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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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短編ホラー

命令

作者: 壱原 一

お彼岸の墓参りに父母と父方の地元へ来た。


墓地は古くからあるため都市部ながら随分広い。


所々に立派な竹藪や大樹や生垣が茂る。影に日向に並び立つ苔むした墓の群れと相俟って、繁華街の忙しない賑わいをぽっかり刳り貫いた風なしめやかな静けさを湛えている。


今日は穏やかな晴天で、他にもお参りの人の出がちらほら見える。


心地よい気候の中で、自家の墓を掃除して、花と線香を供え手を合わす。


世を去った故人に思いを馳せ、俄に去り難い心地を常の如くしんみり味わいながら、父母の後に従って出入口へ戻る途中、遥か天上の虚空から、甲高い喚声が棚引いて、一体なにごとだろうかと自然に耳が集中した。


*


声は、柔らかく澄んでいて、まだ滑舌の曖昧な子供が発しているようだった。ちょうど進行方向の、出入口の右手側の、幾らか先に建っている高いマンション付近から聞こえる。


きゃあー、わぁー、にぇーと言った感じに、言葉を明瞭に発するより、大声を発する方に力が注がれている。それが一度では終わらず、同じ調子で何度も続くので、歩きがてら傾聴していると程なく意味を聞き取れた。


おまえはぁーあぁ!


はかにぃー!はいれぇえーーーぇえ!!!!


語尾が喉の奥で裏返り、金切り声になって割れている。声帯を傷めてしまいそうな、渾身の大絶叫で、どうもその様に言っている。


いま墓地に居る誰かしらへ墓に入れと命じている?


あるいは何かのセリフか。身近に見聞きした大人達の諍いとかか。


いずれにせよ子供が夢中になりがちな、大声を出す爽快感や、楽しさやおかしさの含みはない。


喉と腹にぐっと意気が込められ、太く荒々しく凄められ、激しい負の感情に歪んだ、険しくぎらつく形相が、遠くで聞いているだけで、じっとり思い浮かんでくる。


止めに入るような保護者などは留守なのか、声は一向に止まない。右側から浴びている内に、段々と気圧されてきて、戸惑いを表明したくなって前を行く両親を窺うと、まるで気にしていないように見える。


周りにちらほら居る人達も、全く普通に過ごしている。墓を洗ったり、供え物をしたり、拝んだり、連れ同士なにか話して穏やかに笑ったりしている。


これほど鬼気迫る大声が、聞こえていないかのようだ。


まさかそんな筈は無かろうと、自身の聴覚を確かめる気持ちで高いマンションを振り仰ぐ。上から降る音の調子から、きっとあの辺りと見た中層階の一画は、そもそもバルコニーがなく開閉し得る窓もなかった。


おまえはぁーあぁ!


はかにぃー!はいれぇえーーーぇえ!!!!


付近へ視線を泳がせても子供が居そうな場所はない。


どうあっても肉声の筈なのに、どうした事かとたじろぐ間も無く、宙を向いていた声が下を向き、叫びながら地上へ落ちて来た。


お前は 墓に 入れ


お前は 墓に 入れ


長々余韻を引きずりながら、地平でべしゃんぐわんと転がり、まるで走り慣れた四つ足で起き上がり跳び駆ける風に、躍動する音源が寄って来る。


地面すれすれを滑って来る。


おまえはぁーあぁ!


はかにぃー!はいれぇえーーーぇえ!!!!


それは凄まじく速く、すわ逃げるか見定めるかと無意味に体を強張らせた隙に、広い墓地の出入口の右手側へ到達し、猛然と衝突した境界で、わぁあーーああん…と揺れて溶け崩れた。


穏やかな晴天の下、彼岸の突風となって、自分や父母の後方を交差して通過する具合に、桶を転がし、線香の煙を散らし、幾らかの花弁を巻き上げて、轟々と吹き抜けて行った。


*


凄い風だったねと振り返った親に掛けられた声が、妙に遠く、籠もっていて、砂でも入ってしまったかと耳の穴を指でこじったら茶色に粘った血糊が付いた。


暫く耳だれが酷く、点耳薬が刺されるように染みて、気が塞ぐ日々を送ったものの半年ほどで快癒した。


あの日、直撃された人が居たか、直撃されたらどうなったか、時々考える事がある。


お彼岸が近付いている。



終.

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