第80話:人類の卵
『やあコーイチ、久しぶり!』
「えっ? 誰?」
『俺だよ俺』
「オレオレ詐欺?」
『ちがーう! そんなもん人類と一緒に滅びたわ!』
会って早々、コントみたいになってしまった相手は、OISTの研究生だった山田。
遺伝子の研究チームに所属していたそうで、霊魂の保存実験は興味本位で参加したらしい。
「お前に見せたいものがあるんだ。ついて来いよ」
って山田が言うのでついていく。
建物の地下へ降りていくと、検体などを保管しておく冷凍室があった。
『このカプセル、何が入ってると思う?』
冷凍室の中に並ぶ保存カプセルの1つを指さして、山田が問う。
カプセルはステンレスっぽい金属でできていて、中身は見えない。
「……座布団?」
『ちゃうわ!』
ボケたら即ツッコミがきた。
そんな俺と山田のやりとりを、冷凍室の外で待つ猫たちがキョトンとしながら聞いている。
『この中に入っているのは、人間の卵子だ』
「誰の?」
『聞いて驚け、美人と評判のケイト……ぐはっ』
得意気に言う田中の鳩尾に、クリストファのグーパンが入る。
ケイトはといえば、何か察したのかここに来ていない。
『どうして、君がケイトの卵子を手に入れてるのかなっ?』
『痛い痛い痛い! おにーさんやめて、俺死んじゃう』
『大丈夫だ、君はもう死んでいる』
クリストファは笑顔だけど目が笑ってない。
両方のこめかみをゲンコツで全力のグリグリされて、山田が助けを求めた。
多分本人たちは真面目に(?)やりとりしてるんだろうけど、これはこれでコントのようだ。
見てるのは面白いけど、冷凍室にずっと入ってるのは寒い。
俺はそっと外へ出た。
『ひぃぃ! お助け~!』
山田が悲鳴を上げている。
しばらくして出てきた山田は、すっかりボロボロのヨレヨレになっていた。
一緒に出てきたクリストファは、まだ殴り足りないようで不満顔だ。
『手に入れた経緯はともかく、これはコーイチにとって福音となるのかな』
「どういうこと?」
『君が子孫を残せるってことだよ』
その言葉の意味を俺が理解するまで、数秒ほどかかった。
クリストファたちの言葉が聞こえない猫たちは、揃ってオスワリしながら首を傾げている。
『コーイチとケイトの子供が作れるってことさ』
「え? ……えぇぇっ?!」
いきなり俺が大声を出したから、猫たちのシッポがブワッと膨らむ。
驚きのあまり【やんのかポーズ】になる猫たちに説明する余裕無く、俺は動揺していた。
ケイトの卵子……?
俺とケイトの子供?!
卵子が残されていたことも驚きだけど、それが知ってる人のものだとは。
人工授精で人間が生まれることは、知識としては知ってる。
『山田がケイトの卵子を保管していた問題はともかく、人工授精で赤ちゃん作っちゃう?』
アニーが訊いてくる。
俺はすぐには答えられなかった。
人類最後の1人になった今、子供を作ってどうするんだろう?
その子が子孫を残すことは無いし、俺より短命かもしれない。
「いや、やめておく」
俺は子供を作ることを拒否した。
不老の効果は一代限りだと思う。
多分、俺は自分の子を看取って、また最後の1人になりそうだからね。




