第45話 忍び寄る”陰”キャ
朝起きた時、一番最初に見たのは五十嵐の顔…ではなく、そのお父さんの顔だった。
「君はいったい誰だ?!うちの娘とどんな関係なんだ?!」
寝ぼけた耳に怒声が響く。どんな関係かなんて、むしろ俺が決めかねているのだ。
「どんな関係と言われましても…。同じ学科の同級生です。はい」
「はぁ?!同級生?!同級生がどうして我が家の居間で寝てるんだ!?意味が解らん!!」
「…うーん。うるさいよお父さん。まだ起きる時間じゃないから静かにしてよ…」
五十嵐が不機嫌そうな声を出している。ちなみにこの女は可能な限りギリギリまで寝ているタイプだ。
「理織世!一体この男は何だ!?どうして一緒に寝てた?!」
「え?常盤くんのこと?うーん。ほらあれだよあれ。家に連れ込まれちゃったんだ。私はお持ち帰りされちゃったんだよ。ふぁぁああ」
「いや、ここは俺の家じゃないからね」
実家暮らしの女の子をお持ち帰りするはまだわかる。実家暮らししている女の子の家に男が持ち帰られたとか俺は聞いたことないよ。お父さんマジで混乱してると思う。
「そうだ!ここは私の家だ!どういうことなんだ…。男を連れて帰ってくるような子に育てたはずはないのに…」
でも前の世界の五十嵐は大学時代は彼氏のお家によくお泊り、というか住み着くタイプだったらしいけどね。就職後はテレビ局近くに引っ越して独り立ちしてたけど。
「あなた…。取り合えず二人を見た感じ何か間違いとかがあった感じじゃないし…セーフじゃないかしら…うん。セーフよね?ね?そうだといいなさい」
五十嵐ママが険しい顔で俺に念押ししてくる。
「間違い…いやまあ御心配しているようなことはしておりません。はい。大丈夫です」
2人は俺の回答に満足したのか。ほっと息をついている。
「取り合えず事情はまあいい。外聞がわるいからすぐに出ていってくれないだろうか?」
今どき隣の家から知らん男が出てきても都会人は気にしないと思うんだけど。まあこの家のお隣にはあの葉桐がいるしな。ご両親は葉桐と娘の五十嵐をくっつけたくて仕方がないようだし、俺はまあお邪魔虫だよね。
「お父さんひどくない!?朝ご飯くらい出してあげてもいいじゃん!常盤くんだってお腹減ってると思うし!!」
「宙翔くんがこれを知ったらどう思うか考えろ!!」
「…ふぅ。みんな宙翔が好きだよね。私よりも」
五十嵐はソファーから立ち上がって。
「常盤くん。悪いけど、朝ご飯は一緒できそうにないね。ごめんね。じゃあまた後で学校でね」
そう言ってリビングから出ていってしまった。そしてシャワーの音が響いてきた。
「タクシー代くらいは出そう。静かに出ていってくれ」
「タクシー代は別にいいです。朝の散歩がてら歩いて駅まで行きますよ。では失礼させていただきます」
俺もすぐに五十嵐家から出た。すると目の前にタクシーが止まって中から男が下りてきた。
「「あっ」」
降りてきたのは葉桐だった。互いに目が合った。葉桐はすごく苦虫かみ砕いたような顔になるし、俺は俺で渋柿食べたような顔になってたと思う。こういう時なんていったらいいのかまじでわかんねぇ。
「昨日理織世が気まぐれ起こして僕らのディナーから抜け出したんだ。で、君のところへ行ったのか…」
俺は何も口に出さなかった。昨日の事は誰かに話すべきことじゃない。俺だけの思い出だ。こいつに話したら汚れちまう。
「ふぅ。まったく…理織世が抜けたせいで、ホステスに頼る羽目になって僕は余計な出費がかさんだし、友恵は半分グズってたし、勘弁してほしいんだけどね。こういうことは」
「五十嵐がどこで何をしようが自由だろう」
「本気でそれを言ってる?ふはは!君もわかってるんじゃないのかな?彼女の性質をね。それとも僕の見込み違いか?常盤奏久君。五十嵐理織世は僕のコントロール下に置いておかなきゃ幸せにはなれないんだよ。この世界はね、理織世がフワフワと歩くには危なすぎるんだよ」
前の世界の事を思い出す。そして昨日の青い酒のことも。確かにそうかも知れない。彼女は葉桐を含めて多くの危険な男を惹きつけ過ぎる。そこには俺も入っているのだろうか?まあ俺は普通の男だったはずだけど。
「まあいい。どうせ理織世は君の手にも余るよ。いつか必ず関わったことを後悔するに決まってる」
後悔なら前の世界でとっくにしている。だけど結局愛された記憶を捨てることは出来なかった。後悔はしても、それを捨てることは俺にはできなかった。
「じゃあさようなら。出来れば二度とこの家には入らないようにしてくれよ。鬱陶しいからね」
「ああそうだな。お前の家だけは視界に入れたくないからな。じゃあなさようなら!ふん」
俺たちは互いに背を向け合う。絶対に相いれない受け入れられない。いつかその顔を後悔に染め上げてやる。
家に帰るとケーカイ先輩からメールが来ていた。添付ファイルに昨日のパーティーの出席者名簿があった。
「あのひと仕事はえーな。さすがリア充王。しかもわかりやすい」
名簿はエクセルで纏められており、出身高校、在籍大学、学部、趣味、所属サークルetcetcでフィルタリングできるようになっていた。ケーカイ先輩は本気で俺の事を助けてくれるようだ。なんとわかる限り出席者の住所や電話番号まで載っていた。あの人はあの人でなんかダーティーさを感じる。でも今は頼りがいがある。最高の先輩だぜ。
「さて…どこから攻めようか?犯人はおそらくパーティーで昏睡した五十嵐を回収可能な名目を持っている人物…同じ高校の男かな?」
昨日の医学生を見ればわかる。出身高校の連中は間違いなく五十嵐に未だに恋い焦がれているだろう。だが今回の犯行自体はかなり通り魔的にも見える。
「そもそも犯人は絶対にあのパーティーに五十嵐がくることを予測していなかったはずだ。来たらラッキーくらいのノリ、あるいは本当に睡眠薬で女を昏睡させられるのか実験しようとしていた?パーティー主催のインペリアル・都は大手のサークル。都内のチャラい大学生ならば大抵知っているし、風紀もお行儀もいいところで、その上絶対に敵に回しちゃいけないことくらいわかるはず。犯人はまだサークル事情をよく知らない一年生?」
皇都大学中心のインカレサークルでクスリを盛ろうとする所から見て犯人は、皇都大学の学生ではないような気がする。とは言えこの推理も不完全だ。推理小説ならこんな穴だらけの推理は駄目だろう。なにせ証拠が何一つもない。
「じゃあ証拠を見つけに行こうかなっと。いますぐにね」
エクセルファイルから条件に合う人物たちをリストアップして、住所をメモに控える。すぐにクローゼットから昔使っていたある服を取りだして、リュックに詰めた。そして俺はシャワーを浴びてから部屋を出て車で出発した。
俺は前の世界では建築士だった。だけど大学に入る前は、建築作業員として札幌で働いていた身である。建築の現場も施工も設計もできるスーパースペシャリストがこの俺である。どんな建物も見れば、俺から言わせれば死角がある。そう、侵入するための死角が!俺はリストアップされた容疑者の住む部屋を一軒一軒回って証拠を探すことにした。今日はここで三件目である。ターゲットの名前は鳳条日向、国立糸端大学社会学部一年生。住んでいるのはそこそこ大き目のマンション。実家は太いらしい。入り口はそこそこ豪華なオートロック式。だけど一階部分の共用スペースの一部は柵があるものの外に面しており、カメラもなかった。まああってもどうにか出来るけど。柵を乗り越えてマンションの中に侵入を果たす。俺は札幌にいた時に使っていた作業服に着替えて、帽子をかぶっていた。口の中には綿を入れ、化粧品で顔の印象を大きく変えている。人間の記憶なんていい加減である。今の俺が目撃されても、いつも俺と同一人物だと証言する者はいないだろう。そして作業着。これがいいのだ。作業着を着ている人を人間はスルーする。視界に入れない。住んでるマンションでちょっとした工事が行われていることなんてよくあることだ。作業服の人間が工具片手にマンションの中を歩き回っても誰も気にしやしない。そして大体のカメラの位置は建築士の勘でわかるので、回避はできる。
「ここが犯人のお家だったらいいなぁ」
俺は容疑者の部屋のドアをピッキングで開ける。そして堂々と中に入る。学校サボってここに来ているのだ。成果は欲しい。それにもうすぐゴールデンウィークだ。犯人だけでも先に特定したい。大学生らしいタコつぼ型ワンルームの部屋。部屋の主は今の時間は学校に行っているから部屋には当然誰もいない。俺はゆったりと部屋の中を漁る。そしてキッチンの引き出し、その裏側に錠剤のシートが張りつけられているのを見つけた。
「ビーンゴ!しかも丁度一錠分使われている!証拠発見!こうやって隠すってことは、違法に手に入れてるな?」
さらに部屋の中を探す。スマホがあればよかったのだが、それは流石になかった。取り合えずクスリと部屋の風景の写真はカメラで撮っておいた。
「流石にこれ以上の証拠は難しいか…。それにこれ持って俺が警察にたれこめば俺もお縄だ。…どうやって追い込みかけようかな?」
その時、リビングのちゃぶ台の下に、一枚のチラシが落ちているのが見えた。
『詣義大学インカレアウトドアテニスフットサルイベントサークル、『ロンヒ・ジャヴェロット』新歓合宿!!』
『新入生のみんな!入学おめでとう!サイコーな君たちを超クールな俺たちが祝ってやるよ!!』
『今年の新歓合宿は川でBQQ!テニス、フットサル!夜はキャンプファイヤーに盛り上がること間違いなし!!』
『色んな大学から最高な先輩たちや同じ一年が来る毎年大盛り上がりな合宿だ!参加者待ってるぜ!!』
実に目に痛いカラフルなチラシにしょうもない言葉の羅列。チャラそうな男女がまさにウェイウェイやってる写真が沢山プリントされてた。チャラいサークルなのはわかるし、チラシの出来の良さや写真に写る女子の顔面レベルの高さからみて多分大手の人気サークルっぽい。
「他所の大学のサークルは知らねぇんだよなぁ……これに参加して尻尾を掴むか?」
幸いというか今年のゴールデンウィークには予定がない。楪とミランは実家に帰るそうだし、綾城は家族旅行で海外に行くそうだ。俺の予定はぽっかり空いている。来年はあいつらと過ごしたいものだ。
「取り合えず犯人は見つけた。焦らずに追い詰めてやるか。くはは」
俺は静かに入った証拠を隠滅して部屋から出てマンションから出て自分の車に戻る。
「さて。サボりはよくない。遅刻だけど学校にいっちゃうぞー!俺って真面目だからね!ひゃははは!」
犯人の尻尾を速攻掴んだ俺はご機嫌だった。サボろうと思ってたけど、学校に向かう。ちゃんと学生らしく過ごさねば、いざって時に怪しまれかねないのだから。




