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廃工場での戦闘

窓越しに交わる視線。

灰色の瞳が、まるで氷の刃のように清の神経を貫いた。

その瞬間、内部の空気が張り詰める。

兵士たちのざわめきが途切れ、代わりにブーツの重い足音が床を打ちつける。


《清? どうしたの?清?》

玲華の声がイヤピースから落ち着いた調子で届く。

しかし清の答えは短く、低かった。

「……見つかった」


次の瞬間、窓の向こうでセルゲイの顎がわずかに動き、指先で合図を送った。

まもなく倉庫の扉が一斉に開き、黒い迷彩服の男たちが武器を構え一斉に飛び出してくる。


清は腰から短機関銃を抜き、壁際に転がるように身をかわした。

銃声が廃工場内に反響し、粉塵と破片が飛び散る。

「チッ……!」

清は即座にカウンターで応じ、二人の兵士に正確に撃ち込む。

一人は額を撃ち抜かれ、もう一人は胸部を貫かれて倒れ込んだ。



清は見向きもせず壁に沿って前進し、物陰から飛び出してきた兵士の銃を弾き飛ばすと、逆手に持ったナイフで喉を切り裂いた。

その男が崩れ落ちる間に、背後からもう一人が迫る。

清は振り返りざまに肘をみぞおちに叩き込み、膝蹴りで顔面を砕く。

倒れた兵士の銃を拾い、二発で別方向から詰めてきた二人を仕留めた。


硝煙と鉄の匂いが混じった空気の中、最後の一人が怒号と共に突撃してくる。

清は身を沈め、その勢いを利用し相手の脇腹に刃を滑り込ませた。

呻き声と共に血が噴き出し、男が地面に崩れる。


やがて場内は静まり返った。

床に転がる六つの影と、漂う硝煙だけが、先ほどまでの激闘を物語っている。


清は息を整えながら、足元の薬莢を避けて前へ進む。

倉庫の奥、重い足音がゆっくりと響いてきた。

長身で、肩幅が広く、筋肉質な体格。

鋭い灰色の瞳は、変わらず冷たい光を宿している。

セルゲイだ。

彼は手に持った拳銃をくるくると回しながら、まるで獲物との距離を測るように清を値踏みしていた。


「……随分とやるじゃないか、坊や」

低く、しかし明瞭なロシア訛りのある日本語が反響する。

「この人数を、たった一人で片付けるとはな」


清は銃口を下げずに答える。

「お世辞を言いに来たなら、他でやってくれ」


セルゲイは笑った。だがその笑いは温度を持たない。

「いや、感心しているのは本当だ。……だが、それは同時にお前が”この場から生きて帰る”という理由にはならない」


わずかにセルゲイの指が動き、銃口が清に向けられる。

その瞬間、清は地面を蹴った。

体をひねって物陰に飛び込み、弾丸が背後の鉄板を叩く音が響く。

火花が散り、粉塵が舞う。


《清、無茶はやめて! 奴は普通じゃない》

玲華の声が緊張に染まる。

「分かってる」


物陰から覗くと、セルゲイは悠然と歩を進め、まるで逃げ場を塞ぐように位置を変えていた。

その動きに一切の無駄はなく、視線は常に清を射抜いている。

周囲にはすでに仲間の死体しかないはずなのに、彼は孤独を恐れる様子もなく、むしろ支配者のような存在感を漂わせていた。


清は短く息を吐き、握った銃を強く引き寄せた。

廃工場の冷たい空気の中、二人の間に張り詰めた沈黙が広がる。


――火花が再び弾けた。

セルゲイの弾丸が鉄骨を抉り、その破片が頬を掠める。

清は反射的に低く身を伏せ、側面の柱に身を隠すと、手首を返して応射した。


乾いた銃声が二度、三度響く。

しかしセルゲイはまるで射線を読んでいるかのように、悠然と通り抜ける。

銃口のわずかな角度から射撃方向を見抜き、動き出すタイミングまで完璧に合わせている――そんな動きだ。


「悪くない腕だ」

鉄屑の陰から、セルゲイの声が響く。

「だが、それだけじゃ俺は倒せない」


次の瞬間、彼は遮蔽物から飛び出し、わずかな距離を一気に詰めてきた。

至近距離で銃口が向けられ、清は咄嗟に横へ飛び込む。

発砲音が耳を打ち、床に転がった薬莢の乾いた音が響いた。


着地と同時に、清はセルゲイの足元へ向けて引き金を引く。

だがそれすらも、セルゲイは最小限のバックステップで避ける。

銃撃戦は、もはや彼の間合いに引き込まれる前奏に過ぎなかった。


《清、距離を取って!》

「無理だ、近すぎる!」


セルゲイが清の手首を掴み、銃口を逸らすと同時に拳が飛んできた。

顎先を狙ったその一撃を、清はギリギリで受け止める。

腕が痺れ、二人の銃が床を転がる。


瞬く間に戦いは一瞬で肉弾戦へと移行した。


セルゲイの体格は清より頭一つ分大きく、筋肉の厚みも歴然だった。

しかし清は速度で対抗する。

セルゲイのストレートを潜り抜け、脇腹に膝を叩き込む。

鈍い感触が返ってきたが、相手の動きは止まらない。

逆に、その肘が清の背中に落ち、息が一瞬詰まった。


「軽いな……もっと全力で来い」

セルゲイの声には、まだ余裕があった。


清は体をひねりながら距離を取ると、手近な鉄パイプを拾う。

「全力でいいんだな」


セルゲイがにやりと笑い、両腕を広げ挑発する。

次の瞬間、清はパイプを横薙ぎに振り抜いた。

乾いた衝撃音が響き、セルゲイは片腕で受け止めたが、僅かに後退する。


一瞬の隙を見逃さず、清は踏み込む。――しかし、セルゲイはその動きを読んでいた。

カウンターの膝蹴りが腹部に突き刺さり、清は苦悶の息を漏らす。


《清! 応答して!》

玲華の声が無線越しに焦りを帯びる。

「……大丈夫だ」


視界の端で、東の空がわずかに白み始めていた。

夜明け前の冷たい空気の中、二人の影が廃工場の床に長く延びる。

そして――次の瞬間、清は再び地面を蹴り、セルゲイの懐へと飛び込んだ。

セルゲイの鋭い目がわずかに細められる。

踏み込んだ瞬間、右拳を突き出す、――しかしそれは囮。セルゲイがガードを上げたその瞬間、清は体を沈め、逆足で思い切り膝を払った。


鈍い衝撃音とともに、セルゲイの体勢がわずかに崩れる。

だが巨体はすぐに持ち直し、左のフックが唸りを上げて飛んできた。

清は後退せず、その腕の内側に滑り込み、肩から全体重をぶつける。

互いの呼吸が混じり合う至近距離。

セルゲイの息はまだ乱れていない――だが、次第にわずかな焦りが見え始めていた。


「面白い……」

セルゲイの呟きと同時に、清は頭突きを放った。

額と額がぶつかり、鈍い痛みが頭蓋に響く。

セルゲイの表情が一瞬歪み、その隙を狙って清は鉄パイプを再び拾い上げた。


金属が風を裂く音。

セルゲイは再び受け止めようとしたが、清はその瞬間にパイプを手放し、空いた両手で相手の首を抱え込むように組み、膝蹴りを連打した。

腹部、胸、顎――連続する衝撃が巨体を後退させる。

清は深く息を吸い込み、最後の一撃に集中した。


セルゲイは鼻血を拭いながら笑う。

「やっとその目になったか」


次の瞬間、両者は同時に踏み込んだ。

清は低く構えて左へフェイント。セルゲイが右に重心を移す――その瞬間、清は重心を切り返し、逆方向から鋭い回し蹴りを放つ。

蹴りは側頭部を正確に捉え、巨体が大きくぐらついた。


清は間髪入れず、相手の背後に回り込み、腰に腕を回して強引に後方へ投げ飛ばす。

床に叩きつけられたセルゲイの背中から重い音が響き、鉄骨がわずかに震えた。


立ち上がろうとしたその瞬間、清は相手の右手首を蹴りつけ、そのまま膝で肩を押さえ込み、左手でナイフを突きつけた。


「動くな」

低く、短く。


セルゲイは荒い息を吐きながらも、笑みを崩さない。

「……やるじゃないか。だが、俺を捕まえても意味はない」


清は無言で無線に向かって言った。

「玲華、今すぐ位置情報を送る。回収班を」


《了解。……気をつけてね》


清はナイフを構えたまま問いかける。

「セルゲイ・ヴォルコフ。元ロシアの諜報機関、SVR所属。三年前に死亡したはずの男だな」


セルゲイの笑みが一瞬だけ消えた。

「ほう……俺のことを調べたか」


「灰色の瞳と、頬の傷。あんたは、死んだことになってても、この世界からは消えてなかった」


わずかな沈黙。

そしてセルゲイはゆっくりと両手を上げ、降参のジェスチャーをした――その瞬間、彼の左足が閃く。

ブーツのつま先に仕込まれた刃が、清の頬を掠めた。


「っ!」

反射的に身を引き、刃をかわす。

しかしその隙にセルゲイは体を捻って拘束を外し、逆に清の腕を極めようとする。

清は無理に抗わず、体を回転させて関節を外し、後方に飛び退いた。


二人の間に数メートルの距離ができる。

夜明けの光が廃工場の割れた窓から差し込み、互いの影を長く伸ばす。


セルゲイは再び構えた。

「もう一度だ」


「……ああ、もう一度だ」


最後の攻防。

清は足元の鉄くずを蹴り上げ、セルゲイの視界を奪うと同時に地を蹴った。

距離がゼロになる瞬間、右拳を繰り出し――フェイントからの肘打ちを頬骨に叩き込む。

衝撃で巨体が傾き、そのまま清は首元を両腕で極め、空気を奪う。


もがくセルゲイ。

しかし数秒後、その体から力が抜け、意識を失った。


清は大きく息を吐き、セルゲイの体を床に横たえると、無線に向かって短く言った。

「確保完了」


清はセルゲイの両手首と足首を軍用の結束具で固く縛り、背後の鉄骨に寄り掛からせた。

その傍らには、取り上げた拳銃と弾倉が一つ。

意識を取り戻したセルゲイは、清を睨みつけていたが、もはや立ち上がる気力はない。


数分後、裏口から黒塗りのワゴンが滑り込んできた。

降りてきたのは三人の回収班の隊員たち。顔の下半分を覆うマスクと、防弾ベストの上に黒いジャケット。


「対象は?」

「こいつだ」


二人がセルゲイを担ぎ、残る一人が周囲を警戒する。

清は隊員の腕を軽く叩き、低い声で告げた。

「お前らはターゲットだけ運べ。俺はまだ中を探る」

「了解。だが長くは留まるな。警察が動くかもしれん」

「分かった」


二人は手際良くセルゲイをワゴンに載せ、静かに裏路地へと消えていった。

埃が舞い上がる中、清はリュックから小型の懐中電灯と証拠袋を取り出し、廃工場の奥へ足を踏み入れる。


踏むたびに、床の木板がわずかに軋み、長年溜まった埃が舞う。

壁は剥がれかけたペンキに覆われ、所々に錆びた鉄骨が露出している。

この場所には、確実に何かが隠されている——清の直感がそう告げていた。


まず目についたのは、事務室らしき部屋。

机の上には書類が山積みになっており、その中に輸送記録と思しき紙束があった。

日付、数量、そしてロシア語で書かれた地名。

清は素早く袋に詰め込み、さらに引き出しを探る。


古びた木製の引き出しの底から、小型のUSBメモリを二本発見。

一本には擦れたラベルが貼られ、「Гроза(嵐)」と記されていた。

指先で触れると、何度も使われた形跡がある。

「……これは持ち帰りだな」


部屋を出て、さらに奥へ進むと、工具や部品が散乱した作業場があった。

壁際の作業台の上には、配線が露出した金属製のユニットが放置されている。

一見すると廃棄品だが、清はその構造から、EMP装置の制御回路の一部であることを見抜いた。

完全な状態ではないが、解析すれば製造元や仕様が判明するかもしれない。


と、そのとき、床に転がっていた木箱の角が妙に不自然に見えた。

蹴ってみると軽い音がする。

中を開けると、黒い布に包まれた金属パーツと、焦げたメモ帳が入っていた。

メモ帳には走り書きのロシア語が並び、その中には「Восток(東)」という単語が何度も繰り返されている。


《清、何か見つかった?》

「輸送記録、暗号化ログと思しきUSB二本、EMPの回路片、そしてロシア語のメモ帳だ」

《十分だわ。早く出て。長居は危険よ》


玲華の言葉に、清は頷きながらももう一度だけ視線を巡らせた。

……だがその瞬間、遠くから微かなサイレン音が聞こえた。

最初はかすかだったが、次第に大きくなる。


窓際に駆け寄って外を覗くと、道路の先にパトカーの赤と青のライトが点滅している。

まだ距離はあるが、確実にこちらへ近づいてきていた。


「……やっぱり来たか」

清は証拠袋をリュックに押し込み、無線に向かって短く告げた。

「警察が来た。撤収する」


裏口から外へ出ると、朝焼けに照らされた街路が広がっていた。

冷たい潮風が頬をかすめる。

清は工場裏手に用意された黒いオフロードバイクへ駆け寄り、リュックを背負い直すと一気にエンジンをかける。


低い唸りと共にタイヤが回り、バイクは路地を抜けて加速する。

背後では、パトカーが工場の前に到着し、複数の警官が建物内へと走り込む姿が見えた。


《清、無事?》

「問題ない。証拠は全て確保した」

《よかった……帰還ルートを送る。早く戻って》


清は無線に短く応え、朝焼けの街を駆け抜けた。

セルゲイも証拠も手中にある——しかし、ここからが本当の始まりだと、清は強く感じているのであった。

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