第17話 真のリア充大学生活を魅せてやるよ(震え声)
二限の授業が終わって、すぐ嫁がこちらの方をにんまりとした笑みで見詰めてきた。ランチに誘って欲しいのだろう。すごく断る口実が欲しい。実際周りの目がきついのだ。今日は工学部共通の講義だったからこの教室半端なく男子比率が高い。みんな嫁の事をじっと見て機会を伺っている。断る口実の糸口になりそうなサバサバ系女子真柴はチャイムと同時にまるで乙女のような笑顔でルンルンと教室を出ていきやがった。あいつマジで役に立たない。八方ふさがりなそんな時、俺のスマホに着信があった。『倉又習喜』という名前が表示されていた。俺はすぐに電話に出る。
『よう!カナタ!今暇?』
電話から聞こえてきたのは、入学式で俺がセルフィ―童貞を捧げたあの先輩。うちの大学で最大のイベントサークルのナンバースリーであり会計を務める学内の有力者の一人。みんなは会計をひっくり返して親しみを込めてケーカイ先輩って呼んでる。
「はい!めっちゃ暇!めちゃめちゃ暇してます!うっす!」
『超元気いいじゃん!いいね!あはは!いますぐ田吉寮に来いよ!ピザ焼いたんだわ!食いに来いよ!あはははは!』
田吉寮とはキャンパスの中にある自治学生寮のことだ。超格安で下宿できるが、厳密には様々な法律に違反している素敵物件である。大学側は壊したがってるが、学生やOBさらにはそこにかつて住んでいた教授などの様々な抵抗がありいまだにそれは出来ていない。
「うっす!超いきます!マッハでかっ飛ばします!」
『おう。待ってるぞ!』
そして電話は切れて、俺はにんまりと笑顔を浮かべてしまう。
「ごっめーん!おれぇ!パイセンにぃ!呼ばれっちゃったぁ!いかなきゃやばいっていうかぁ?みたいなぁ?」
俺はもう最高に機嫌が良かった。ケーカイ先輩に個人的に呼ばれるってことは、俺は相当お気に入りになっているわけだ。俺の青春は今まさに輝かんとしているのだ。
「じゃあ私も連れてってよ。なんかピザとか言ってたよね!私も食べたい!」
うわぁ。会話の内容聞いてやがったのかよ。
「でも呼ばれたのは俺だけだし」
「えーケチ!いいじゃん!私もピザ食べたい!」
ゴネてきやがった。一周目の世界。この女はあんまりしょうもないわがままを言わない女だった。だが時たますごく頑固にゴネてくる。当然俺は一度たりとも勝利したことはない。だけど今は学生なのだ。勝てる自信が俺にはあった。
「なあなあ。それよりもよく考えろ。この間までは同じ学科のメンツとめし食べてたろ?なら今度は工学部に広げてみればいいんじゃないか?」
ちょっと前に嫁はそんなことを言っていた。揚げ足取りの一種だ。
「工学部の人たちは今後も講義で一緒になることが多いぞ。実験実習とかもあるし、今のうちに仲良くなっておいた方がいいんじゃないか?」
「うっ…うーん。たしかにそうだねぇ」
「工学部は女子が少ない。いっそのこと女子会とか開いてみたりとかしてみたらいいんだ。お前なら出来る!ファイト!」
「あー確かにそうだねぇ。うん。そうだね。そうしてみるよ!」
嫁は納得してくれたようで、すぐに近くの女子のところへと歩いていった。ピザの事は一瞬にして忘れてくれたようだ。くくく。俺はすぐに講義室を出て、田吉寮へと向かった。
かなたはにげだした!
よめをふりはらうことにせいこうした!!
田吉寮はキャンパスの端っこにある。男子寮と女子寮が向かい合って建てられており、その間には広場があった。広場にはDJブースが設けられており、うちの学生たちが男女問わず昼間っから踊り狂っていた。そちらは素通りして、俺は男子寮近くの広場の隅に向かった。その広場の端にはBBQブースがある。そこで学生たちが各々肉やら野菜やらを焼いていた。そしてその中でも異彩を放つのがレンガ造りの窯。ピザ窯。これは大学が設置した物ではなく、学生が勝手に作って置いているものだ。ここ田吉寮は本来は歴史と伝統の格式ある寮だったのだが、気がついたらフリーダムな場所になっていたそうだ。ときたまこの広場でパーティーなんかをやっている。一周目は全く馴染めない空間だったが今は違う。俺も成長しているのだ。
「おっ!来たなカナタ!いいタイミングだな!チーズめっちゃトロトロだぜ!マジウマよ!わはははは!」
「うっす!ごちそうになります!」
ピザ窯近くにソファーが置かれていた。そこを一人の男が占有して使っていた。その男こそ俺をここに呼び出したケーカイ先輩その人である。ケーカイ先輩はラフを通り越して、もはや雑な格好をしていた。ボクサーブリーフにサンダル。上半身はアロハシャツで前は全開に空いてる。どんな格好だよ。
「ケーくん。もう一枚食べる?」
「おう!もちろん食べる」
「じゃあ口開けてぇ。あーん!」
そして輪をかけてひどい恰好をしている女の人がいた。下着の上に男物の大きなシャツを羽織っただけ。大きな胸の谷間が普通に見える。それってカレシの部屋の外でしていい恰好だっけ?って俺は哲学してしまいそうになった。なんか港区に生息していそうなウェーブのかかったロングヘアの美人さんなその女はケーカイ先輩の膝の上にちょこんと座って彼の口に焼き立てのピザを運んだ。
「うま!カナタお前も食えよ!窯から好きなだけとっていっていいぞ!あとこれ!魔法の万能薬!」
ビールの缶をソファーの傍に置いていたコールドケースから取りだして俺の方に放り投げてきた。キャッチして先輩と乾杯して、そしてすぐにプルタブを開けて、一口飲み干す。
「いやぁ効きますわ!二限きつかったぁ」
主に嫁のせいで疲れたので、ビールがとてもうまい!
「だよなぁ!あはは!」
ケーカイ先輩もビールをぐびぐびと飲む。
「ねぇねぇケーくん」
「なにキリンちゃん?」
男物のシャツを着た女の人はキリンという名前らしい。本名なのか渾名なのか?気になる。
「このハリウッド風の悪そうなイケメン君はだれ?」
「俺の後輩。カナタって言うんだ。良いやつだぞ!」
「へぇそうなんだぁよろしくぅー」
女の人が俺の方にビールの缶を近づけてきた。俺も近づけて乾杯する。
「あなたはケーカイ先輩の彼女さんですか?」
「ちがうよー」
普通に違うらしい。ここら辺が元陰キャな俺には若干馴染みづらいところだ。大学以上のリア充パーティーだと恋人同士でもないのにいちゃついてる男女がいる。俺みたいな女性経験が少ない人間にはなかなかのカルチャーショックだ。
「昨日お持ち帰りされたのー」
もっと衝撃的な回答が返って来た。どういうことなの…?お持ち帰り…?
「…え…ええ…そうなんですかぁ…」
「うん。昨日渋谷のクラブのパーティーで会ってぇ。なんか最高におバカなエッチしたいよねって話して、あの時計塔の上でヤったの!景色綺麗でいけないことしてる感じで楽しかったよぅ。ふふふ」
「あの時計塔で?!しかも上?!」
うちの駒場キャンパスのパンフレットによく載っている時計塔。その上でヤった?!バカじゃね?!
「ケーくん馬鹿だよね!びっくり!蒼川大学ってみんなチャラいけど頭いい大学なんでしょ?ケーくんってもしかして落第生?うふふ」
「何言ってんの?俺、単位足りまくってて他の奴に分けてあげてるくらいなんだけど!くはは!」
ケーカイ先輩は豪快に笑う。
「へぇけーくん頭いいんだ。他の人に単位を分けてあげるって優しい―!」
キリンさんはケーカイ先輩の頭をえらいえらいと言いながら撫でている。なにこのお馬鹿な光景?単位って他人に分けられないんだが。それに大学名が違う。なんかキリンさん大学生じゃないみたいだな。
「蒼川大学?いやうち蒼川大学じゃないんですけど?」
俺は思わずツッコミを一つ入れてしまった。流石に大学が違うのは変でしょ。
「えー?でもここ渋谷から近いよね?タクシーで着たけどすぐだったよ?蒼川大学って渋谷でしょ?じゃあここどこなの?」
自分がお持ち帰りされた場所もわかってない女がいるなんて思わなかった!真のリア充とはここまでやばいのか?!
「ここは皇都大学なんですけど」
「え?あのコーダイ?皇都大学って後楽園の方じゃないの?バスから見た事あるよ!偉そうな赤い門!」
「あれは本郷キャンパスです。3,4年が通うんです。こっちは駒場キャンパス。1,2年が通ってます」
キリンさんは目を丸くして驚いていた。
「まじ?知らなかったぁ。じゃあカナタ君はコーダイ生なの?今度合コンしない?私の後輩可愛い子いっぱいいるよ!後輩ちゃんたち喜ぶだろうなぁ!」
キリンさんは無邪気にキャッキャと笑ってる。そして彼女が膝に乗る男、ケーカイ先輩はクククと笑っていた。
「というかそこにいるケーカイ先輩もコーダイ生ですよ」
「えー?そうなの?ケーくんも?でもでも!昨日のケーくんのエッチ、マジで馬鹿な体位ばっかりだったよ!気持ちよかったけど私笑い過ぎてお腹痛かったし!絶対コーダイ生じゃないでしょ!!バカだったもん!」
「ぎゃはは!やめろって!俺の性癖を後輩にさらすなし!ぎゃははははは!」
ケーカイ先輩はバカ笑いしてた。そして俺も二人のしょうもない話に結局は笑ってしまった。そしてひとしきり笑って、ピザを手に取り、パクっと平らげる。トロトロのチーズと濃厚なトマトソースのうまみが暴力的に美味かった。でも。
「先輩、これ上手いんですけど、具がなくないですか?」
「ん?これはあれよ!男の夢!チーズだけのピザだから!そのかわりチーズは十種類もぶち込んだぞ!ぎゃははははは!」
ピザもまた馬鹿な産物だったのだ。やべぇマジ最高!
「先輩マジロマンのかたまり!ウケる!あはははははは!」
楽しくて楽しくてバカ笑いしていた時だ。DJのかけていた音楽が変わった。広場の真ん中に設けられていたステージに短パンと臍の見えるくらい短いタンクトップを着た女たちが昇ってきた。
「あれいいぞあれ。あれはダンスサークルの連中。エロく躍るんだよ!」
「そう言えば昨日のケーくんも腰振りダンスしてたよね。あれマジで馬鹿だったよ!こんな感じ!」
キリンさんはソファーの上に立って前後に腰を振った。白いシャツがめくれてチラチラと黒いパンツが見えた。
「ちょっと!見えてんですけど!」
俺だけじゃなく周りの男子たちもめっちゃガン見してた。
「いやーん。見られちゃった♡」
「お前!もっと見せてやれよ!ぎゃはは!ケチんなケチんな!ほれほれ!」
ケーカイ先輩もソファーの上に立ってキリンさんのシャツを摘まんではまくるという謎の行為を始める。
「きゃーけーくんのエッチ!きゃははは」
どう見てもセクハラの類だが、キリンさんは舌をぺろりと悪戯っ子のように出しながら楽し気に笑っていた。2人はソファーの上でバカみたいなテンションでじゃれ合っていた。そして周りの男たちは両手を合わせて、それを目を血走らせて見ていた。嫉妬とエロスの狭間に揺れる男たちの何たる憐れな事か!本当になんてアホな光景なんだ!けしからん!いつか彼女が出来たらやろう!!俺はそう心に誓った。そして音楽が盛り上がり始め、ステージから歓声が響き始める。
「きゃー!ミランさまぁ!」「ミランちゃん!こっちむいてくれ!」「み・ら・ん!み・ら・ん!」
普通に盛り上がっている男女の中に一つだけ異彩を放つ女集団があった。ミランと書かれた鉢巻やら半纏やらを纏っている。
「誰を推してんだ?…いや…誰が見ても明らかなのか…!」
ダンサーたちの中に一際異彩を放つ女がいた。銀髪に赤い瞳のとてつもない美人。正面から見るとショートボブの髪型に見えた。だが頭を振ると後ろ髪をポニーテールにしていたのがわかった。彼女にはどこか中性的な印象を覚えた。ボーイッシュという言葉では形容しがたい何かがある。
『『『『うおおおおおおお!ミ・ラ・ン!!ミ・ラ・ン!!』』』』
そのうちに男たちからも声が上がり始める。銀髪の女がそのミランなのだろう。彼女は観客の視線を釘付けにしていた。正直に言えばダンスの技術そのものは周りとそう大差ないと思う。だけど凛とした表情とそれに反する艶めかしい体の動き。そして美しいボディライン。それらが合わさって咽返るような官能をあの女から覚えるのだ。短い言葉で言えば。
「エモくてエロい」
そう。ミランと呼ばれる彼女の体の動きすべてが感情を掻き立ててくるのだ。凄まじくエモい。そして高揚感と情欲を覚えてしまうのだ。
「お!カナタ解ってんじゃん!ミサキはまじでやべぇよな!マジエロ!」
ミランの事をミサキって言ったな。言い間違いではないように思えたが?
「えろーい!えもーい!!なんかヤバいよけーちゃん!あの銀髪の子見てるだけでほてってくるんだけど!…ねぇ…」
「おう!わかってるわかってる!」
ケーカイ先輩はキリンさんをお姫様抱っこする。
「きゃん!もうごーいんなんだからぁ!うふふ」
2人はイチャイチャしながら男子寮に入っていた。ええ!?真昼間からヤるの?!これが真リア充の大学生活?!俺はケーカイ先輩に一生ついていこうと思いました。そして音楽は終わりダンスもまた終わった。大歓声と拍手とが巻き起こり、ダンスサークルはそのまま女子寮の方へと引っ込んでいった。観客たちはミランの話題で持ちきりだった。そんなときだ。
「おい、そこの一年。倉又はどこいった?」
上級生であろうキョロ充っぽいグラサン男とその後輩っぽい連中が俺の傍にやってきた。どことなく良くない雰囲気を持ってる。ケーカイ先輩、自分は楽しく美女とイチャイチャ。俺は野郎とイライラなんですか?あんまりです!そう心から叫びたかった。




