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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

散文の後/辺境の雑貨屋さん パイロット版

掲載日:2025/10/13

未完成の個人的なパイロット版です。

第一話 夢現


「すてーたすおーぷん」

「っ!?」


 夜の寝室。隣で横になっていた幼女が言葉を呟いた。双子の片割れとして産まれたアーヤだ。


 ようやく言葉が話せるようになった年齢にしては拙いながらもしっかりとした言葉使いだ。というか思いっきり日本語だ。


「ちぇっ、ぜんぜんダメかぁ」


 俺の心内では、その発想はなかったと言う驚きと共に、お前も前世の記憶持ちだったのかって衝撃が大きかった。


「……あーや」


 そして、思わず助け舟を出してしまった。


 こちらに目を向けたの見て、心の中で「ステータスオープン」を唱えながら、VRMMOを取り扱ったラノベやアニメでよくやる右手を振る仕草をして見せた。


 やはりステータス画面は出てこない。アーヤは、目を大きく開いて怪訝そうに俺を見る。


「……たーじゅ、あなたもぜんせもち?」

「うん」


 俺の仕草で簡単に答えに辿り着くとか、なんとも話が早い。外見は赤子だけど、中身は大人の思考能力がありそうだ。


「ここにくるときかみさまにあった?」

「まったくあわなかった。そっちは?」

「しろいへやにすらまねかれなかった」

「てんせいちーとはものがたりのなかだけってことなんだな」

「かみさまふざいのいせかいなんてたいまんにもほどがあるわ」

「あ、はい」


 アーヤとのちょっとしたやり取りでそっち方面の知識を持っている気配がビンビンと感じられた。前世の自分と同じスメルを感じる。


「……わたしはにほんってところにいたんだ」

「きぐうだね、ぼくもそうなんだ」

「おなじにほんじんかぁ。にほんのどこらへんだった?」

「とうほくちほうのいなかだよ」

「ぐうぜんだね、わたしもとうほくちほうの……」


 そこで緩やかに暗転する。


 俺とアヤは三つか四つぐらい。家族にも秘密の場所で全身ずぶぬれになっていた。


 魔法で水の塊を出した所為だった。他に火、土、風をひと通り使えることを試していた。


「凄ぇ、ホントに水が出た」

「魔素なのか、ダークマターなのか、ナノマシンなのか判らないけど、私たちの思考に反応してるよね、これ」

「結構前世の漫画やライトノベルの知識使えるんだなぁ」

「前世の知識を持ってるだけでチートなんだけどね」

「これで身体を鍛えたり魔力を鍛えたりすれば強くなれそう」

「強くなったらなにしようか妄想が色々と捗るわね」

「うん。それに便利な魔法とか生み出せそうだよな」

「鑑定とか、異空間庫とか、空を飛んでみたりとか」

「それなら転移魔法だ。他に錬金魔法、創造魔法も行けそうだよ」

「現象が生じる方法を知っていれば行けそうね」


 ならばと、二人で漫画や小説、アニメの記憶を参考に、便利魔法や最強魔法に付いて色々と話題に花を咲かせていった。


 再び場面は暗転する。


 今世の父親と母親、六つか七つぐらいの俺とアヤの四人で、貧しいながらもささやかな食卓を囲んでいる場面に飛んだ。


「コーベェ聞いて、今日タージュとアーヤが手伝ってくれたんだけど、二人とも覚えがよくて凄いのよ」

「そうなのか?」

「薬草の種類とか調薬に仕方に文字の読み書きなんかもあっと言う間に覚えて、ウチの子たち天才なんじゃないかって思っちゃった」

「ほぅ、そんなにか。よぉし、なら今度その天才のお二人さんに父さんの仕事も手伝ってもらおうか」

「まだ森に入れるの早すぎないかしら?」

「エンボイのとこのナナもいるからな。それに俺たちのパーティーが面倒を見るし、そんな深くは入らないから安心しろ」


 両親のやり取りを黙って聞きながら、俺とアーヤは豆の入ったスープを飲んでいた。


「本当に二人のモノ覚えがいいな。タージュは剣、アーヤは弓に適正がありそうだった」

「だから言ったでしょう。私たちの子供たちは天才だって」

「エンボイやナナも凄く驚いてたぞ」

「あら、ナナちゃんも行ってたのね」

「将来、ナナと組めば凄腕の冒険者になるだろうって」

「駄目よ、二人の将来は私の後を継がせて調薬師をさせるんだから」


 そして、また場面が切り替わる。これまでの断片的で不自然な繋がりに、昔からよく視ている夢の中だと気が付いた。


「やっぱり森の様子がおかしい。安全が確認出来るまでタージュとアーヤは森に行かせるな。あとで森の奥を様子見してくるが、ギルドに報告して本格的に調査してもらった方がいいだろう」

「二人ともいつもこっそり森に遊びに行ってるようだけど、そう言うことだから、森に行っちゃ駄目ですよ」


 父さんと母さんの会話。俺とアヤが秘密の場所に行ってることがバレていたらしい。


 二人の姿は逆光によって影になっている。場所は家の居間と判るくらいだ。ここから破滅と覚醒に向かって加速していくのがいつものパターンだ。


「カーヤ拙いことになった。森の奥でゴブリンが集落を作ってた」

「そんな……」

「いまの開拓村には俺たちのパーティー以外戦力が殆どない」

「なんとかならないの?」

「これから村長に相談してくるが、ギルドに援軍を求めるにしても、最悪領軍を出してもらえるよう陳情するにも、それまではおそらく村のみんなで力を合わせるしかないだろう」

「お父さんお母さん、そのときはお父さんと一緒に戦う。そして私とタージュでお母さんやこの村を守ってあげるんだ」

「お、そうか。ありがとうなアーヤ。タージュと一緒に戦ってくれるなら心強いな」

「そのときはお願いするわね、二人とも」


 アヤの真剣な言葉を、背伸びをしている子供の言動と受けた両親だったが、その表情の奥には現状の深刻さが見て取れた。


「すまん。想定外だ。ゴブリンたちの動きが思ったより早かった。もう村の外まで来ている」

「昨日ギルドに依頼を出しに行ったばかりよね、援軍は間に合うの?」

「間に合わんだろう。エンボイたちが戻ってくるまで持つかどうかすら怪しいな……」

「カーヤは俺のバックアップを。二人は裏手に回った雑魚を頼む」


 比較的攻め手の薄い場所にも拘らず、剣と弓で倒しても倒しても次から次へと湧いてくるゴブリン。村の人たちも孤軍奮闘しながら戦っている。


 俺たちとゴブリンは体格の所為で、傍から見ると子供のチャンバラみたいだけど、当の本人たちは真剣そのものだった。


 生き死にを賭けた場面だ。いままで両親にすら見せていなかった魔法の使用も解禁していた。


「オーガだっ、ゴブリンの後ろからオーガが来たぁ」

「そんな……オーガまで現れるなんて……」

「ご、ゴブリンだけでも手一杯なのに……」

「コーベェとカーヤの負担が大きすぎるっ」


 魔物の集団と正面から対峙している村人が叫び声が聞こえてきた。俺たちの周りにいる村人がざわついた。


 ゴブリンの動きが早かったのはその所為だったのかと納得する。


 しかし、俺とアヤは自分のことが精一杯で、正面で戦っている父さんと母さんがどうなっているのかすら考える余裕はなかった。


 やがて村の人たちがゴブリンの大群の前に一人一人と倒れていく。


「……ギルドの援軍、間に合わなかったね」

「父さんも母さんもダメみたいだ。村のみんなも……」

「今世の父さんと母さんもいい人だったのに……」

「俺たちもここで最後かな……」

「……せっかく前世と同じく双子で生まれてこれたのにね」


 場面が飛び飛びになりながら、一気に村の攻防終盤へとスキップされた。


 村中の至るところから炎や黒煙が昇っていた。


 鼻を衝く人と魔物の臓腑の臭いとザラついた空気。


 村を守って死んだ者たちとそれ以上の辺りに転がっているおびただしい数の魔物の死体。


 前世の漫画やアニメなんかでよく見るゴブリンが我が物顔で、辺り一帯に散らばる家畜や人だったモノを物色していた。


 その中でひと際大きな影。物語でよく出てくる中ボス扱いのオーガ。


 人間の無力さを痛感させるには威容と存在感を放っていた。


 燃えていく村とその巨体を前に呆然と立ち尽くしてしまった。


 そんな俺たちの存在に気が付いたゴブリンたちは一斉にこちらへ真っ赤な瞳を向ける。


 大群と呼べるその全てが小さな獲物を見つけて嗤っているように見えた。


 そんなゴブリンたちを意とも介さず、オーガが蹴散らしながら躍り出てきた。


 ゴブリンたちは、自身が巻き込まれないよう俺たちとオーガから距離を取った。


 奇妙な空間ができる中、オーガは俺たちを目標と定めたのか、一歩一歩ゆっくりと歩み寄ってくる。


「どうせ最後なら、自分たちで考えた最強の魔法をお披露目して終わろうか」

「それ、いいわね。私のは一応遠距離範囲魔法になるから雑魚ゴブリン対応するね」

「俺は身体強化の一点突破だからオーガとやるわ」

「タージュ、次があったらまた宜しくね」

「こちらこそだ、アヤ」

「それじゃあ、やりますか」

「それじゃあ、いきますか」


 そして、俺とアヤの言葉が重なり、体内に残っていた魔力を搾り出すように練った。


 俺たちを取るに足らない小物と見下して近付いてきた灰色の巨漢が目の前に立ち塞がる。


 それを睨みつけるように見上げる。おそらく父さんと母さん、それに村のみんなの仇だ。


 腕を伸ばせばすぐに掴まえられてしまうだろう。そんな距離。


 俺とアヤが練習不足で上手く発動させられるかも判らない自称最強の魔法を行使しようとする。……が、その寸前のところで目が覚める。


 この夢はいつもそんなオチなのだ。


第二話、雑貨屋もんじゅ


 全身を拘束されたような寝苦しさと、耳元に聞こえる微かな呼吸音で目を覚ます。


 薄暗い部屋の中に、一条の光が差し込んでいた。窓の扉から漏れた陽の光だ。どうやら朝になったらしい。


 左腕に感じられる重さと痺れで、夢見心地の気分に浸れず一気に意識が覚醒する。


 身体をよじりずらしながら、右手で痺れの原因となったモノを押し退けて、狭いベットからなんとか抜け出す。


 なんか突起の付いた柔らかい感触と微かな艶っぽい声が聞こえたけれど、今更なので気にしない。


「アヤ、起きろ朝だ」

「……んー、まだ起きたくない」

「りょーかい」


 ベットの隣で一緒に寝ていたアヤは、気だるそうな声を出して起きるのを拒否した。


 いつものことなので起こすのは早々に諦めて、アヤをそのまま寝かせることにして、静かに服を着替えて髪の毛を結んで寝室から出た。


 トイレで用を足したあと、家の裏にある小さな庭に出て、眠気覚ましを兼ねて日課である肉体の鍛錬をこなしてひと汗掻く。


 浴室で汗で火照った身体を水で軽く洗い流し、洗面所で改めて身だしなみを整えて、台所に向かい朝食の準備を始める。


 今朝のメニューは、白米と自家製ベーコンに半熟の目玉焼き、味噌汁。いたって普通の朝食だ。


 アヤはまだ起きてこないので、俺一人寂しく朝食を摂っていると、玄関の扉の開閉する音が聞こえてきた。


 そして、パタパタと廊下を歩く音が聞こえ、すぐに居間の扉が開けられた。家の合鍵を渡している者は限られているので誰が来たかおおよその想像がつく。


 俺は扉の方を向きながら挨拶をした。


「おはよう、リーン。今朝も早いな」

「タージュさん、おはよーございま-す。相変わらず美味しそうな朝御飯ですね」

「どうせ、朝食目当てに早く来たんだろう。用意するからちょいと待っててな」

「えへへっ。ごちそうになります」


 セミロングで髪を揃えた少女、リーンはバツの悪そうな表情をするも、すぐにぱあっと笑顔の花を咲かせる。スマイル無料じゃないけど、朝食分の料金を頂いた気分になる。


「いいね、その笑顔。今朝もありがとうございます」

「もー、タージュさんはいつもそうやってからかうー」

「ははは……」


 そんなつもりは無いんだけどな、と内心で苦笑を浮かべながら、俺は台所に向かってリーンが食べる分の朝食を用意する。


 リーンは自分の指定席に付いて待っていた。そして、目の前に並べられた朝食に祈りを捧げてから、フォークを使って小動物の様にチマチマとモクモクと食べる。そんな姿に和みながら、俺も一緒に朝食を摂った。


 食べ終えると、黒々としたお茶を淹れて食後の一服を嗜んだ。リーンはそれを見て顔をしかめている。


「いっつも美味しいご飯作るのに、どうしてそんな苦い泥水を美味しそうに飲むんですか」

「気分的なもんだからな。それに何回も返すけど泥水じゃない、コーヒーだ」

「……私には理解できない味ですよ」


 初めてのコーヒー。リーンにお子様の味覚にはまだ早いと言ったのに、年がひとつしか違わないクセにって怒りながら真似して飲んだ結果、コーヒーに苦い泥水の称号が付けられた。ちなみにリーンは別に用意した緑茶を嗜んでいる。


 俺とリーンはコーヒーと緑茶を飲み終えたあと、台所の流しで朝食で使った食器類を流れ作業で洗っていく。


「アーヤさん、起きてきませんね」

「いつものことだからな。そのうち勝手に起きてきて自分のことやるだろ」


 我が相方は、一向に起きてくる気配がないし、こちらから改めて起こしにいく気もない。


 一応、アヤの朝食分も作って寄せてあるし、起きてきたら勝手に食べるだろう。


「それよりも、そろそろ開店しないとお客さんがやってっ来るぞ」

「そうですね。今日もいつもの感じですか?」

「うん、たまに様子を見にいくけど、なんかあったら呼びに来て」

「はい」


 今日は平日で週の中日なかびだ。俺とアヤは店に出す商品を作るため、作業部屋に篭っている。その間、リーンに店番をお願いしている。いわゆる、ウチの店の売り子さんだ。


 二人で洗い物を済ませ、すぐ家に併設された店舗に移動、開店準備を始める。それが終わるとリーンは着替える為、荷物置き場を兼ねている裏の作業場へ向かった。


「タージュさん、お待たせしました。いつでもいいですよ」

「判った。扉に開店の札を掛けてくる」


 それほど間をおかず着替えてきたリーンの言葉を聞いて、俺は店内から外に出て『雑貨屋もんじゅ』と書かれたスタンド式の看板を入り口付近に置く。


 看板が風で飛ばないように重石を乗せて固定して、店舗の扉に下げていた閉店の札をひっくり返して開店に変えて店内に戻った。


 入り口に店名の入った看板を置いて、扉に開店の札を下げて店内に戻った。


「リーン、あとは任せた。俺は裏の工房にいるからなんかあったら呼んでくれ」

「はい。タージュさんも治癒薬の製作頑張って下さい」

「ああ、任せとけ」


 さすが十三歳の女の子、眩しいくらいに元気があって大変宜しい。


 俺は裏の工房に続く扉に向かいノブに手を掛けた。そのタイミングで、店舗扉に据えつけてた鈴が軽やかに鳴り響く。


 どうやら本日最初のお客さんが入ってきたようだ。


「いらっしゃいませー」


 透かさず、接客の挨拶をするリーン。


「やぁリーンちゃんおはよう。治癒薬が欲しいんだが、置いてるか?」

「おはようございます。治癒薬はそこの棚に置いてますよ」


 冒険者の格好をしているところを見ると、冒険者ギルドでなにかしらの依頼を受けて、これから城壁から出るのだろう。


 俺は、リーンの接客を邪魔しないよう、静かに工房へ入りそっと扉を閉めた。


 さぁ、今日もまた一日が始まる。


第三話、工房で治療薬作り


 ウチの雑貨屋は、ノーセロの街北部を守る城壁沿いに存在している。顧客は主に冒険者ギルドに所属している者たちだ。


 出入り口である北の門から若干離れているものの、朝夕、冒険者ギルドで黒の樹海関連の仕事や北の漁村に向かう仕事を請け負った冒険者たちが、城壁を抜ける前や外から戻ってきた時に、備品や消耗品を整える為に立ち寄っていく。


 中には、アヤやリーンを目当てに商品をたくさん買って気を引こうとする冒険者もいるようだけど、俺が未成年者に対して色目で見るなと睨みを利かせている。


 もっとも、売り上げは俺が店番をしている時よりあるので、アヤとリーンはそういったお客さんを上手くあしらって売っているのだろう。


 取り扱っている商品は、主に治癒薬や魔力を回復させる魔法薬。他には、野外活動で役立ちそうな物品や日用雑貨品などがある。あと干し肉などの保存食品。これの大体を仕入れたり作ったりしているのが俺だったりする。


 アヤの方は、身に着けるアクセサリーや女性向けの小物類、コスメティック関係。場合によって衣服の製作をすることがある。それらに関しては女性に大人気だ。


 あと、悪乗りして作ったお土産物コーナーもあったりする。昭和のお約束な三角ペナントやちょうちんに謎の木彫りと美少女フィギュアなんかをを飾っているけど、殆どは売れずに店のオブジェと化している。


 販売している商品に関して、自分たちで作れる物はここの工房で生産して、手が回らず作れない物はノーセロの西側にある職人街で委託作製して貰っている。


 エプロンを身に付けて作業台の前に立つ。日によって作るものを決めているけど、今日は治療薬を作る日だ。


 まず最初に魔法を使って温水を作り出して鍋いっぱいに溜めた。


 調薬前の薬草箱の引き出しから、青い色をした粉末、癒し草の乾燥させて粉末状にしたモノを用意する。


 なんとなく漢方薬っぽいなと、思っていたらアヤも同様の感想を持っていた。


 そして、沸騰直前の約九十五度で一定の温度を維持するように設定した魔導式コンロを起動させてお湯を沸かす。


 鍋の内側に気泡が出てきたのを確認して、計量匙を使って適量の食塩と粉末状の癒し草を決められた割合で煮出していく。


 なんとなく、お茶を入れている気分になるが全体的に青い色なので、飲んでみたいとは思えない色合いである。が、必要とあらば飲んだり掛けたりするしかないんだよな。


 煮出した汁はやがて青い色に染まっていき、そこから不純物を取り除く為、目の細かい布で濾して液体だけを別の容器に抽出していく。


 あとは冷やして出来上がり。これが一般的に取引されている中品質の治療薬となる。ちなみに、液体が濃い青色になるほど品質の高い治癒薬と言われている。


 ここまでが幼い頃に母さんから最初に教えて貰った、治癒薬作製の手順に沿ったやり方だ。


 煮出すお湯の温度や癒し草の割合を少しでも間違うと、品質にブレが出て質の落ちた治癒薬になる。これは他の調薬でも言えることで、一定の温度を保てる魔導式コンロ様様だ。


 正確に温度を測る術もないこの世界では、製作者の経験と勘が全てだった。そんな状況下で、いつも一定の品質で作っていた母さんは熟練の調薬師だったのだろう。


 他の製作者の中には、液体の青い色を濃くする為に、癒し草を入れて販売している者もいるようだけど、実際のところそういった中身があっても色の変化はそれほど見られない。気持ちの問題だ。


 いや、たまに高品質の治癒薬が出来ていたけど、その条件が不明だった。


 実は、調薬時にちょっとした魔力を馴染ませるとこの色に変わる。おそらく、魔力をふんだんに含んだ癒し草が混じっていたからだと推測される。この発見は、小さい頃に母さんの手伝いをしていたアヤのお陰だった。


 ただこの技術は、魔法を使えない母さんにとっては難題だった。が、すぐに魔石を粉にして使用することを思いついて、試してみたら上手くいった。上手くいかなかったら黙っていようと思っていた。


 なので、自分たちが魔法を使えることを秘密のまま、母さんにこの技術を伝えたら「まさか」と言いながら魔石粉入りで作ってみたら、本当に青色が濃い高品質の治癒薬ができていて、とても驚いていた。


 いまは、その母さんも居ないので魔力を簡単に馴染ませるために、魔法で生み出した温水を使って製作している。


 そして、ここから更にひと手間加える。


 これもある一定の温度、約八十度ぐらいに温度設定した魔導式コンロで、濾した治癒薬の液体を蒸留させるのだ。そうすることによって、最高品質の治癒薬になる。


 今し方造り出した癒し草で出来た治癒薬は、濃紺色と言っていいほど青黒としている。


 前世の記憶にあった蒸留酒の製作方法を思い出して試した見たところ、その思惑はズバリと的中した。


 母さんから教えて貰って俺とアヤが改良した製作手順でも、これほどの色にはならない。


 せっかくなので、こっそりと同じ温度で精製できる蒸留酒もどきを造って、この家の半地下に隠しているんだけど、このことは俺とアヤだけの内緒の話だ。


 母さんが作っていた魔力粉入り癒し草で出来た高品質の治癒薬はその後、数年ほどしか出回らなかった。


 なぜなら四年ほど前に、俺たちの両親が死んだからだ。いまはその知識と技術を俺とアヤが引き継いでいる。


 他にも魔法薬や解毒薬、一般的に使える胃腸薬や解熱薬などなど、教えて貰った知識と技術はたくさんあり、今となっては大事な財産になっている。


 作業に慣れてしまったのもあるけど、調薬作業は母さんとの思い入れがある分、ついつい昔のことを関連させて思い馳せてしまう。


 ちなみに、父さんの方は生前冒険者家業を生業としていた。こちらも、休みで家に戻ってくる度に、それなりの手解きをしてもらったのはいい思い出だ。


 効能に関しては、治癒薬と謳っているけど、ファンタジーRPGで言うポーションの廉価版みたいなものだ。


 死に掛けから一気に回復できるゲームみたいな激的な変化は無く、身体の欠損も補えない。あくまで怪我した傷口に振り掛けると薄皮が張って出血が納まる程度だ。ガマの油みたいなものかと思った。


 一応、高品質になるほどその効能が高くなる。治癒薬を使ったらしばらく身体に馴染ませるために休む必要が有るが、高品質になるとその時間が短縮される。最高品質になると、すぐに動いても問題ないぐらいだ。ひとつ問題があるとすれば、流した血が戻らないことだ。


 使ってすぐに活動できるかできないかの違いだけど、すぐに動けるか動けないかの違いで命に関わる場合もあるので、中堅以上のベテランの冒険者がよく買い求めにくる。


 あと、飲むとスポーツドリンクみたいな甘しょっぱい味がして、熱中症対策の水分補給にも適している。更には胃腸や内臓関連も整調してくれるので、二日酔いなどにも有効だ。もしかしたら、それが中堅以上の冒険者がよく買いに来る理由なのかもしれない。


 魔法薬は、赤い色をしていてこれも飲み薬として使用する。カフェインを摂取したような精神の覚醒を促す作用があり、気分を高揚させてくれる効能がある。炭酸の入っていないエナジードリンクみたいなものか。


 副作用として、飲み過ぎると吐き気や手足の振るえにトイレが近くなる。酷い場合は中毒症状や依存症状をを引き起こす場合もある。治癒薬より使い勝手が悪い印象だ。


 この国やここの辺境伯領に、その手の法律や決まりがないので、現状は作り手も使用者も野放し状態だ。


 なので、ウチでは販売時は用法用量を守って使用するように注意喚起している。


第四話 昼食の準備


 体感的に午前中と正午の中間ぐらい。居間と工房を接続する扉の開く音がした。


 そして、下着姿のアヤが気だるそうに入ってくる。


「……おはようタージュ」

「おはようアヤ。朝メシはちゃんと食ったのか?」

「んー、ちゃんと食べたよー」

「お前、その格好誰かに見られたらどうすんだよ」

「……ここにはタージュだけだからダイジョーブ」

「あー、さいですか」


 一応、下着姿に突っ込みと注意喚起しておくけど、いつもこんな感じだ。家の中だから別に気を抜くのはいいけど、そのうち誰かに見られても知らないぞ。


 でも逆に、他者が居る場だと人が変わったように凛とした女になるんだよな。言い方を変えれば、外面そとづらを取り繕うのが上手いのだ。その姿に騙される男たちよ、アヤの普段はこんな感じなんだぞ。


「……なによ?」

「なんでもねーです」


 俺の、口に出していないつぶやきを察してそうだけど。そんな素振りも見せず、ひと言ふた言交わして、そのままパーテーションの向こう側にある自分の作業スペースへ歩いて行った。そこでガサゴソと衣擦れの音がしているので作業服に着替えているのだろう。


 やがてパチンパチンと糸を弾く音が聞こえてきた。アヤが縫い物をする際の手癖だ。どうやら今日は衣服作りをするようだ。


 アヤの糸を弾く音を聞きながら、治癒薬製作の作業を続け、ついでに抽出中や熱冷ましのアイドルタイムを使って昼飯の準備をしてく。


 ちなみに、この世界では、この地域だけかもしれないけれど、朝と夜の二食しか食べない。食べたとしても軽くパンや干し肉なんかを摘む程度だ。


 俺とアヤは、ここに住み始めてからは、軽く摘む程度だけど、いつも昼食を摂ることにしている。


 調薬と調理はなんとなく似ているので、いまは食事を用意するのが俺の仕事になっている。


 たまに「アヤがやってもいいよ」って冗談めかして薦めるんだけど、お前の女子力はどこ行った? ってぐらい焼肉オンリーになる。


 そのことをツッコむと「肉食系女子だからいいじゃない」なんて反論もされるが、本当のことなので言い返せないのだ。


 今朝の夢でも見た開拓村での出来事以降は随分と開き直ったものだと思う。いや、いまだにそのときの反動が夜に出てきているけど。


 思考を右往左往させながらも、身体はしっかりとやり慣れた動きをトレースして、パン生地に水や塩、乾燥させた葡萄由来の酵母を練り込んで発酵させていく。


 体感で昼前ぐらいと判断。あとは焼くだけと成ったそれと、木栓で封が施された日本酒の徳利みたいな瓶が一ダース五セット、計六十本が入る木箱で五箱分が出来上がった。


 今日の午後に、冒険者ギルドに収める分の調薬ノルマは達成したので、台所に行って石窯を使ってパンを焼くことにした。


 パーテーション越しに、アヤに「先に行って昼の準備しとく」と、ひと声掛けて作業部屋を出て、台所に向かった。


 朝御飯はアヤが全部を食べきったのか、綺麗に片付けられて何も残っていなかった。


 火の魔法を使って石窯の内部温度を上げて、少し大き目だけど均等に分けたパン生地を油を引いた調理用の鉄板に乗せて突っ込んで扉を閉める。


 俺が居るとき限定の乱暴なやり方だけど、燃料になる木炭や薪を使わないので経済的なのだ。


 パンが焼きあがるまで、魔導式冷蔵庫から副菜になりそうなモノを確認していく。


 目に入ったのは、葉野菜とトマト、卵、ひき肉、玉ねぎ、牛乳だ。汁物は粉末状にしたコンソメを使用するとして、昼食と言っても間食っぽいし簡単に作ればいいか。


 気分的にサンドイッチもどきより……、「ハンバーガーもどきだな」


 そうと決まれば、葉野菜を洗ってトマトは輪切りにする。戸棚からパン粉を取り出して、卵、ひき肉、玉ねぎ、牛乳を混ぜ込んでいき、調味料を使って味を調える。それが終わったら空気を抜きながら平らな丸い形に成型してパテを作る。あとは、石窯の小窓から中を覗いてパンが焼けるのを待つ。


 取り出すのによさげなタイミングを見計らって、ミトンを使って石窯から焼き上がったパンを取り出して、フライ返しを使って皿の上に乗せて余熱を取る。


 その間、フライパンに火を通して、整形したひき肉を焼いていく。


 それが焼きあがったら、滲み出た油をそのまま使って、ナイフで上下に切り分けたパンの切り口を、少し焼いて焦げ目を作っていく。


 そうして出来たパンにパテを乗せ、葉野菜と輪切りにしたトマトを載せて上から挟んで出来上がり。ハンバーガーもどきの完成だ。


 開拓村やここの領都では、ハンバーガーやサンドイッチの存在は見受けられなかった。が、世界は広いので他所で似たような調理法があるかもしれない。


 そして、この世界でも同じような由来や逸話が在ってそれらに別の名前があるかもしれないので、それが判るまで当初は具材のパンサンドと、俺は言っていた。


「見た目がハンバーガーだからハンバーガーでいいじゃん。サンドイッチや他の言葉だってそう。タージュが地名や由来、逸話を気にしたってしょうがないじゃない。そんなこと、ここでは私たち以外は誰も知らない話なんだから、逆に変にこだわり持ってると反って怪しく見えるわよ。それに、言葉や単語なんて使い続けていれば、その場所界隈ではそんな名前、そんな方言、そんな言い方なのか、ってみんな思って同じ言葉や単語を使うようになるわよ」


 アヤから長々とその言葉を聞かされ、俺が気にし過ぎなのかなぁって、なかば納得してしまった。なので、いまでは具材のパンサンド改め、もどきを使用している。ちなみにコンソメやサンドイッチも同様だ。


 もどきを使うのは俺の気持ちの部分で半ば納得できない所、おそらく前世の著作権とか商標登録の言葉をいまだに引きずっている所為もあるのかなって思ってるけど、そのうち心内で整理が付いたらそれも取れるだろう。


 そんな思考を余所に、スープを用意する段階になっていた。魔導式コンロで鍋に沸かしていたお湯に粉末状のコンソメを投入して溶いていく。


 具が入っていないので、台所の戸棚から乾燥わかめを取り出して塊を幾つか投入する。入れすぎると鍋から溢れるので注意が必要だ。


 転生体この身体で海苔やわかめなどの海藻類は消化できるか不安だったけど問題は無かった。と言うか、北の漁村でも売れない食材として自前で消費していたので、この世界の住人たちは普通に食べられるのだろう。


 乾燥わかめも残りも少なくなってきたので、近いうちに北の漁村に行って安く仕入れてこようと、心の中でメモを走らせた。


 こういった手間隙を考えるたびに何度も思い返してしまうけど、スーパーやコンビニなんかで買うことができた前世のお店事情と、手軽な調理が出来る冷凍食品やインスタント食品が懐かしいと感じてしまう。


 あとは、創作の資料用として観た動画の数々は視聴ていてよかったと思う。古い記憶だから曖昧模糊ではあったけれど、試行錯誤したお陰様でなんとか形になって役立っている。


 ありがとう、前世では自称漫画家の俺。


第五話 昼食の風景


 昼食の準備ができた。


 このあと、リーンに昼の休憩を取ってもらうため店番を交代するので、アヤやリーンには申し訳ないけど先に摂らせてもらう。


 昼食はいつものように頂きますから始まってご馳走様で終わった。


「……いつもより大きめだったけど余は満足じゃ、ふうっ」


 ハンバーガーもどきは一つだったけど、いつもより大きく作ってしまった。そこにコンソメスープも飲んでいたことで、いい感じに満腹感を得られた。


 お腹をさすり満足していたら、工房でひと仕事を終えたのか、アヤがやってきた。


「アヤ、お疲れ。さきに頂いたよ」

「タージュ、今日のお昼はなぁに?」

「葉野菜とトマト、ハンバーグをパンで挟んだハンバーガーもどき。あと、コンソメにわかめを入れたスープ」

「……そう。たまにはチーズバーガーや照り焼きハンバーガーも作ってくれてもいいのよ?」

「いいのよって、作る手間を考えて欲しいな。そもそもチーズはないし、マヨネーズの在庫が残り少ないから、その選択肢は最初からなかった」

「あら、残念。……そうね、いつもありがとね」

「……な、なんだよ突然?」


 なぜか急にお礼を言われてしまった。アヤと話しているとよくあることだけど、レコードの針が飛ぶように急に話題が変わることがある。


 コレもそうなんだろうけど、普段はあまり言われないことを言われるとなんか照れるな。


「タージュが作る手間って言ってたから、遠回しにお礼の催促しているのかと思ったわ」

「そこに引っ掛かったのかよって、ちがわいっ、さっさと食っちまえ、この原作者兼売り子さん」

「な、なによ、急に古いネタ持ち出して……」

「いや、それ作ってる最中に古きよき前世じだいのことを思い出してなー」

「……相変わらず過去のことよく覚えてるわね。なんかそーゆーのってお年寄りっぽいわよ。外見は中坊、中身はお年寄りってヤツ?」

「おまっその言い方ぁ、実際その通りだから言い返せないけどさぁ」

「じっちゃんのナニに掛けて真実はいつも残念な結果になるのよ、ふっふーん」

「おい、やめろっ、色々言い間違えているうえに作品が混ざってるじゃねーか」

「……えっ?」

「えっ?」


 ……なに、そのきょとんとした顔。本気で間違えて覚えていたの? マジで? 結構、有名な少年探偵ネタなのに?


 互いに見つめ合う。あ、アヤの顔が赤くなってきたから自分の言い間違いに気が付いたっぽい。いや、ここが一つ前の話に戻すポイントだ。


「げ、原作者のクセにロクな説明もせずアレ描けコレ描けって、資料はネット動画でね、って無茶振りの丸投げだったじゃねーか」

「わ、私だって原作のほかに修羅場モードになったときは手伝ったじゃないっ」

「その節は大変お世話になりました。お陰でイベント本は落とさずに済みました。ありがとうございます」


 背景を描くのは上手いくせに、モブを描かせると顔の顎が凄く尖がっていたけどな。そのお陰で一部女性ファンも付いていたから侮れない。好きな人には好きな絵柄だったのだろう。


 男性向けだったのに女性にも受けるって結構売れそうな気もするけど、実際は創作ジャンルの島の真ん中辺りで泣かず飛ばずな活動してたけどな。


 でも、それはそれでそのときは大変助かったので、前世のことでも素直に感謝を述べる。


「わ、判ればいいのよ」

「まぁ、なんだかんだ言って、資料関係の大体はうろ覚えなんだけどな。でも、それがあったからいま何とか形になった飯が食えるんじゃないか」

「そうね、タージュ様、改めて食事の準備ありがとうございます。お礼に今宵もお相手致すので覚悟しておいてね」

「いらない。覚悟もしない。謹んでご遠慮したい所存」

「ぶーっ」


 俺のお相手致す、じゃなく私を慰めて、だろうにまったく。いまだ開拓村の出来事を引きずってるクセに。っていうか、俺も、だけどな。


 俺もアヤも前世の記憶や過去の出来事を、傷付いた獣のように傷を舐め合って慰めているのだ。お互いの存在に依存し合っていると言ってもいい。


 こうしたやり取りで、それを再確認していく。そのうち、お互いが前を向いて歩けたらいいな。


 アヤは自分の指定席に付いてハンバーガーもどきをジッと見つめる。


「なんだ?」

「ねぇ、タージュ。このハンバーガー、いつもより大き過ぎるんだけど、どうやって食べればいいの?」


 両の手の平を上に向けワキワキと動かしている。


「普通に持って食べればいいだろう」

「女の子の手じゃ持つのに大きすぎるのよコレ」


 それを聞いた俺は台所に行ってナイフとフォークを持ってきて手渡す。


「……はい、これで切り分けて食べて」

「えーっ、ハンバーガーはかぶりついて食べるのが醍醐味なのに……」


 そう言いつつも、アヤは俺からナイフとフォークを受け取って、続けて「いただきます」と言ってから、皿の上のハンバーガーもどきを切り分けて口に運んでいく。


 その姿は絵になるんだけど、俺もかぶりつきには同意見です。次は女子でも簡単に持てそうな大きさにしようと反省する。


「じゃあ、俺はそろそろリーンと交代してくるから」

「いってらー」


 アヤの投げやりな見送りを背に受け、雑貨屋の店舗に向かう。


 リーンは普段、接客や会計をこなし、合間で商品の整理で並べ替えや清掃しているけど、この時間帯はレジカウンターの所に据えつけた椅子にちょこんと座っている。


 お客さんは店内に居らずとても落ち着いた時間帯で、これから俺が交代で店番するのを判っている者たちが避けているのだ。特に男共が。……楽できるからいいんだけどさ。


 そんなことを思いつつ、店番のリーンに声をかける。


「おーい、リーン昼飯の時間だぞー」

「えっ、もうそんな時間ですか?」

「今日の賄いは具材のハンバーガーもどきだ」

「わぁ、今日はハンバーガーなんですか、凄く楽しみです」

「少し大きめだから食べるの大変かもだけど、リーンは育ち盛りなんだ、全部食えよー」

「はーい」


 ハンバーガーもどきって言ったら、普通にハンバーガーって返されてしまった。


 どうやら地道にその名前が浸透していってるらしい。


第六話 店番と昼休憩


 リーンは昼食を摂りに居間へ行った。


 俺は入れ替わるように店番に入り、店内を見回して在庫の確認をしていく。


 日用品や雑貨品は他の店でも買えるのでそれほど出ておらず、ウチの店の主力商品である治癒薬や魔法薬がそこそこ出ているようで普段より減りが早い。


 昨日まで雨が続いていたから、黒の森に行けなかった冒険者が買いにきたのだろう。そう思いながら店のバックルームに保管していた治癒薬を持ってきて補充してく。


 残りの在庫状況からそろそろ店の分も作り置きしないと駄目そうだった。さっき治療薬を作った際、癒し草の在庫も心許なくなってきていたから、冒険者ギルドへ納品に行ったら買ってこないとな。


 それが終わると、レジカウンターの所に置いていた椅子に座ってひと息ついた。そこで、お客さんが来るのを待っているけど、全然来ないのでとても暇だ。


 前世だと、こんな感じにしていると、「店員が仕事をしていない」、「遊んでいる」、「休んでいる」なんてクレームが入りそうだけど、ここではおおらかな人間が多いので、そんなことは言うヤツは少ない。


 かといって、暇で身体を持て余しているのも事実なので、俺は魔力の繊細な制御訓練として、指先に小さな水球を浮かべて動かしてみたり、色々な形に変えてみたりしていく。


 それなりの集中力を伴なうけれど、そうしていないと食後の満腹感からくる睡魔に負けて眠ってしまいそうだった。


 魔法で作った水球を弄りながら体感で小一時間もすると、リーンが昼休憩から戻って来る気配がした。


 俺は空中に浮いていた魔法の水球を霧散させたのと同時ぐらいにリーンが店舗内にやってきた。


「タージュさん、お待たせしました、お店の番代わりますよ」

「お帰り、リーン。ゆっくり休めたかい?」

「はい。あ、ハンバーガーごちそうさまでした。とても美味しかったです」

「それはなにより。こっちはお客さんが来なくて暇を持て余していたよ、ははは」

「えっ、そうなんですか? 午前中は結構お客さん来てましたよ」

「うん、商品の減り方を見てそんな感じがしてた。補充しておいたから午後からも宜しく」

「任せてください」


 笑顔で答えたリーンに頷き、あとを任せて居間へ戻ろうとしたら、店舗扉に据えつけた鈴が軽やかに鳴り、お客さんの来店を告げた。


「いらっしゃいませー」


 ……外で、俺が居なくなるのを見計っていたんじゃないか、ってぐらいのタイミングだけど、あとはリーンに任せているので速やかに居間へ戻った。


 店番をしている間に食後の満腹感は落ち着いたものの、魔法の制御訓練で精神的な疲労を感じたので、平日の日課である昼寝をすることにした。


 昼食後は、アヤは居間のソファーを定位置に陣取って横になっているので、俺は別の場所だ。


 朝方、肉体の鍛錬に使った裏の小さな庭に出る。そこの軒下に、売れ残りの商品である布製ハンモックを設置してあり、それが俺の昼寝場所になる。


 一応、ハンモックを固定しているロープの状態が大丈夫なことを確認したあと、その上に身体を置いた。日陰ではあるけど太陽が眩しく感じられる。


 俺たちが居るこの国は、前世で暮らしていた日本と同じような気候だけど、異常気象とは無縁の穏やかな季節の移り変わりをしていた。


 暦も大体同じような感じで、三百六十日を十二分割していて、ひと月は三十日、週六日。週の始まりは光の日から始まり、火、風、水、土と来て、週末に闇の日が来る。年越しの辺りで五日か六日の調整日が存在している。


 ありがたいことに殆ど前世の地球と変わらず、一年が約三百六十五日になる。緑豊かでなんとなく既視感のある地形だってそうだ。夜には衛星である月が見え、見覚えがある星座もたくさん観測できる。


 他にも、陸や海の動植物の生態や名前が酷似していたりする。違いがあるとすれば、魔物や迷宮の存在か。


 もしかしたら平行世界の地球なのかと思える程、この世界は色々と作為的な部分が見えるけど、あれこれと憶測や推測したところで、自分たちは神にすら遭ったことのないただの転生者なので、なにか使命がある筈もない。


 俺もアヤもそんなものなんだと達観しているし、多少の知識チートは使わせてもらっているけど、この世界に在って主人公ではないと認識している。逆に、そう結論付けたことで俺たちは雑貨屋を営んで日々を暮らすことにした、と言ってもいい。


 そして、いまは六月の中旬。丁度、入梅時期に当たっているけど、今日の太陽はすこぶるご機嫌で、とても天気がいい。昨日まで、天気が凄く悪かったのが嘘のようだ。来月の頭は墓参りがあるから、このまま梅雨が明けてくれればいいなぁ。


 ここは軒下で日陰だけど、目を閉じても陽の光を感じるので、四つ折にした手拭いを目元に置いて、まぶたを透過する明かりを遮って寝る体勢を作った。


 午前中は仕事をして午後はシエスタと、前世の日本では考えられない優雅な暮らしだ。いや、自営業だから成せるワザか。


 自分たちがそんな生活をしているのに、さすがにリーンにだけトイレ休憩や昼休憩なしで働かせる訳にもいかないので、しっかりと休憩を取るように言ってある。


 さきほど、小一時間ぐらいして戻ってきたのはそのためだ。ちなみに、トイレ休憩はアヤと交代してもらうように言ってあるけど、アヤがいない場合のことを考えて、もう一人雇った方がいいだろうか? ……あとで、アヤと相談かな。


 当初は遠慮していたけど、ウチのやり方として、休憩を取ることで体力や気力を回復させて、仕事に備えるのも大切だと教えた。


 いまでも、そのことに若干戸惑いと申し訳なさがあるのか、昼食後の洗い物をしてくれている。俺たちみたいに寝ていないけど、それでも昼の余った時間で多少の休憩を取っている様子だ。


 世間的には、朝から働き始めると終業である日暮れまでずーっと働きっぱなしらしい。一応、暇になる時間帯で休憩は取っているようだけど、決まりはなくマチマチな時間になるのだとか。


 リーンが、決まった時間に休憩を取るウチのやり方に、戸惑うのも頷ける。

 

 さて、午後の予定を考える。


 日によっては、昼寝から起きたら日暮れまで工房で作業のスパートを掛けるんだけど、下手すれば夜まで残業を続ける場合もある。そこまで無理してやらないけど。


 そして、今日はギルドに材料の仕入れと治癒薬の納品があるので、昼寝から起きたら治癒薬を持って向かわないといけない。ついでに、癒し草の仕入れと、食料品の買い出しもしないとな。出かける前、アヤにも一緒に行くか聞いてみよう。


 そんなことを考えながら、心地よく微かに揺れるハンモックの上で、徐々に睡魔が襲ってくる。


 思考は鈍り意識は夢見心地になり、やがて眠りに付いた。


第七話、ギルドへ向かう途中


 日課の昼寝は、身体が習慣的に覚えているのか、約一時間ぐらいで目を覚ます。


 疲れが酷い時はその限りではないけれど、その時間を越えて寝過ごすことはあまりない。仮にあったとしても、夜までその分の作業がズレ込むだけだ。


 寝起き後、ハンモックの上でしばし夢見心地気分を堪能して居間に戻る。


 昼寝する寸前、アヤに一緒に出かけるか聞こうと思っていたけど、既に起きていたようでソファーはもぬけの殻となっていた。


 工房の方に人の気配を感じるから、おそらくそこに居るのだろうと当たりを付けて向かった。


 パーテション越しにアヤの作業場を覗いて声をかける。


「アヤ、これからギルド行くけど……ってなにしてんの?」


 アヤは自分の作業用の道具類が入った戸棚に向かい、引き出しを開け閉めしてなにかを探していた。


「……んー。丁度いい色の糸を捜してたんだけど……なさそうね」


 戸棚に向かうのを止めて、作業台の上の途中まで裁縫していたであろう服を見る。引き出しを漁っていたのは、どうやら裁縫で使う糸を捜していたかららしい。


「タージュ、これからギルド行くんでしょ、私も途中まで行く」

「ああ、『みやよ』か」


 それが見つからなかったから、いつも布や糸を仕入れている店の前まで付いて来るようだ。


 ちなみに『みやよ』はその店の名前で、アヤが言うようにギルドへ向かう途中にある。結構なご年配の方が経営していているのだけど跡継ぎもなく、いつまで持つか心配になる店だ。


 俺とアヤは出かける準備をする。


 俺は、表に置いてある猫車っぽい一輪の台車に、午前中作ったばかりの治癒薬の入った箱を、緩衝用の厚手の布を置いてから五箱分を乗せてロープで固定していた。これを押してギルドまで行くのだ。


 その間、アヤはお出かけ用に軽く身だしなみを整えていた。準備を終えると、雑貨屋店舗で店番をしているリーンに、ギルドに納品と買い出しに出るので少しの間留守番を頼むと声を掛けた。リーンからいってらっしゃいの言葉をもらった。


 俺は台車を押しながら、アヤと一緒にギルドへ向かう道を歩いている。


 木製のタイヤが道のデコボコでガタゴトと音を立てているけど、箱の中身である治癒薬の入った土瓶は、下に引いている緩衝用の布と仕切りで別けられているため、割れるようなことはない。


「なぁ、アヤ。そろそろ新しい店員入れようか?」

「……どうしたの急に?」

「いやな、昼寝に入るとき、店番がリーン一人だけだとトイレに行けないんじゃないかと思ってな」

「えっ、トイレの交代なら私がするし、いまも糸買ったらすぐ戻るわよ」

「いまはな」


 そこで昼寝直前に思っていたことを話した。現状だとそれで間に合っているから問題はない。ただ……。


「……でも、もうすぐ七月じゃん」

「……あっ」


 正確には七月五日。俺たちが住んでいた開拓村が壊滅した日付だ。


 毎年その時になると俺たちは墓参りと称して、エンボイの伯父さんたちと開拓村の跡地に行っていた。今年で三年目になる。


 リーンがウチの店で働くようになって半年過ぎたけど、それ以前はその日を前後して一週間ほど休みにしていた。


 今回の墓参りは、リーンは関係ないので置いて行くことになる。その間、リーン一人に雑貨屋を任せることになるのだけど、ワンオペはさすがに厳しいんじゃないかと思う。


 そんな懸念を付け加えて話た。


「だったらその間お休みにすればいいんじゃないの?」

「……あ、それもありか」

「でもその前に、リーンの意思も確認していた方がいいかもね」


 ちなみに、リーンのときは、エンボイの伯父さんに紹介してもらった。


 最初、リーンは見習い冒険者として活動していたけど、見習い向けの雑用依頼をこなしていくうちに、城壁外で食料や薬の材料となる野草採取するよりも街中にあるお店や職人のお手伝いをしている方が自分に合っていると考えたようだ。


 丁度、俺たちが冒険者ギルドに所属していたエンボイの伯父さんとナナ姉に、雑貨屋の店番が欲しいと相談していたのもあって、その流れで紹介してもらっていまに至っている。


 エンボイの伯父さんと娘さんであるナナ姉は、俺たちと同じ開拓村の一員で、ゴブリンとオーガの襲撃を受ける直前、ノーセロ街の冒険者ギルドへ報告と救援を求めに出掛けていたので、その難を逃れていた。俺たち以外の生き残りだ。


 そして、開拓村が壊滅したあと、エンボイの伯父さんは冒険者ギルドで若手の教育係として働くことになった。ナナ姉さんは正式な冒険者になって、主に魔物の討伐や商隊の護衛などの依頼を受けて精力的に活動している。


「……それじゃ私ここだから」

「さっきの話、帰ったらリーンに伝えておいてもらえないか」

「りょーかい。じゃあね」

「またな」


 俺たちは『みやよ』の前まで来たので、そこで二手に別れた。


第八話 治癒薬の納品


依頼バイトの店員募集、冒険者ギルドに復帰するのか?→しない


 猫車を押して冒険者ギルドが入っている木造二階建ての建物までやってきた。いまが大体午後二の時間帯の所為もあり、入り口や建物内は閑散としている。


 賑やかになるの、冒険者たちがいい依頼を求めてやってくる朝一番か、依頼を終えて報告に戻ってくる夕方から夜に掛けての辺りなので、混雑する時間帯から大きく外れていると言ってもいい。


 俺は正面入り口から入らず、裏手にある業者用搬入口へ向かった。そこでギルドカードを提示して担当職員さんに取り次いでもらい、午前中に作った治癒薬の入った木箱五箱分を納めた。


 職員さんはさっそく受け取った木箱からランダムで治癒約の入った土瓶を抜き取って木栓を開けた。検査用の小匙に液体を数滴垂らして、用意していた五センチぐらいの白い糸の先端をそれに浸す。すると、白い糸は徐々に青色に侵食されて、最後は糸全体が青色に染まった。


 白い糸は治癒薬に効能に反応するように出来ており、効能が高いほど染まる部分が長くなる。逆に効能が低いと途中までしか色が付かない。今回は糸全体が染まったので治癒薬の効能は高いという結果になる。


 その後、手元にあった何本かの青い色の付いたサンプルの糸と見比べ品質のランクを確認する。色合いとしても高品質の部類になった。そこから一覧表に照らし合わせて、今回納品した治癒薬の値段が決まった。


 検品した職員さんから、納品した代金と使用済み治癒薬の土瓶が入った木箱を受け取る。治癒薬を入れていた土瓶の殆どは使用時にロストするけど、それは出先で使い捨てにするのが当たり前となっているからで、むしろ持ち帰ってくるのが珍しいとも言える。


 現地で使い捨てられた土瓶は、時間が経てば自然に還るとは思うんだけど、前世の幼い頃に住んでいた場所の近くの山から土器や石器が普通に出土していたから、もしかしたら遠い未来まで緩やかな劣化ともに土に埋もれて残っているかもしれない。


 いま木箱に入っている空瓶は、ギルド内の訓練かなんかで使った物だと想像がつく。これらは洗浄と煮沸殺菌して再利用する。


 一応、治癒薬の代金には瓶代も入っているので損はないんだけど、根っからのもったいない精神と、少しでも収入を増やすための地道な積み重ねでもある。


 受け取った代金は、巾着袋に入れて懐の内ポケットに収納した。木箱は来たときと同じように猫車に乗せて紐で固定した。


 応対してくれた職員さんは、納品した治癒薬の木栓の上部に自分の名前が入った焼印を検査の証拠として押していた。毎度のことながら、大したトラブルもなく納品できた。


 個人的には検査の簡略化の為に中身が見えるガラス瓶にして欲しいけど、ガラス瓶は高価だし迷宮産の治癒薬と一般的な治癒薬と区別が付かないからこの形になっている。


 ちなみに迷宮産の治癒薬はポーションと呼ばれ、一般の治癒薬より効果があるので結構な高値で取引されている。ウチの雑貨屋でも扱っているけど、表には出していない。


 ランクの低い冒険者たちが、一般的な治癒薬を普段使いしているので、それに合わせている。では、それを購入していくお得意先は誰かというと、信用ある高ランクの冒険者か貴族だ。


 彼らは、本当に命に関わる時の切り札として、迷宮産のポーションをつねに一、二本確保している。


 無色透明で粘性が高く、軟膏のように傷口に擦りつけると患部が泡立ちながらあっと言う間に癒えていくという。飲むと喉にドロリとした抵抗感と舌に刺さるような刺激があるそうだ。


 骨折はもちろんのこと、部位欠損の怪我をしても傷口同士を合わせて振りかけると、傷口が上手く接合して元に戻るのだとか。


 一応、骨折の治療時は骨接ぎをしなければいけないし、接合させるときは怪我をした部分を綺麗に洗浄しないといけないという注意事項がある。


 前世の医療技術を知っている身からすると、実にファンタジーな要素であり、本当はゲームの中に紛れ込んだんじゃないかなって勘ぐれるほどだ。……とは思っても、実際は死んでしまったら生き返らないので、やはりここは現実世界なのだ。


 まぁ、生業として高品質とはいえその劣化版っぽい治療薬を作っているから、いまさらなにを言ってるんだって感じもするけど。いまのところ、ポーションを使うような事態に陥ったことはないし、そういった現場に遭遇したことがないので、あくまで人伝ひとづてで聞いた話だったりする。


第九話 冒険者ランク


 そんなことを考えながら、業者用搬入口から出ようとすると後ろから声を掛けられた。


「おう、タージュ来てたのか」

「エンボイさん、こんにちわ」


 振り向くとエンボイの伯父さんが木剣を右肩に乗せながら汗まみれの状態で立っていた。


 少し遅れて見習いらしき少年少女が数人、疲労感を漂わせながらやってくる。どうやら奥にある訓練場で実習訓練をしていたようだ。


 俺を見た瞬間「げっ、タージュだ」と聞こえてきたけど、春先に店内でリーンにちょっかいを掛けていた少年の姿が見えた。名前は……覚えてないからスルーだ。


「エンボイさんは見習いの実習訓練ですか?」

「そんなところだ。タージュは……治癒薬の納品か」

「ええ、今し方今週分を治めたので帰ろうとしてたところでした」

「そうか。…………」


 エンボイの伯父さんはそう答えると、視線を左上に向けた一瞬でなにごとかを思案したらしく、少し間を置いてから言葉を続けた。


「ところで、お前たちにゴブリンの討伐依頼を受けて欲しいんだが、余裕はありそうか?」

「……んー、いまは店を見るので手一杯ですよ」


 どうやら思案したのはゴブリンの討伐依頼だったようだ。確かに一年前までギルドで仕事をこなしていたから登録はしているけど、いまは雑貨屋を経営している身だ。


 俺やアヤが代わるとはいえ店番はリーンしか居ないって相談したんだよな。やっぱり新しく人を入れた方がよさそうだ。


「……いやな、先週あたりから黒の森外縁部で結構な数が目撃されるようになってな。付け焼刃だが、こいつらの稽古もその一環だ」


 なにかの依頼で外に出たとき、ゴブリンに出くわした際の対処法と自衛手段を教えていたのか。見習いでも単体相手なら勝てるかもしれないけど、集団と出くわしたら数の暴力で襲いかかってくるから逃げの一手しかないんだよな。


「一応、ギルドの方でも討伐依頼を出しているんだが、なかなか数が減らない」


 エンボイ伯父さんは溜息を付きながら付け足すように愚痴をこぼした。


 ……なるほど、ベテランの冒険者さんが討伐依頼を受けていたのか。それでウチの店の治癒薬がいつもより売れてた訳なのね。


「……エンボイさん、コイツたまにしかギルドに来てないけど本当に戦えるんですか?」


 春先のリーンにちょっかいを掛けていた少年が、俺とエンボイ伯父さんが会話を交わしている後ろの方から、不服そうな顔をして割り込んできた。


「ん? タージュはこー見えても青銅ランクだぞ。こいつらは一年前までギルドで活躍してたんだ、知らんのか?」

「ええっ!?」

「うそっ、知らない」

「青銅ランクって……」

「っ!? なんでだよっ!? 俺たちとそんな変わらないじゃないかっ」


 後ろに居た少年少女たちから覚えていない、信じられないといったつぶやきが幾つか聞こえてきた。


 その中で一人、会話に割り込んできたガスター少年はそれはおかしいんじゃないかって具合の大声を上げた。一つしか歳が違わないのに、俺が青銅ランクというの納得できないのだろう。


 エンボイ伯父さんは言ってもいいかって目をこちらに向けていたので「余計な事は言わないで」とひと言付けて頷いた。エンボイ伯父さんは了解したとばかりににやりと笑みを浮かべていた。


「タージュは天然の魔法使いでな。そういった者はギルドに登録する際は無条件で青銅ランクから始まるんだ」

「……なんだよそれ、ずりぃな」


 ガスター少年のくやしそうに呟いた。彼と後ろの少年少女たちはまだ未成年で見習い扱いなので、おそらく駆け出し扱いの石ランクか、仕事を真面目にこなしている者は鉄ランクになっているだろう。


 そこから青銅ランクに上がるには、単純に十五歳の成人が条件となってくる。俺やアヤのような天然の魔法使いや、貴族の子弟などの特例を除けば、そこが一般未成年の見習いが到れる上限でもある。


 ちなみに、天然の魔法使いとは師匠を付けずに、いつのまにか自前で魔法を使えるようになった者をいう。逆に、師匠となる魔導師や魔術師の下で魔法の術理や術式、原理を学んで行使できるようになった者を魔術師という。


 前者は平民に多く、後者は貴族に多い。まぁ、天然発生の野良が魔法使いで、由緒正しき血統書付きが魔術師みたいなものだと思っている。


「ついでに言うと、タージュは一人で黒の森の灰色熊を狩る力があるからな、弱そうに見えるからって下手にケンカを売らない方がいいぞ」

「はぁっ!?」


 ガスター少年はそれこそ信じられないといった感じでこちらに視線を向けて声を上げた。おそらく、エンボイの伯父さんはガスター少年の対抗心を読んだのか、釘を刺しのつもりでひと言を付け加えたのだろう。


第十話 極北の星


 再びざわつく見習いの少年少女たち。そんな中で、ガスター少年が俺を睨んでいたので、ニッコリと微笑み返すと目線をそらした。


「……それにさっきも教えたが、彼我の戦力を正確に見極めるのも大事なことだ。ゴブリンだろうと、弱そうに見えるヤツだろうと、集団になれば恐ろしい力になるし、もしかしたら本当の実力を隠しているかもしれない。才能に恵まれたヤツもいるかもしれないが、地道に経験を積んでいくのが一番大事なことだからな」


 エンボイの伯父さんは見習いたちにそう言って聞かせ、改めてこちらに向き直った。


「で、だ。話を戻すんだが、いまはゴブリンを狩れる人手が幾らでも欲しい状態だからな、少し前に王都に居るナナに連絡を取った。近いうち『極北の星』がやって来るだろう」

「うえっ!?」


 『極北の星』のことはエンボイの伯父さんの娘さん、ナナぇが所属しているパーティー名だ。昨年、パーティーランクが銀に上がったのを機に、交通の利便性を考えて拠点を王都に移していた。


 ただ、俺やアヤにウザ絡みをしてくるのでとても苦手としている人たちだ。


「……タージュよぉ、お前らだけだぞ、そんな顔するの」


 表情に出さず内心で毒付いたつもりだったけど、どうやら気持ちが滲み出ていたようでエンボイの伯父さんにたしなめられた。


「やった、ヒューロ様にお会いできるかも!?」

「ああ、サーシャ様やナナヨー様の麗しいお姿をお目にかかれる機会が来るなんて……」

「控え目だけどディビス様やモーリィ様もいいのよねぇ」

「あ、判るっ、判るわぁ……」

「俺さ、『極北の星』に憧れて冒険者になったんだよ」

「お前も!? 親父たちの世代だと『暁一番』や『疾風の狼』らしいけどさ、いまは『極北の星』の時代だよな」

「だよなぁ。王都行っちゃたけど……」


 その後ろでは、見習いたちが憧れの推しに会えるといった感じの歓迎ムードで騒いでいる。


 当然だ。『極北の星』には五人メンバーが所属しているけど、その中でヒューロは絵に描いたようなイケメンだし、サーシャは綺麗系の美少女なんだよな。


 身内贔屓を抜いてもナナ姉ぇは可愛い系の美少女だし、ディビスやモーリィも三人に負けず劣らず美男美女だから、まるでアイドルユニットみたいなメンバーだからな。


 ほかにも理由はあるけど、一番はここのギルドの出世頭だから、地元冒険者たちにとても人気があったし、王都に行った彼らの活躍が聞こえてくるたびに冒険者経たちの間で話題に上がるぐらい、いまもある。


 そんな彼らの盛り上がりを見て、エンボイの伯父さんが苦笑いしているけど、会話の中に『暁一番』の名前が出てきたからだろう。


「エンボイさんトコのパーティ名が出てますね」

「つまり、お前の両親のパーティー名でもあるな。まぁ、俺としては『サラトリア』がいち推しなんだがな」

「そいつら迷宮に潜りたいからってオサリーザに拠点移したじゃないですかぁ」

「……そーゆーことにしたんだったか」

「したんだったか、じゃなくて……もー」

「あー、はいはい」


 『サラトリア』とは、俺とアヤが冒険者活動をしていたときのパーティー名だ。異世界モノ定番の冒険者活動に興奮してアレコレやらかしてしまい、一部界隈に迷惑をかけてちょっとした伝説を作ってしまった。


 のちに、我に返った俺とアヤは恥かしさのあまり、関係者各位に頭を下げたり付け届けをしたりして、渋々ながらその名前を封印してもらった。現在はオサリーザの迷宮に潜ってることになっている。たまに、いまみたいにネタとして話題に上ることがあるけど……。


 内心では、デリケートな部分もあるので触れないで欲しいのだけど、ゴブリン討伐に不参加の返事をしたからか、それともほかに理由があったのか、ちょっとした皮肉を込めたのだろう。


「……それとだ、ヒューイ様とサーシャ様はお付きの二人と館の方に戻られると思うが、ナナはいつものようにタージュたちのとこに行くと思うから宜しく頼むな」

「…………」


 エンボイの伯父さんは横を向いていた俺の肩に手を置いて、見習いたちに聞こえないように小さな声でそう言ってきた。


「王都からせっかく戻ってくるんだから、こっちに居る間だけでも親子水入らずで過ごせばいいじゃないですか」

「お前も判ってるんじゃないか? アレがこっちの戻ってきたときにどんな行動するかを……」


 エンボイの伯父さんはそう言ってどこか遠くの空を見つめるような仕草をして、「……俺はそうしたいんだがな」と付け足すように小さくそう呟いていた。


 最初にナナ姉ぇが家にやって来て俺たちの生活スペースを荒らす。その同日中には実家に帰ったはずのヒューロやサーシャがナナ姉ぇに会うといった理由で家まで来る。そのお供として、ディビスやモーリィも付随してくる。


 脳内に、そういった光景がフラッシュバックした。


「エンボイさんスイマセン用事が出来ました。俺、帰ります」

「ああ、頑張れ」


 なんとなく察してくれたっぽいエンボイの伯父さんと挨拶もそこそこに、俺は猫車を押しながら急いでギルドの業者用搬入口から出た。


 これは、速攻で帰ってアヤにも教えなけらばいけない案件だ。

我が妄想。

途中から自分が求めているものと乖離してしまったモノ。消すのも勿体ないので、パイロット版として残す。

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