな。
そして試合は俺の知略と五十嵐のアホプレイで順調に推移していき。俺たちのチームが勝った。
「あー負けちゃったー。強いね二人とも。でもすごく楽しかったよ!鳳条くんもありがとう。とても楽しかった!」
五十嵐は鳳条にねぎらいの言葉をかけた。鳳条は少し頬を赤く染めて頷いた。惚れてるね。でもその感情はよくないんだよなぁ。コートから出てベンチに座って休憩している俺のところへツカサがやってきた。
「ほんとに勝っちゃったね。それにあのラケット回し!鳳条には悪いけど、ごめん、すごく胸がスカッとしたよ!」
ツカサが俺の隣に座る。優し気な笑みを浮かべて。
「ねぇ。カナタ君はヒーローなのかな?そう思ってもいいのかい?」
「…いいや。違うよ。ヒーローじゃない。でもお前の味方ではあるし、友達だよ」
「そっか。うん。ありがとう。君に会えてよかった!ぼくも試合があるから。もういくね!」
「おう!頑張れよ!応援してる!」
鼻歌響かせながらツカサはコートに入った。それと入れ違いで五十嵐が俺の傍にやってきた。
「やっほー常盤くん。勝ちおめでとー」
「お前その恰好…」
さっきまでのテニスウェアではなく、チアリーディングの衣装を着てた。
「…どう?」
「かわいいよ。とても」
「うん。ありがとう。たまにはいいかなって思ったの」
「何が?」
「うーん。自分の為に他人を応援することかな?」
「応援って他人の為じゃないの?」
「うん。だけど今日は特別。自分の為に常盤くんの事を応援してあげるよ!」
言ってることの意味はよくわからなかった。だけど前の世界では俺の事を終ぞチアってくれなかったので、すごくうれしく思えた。
「頑張れ頑張れ!ア・ゲ・チ・ン!頑張れ頑張れ!ア・ゲ・チ・ン!」
ポンポン振りながら腰をフリフリする五十嵐は可愛いのに!なんでアゲチン!?
「や、やめろー!アゲチンだけは!アゲチンだけはぁああああああああ!」
「ア・ゲ・チ・ン‼フォー!ア・ゲ・チ・ン!フォー―――!わーーーーーーーーーーーーーーーー!」
だが応援の効果があったのか、俺はその後の試合を次々と勝ち上がり、なんと優勝してしまったのだった。鳳条の悔しそうな顔と、五十嵐の笑顔が見れて、俺は心の底から楽しいなって思えたのだった。




